経済・政治・国際

September 28, 2009

9月26・27日(土日)長井健司さんの三回忌の法要が営まれる

土曜日はヒルズへ。『ブッダ語録オリジナル』の校正をやる。解説の文章、スペース的に足りない感じの部分も補う。夜は、長井運動関係の食事会。

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日曜日は、四ッ谷の真成院で、長井健司さんの三回忌の法要。ビルマ人や、運動のボランティアなどが集まる。今治の方ではとくにイベントが行われないので、メディアの取材も入る。私も挨拶し、愛媛新聞の取材を受ける。

終わってから、ボランティアで食事会。四ッ谷の有名な天ぷらや、天春。めいっぱいの蜆汁が名物らしい。帰ってから、ここのところ忙しく疲れたので、昼寝をする。

今週のメディアは、『週刊朝日』10月2日、新宗教を特集した週刊『ダイヤモンド』の記事についてコメントが載った。

September 19, 2009

9月19日(土)鳩山政権は団塊内閣だ

土曜日だが、『葬式は贅沢である』の原稿、新しい章を11枚ほど書く。しかし、その後が続かない。『ブッダ語録オリジナル』と、90年代研究会の本に書いた公明党についての文章の校正がくる。

あとは、書評を頼まれている仲正昌樹『Nの肖像』について書くために、著者の本を何冊か読み終え、いよいよ書評の対象になる本を読み始める。著者は、11年間にわたって統一教会の信者だった。イメージとしては、ばりばりの信者であった時代を振り返るといった内容が予想されるが、それがまるで裏切られる。簡単に言うと「ダメ信者」の記録だ。

今回の鳩山政権、もう一つの特徴としては、「団塊内閣」で、団塊の世代がいやに多い。自民党政権の時代には、団塊の世代の首相候補はほとんどおらず、この世代からは首相が出ないのかと思っていた。それが、政権交代で実現したのは、注目すべきだろう。

団塊の世代の特徴は、反米、物質主義、集団主義というところがある。給油の停止など、根底には反米思想があるのかもしれない。ほかの特徴がどう出てくるか。その点も注目する必要がある。

September 18, 2009

9月17日(木)政権交代後はじめての先端研の研究会でいろいろと興味深い話しを聞く

今日は家で仕事をする。葬式についての原稿、家の問題、祖先崇拝との関連について書いていく。これで、4章まで終わった。次の展開は、少し予定を変更して戒名のことを扱おうかと思っている。戒名の格は、葬式を贅沢なものにすることに貢献している。

夕方、先端研へ。研究室内の公共政策研究会。政権交代が起こってからのはじめての研究会なので、いろいろとそれにまつわる出来事について情報を得ることができた。

昨日の夜、新閣僚の記者会見を最初の方だけ見たが、政治主導というのは非常に大変なことだと思った。なにしろ、官僚というのは、労働時間がひどく長い。旧大蔵省では、深夜2時に同じ課に属する人間が、皆机に並んで仕事をしているという。そうした官僚をコントロールして働かせるには、政治家の側も、相当な時間を政務にさかなければならない。御厨さんの言うところでは、とても土日に選挙区に帰っているわけにはいかないだろうとのこと。ひょっとして、政治家が過労死するという憲政史上はじめての事態が訪れるかもしれない。

雑談のなかでファーストレディーのことも話題になったが、元タカラジェンヌ。もし、イタリアの首相のベルスコーニとデュエットしたら面白そうだという話しをしてみたら、それは受けた。ベルスコーニはミラノ大学を出た後歌手になり、最近もCDを出している。それが、今の先進国のスキャンダラスな首脳のあり方を象徴しているが、鳩山夫人なら、そこに入って行けそうな気がする。

September 16, 2009

9月16日(水)鳩山東大政権が誕生し究極の官僚制政治が実現する気配だ

朝からヒルズへ行き、ひたすら原稿書き。夕方は、編集者と新しい企画の打ち合わせ。夜は、読売テレビの取材で、自宅でインタビューを受ける。テーマは、「ひかりの輪」について。昨日の深夜は、ブログを書いたあとだが、週刊誌の電話取材を受ける。週刊ダイヤモンドにおける幸福の科学の扱いについて。

