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January 22, 2019

1月22日(火)歌舞伎界における高麗屋革命について

最近の歌舞伎の舞台で印象に残っているものがいくつかある。一つは、京都南座の再開場の際に幸四郎が演じた「勧進帳」だ。これまで多くの「勧進帳」を見たが、これが一番よかった。とくに、終わりの延年の舞のところで、最近はほとんどやらない「滝流し」をやったことが大きい。これで舞台が盛り上がった。幸四郎の弁慶は3度目だが、大きく進歩している。酒をふるまわれて、笑うところ、これまで不自然なものに思えていたが、ちゃんとその前に番卒とのやり取りを入れ、笑った理由がわかるようになっていた。さらに、最後、客席に向かってお辞儀をするところも、そうならないようにしたことで、その意味がはっきりした。観客に礼をしているわけではないのだ。

もう一つは、今月の新橋演舞場での海老蔵の「俊寛」だ。これは、海老蔵の実際の人生と、つまりは妻を失ったことと重なっているので、そのことが大きく影響しているが、俊寛が島に残った理由が相当に鮮明になった。これの前、国立で芝翫のも満たし、秀山祭では吉右衛門のものも見た。芝翫はありがちな感じで終わったが、吉右衛門のは、本人も言っているように、弘誓の船が来るのを幻視したかのように演じられていて、それが強く印象に残った。

さらに、一番衝撃だったのが、今月歌舞伎座の白鸚の「一條大蔵譚」。こんなに立派な大蔵卿は見たことがなかったし、これまでのこの戯曲のとらえ方とは根本が違うように思えた。ふつうは、作り阿呆と本心との対比というところに力点がおかれ、そこのおかしさを表現することに力が入っているが、白鸚は、そこにはあまりこだわらず、それはあくまで設定ということにして、むしろ大蔵卿の内面を掘り下げていったように見えた。

これはまだよくわからないのだが、勘解由の首を切ったところ、その首を包むための風呂敷を広げて、観客にそれを見せるということをやっていたが、なぜかこれが強く印象に残った。丁寧に演じているということでもあるが、それによって、ドラマのリアリティーが格段に増したようにも思えた。

幸四郎、海老蔵、白鸚は、高麗屋と成田屋ということになるが、海老蔵の祖父11代目團十郎の父は7代目幸四郎。3人はすべてその血を受け継いでいるということになる。こうした一連の芝居は、あるいは高麗屋による革新、革命なのではないか。そんな気がしている。


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