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September 2018

September 30, 2018

9月30日(日)ネットでの新宗教についての講義とカルチャーセンターの二つ掛け持ち

金曜日は、「スクー」という学習サイトで「新興宗教大百科」の放送があった。ゲストは、創価学会の元会員。いったい創価学会とはどういう組織なのかを1時間にわたって解説した。一応、この番組、これからしばらく、定期的に放送されるはず。

土曜日は、午後一でさいたまへ。NHK文化センターさいたま新都心教室で、神道の講座の締めくくり。これは、さらに続き、来月からは22社と大嘗祭と取り上げる。

終わってから、銀座へ行き、天賞堂で腕時計を修理に出す。昨日突然止まってしまった。朝起きるのが遅く朝食を食べただけだったので、とんかつの梅林に行ってみる。李さんの「すきやねん」の舞台だが、いつも混んでいて、行けなかった。ヒレカツ定食を食べる。肉が上等で量が多い。衣は意外に厚い。

そこから新宿へ出て、今度は朝日カルチャーセンターの新宿教室で、オウム事件についての講義。受講生は37名とか。かなり多い。1時間半にわたって、オウム事件の概要についてしゃべる。一日二つのカルチャーをかけもちしたのは珍しい。前に一度はあったかもしれないが。

家族も聞きにきたので、終わってからホテルサンルートで食事。前とは雰囲気が変わっているが、なかなかうまかった。

September 26, 2018

9月26日(水)『新潮45』の休刊と私の文章修行

『新潮45』が休刊になった。休刊は、ほとんどの場合廃刊を意味する。この雑誌が再び世の中に現れることはないだろう。


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私にとって、この雑誌は思い出深い。最初は、1991年12月号に「新興宗教御利益番付表」という記事を執筆した。まだ、日本女子大で教えていた時代で、それから何度も、一時は毎月のように執筆していた。

依頼は編集者から来たが、その奥には、斎藤十一という高齢で有名な編集者がいたらしい。その斎藤氏からお題がふってきて、それに従って記事を書くのだ。お題はあるがそれだけで、内容はすべてこちらまかせ。一体何を書けばいいのか、編集者とずいぶん悩んだ時もあったし、うまく書けないと書き直したこともあった。

これは、私にとって「文章修行」で、漠としたものをいかに形にしていったらいいのか、それを学んだ気がする。文章道場に入門したようなものだったかもしれない。

その後、斎藤氏も亡くなり、編集者も変わって、あまり書く機会がなくなった。おそらく最後は、2016年10月号だったと思う。宗教の特集で、私は「信者大激減時代の先にあるもの」という文章を寄稿している。

『新潮45』での文章修行を通して、文章を書く作業というのはとても難しいものだということも学んだ。そして、修行が必要だということも認識したかもしれない。一つの文章が大きな波紋を呼ぶこともある。ストレートに批判しても、なかなか理解してもらえないし、そこには技が必要だ。問題が起こるのは、その技が欠けているときかもしれない。

September 25, 2018

9月25日(火)大報恩寺の展覧会に合わせて『仏教がわかる仏像入門』が刊行された

洋泉社から、『仏教がわかる仏像入門』というMOOKが刊行された。

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これには、私による仏像についての解説が載っているが、『仏像の見方が変わる本』を土台にして再編集したもの。念のためだが、私の書いたところはそれと同じ。

ただ、まったく違った本に生まれ変わっていて、東京国立博物館で開かれる「京都 大報恩寺 快慶・貞慶のみほとけ」展に合わせたもので、この展覧会に関係する情報が豊富に盛り込まれている。大法恩寺、開創800年ということで、これを記念して開かれる。事前にこれを見ていけば、展覧会がより楽しめるのではなかろうか。


September 20, 2018

9月20日(木)『レコード芸術』の取材は後編が掲載された

『レコード芸術』の今月号、「青春18ディスク」の後編が掲載された。

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今回は、クラシックはカラヤンという話と、オーディオについて。我が家のアキュドリックスピーカーも少しだけ写っている。