いよいよ民主党の鳩山政権が発足した。政権交替ということで、今回の内閣は注目されているが、東大出の首相が久しぶり誕生したことの意味は大きい。それは、宮沢喜一内閣以来のこと。宮沢内閣が倒れて、連立政権の時代がはじまったのだから、そこに戻ったのかもしれない。しかも、鳩山内閣には、東大出の閣僚が多く、ほかは京大など国立大学でほとんどを占めている。連立を組んだ社民党と国民新党の党首も東大出。主要閣僚を東大出が占めることで、官僚は非常に仕事がやりやすくなったはず。

ここのところの政権は、まるで早慶戦のようだった。民主党が、意外と着実に政権運営をしそうに見えるのも、官僚的な政治手法を身につけた政治家が多いせいだろう。官僚制打破ということばは、あまり真に受けない方がいい。むしろ、首相、閣僚を含めた広い意味での官僚が、政治を支配することになる。これまでは、閣僚の失言ということが大いに話題になったが、鳩山政権ではそれは少ないだろう。

それも、日本の社会が成熟し、国内に大きな対立がなくなって、政治の役割が、異なる立場にいる人間たちの調整の役割を果たす必要がなくなったからだ。外交の面でも、グローバル化で、国内で対立が起こるような問題が少なくなった。それも、政権を安定させることに寄与するはずだ。慶應出の小沢氏が、党務に専念するといのも大きい。内閣に入るのと入らないのとでは、ずいぶんと違ったことだろう。

おそらく、鳩山民主党政権は、あまりおもしろみのない政権になるのではないか。その分、意外に長続きするだろうが、自民党も公明党も責めてが見いだせないということも大きい。

September 15, 2009

9月15日(火)リーマンショックから一年が経ち時代は難しい方向に進んでいる

朝から家で仕事。まず、今週入稿する予定だという『ブッダ語録オリジナル』、レイアウトの都合もあり、補足すべき部分を書き足す。これは、それほど量が多くないので、すぐに終わる。ただ、古い原稿に手を入れてしまい、つじつまがあわないところがあった。それは修正する。

宗教と経済の本も、今週入稿するというので、編集者から注文がついたところを書き足す。結論部分にいれるところがあったので、そこはけっこう長くなる。

その後は、葬式の本の原稿、続きを書く。2章まで書き終え、3章のはじめを書く。

今日は9月15日で、昔なら敬老の日だが、去年はリーマンブラザーズが倒産し、100年に1度の金融危機が勃発した。もちろん、その点でメディアも注目しているが、9.11ほどのインパクトはない。いったいこの1年で何が変わったのか。少なくとも金融資本主義の傾向に歯止めはかかっていない。実体経済に悪影響が出たのは深刻で、とくに雇用の問題は大きい。中国などはそれほど大きな被害を受けていないようだが、経済発展が可能な国、地域と、それが難しい国、地域のあいだで格差が生まれるということだろうか。やはり、とても難しい時代に入っている気がする。そのなかで、どうするのか。それは、宗教と経済の本のテーマでもある。

September 11, 2009

9月10日(木)経済という現象の特殊性を思い選挙で敗れた各政党の今後の難しさを思う

朝、家で少し仕事。それからヒルズへ行く。キリスト新聞社というエキュメニカルな立場のキリスト教系のメディアから幸福実現党についての原稿を頼まれていて、締め切り日なのでそれをまず書く。5枚強ほど。果たしてこの党は今後どうするのか。党首代行が選挙で敗れた責任をとって辞任したものの、その同じ人物が党首に選出されている。大川氏は総裁。次の参院選にも出るのだろうか。気になったのは、党の役員。みな、今回の選挙に出て落選した人々だが、職業が自営をのぞくと、皆元になっていた。選挙に出るに当たって、会社や役所を辞めたようだが、それなら、相当の決断だったはず。そこらあたりのこと、どこかが取材するのだろうか。

経済と宗教の本も、一応今日までに仕上げると言ってしまっていたので、がんばっておわりにを10枚強書き上げる。これで、完成したことになる。最後に一番気になったのは、経済という現象の特殊性。それは、あまりに抽象的で茫漠としている。果たしてそんなものを人間はうまく把握できるものなのだろうか。経済学の難しさを思った。

