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学問・資格

March 28, 2017

3月28日(火)忠臣蔵の真相はいかに

昨日は、学習院大学へ行った。先回はじめて参加して、「反知性主義と新宗教」について発表した「歴史の文体研究会」の第7回が開かれた。

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発表は、秋田大学の志立正知さんの「家伝という神話―津軽藩系譜言説形成の背景を中心に」と、愛知教育大学の前田勉さんの「『中朝事実』の仮想敵は誰か―赤穂お預け事件との関連で」の二つ。前者は、津軽藩での藩主の系譜がいかに、さまざまな伝承をもとに創作されたものかを示したもの。後者は、山鹿素行が仮想敵とした儒学者は誰かという問題から、赤穂浪士による討ち入りとの関連まで。どちらも興味深いものだった。

とくに、後者の発表の最後で、浅野内匠頭と山鹿素行、吉良上野介と林蘇峰の関係について言及されたが、とくに吉良と林家との関係については聞いたこともなかったので、松の廊下の刃傷事件の謎が解明される可能性があるように思えた。まるで推理小説のようだ。

終わってからは、大学の向かいのビルで懇親会。ここは昔古いビルが建っていて、中華料理屋があった。もう20年以上前の話だ。

March 21, 2017

3月21日(火)坂村健さんの最終講義に安田講堂へ行く

今日は東大の安田講堂へ行ってきた。トロン・プロジェクトの坂村健さんの最終講義。


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坂村さんの存在を知ったのは、先週最終講義に行った早野龍五さんを通してのこと。放送教育開発センターで、コンピュータ関連の番組を作るということで、人を探していた。実際に、坂村さんとは番組を作り、その後、その番組はビデオとして販売もされた。

そんなことで、1988年には箱根で開かれたトロンのシンポジュウムにパネラーとして呼ばれたこともある。今日、スライドのなかに一瞬そのときの光景が写ったが、坂村さんはそれについて説明なしに先へ進んだので、何を話そうとしたかは不明。

最後に、挨拶をして帰った。この時代は、自分にとっても原点であるような気がする。改めて今日はその気持ちをよみがえらせることができたかもしれない。


March 16, 2017

3月16日(木)早野龍五さんの最終講義に行ってきた

昨日、早野龍五さんの最終講義に行ってきた。場所は、東大校内の「小柴ホール」。初めて行った。

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最終講義はいくつか出たことがあるが、理系の人のははじめて。222枚のスライドを巧みに操って1時間半の講義は時間通りに終わった。

早野さんとは30年来のお付き合い。話のなかに、ハッカーを捕まえたという話が出てきて、それを思い出した。初めて会ったのはその直後で、そうしたことがあったということを聞いていた。

それにしても、福島の問題は彼にとって大きいのだろうと強く感じられた。もし、3.11がなかったら、全然違う最終講義になっていただろうし、私も再会して、講義に出ることもなかっただろう。人生というのは何が起こるかわからないものだ。

December 27, 2016

12月27日(火)『宗教年鑑』は思われているよりも信者数の統計は正確だと考えられるそのわけ

産経新聞の記事で、文化庁の宗務課が出している『宗教年鑑』に記載された各教団の信者数に信ぴょう性がないということが話題になっている。たしかに、信者数を合計すると2億人を超えてしまう、教団によっては一年で信者数を倍にしているということで、問題視されるようになっているようだが、それはこの統計の見方を考えないといけない。私はむしろ信頼できると考えている。

まず、信者数が人口を上回るということだが、これは神社と仏教寺院の信者数を合わせたもので、その数え方からすれば、当然ともいえる。何しろ日本人は神社に初詣にも行けば、お寺に墓参りに行ったりするからだ。神社は、氏子の数を総計し、お寺は檀家の数をもとに申告している。神社の信者数は、初詣の数と変わらないので、それはそれで妥当する。檀家の数も、それぞれの寺の数を合わせて、宗派としてまとめているわけだ。

その一方で、新宗教に分類される教団は、平成の時代に入って、だいたい信者数が半減している。これは、はっきり数字に表れている。増えているのは実質真如苑だけだが、この教団はかつて誇大に信者数を見積もり、それでたたかれた経験から、正確な数字を出している。ほかの新宗教も、衰退の事実が公になるにもかかわらず、毎年信者数が減っていることを報告しているので、かなり正確なのではないだろうか。

既成仏教宗派では、曹洞宗と真宗大谷派が急に信者数を減らした。曹洞宗は寺院の数から考えて、減らしすぎの気もする。大谷派はそれを今回戻しているようで、問題はそうした宗派が、檀家の数の数え方で模索しているように思われることだ。

問題は、創価学会で、ここは827万世帯でここのところ変化がないが、世帯数ということは、既成仏教と同様に、檀家的に信者をとらえていることになる。それは日蓮正宗と密接にかかわっていた時代の名残だろう。

もっとも、創価学会の信者数は『宗教年鑑』には記載されていない。単位法人なので、そうなっている。幸福の科学も同じ。

もろもろ考えて、ほかに統計がないこともあり、『宗教年鑑』はやはり重要である。これがないと何もわからなくなる。

December 24, 2016

12月24日(土)嘲風会フォーラムへ行き同期の竹沢尚一郎氏の話を聞く

昨日は毎年恒例の東大宗教学研究室「嘲風会フォーラム」の日。同期の竹沢尚一郎氏が話をするというので、出かけた。会場は法文一号館。休みでどこから入っていいかわからなくて、すでにはじまっていた。最初は、自身の研究史なので、同期である私とは重なる。それがあるところからまったく違う方向へ行くのは、いったいどうしてなのだろうと考えながら聞いていた。

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彼がアフリカで考古学をやっているというのは、正直知らなかった。東北での活動については新聞でも読んでいたが、考古学者になるとはびっくり。

