5月29日(金)来月刊行される『大和魂のゆくえ』の見本が届く
来月刊行される『大和魂のゆくえ』の見本が届いた。
新書の装丁としては、なかなか格好がいい。発売は集英社インターナショナル新書。
日本人の精神の系譜をたどるということで、大和魂をキーワードにしてみた。そのなかには、古代の霊魂観から、国学、そして、柳田国男の新国学が登場する。最後は、没後50年の三島由紀夫で締めくくった。
いろいろと調べていくなかで、考えることも多かった。立ち読みもできるので、それはここから。
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来月刊行される『大和魂のゆくえ』の見本が届いた。
新書の装丁としては、なかなか格好がいい。発売は集英社インターナショナル新書。
日本人の精神の系譜をたどるということで、大和魂をキーワードにしてみた。そのなかには、古代の霊魂観から、国学、そして、柳田国男の新国学が登場する。最後は、没後50年の三島由紀夫で締めくくった。
いろいろと調べていくなかで、考えることも多かった。立ち読みもできるので、それはここから。
東京女子大で非常勤として教えているが、今日、大学の方から、前期はすべて遠隔授業にするという連絡を受けた。学生の方にはすでに伝わっていたらしい。
大学としては、学生の安全と言っているが、現実的なところでは、今の状況では通常のやり方ができないということだろう。そうなると、面倒だ。こちらとしては、大学まで行く必要がないので楽でありがたいが、学生にはどうなのだろう。授業自体は、遠隔はわるくない。
今日は、4限の「宗教学」の授業で、歌舞伎の「勧進帳」を使って、通過儀礼の構造について説明してみた。
その際に、岩波映画が昔作った「勧進帳 松羽目物の成立」という作品を使ってみた。弁慶を演じているのは、9代目松本幸四郎、富樫が吉右衛門で、義経が菊五郎だ。皆、若い。
これは、今日はじめて観たのだが、そのなかで一か所気になったところがった。それが、写真のところ。幸四郎が楽屋で延年の舞いを稽古しているところなのだが、椅子が気になった。
なぜなら、この椅子は、昔持っていたからだ。横にオットマンもあるが、それもあったのではないか。もう処分してしまい、今はないのだが、ありありとそれを思い出した。
授業とも歌舞伎とも関係ないが、マクルーハンの『グーテンベルクの銀河系』にあったエピソードも思い出す。それは、アフリカの人々に衛生観念を高めるために啓蒙の映画を見せるのだが、何を観たか、終わって聞いてみると、「鶏」と皆が答えたというもの。
調べてみると、一瞬鶏が映っていたらしい。人は関心のあるものしか見ない。なるほど、こういうことなのかと思った。
緊急事態宣言が解除された。たしかに、感染者数はかなり減っている。
ところが、世界に目を向けてみると、日本とはまったく違う状況になっている。WHOのダッシュボードでは、日本は左下の西太平洋に分類されている。日本に限らず、この地域だけ感染者が少ないことがわかる。最初に感染が広がった中国でさえ、最近では感染者0という日もある。
なんでこんなに違うのか。BCG説もあるが、専門家もいろいろ言ってはいても、決定打はないようだ。
そこで素人考えだが、人種的なもの、DNAにその違いを求めるのではなく、「風土」に求めるということもあり得るのではないだろうか。西太平洋は、発酵文化が発達している。日本もそうだ。それによって、空間に、発酵を促す細菌が充満している。日本人が韓国へ行って、キムチ臭いと感じるように、日本に外国からくれば、味噌臭いと感じる。そういうことだ。
細菌とウィルスとの関係はわからないが、たとえば、一神教の源流であるユダヤ教の場合、発酵ということに対して否定的だ。それは、ユダヤ教の祭、過越祭に示される。発酵したパンは食べてはならないとされるし、発酵させるものも、その期間は家においてはならないとされる。キリスト教も、ミサのパンは無発酵だ。あらゆるものは神が創造したのであり、そこからすると、勝手に増殖する発酵は、どう扱うか難しいということだろう。