政権から下りることになった自民党と公明党は、今後どう党を立て直すのか、まったく展望が開けないように見受けられる。自民党は政権から下りてしまい、すぐに政権を奪い返す状況にないとまったく意味をなさない組織ではないか。社会全体が官僚を含め、大きく民主党にシフトしてしまいつつある現状では、どうしようもないだろう。解党する以外、ほかに選択肢はにないように思う。

公明党は、新しい代表が自公の連立を総括するとしているが、得た物よりも、失った物の方が大きかった気がする。与党に入ることで、社会福祉などの政策は実現しただろうが、平和政党としての主張はまるで展開できなかった。選挙協力も、どんどん主体性を失う方向にむかってしまった。創価学会の人たちが素直だから成り立ったことで、それがなければ、とっくに破綻していたことだろう。

難しいのは、これからの民主党の政策との関係。政策がもともと似ているのだから、与党の提案に反対するのも難しい。そうなると、徐々に与党化していくしかないが、そうなるとさらに主体性が失われる。公明党も前途多難だ。

September 08, 2009

9月8日(火)これからも金融資本主義が続き日本経済は中国の発展に依存する状態が続くのではないだろうか

家で仕事をする。宗教と経済の第8章を書き終える。骨格はできたが、前と後ろ、そして中身を見直さないといけない。『日本宗教美術史』の校正をする。最後まで終わり、索引の方も少し手を入れる。あとは、あとがきを書くだけになってきた。大変長い作業だが、ようやく終わりが見えてきた。もう少しだ。

昨日の朝日新聞朝刊のなかに挟まれている紙面でEUの経済について書かれていた。ヒルズでは、ニューズウィークを見たら、これからの日本経済について書かれていた。その二つを読むと、なんとなくこれからの日本社会のあり方が見えてきたような気がした。日本にとって優位なのは、世界経済のこれからの牽引車になる中国がすぐ近くにあるということだろう。

この中国と、日本とは、戦争のことなどもあり、仲が良いようで仲がよくない。しかも、日本は中国から文化的な面で圧倒的な影響を受けてきたのに、今ではそれが逆転している。そんな点でも壁があり、共通点があるようでいて、ないという状態になっている。今の状況では、とてもヨーロッパのような経済統合の方向には向かえそうににが、それがかえっていいのかもしれない。経済統合が果たされると、どちらかがお荷物になることがある。

金融危機によって、多くの資産は失われたものの、金融主導の資本主義ということは少しも変わっていないし、やはりバブルを生み出すことで、金を集め、それで経済を豊かにしようとする試みがこれからも繰り返される気がする。実際、すでにその方向に向かっているが、前と違うのは、雇用の面で、失業率が上がり、それがなかなか下がりにくくなっている点ではないか。そこに、どの社会も直面する問題点があるようだが、大きな方向性としては、それほど変わっていないような気もする。資本主義2.0の世界はある意味健在なのだろう。

9月7日(月)9月11日には新宿のジュンク堂でトークイベントがある

朝、家で、宗教と経済の最後の章の構想を立てる。ネットの調子が悪く、断続的にしかつながらないので、サポートセンターに電話をする。モデムを交換してもらうことになったが、それに手間取り、ヒルズには10時半過ぎに到着する。

宗教と経済の原稿を20枚弱書き、『日本宗教美術史』の校正、これも最後の三章を読み終える。途中直す部分と、索引を確認する必要がある。あとがきも書かないといけない。

11日にジュンク堂の新宿店でトークイベントがある。9.11から8年。内容的にもそれと重なりそうだ。

「ロスジェネ世代と考える90年代」-オウムとは何だったのか-
早見慶子×島田裕巳×大澤信亮

■2009年9月11日(金)18:30~ ジュンク堂書店新宿店

ベルリンの壁だけでなく、ソビエトまでが崩壊した90年代。東西の冷戦構造がなくなったあと、アメリカは、湾岸戦争を境に仮想敵を「テロ」へと変えていった。そんな世界規模の大転換の時代、日本では何が起こっていたか?

