3月5日(木)コロナウィルスも神の創造したもの
コロナウィルスの騒動は続いているが、神学ではこれをどのように解釈しているのだろうか。ちょっと調べてみたが、そうした議論はあまりないようだ。
神が唯一絶対の創造神であるなら、ウィルスもまた神の創造したもの。ということは、神学的に考えれば、その流行には神の意志が働いていることになる。
もし、ウィルスは神の創造によるものではないと考えたら、それは二元論になる。神とは別にウィルスを創造した存在があるということで、そうなると一神教の根底が揺らぐ。
神によって創造されたもののなかで人間を特権的な存在として考えるのが、一神教の伝統でもあるが、ウィルスの側にも生き延びようという意思があり、戦略がある。今回のウィルスは、感染の広がり方が密室でということが多い。日本だと、バス、タクシー、屋形船、キャバクラ、病院など、密室のなかでの感染で広がっている。そして、無症状も多い。子どもには致命的な害を与えない。
ウィルスも、生存するには宿主が死んでしまっては困るわけで、子どもに害を与えないのは、それをスプレッダーとはするものの、命までは奪わないという戦略であるようにも見える。
さらに、ウィルス騒動によって、世界の懸案も解決している面がある。たとえば、中国の大気汚染。経済活動の停滞で、大気汚染が劇的に改善したとか。今回広がっている地域のなかで、武漢もそうだが、イタリアのミラノを中心としたロンバルディア地方やイランは、大気汚染がひどい。それは地球温暖化とも結びつく。生産活動を停滞させれば、そうした問題が解決する。少なくともその示唆を与えている。
日本だと、満員電車が改善されたらしい。あるいは、安易に他人に接触することができなくなり、セクハラなども減るのではないか。となれば、これもまた難しい問題が解決されたとも考えられる。
グローバル化と経済発展に対する歯止めが必要だとされてはきたものの、有効な解決策がなかった。それをウィルスが示したとしたら、神はそれを望んだことになる。
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