生活空間自体が違う。そうでも考えないと、彼我の違いがわからない。そこに信仰がかかわり複雑な様相を呈している。コロナ騒ぎが始まったころ、納豆が買い占められたのも、もしかしたら、本能的なものだったのかもしれない。日本の知性よりも本能がまさる。動物である以上、そういうこともありそうだ。
5月の連休途中から大学の授業がはじまった。東京女子大の分である。私は木曜日の担当なので、7日からはじまった。遠隔授業である。
どういう方法で授業をするかでは、選択肢があるが、私はZoomを使っている。Webclassも併用している。
まず、パワーポイントでスライドを作り、それをあらかじめWebclassに載せておく。学生はそれにアクセスする。授業は、そのスライドを画面共有しながらZoomで行う。履修者が100人を超えるので、直接のやり取りはできないものの、途中課題を出して、それをメールで答えさせるとか、問いかけをしてZoomのチャットで答えさせるなど、いろいろできる。動画も共有できるし、インターネットで調べた結果をそのまま提示することもできる。
すでに3回やってみたが、こちらのほうが、対面の授業よりも効果的な気がしてきた。何より、大学に行かなくていい。
遠隔授業については、昔放送教育開発センターで働いていて、放送大学関係のことをしていたので、専門でもある。そうしたことをテレビジョン学会で発表したこともあった。また、最近では東京通信大学の非常勤講師もしている。こちらはネット大学だ。
今、放送大学を考えるなら、いろいろなやり方を活用できる。パッケージ化された映像授業と、Zoomを使ったリアルタイムでの授業を併用すれば、かなりのことができそうだ。
もう一つ、演習もやっているが、それはまた別の機会に。
我が家は今、「テレ家族」になっている。私は、大学の授業が遠隔。妻もテレワーク。娘は高校のテレ授業。
そこで一つ問題が。娘が隣の部屋で学校の授業を受けていることになる。そうなると、私が自分の部屋でオーディオを鳴らすというわけにもいかない。そこで思い出したのが、Staxのこと。高級ヘッドフォンである。
いったいいつ買ったのか正確なことは覚えていないが、たぶん、90年代のはじめだろう。家のなかで、大きな音が出せない状況にあったはずだ。
しかし、最近は使っていなかった。売ろうかともしたが、買ってもらえなかった。だから家にあったわけだ。
それを引っ張り出し、ケーブルを買って、つないだ。これで、仕事しながら音楽が流せるようになった。ありがたいことだ。
今更ながら、映画「メリー・ポピンズ」をはじまて観た。最近のではなく、1964年の方だ。あるいは、子どもの頃に映画館で観ている可能性もあるが、覚えてはいない。おそらく初めてなのだろう。
日本語版吹替なので、字幕版を観てみないと、評価はできない気がした。当時としては、アニメとの合成など、非常に斬新なものだったに違いない。
主演のジュリー・アンドリュースは、翌年「サウンド・オブ・ミュージック」に主演する。こちらは、当時観ていたし、最近も「午前十時の映画祭」で観た。
調べてみたら彼女、まだ存命だった。84歳。お相手のディック・ヴァン・ダイクも存命。こちらは94歳。やはり長寿社会になったものだと思う。子役の男の子とは21歳で亡くなっているというから、やはり人間の命は分からない。
振り返ってみれば、ずっと「ステイ・ホーム」だった。
1995年に大学を辞めてから、仕事もほとんどなかった。だから、ステイ・ホームの日々だった。2001年にようやく『オウム なぜ宗教はテロリズムを生んだのか』を出版して、反響もかなりあった。けれども、それは仕事には結びつかなかった。半年くらい、まったく仕事がないという状態も訪れた。当時の手帳を見ると、予定など入っていない。だから、ステイ・ホームだ。
その最後の段階で大病をし、そこから運命が違う方向にむかった。どん底から反転したような状況だった。
今は、ステイ・ホームでも、仕事はあるし、日々忙しい。家族も一緒にステイ・ホームしながら、仕事したり勉強したりしている。