バブル経済の崩壊。55年体制の終結に伴う政界の混乱。阪神大震災。そして、1995年3月の、あの「地下鉄サリン事件」──。

そう、ダライ・ラマとまで会見し、仏教を再生させようとしながら、「無差別テロ事件」を起こし崩壊していったオウム真理教も、この時代の象徴だ。その深い衝撃は今話題の村上春樹『1Q84』にも響いている。

今回は『カルト漂流記・オウム篇』を刊行した元過激派・早見慶子、オウムと真っ向から向き合ったアクチュアルな宗教学者・島田裕巳、話題の『ロスジェネ』 『フリーターズフリー』の編集を手がけるロスジェネ世代の批評家・大澤信亮が、オウムと現代における「信仰」ついて語り合う。

【講師紹介】

早見 慶子
元戦旗・共産主義者同盟メンバー。ソビエトの崩壊を機に、党を去る。1993年の春、キーレーンのコンサートを通じてオウム真理教と出会う。その後1995年の麻原彰晃逮捕まで交流。『I LOVE 過激派』を彩流社より出版。東京理科大学薬学部卒業。

島田 裕巳
東京大学在学中に『1Q84』の一つのモデルになっているヤマギシ会の運動に参加する。大学院修了後、日本女子大教授を経て、東京大学先端科学技術センター特任研究員などを歴任。現在同客員研究員。『オウム』『日本の10大新宗教』など著書多数。最新刊に『最新・新宗教事情』(勉誠出版)。

大澤 信亮
1976年生まれ。批評家。「フリーターズフリー」組合員、超左翼マガジン「ロスジェネ」編集委員。「宮澤賢治の暴力」で新潮新人賞評論部門受賞。主な著作に「柄谷行人論」(「新潮」)、「私小説的労働と組合」(「思想地図」)、「左翼のどこが間違っているのか?」(「ロスジェネ」)など。大妻女子大学短期大学部・恵泉女学園大学非常勤講師。

September 03, 2009

9月3日(木)公明党はすでに10数年前に消滅していたのかもしれない

朝は、『大人のための友だちのつくり方』、最後に友だちになるための5箇条というものをいれることになり、それを書き加える。それから、読書人から依頼されていた藤原聖子『現代アメリカ宗教地図』の書評を3枚ほど書く。

それから、ヒルズへ行き。夕方まで仕事。宗教と経済の原稿、イスラーム編を書き、『日本宗教美術史』の校正をする。

夜は、新宿伊勢丹メンズ館のアニバーサリーに行き、リンの売り場で、ピューリファイを使うか使わないかでどれだけ違うかを実感する。ヒッキーフリーマンの売り場では、娘の結婚式などで着ることになるモーニングを注文する。5階の売り場、かなり配置が変わっていた。

公明党の大田代表が正式に辞意を表明し、代表が交代することになった。幹事長も同じなので、大幅な人事刷新がはかられることになる。公明党も、自民党と同様に深刻な事態を迎えているが、現在の選挙制度のもとで、選挙区で勝つということは至難のわざだろう。かつては、今と定数は違うものの、59議席まで伸ばしたことがある。それが、21議席にまで減ったということは、明らかに長期低落傾向が続いていることになる。

新しい代表は、解党的出直しを宣言することになるかもしれないが、そもそも新進党に参加しようとしたときには、一度解党している。実質そのときに公明党はほとんど消滅していたと言えるかもしれない。小選挙区制の導入に賛成したのも、公明党単独で政治に参加することを辞めようとしていたからではないか。その後、自民党とパートナーを組むことで延命した形になっているが、二度と党勢が上向くことはないような気がする。いったい政治に進出する目的とメリットは何なのか。それが曖昧なかぎり、公明党に明日はないだろう。

August 26, 2009

8月26日(水)はじめて期日前投票に行くがかなり人が来ているという印象を受けた

朝から家で仕事。昨日も遅かったので、ちょっと疲れ気味。宗教と経済の本と相変わらず格闘する。第5章を昨日に引き続いて、直していく。最後までそれを仕上げ、さらに第6章の構想を立てる。最初の構想からは少しずれているが、あと3章で終わるような気がする。

最近は毎日、事務的な連絡が多くはいるようになってきた。電話、FAX、メール、郵便物に宅配便など、今日はその全部がやってきた。やはり忙しくなってきたということだろうか。

インターネット、工事が入ったはずなのに、今日もあまり調子がよくない。マンションにおけるインターネット環境は、まだ改善の余地があるのかもしれない。仕事にさしつかえるので、なんとかしてほしい。