最近、クラシックをよく聞くようになった原因の一つが、この取材を受けたこと。人生どういう展開が起こるかわからないの典型となる話かもしれない。

September 17, 2018

9月17日(月)『アナログ』誌61号に3度も私が登場した

今発売中の『アナログ』誌に、私の家のオーディオに、urika Ⅱというフォノイコライザーを導入したらどうなるか、実演したときの記事が掲載されている。

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近々、Linn では、画期的な商品、画期的なアップグレードを発表するとか。期日は10月のなかばで、いろいろな情報が世界に流れるのを防ぐため、掲示板を一時閉鎖までしている。まったく情報がないのでわからないが、楽しみでもあり、怖くもある。

もう一つ『アナログ』誌では、「オーディオ哲学宗教談義」の連載も続いていて、これで3回目。

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これ、いつまで続くのだろうか。シーズン2も、近々ネットでアップされるらしい。実は編集後記にも私が登場するので、3か所。


September 16, 2018

9月16日(日)廣田神社と西宮神社の見学

昨日は関西出張。恒例になっている朝日カルチャーセンター芦屋教室での講座。今回は、「お経のひみつ」と題して話をした。

この機会を利用して、廣田神社と西宮神社に行くことにする。西宮神社は、もともとは廣田神社の末社。廣田神社は今調べている22社の一つ。西宮の駅に降り、行こうとしたら、バスが出たばかりで、タクシーで行く。二の鳥居のところに着くが、最近立て直された鳥居の寄進者の筆頭は、「金800万円 深見東州」とあった。どうも、地元らしい。

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廣田神社は最近では阪神タイガースが必勝祈願に訪れる神社として知られる。もともとは、神社の北にある甲山のふもとに鎮座していたらしい。たしかに甲山なら神体山になる。全体を見終わってから、参道を一の鳥居まで行き、そこから西宮神社をめざす。距離はかなりある。

西宮神社に近づくと、「西宮大神宮」と彫られた灯篭が。しかも、昭和40年代のもの。地元ではそのように呼ばれていたらしい。境内には、さまざまな摂末社があるが、社殿は震災で破壊され、それを再建したものらしい。

いろいろ面白かったが、そこから梅田へ出て京都へ。最後は「祇園かわもと」で。

September 12, 2018

9月12日(水)御厨さん紫綬褒章のお祝いの会になぜかくまモン

昨日は、サントリー美術館で御厨貴さんの紫綬褒章受章のお祝いの会が開かれた。

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くまモンがやってきたのは、御厨さんの同窓、蒲島熊本県知事が海外出張で、その代わりということらしい。生でくまモンを見たのははじめてだった。

100人強の出席者だったが、山折先生をはじめ、井上章一、上田紀行、松原隆一郎など、いろいろな人に久しぶりに会った。これも、御厨さんの幅広い人間関係の賜物。もちろん、先端研関係の人たちにも会うことができた。


September 10, 2018

9月10日(月)15日土曜日には朝日カルチャーセンター芦屋教室で「お経のひみつ」という講座を開く

毎年9月には、朝日カルチャーセンターの芦屋教室で講座を開くことが恒例になっている。今回は、15日土曜日に行われる。講座のテーマは、「お経のひみつ-般若心経から法華経まで」というもの。

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内容は、「お経は、仏教の経典ですが、一般の人たちは葬儀の時のBGMとしか考えていないかもしれません。いったいお経とはどういうものなのでしょうか。そこには、仏教の教えのエッセンスが込められています。比較的身近な般若心経や法華経を取り上げることによって、お経の世界について学んでみます。今回の講座は、お経入門であり、仏教入門でもあります。」となる。

時間は13時から14時半まで。申し込みはここからできる。

お経は、一般には、葬儀のBGMくらいに思われているかもしれないが、そこでは仏教の思想が展開されている。今回は、大乗仏典を主に取り上げることにするが、それは高度な仏教思想の集積だ。それにどうアプローチすればいいのか。それを考えてみたい。

