7月18日(水)浅利慶太氏が亡くなられ『はだかの王様』のことを思い出す
劇団四季の浅利慶太氏が亡くなった。85歳とのこと。
私がはじめて劇団四季の舞台を見たのは、小学校5年生のときで、作品は「はだかの王様」だった。王様は、日下武史氏だったはずだ。
ちょうどそれは、日生劇場が誕生したばかりのときで、小学生の私はこの劇場の豪華なたたずまいに圧倒された。そんな劇場で演劇を見るのははじめての体験だった。
作品も面白かったが、相当に奇抜なものという印象があった。これは、あとで知ったことだが、台本を書いたのは寺山修司だった。このときの印象が強かったので、のちに、私の学生の一人が劇団四季の制作としてつとめていたときに、どこかでこれを見た。そのときも日下氏が主演だったような気がする。
小学生がいきなり、当時の小劇場の世界を体験させられたようなものだが、本当に貴重な体験だった。普通、一回しかこれは見られないようだが、6年生のときも、担任ががんばったようで、「王様の耳はロバの耳」も見た。こちらの方は印象が薄い。
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