衆院選の投票日は、利賀村のシンポジウムの帰りなので、今日、期日前投票に行く。はじめての体験だが、かなりたくさんの人がひっきりなしに出張所に来ていた。やはり、今回の選挙は関心が高いのだろう。困るのは、誰に、またどこに投票するか。毎回迷い、今回も、投票所で最終的に決める。病気をして以来、投票には必ず行くようにしている。政治には期待できなくても、一応それが国民の義務だろう。

8月25日(火)政権交代後には官僚支配が強まり東大出の研究者による法学者支配が実現されるのかもしれない

午後からヒルズへ行く。仕事をしようとするが、今日は眠くて、はかどらない。小幡さんのところに幻冬舎の編集者が訪れ、私もそれに引き続いて打ち合わせをする。次に出す葬式関係の本の話しから、最後は、小幡さんも加わって、オーディオ談義に発展した。その後、少し仕事をする。

夕方は、先端研に。特別研究会ということで、情報学環の伊東乾さんが話しをする。権力と音楽ということで、宗教建築と音響から、その権力性へと、さまざまな例をもとに話しが進む。浄土真宗とかなり密接な関係があるのは知らなかった。終わったから、本願寺やオウムについて、質問をし、見解を述べてみる。

発表が終わってから、いつものようにビールで乾杯する。他の人とも話をしたが、池内君とは、選挙後の世界は、イスラーム革命後のイランのように法学者支配に日本もなるのではないかということを話し合う。

仮に民主党が政権をとると、大幅に世代交代が進み、民主党には官僚出身者が多く、また、若い政治家はおそらく官僚に教育されて(あるいは洗脳されて)しまうので、官僚政治の傾向が強まることになるだろう。官僚批判にしても、官僚がそれをコントロールするようになる。政治家は、利権がなくなってきた分、コネクションをもっていない。そこで、これは中東などに関して起こっているらしいが、官僚は政治家の外交力ではなく、専門の研究者の力を当てにする傾向がより強くなる。そうなると、東大出の官僚的な専門家が権力をふるうようになり、首相も東大出になれれば、東大支配の時代が戻ってくる。これは、イランでイスラーム法学者の支配という理念が実現したのと似ている。まあ、そんな話しをして盛り上がる。

August 22, 2009

8月22日(土)選挙の予測を新聞で読むが自民党にも公明党にも想像以上にきつい結果が出そうだ

土曜日だが、ヒルズへ行く。宗教と経済の原稿、今日はケインズと格闘する。そもそもケインズの言っていること、本を読んだだけではわからない。そのあたりをふくめ、16枚ほどなんとか書いてまとめる。マルクスの部分と含め、もう一度見直す必要がある。

ライブラリーの新聞を見ていくと、衆院選についての世論調査の結果が発表されている。全体に、民主党の大躍進と、自民党の大幅な議席減を伝えているが、毎日新聞など、自民党は最低で68議席にとどまるという予想を出している。これは、小選挙区ではなく、比例区を含めての数。もしそんなことになれば、自民党は成り立たなくなるだろう。

公明党も、大苦戦で、選挙区では議席を確保できるかどうか、大変怪しいという結果が出ている。最初から、相当に厳しく、選挙区で全敗の可能性もあると考えていたが、だんだんその通りになってきた。今の選挙制度で、公明党が勝てるわけがないし、自民党との選挙協力は今度はきかないだろう。にもかかわらず、公明党の支持者は、公明党の候補者が立っていない選挙区では、ほとんどが自民党に投票するらしい。これは、朝日新聞に出ていた。とても律儀だが、今回はその律儀さが仇になりそうな気もする。

日本では、階層が二分されていないので、海外とは違い、二大政党がつねに拮抗するという状況にはならない。それが、政治学者などあまりわかっていない。

大川隆法の政見放送が迫力があると聞き、それをみてみる。たしかに、最初は緊張しているが、途中から、迫力が出ておもしろかった。主張は単純で、北朝鮮の脅威にいかに対抗するかと、消費税の引き下げ。後者は、小さな政府論で、国民の血税をと強く訴えていたのが印象に残る。やはり、幸福実現党は、アメリカの共和党にも通じる、宗教右派だ。ただ、これが受け入れられるかどうか。それもかなり難しそうな感じだ。