September 07, 2018

9月7日(金)『親鸞と聖徳太子』(角川新書)が発売になる

今年6冊目、監修を入れると7冊目の本が刊行された。

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親鸞についてはすでに本を書いているが、聖徳太子についてははじめて。なぜ親鸞は聖徳太子を信仰したのかがテーマで、いったい聖徳太子は日本の仏教の歴史のなかでどういった存在なのかも考えている。最近は聖徳太子はいなかったという議論があるが、その議論にも問題がある。

親鸞と聖徳太子のかかわりでは、なんといっても法華経のことがある。親鸞は、著作のなかで法華経についてほとんど言及していない。なぜ聖徳太子を信仰しながら、法華経にふれないのか。その謎を解くことがこの本の目的ということになる。


September 05, 2018

9月5日(水)新しい「俊寛」と新しいだけの「幽玄」で秀山祭は夜の部

昨日は台風のなか歌舞伎座夜の部へ行った。

吉右衛門の俊寛は何度か見ているが、今回は幕切れが違った。たいがい、赦免船にむかって手をふるのだが、それは一切なし。ただ、前方を見つめているだけ。ご本人の話では、極楽へと導く弘誓の船が見えているということだが、これだけを見てもそれはわからない。今回気づいたのは、成経が出だしのところで、熊野権現を勧請して祀っていると言っていたこと。熊野権現は、中世では浄土と考えられ、だからこそ熊野詣が盛んになった。床本では、熊野三所とあった。方向性は定まったが、まだ未完成と言う印象の俊寛だった。

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早野龍五さんの前日のツイートから悪い予感がしていたが、玉三郎の「幽玄」、いろいろと問題で、進めば進むほど、見ないで帰ればよかったと思わせた。鼓童との共演で、それ自体異色だが、彼らの演奏は実は邦楽ではなく、和太鼓による西洋音楽だということが大きなずれのもと。謡曲もグレゴリア聖歌に聴こえる。

とくに、道成寺の部分になると、鼓童が主役になる分、玉三郎の舞の意味がなくなった。なんだか、1970年代にあったであろう、前衛的な日本舞踊のようになる。玉三郎まで出て華やかになった秀山祭だが、三部制にして、第2部までを秀山祭とした方がよかったのではなかろうか。

September 02, 2018

9月2日(日)秀山祭復活の福助

秀山祭初日である。少し雨模様。昼の部を見た。やはり初日にこれは見なければならないと思った。福助5年ぶりの舞台だからである。

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去年の7月の歌舞伎座も、一種異様な雰囲気に包まれていた。海老蔵が妻を失いつつ、息子と舞台に立ったからである。今回は、性格は違うが、期待と不安に包まれているというところでは明らかに似ていた。観客のお目当てがそこにあるのは間違いなく、場内は満員だった。

初日ということもあり、幕開けから、「成駒屋」の大向うの声が響く。演目は「金閣寺」。雪姫を演じるのは、福助の息子、児太郎である。大膳は、松緑。いつになく声が通る。極悪人にはまだまだ遠いものの、悪としての存在感は十分に示している。児太郎も、精いっぱいの演技でそれに答える。愛くるしく、可憐だ。

後半になると、その児太郎の演技がかわる。まるで福助の魂が乗り移ったように、親なのか子なのかが分からなくなっていく。そして、福助の登場。いったいどのような状態なのか。金閣寺2階に現れると、観客の拍手は鳴りやまない。それが終わってから、おもむろに台詞をしゃべる。台詞はしっかりしているが、右手が不自由なのが分かる。座ったまま、短い間だが、何か神々しい、聖なるものを感じさせた。演技が終わっても、ふたたび鳴りやまない拍手。

終わっても、安堵と不安の入り混じった気持ちが観客を支配する。これからどうなるのか。5年というブランクは長くもあり、短くもある。人が復活するということは、外側から見ていてはわからない部分があまりに大きい。筋書の写真は、かつてのまま。これが現在の写真に変わったとき。本当の復活になるのかもしれない。

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