6月10日(日)歌舞伎座夜の部の「巷談宵宮雨」は富岡八幡宮の事件を思い出させて恐ろしい
昨日は歌舞伎座夜の部へ行った。演目は、「夏祭浪花鑑」と「巷談宵宮雨」の二つ。
「夏祭」の方は、吉右衛門が孫の和史と共演するというところがちょっとしたうり。もちろん、渡辺保先生も劇評でほめているように、立派な団七だが、いくつか疑問が。一つは、鳥居前で、団七がすっかりご機嫌になるところ。あまりにそれが過ぎて、団七は根っからの善人に見えてしまう。実際には、彫り物もあからさまで、牢に入っていたわけだから、悪人のはず。吉右衛門のご機嫌ぶりは、それを微塵も感じさせない。となると、なぜまた人を殺めるのかがわからなくなる。団七の人間像がうまくとらえられていないのではなかろうか。
先日の「石切梶原」でも、吉右衛門はご機嫌ぶりを披露したが、梶原と団七では、生きている世界が違う。団七の方は、彼自身を含めて、周囲はすべてやくざ。お辰が焼き鏝を自らの頬にあてるのだって、その世界の女だから。そこらあたりが問題では。
「宵宮」は、24年ぶりの上演で、見たことがない。17代目勘三郎のやっていた役を今の芝翫がするというのは、一つの冒険かもしれないが、人間があまりに違いすぎる。18代目の勘三郎も亡くなり、この役をやれる人がいないのはわかるが、どうだろうか。
それよりも、気になったというか、恐ろしいと感じたのは、この物語が深川八幡、つまりは今の富岡八幡宮の祭りの宵宮が舞台になっているということ。富岡八幡宮の陰惨な事件があったので、当分八幡祭りを題材にした歌舞伎の上演は難しいのではないかと思ったが、歌舞伎界の考え方は常識を超えている。宗教家が親戚に金の問題で殺されるというのは、事件そのまま。見ていて、現実の事件を思い出し、怖くなった。事件も物語も怖いが、それを上演する歌舞伎も怖い。
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