August 21, 2009

8月20日(木)今日はマルクスについて書いてみた

朝からヒルズへ行く。引き続いて、宗教と経済についての原稿と格闘する。アダム・スミスの後は、マルクスとケインズを取り上げることにする。マルクスの資本主義の行き詰まりについての考え方は、明らかにユダヤ・キリスト教の終末論にもとづくものだ。あるいは、資本という概念についても、宗教的なにおいがする。そんなところを、20枚ほど書き上げる。

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問題は、次のケインズ。経済学の世界では、極めて重要な存在だが、彼の言っていることは難解でわからない。経済学者も本当にわかっているのだろうかと、小幡さんに聞いてみたが、彼は一般理論は難しいが、金融論はまだわかりやすいと前には言っていた。ところが、最近金融論を読み直しているらしいのだが、それがわからないと言う。彼ほどの人間がわからないというのだから、本当に難しいのだろう。一応解説書を見れて、それらしくケインズの考え方がまとめられているが、それは正しいのだろうか。本当にケインズを理解している人はいるのだろうか。そんな根本的な問いが浮かんでくる。

夕方、新しい編集者が訪れ、新しい企画について打ち合わせをする。宗教業界についての本を作りたいという。企画案を見ると、これまで書いてきたことばかりなので、書けばそれほど苦労しないだろう。既成宗教を含め、宗教界がどういった現状にあるのか。それを網羅的に紹介する本になればいい。

August 12, 2009

8月12日(水)ポリシー・ウォッチのマニフェスト検証の集いを聴講する

朝家で少し仕事をしたあと、ヒルズへ。朝の時間帯は、経堂発の電車は各駅ばかりで、しかも千代田線の直通がない。それでどうしても、9時台以降になってしまう。それのほうが時間のロスがない。

ヒルズでは、宗教と経済の原稿と格闘する。マックス・ヴェーバーの議論を追っていくところだが、案外難しい。これも、これまで誤読されてきたのではないかという疑いが起こってくるが、どうなのだろうか。翻訳者の大塚久雄氏もちゃんと議論を理解しているのだろうか。

夜は、アカデミーヒルズで開かれた竹中平蔵氏率いるポリスー・ウォッチの面々による自民党と民主党のマニフェストの評価会を聴講する。自民党から出てきた田村議員は、前に小幡さんに連れられてパーティーにおじゃましたことがある。全体に、学者が政党のマニフェストをこき下ろす的な感じになったが、これでは学者の面々、あまり得したことにはならないのではないか。インターネットで中継されていて、それを見た人の反応も、傍観者的な学者が政治家をいじめている的に受け取られたらしい。

August 08, 2009

8月7日(金)なんと幸福実現党の広報局からお礼のメールが届いた

朝からヒルズへ行く。宗教と経済についての本の原稿を書く。第2章に入って、アメリカで公的資金を注入された企業の幹部が巨額のボーナスを貰った出来事にノアの箱船的な発想が見られるというところから、アメリカ人の世界観のなかに旧約聖書の「創世記」の物語がいかに影響を与えているのかを論じていくところ。3分の2くらいできる。

午後は、三五館の中野さんが来て、『ブッダ語録オリジナル』の打ち合わせ。打ち合わせ自体は簡単に終わり、なぜか衆院選での公明党の獲得議席の可能性についての話しになる。朝日の記事で、政治と宗教について書いてみないかというオファーも別の出版社から貰った。

驚いたのは、幸福実現党の広報局からお礼のメールが来たこと。私が朝日の論考で述べた「の中で宗教政党の一つとして、幸福実現党を正面から取り上げて下さっているのを見て、ありがたく感じました」とのこと、その上で、「都議選に見られるように、初めての選挙戦で試行錯誤の面も多々ございますが、漂流する日本の政治に精神的なる支柱を打ち立て、人びとを希望の未来へと導きたいという一念で、私どもは立党いたしました。まさしく、島田先生の仰る「理念を政治に」を実現すべく、全国各地で有権者の皆様に訴え続けております」と、政治への意欲が語られていた。幸福実現党の母体となった幸福の科学とのいきさつからすると、隔世の感がある。発信者は、最初に党首として名乗りをあげ、現在は広報部長をつとめるあえば直道氏だった。

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さらに、アメリカからヤマギシ会時代の友人来て、話しをする。かわいいネクタイをいただく。夜は魚真の乃木坂店に行くが、同じ仲間であるソマードの佐藤秀一君も呼ぶ。阿部、佐藤は30数年ぶりの再会となった(写真は佐藤君のみ)。