8年だか、9年だかステイ・ホームした身としては、今はそれほど長いとも思えない。ステイ・ホームの時期に、その後に結びつくようなことをしたとも思えないのだが、実際はそんなものなのだろう。
まあ、ゆっくりするしかない。生きていれば、なんとかなる。
ちくま文庫から2012年に刊行した『映画は父を殺すためにある』が増刷になった。
これで5刷。
実は先日、「タイプライターズ~物書きの世界~」というテレビの番組で紹介された。紹介者は、アイドルグループのNEWSの加藤シゲアキ氏。事前に連絡を受け、私の写真も提供したので、放送は知っていたが、番組は見ていない。
やはりこういうところでは、テレビの影響力の強さを感じる。文庫化される前には、単行本で出したのだが、それは1995年のこと。25年も前だ。帯に隠れてあまり見ていなかったが、下に、英文タイトルが出ている。「父を殺すために映画に行け」。直訳するとそうなる。映画館が休業している今、父殺しも難しい。つまりは大人になれないということか。
木曜日は、東京女子大の授業。といっても家で遠隔授業。Zoomを使って授業をしてみた。1時間以上かけて出かけなくていいので楽だが、2コマやるとかなり疲れる。その風景。
とりあえず、本が2冊出る。
すでに出ているのが、こちら。『宗教別おもてなしマニュアル』が中公新書ラクレから。コロナウィルスで状況がまったく変わってしまったので、ちょっと複雑。ただ、それぞれの宗教の戒律というか、タブーを具体的に扱っているので、話としては面白いはず。
こちらは、来週出る『教養としての世界宗教史』。宝島社から。これまで書いてきたものを土台に、世界の宗教の歴史をまとめあげてみた。まとめる方向性は、東京女子大でやってきた「宗教史」の授業がもとになっている。大学で教科書としても使えるし、企業の研修のテキストにもなる。ここはひとつ、宗教について勉強してみようというときには、大いに役立つはず。上の『宗教別おもてなしマニュアル』と一緒に読んでいただくといいかもしれない。
最初に、世界の宗教の年表がついている。これは、少し苦労したもので、類書にはこれがない。作るのが面倒ということだろうが、意外に便利かもしれない。セールスポイントの一つ。
無料配信されていた3月大歌舞伎の夜の部も見た。
演目の順番は、「石切梶原」、「高杯」、「沼津」だが、見たのは「高杯」から。これは、どうということはなかった。
次の「石切梶原」。高麗屋一門でのということになるが、配役が大歌舞伎にしては物足りない。最後、白鸚 、花道のところで疲れが出てしまった。
一番面白かったのは「沼津」。幸四郎がいい。藤十郎に習ったのだろうか。柔らかく、情もあり、上出来。思わず見入ってしまった。白鸚 は、よぼよぼの爺さんの役にしては、立派すぎる。孝太郎、どうしても杉村春子に見えてしまう。
夜の部を見て、気づいた。昼の部の「新薄雪」は、歌舞伎のパロディーで、親が子のために命を投げ出すという話だが、実は、夜の部の「石切」と「沼津」も同様。そうした演目を集めている。ということは、子が親のために犠牲になるのではなく、親が子の犠牲になるものも多いということか。ただし、その場合の子は、すでに大人。そこが幼い子が犠牲になるのとは違う。その点が勉強になった。
工作舎から出したフリッチョフ・カプラの『タオ自然学』が改訂19刷になった。
この本から、「ニュー・サイエンス」ということが、著者は1939年生まれだから、もう81歳になる。調べてみたら、公式サイトがあった。ブログも最近更新され、パンデミックについて書いているので健在のようだ。
翻訳が出たのは1979年。今から41年前にもなる。翻訳者の代表の吉福伸逸さんもすでに亡くなっている。工作舎がそれだけ長く続いているのも、すごいことだ。
カプラが来日した折、一度対談したこともある。いろいろと思い出の多い本で、今でも重版されるということは、それだけ読者がいるということ。これは驚きだ。どこまで行くのだろうか。
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