フォーラムが終わってから、会場を移して忘年会。國學院の井上氏以外、僕より上の世代が来ていないというのは昔とはずいぶん違う。これもどうしてなのだろうか。

December 17, 2016

12月17日(土)平野神社の祭神今木皇大神と桓武天皇による平安遷都には重要なつながりがあるかもしれない

今日は、横浜の朝日カルチャーセンターでの「日本神道史」前半の最後の講義をしてきた。今回は、謎の多い、八幡神の話が中心で、それを皇祖神という角度から考えてみた。

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すると、もう一つ浮上してくるのが、京都の平野神社のことになる。平野神社は一般的にはあまり知られていない。京都の人でも、桜の名所くらいに思っているだろう。ちょうど北野天満宮の西北になる。隣接していると言ってもいい。

ここの祭神は今木皇大神。明らかに皇祖神の名前で、八幡神に次ぐ第3の皇祖神と言われている。そこには、平安遷都を行った、渡来人を母に持つ桓武天皇がかかわっている。桓武天皇の前は、道鏡の事件で名高い称徳天皇だ。称徳天皇と桓武天皇は直系ではなく、傍系でつながっている。

ということは、王朝の事実上の交代があったとも見ることができる。平安遷都もそうした文脈で考える必要があるのではない。そんな話を最後にしたら、妙に熱がこもってしまった。それにしても、興味深いテーマである。

November 12, 2016

11月12日(土)日本「祈りと救いとこころ」学会で基調講演を行い島薗進さんと久しぶりに話をする

日本「祈りと救いとこころ」学会の第3回学術大会で基調講演をする。話の内容は、基本的に『宗教消滅』に沿ったものになったが、冒頭、トランプ氏の大統領当選に福音派がどうかかわったかについても述べてみた。

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講演が終わってから、日本評論社の編集者と話をしていたら、そこにこの学会の顧問でもある島薗進さんがやってきた。この前会ったのは、もしかしたら、島薗さんの退官のときかもしれない。というわけで、いろいろ話をする。本としては、国家神道と軍人との関係について論じるものを用意しているらしい。

September 30, 2016

9月30日(金)大学の授業もはじまり丸山文庫を見学する

昨日から大学の授業がはじまった。「宗教史」の方は、去年受講生が少なくてやりにくかったが、今年はそれなりの人数がいる。なんとかなりそうだ。

演習の方では、丸山眞男を取り上げるので、図書館へ学生をつれていく。ちょうどいま、丸山についての展示もやっていた。そのあと、地下の丸山文庫へ行き、担当の方からいろいろ説明を受ける。


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文庫は、書き込みのない本の開架と、書き込みのある閉架に分かれているが、去年「ヴァーチャル文庫」というものもでき、丸山家において、どこに書架があり、そこにどういった本が並んでいるか、ネットで見られるようになっていた。一人の人物の書斎が、このような形で公開されているのは、おそらく例を見ないものではないか。

学外の利用が多いようだが、東京女子大にも丸山を研究している先生が一人でもいれば、学生の興味も変わってくるのではないだろうか。

July 14, 2016

7月13日(水)なぜ両国高校から哲学に進むのか

夜東京女子大の哲学選考での非常勤講師の懇親会があった。おそらくこれはどの大学でも行われているもので、日本女子大でもやっていた。

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その席上、両国高校の先輩と後輩という方々がいて、両国高校から東大の哲学科に進学し、哲学を研究している人が多いという話を聞いた。両国哲学会といったものもあるらしい。宗教学の場合、私の出身の西高から来ている人たちが相当に多い。私の前後6代、西高出身者がいた。一年に2、3人しか宗教学には普通来なかった時代だけに、これは注目される現象だと思ってきた。その後も、西高出身で宗教学に進んだという編集者などにも会った。

日比谷高校からも宗教学には来ていたが、西高ほどではない。なぜ西高の出身者は宗教学に進み、両国の出身者は哲学に進むのか。宗教学には両国出身者はいなかった気がする。別に高校で宗教学や哲学を学ぶわけでもないし、そう勧められるわけでもない。おのずとそういう方向に行くのだろうが、これは面白いところだ。今日はそんなことを考えた。

July 05, 2016

7月4日(月)『山岸巳代蔵全集』の刊行とヤマギシ会研究の今

ここのところ、ヤマギシ会についての本を書いている。そのもとになっている原稿は、今から27、8年前に、職場でわけあって窓際族のような状況にあり、仕事がなかったときに書き進めていたものだ。博士論文にしようという気持ちもあり、島薗進氏にも見ていただいたりしていたのだが、当時はまだ博士論文を出してくれるような時代ではなく、日本女子大に転職したこともあり、そうはならなかった。日本女子大時代にも手を入れて、大学の紀要にその最初の部分を載せたが、これも、大学を辞めて続かなかった。

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その後、山岸会についての研究では、『山岸巳代蔵全集』全7巻が刊行されたことが大きい。その編集員だった山口昌彦氏は、私がヤマギシ会にいたとき一緒だったこともある。この全集には、別に資料編というのが3巻あって、こちらは、愛情の問題をめぐってかなり際どい研鑽がなされているので、一般には出回っていない。ただ、資料としてはかなり注目すべきものだ。

この全集刊行によって、いままで世の中に出ていなかった山岸の文章や、研鑽会の記録が見られるようになった。『正解ヤマギシズム全輯』などは、草稿段階のものだが、これまで噂には登っても、その全貌が明らかにはなっていなかった。

そうした新資料に目を通し、そのうえで原稿を書き改めていかなければならないので、当初考えていた以上に大変な作業になっている。まあ、半分くらいしか書き直していないのではないだろうか。今後どう進めていくか、考えなければならない時期に来ている。

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