August 05, 2009

8月5日(水)赤坂迎賓館を見学に行く

午前中は家で仕事。まず、『寺門興隆』の創価学会についての原稿、手を入れて、それを送る。ちょっと素材が多いので、直すところもかなりあった。

それから、文春新書として出す予定の宗教と経済についての原稿、最初の章を直す。これがけっこう時間がかかり、最初に書いたのから5枚ほど増えて、なんとか終わりまでまとめあげる。経済についてあつかったのは、『宗教としてのバブル』以来だが、自分でも書き方がずいぶんと変わったように思った。前は、話題が飛んでいるというか、余計なことも書いていた気がするが、今回は、まっすぐと進んでいる。それは、おそらく書き手として進歩しているということなのだろうけれど、脱皮の過程である分、作業は相当にしんどい。これを乗り越えると、レベルが一つ上がることになるかもしれない。

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午後は、申し込んでいた赤坂迎賓館の見学会に行く。ネットで申し込みの締め切り日と出ていたあわてて申し込んだが、非常に興味深いものだった。いつかは、ゲストとしてここに呼ばれてみたい。

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見学を終えてから、四ッ谷の駅へ出て、ジャズ喫茶の「いーぐる」へ。前に何度か来たことがあるが、かなり久しぶり。6時までおしゃべり禁止という昔のジャズ喫茶のスタイルがとられているのが懐かしい。オーネットコールマンなどがかかっていたが、我が家のオーディオと比べると、やはり違う。好みもあるのだろうけれど、我が家のナチュラルなシステムに慣れていると、音場の広がりが物足りないし、個々の楽器の音も、透明感に欠けている。自分で考えた方向が間違っていないのを再確認したような気がした。

July 16, 2009

7月16日(木)大川隆法氏出馬の可能性が聞こえてきた

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家で仕事をする。主に『友だちの作り方』の原稿を書く。昨日帰りが遅かったせいで、効率が悪く、20枚ほどしか進まなかった。それでも、一応最後の章まで来ている。この本、同じタイトルのものがあるので、変わりそうだ。それにここまで書いた原稿、構成が少しまとまっていない。全体にどうするか、最後まで書き上げてから再構成する必要がありそうだ。

途中で、幸福実現党についての取材が入る。驚いたことに、大川隆法氏自身が出馬の可能性があるようだ。都議選では、会員さえ十分に動員できず、結果は惨憺たるものだったが、意欲は衰えていないようだ。夫人も、これまで小選挙区だったのがいつの間にか比例のトップに鞍替えしている。大川氏は、どこから出馬するのだろうか。選挙対策委員長が交代するなど、かなりあわただしい。

もう一つ驚いたのは、高校時代の同級生、渡辺氏がかつて自己啓発セミナーに参加したことがあるということ。そんなことは今まで知らなかった。彼のブログに、『新装版 洗脳体験』の感想が書かれていて、それで判明した。

政局の方、解散を間近にして、自民党内がごたごたしているようだけれど、実質的にもうこの党は存在しないのではないだろうか。仮に民主党が政権をとり、しばらくして国民の信を失ったとしても、だったら元の自民党政治に戻るかと言えば、そうではないだろう。二度と自民党に期待があつまることはない気がする。ならば、もう存在しないも同然で、次の選挙は民主党対旧自民党からわかれた小政党のような構図になるのかもしれない。そして、政権交替したあとに、野党が集まって、また政党が作られる。そんなことが繰り返されるのが、日本的二大政党制なのではないか。そのなかで、公明党はどうなるのか。ちょっとそのあたりを考えないといけない。

June 25, 2009

6月25日(木)東国原知事が日本のサルコジ日本のベルスコーニと呼ばれる日が来るのかもしれない

東国原知事の発言が、波紋を呼んでいるようだ。自民党の選対委員長が出馬要請にでむいたら、総理の座をよこせ的な発言をしたというので、反発も受けている。ジョークという説もあるが、本人は真剣なようだ。

昔なら、それは思い上がった発言ということで終わりになるのだろうが、今は情勢が違う気がする。昔、彼がそのまんま東を名乗って、テレビでタレントとして活動していた頃、名古屋のテレビ局で番組をもっていて、その番組に二度ほど出演したことがあった。その程度の縁だけれど、動向には注目すべき点があると思ってきた。

日本やアメリカではまだそこに至っていないが、ヨーロッパでは、とかく下半身の問題を起こす政治的な指導者が注目を集めている。おそらくアメリカでは、そんなスキャンダルを起こせば、すぐに地位を追われるだろうが、爛熟した文化が成立しているヨーロッパでは、プライベートな事柄と公の事柄とは区別され、私的なこと、異性問題でなにかあっても、それで政治的な姿勢が問われない状態になっている。むしろ、フランスやイタリアのように、問題を起こすような首脳の方が人気を集めていたりする。

それも、メディア社会になってきたからで、国民の支持は政治的な姿勢や政策に集まるのではなく、指導者個人の人間性によって決まるようになってきたのではないか。大衆紙に取り上げられるようなネタを絶えず提供する人物の方が、人間としての懐が広いと判断されるのかもしれない。

その点で、東国原知事は、これまでの経緯を見ると、かえって合格なのかもしれない。大阪の橋下知事は、逆に多産が売り物になっている。そこに特徴がないと、これからの政治家は人気を集めることも、支持を集めることもできないのかもしれない。果たして日本はどうなるのか。アメリカがその方向に行くことは、宗教的背景を考えればないだろうが、日本はわからない。

June 23, 2009

6月23日(火)村上氏が1999年頃に私たちの研究会に参加してくれていたとしたら今回の新作はもっと別のものになっていたことだろう

村上春樹氏の『1Q84』が依然として売れ続けている。新聞では、この本をどう読むか、特集が組まれたりしている。全体的に高い評価が与えられている気配だが、果たしてそう評価していいものだろうか。この作品、相当に問題を抱えていることも事実だ。

あれは、1999年頃のことではないかと記憶している。ちょうど私は、すべてをなげうって、『オウム』の本を執筆していた頃のことになる。本の初稿を書き上げるのに、まるまる一年を費やしたが、それと平行してオウムの問題について、研究会をはじめていた。

研究会をはじめるにあたって、私は、村上氏にも参加を打診するメールを送ってみた。ちょうど、読者との対話をするためのサイトが開設されていて、それを通して、メールと送ったのだ。どういう反応があるか、まったく予想できなかったが、村上氏からはFAXが届いた。

そのFAXは、今でも我が家のどこかにあると思うが、研究会に対して興味があるが、自分は小説家として、この問題については一人で考えてみたいと記されていた。からだの調子がよくないとも書かれていたが、それはあくまでエクスキューズのためのレトリックのように感じられた。

その研究会には、当時、オウムの問題を考える上で、最良のメンバーが集まっていたように思う。その研究会にもし村上氏が参加してくれていたとしたら、彼の認識もずいぶんと違うものになっていたのではないだろうか。逆に言えば、彼が研究会に参加しなかったことは、判断として誤りだったのではないかと思う。オウムの問題は、会った一人で考えていると、必ず袋小路に陥る。それを避けるためには、対話を続けるしかない。対話を続けないと、ある意味、オウムの信者たちが陥っていったのと同じ罠にはまりこんでしまう。今回の小説は、村上氏がその罠にすっぽりとはまりこんでしまったことを証明しているのではないだろうか。

June 18, 2009

6月18日(木)案外あっさりと公明党は民主党に寝返るかもしれない

一日家で仕事。東大受験の方法、原稿を30枚近く書く。あとは、取材。幸福実現党について答える。

その取材のなかで、少し気づいたことがある。それは、公明党のこと。今のままのスケジュールでは、都議選のあとに、衆院選がある。

もし、都議選で、民主が大きく躍進すれば、都議会の第一党になる。そのとき、民主党は、与党になり、総与党体制が確立されることになるだろう。そうなると、地方議会において、公明党が自民党とともに与党を形成しているという状況に変化が生まれ、結果的に民主党との連立という事態が生まれる。

とくに、公明党にとって一番重要な選挙は都議選で、都議選での結果が国政選挙にも影響する。都議会で民主党との実質的な連立ができたとしたら、それは国政でも可能なことになる。ということは、次の衆院選挙で、民主とが第一党になり、自民党が下野したとしたら、案外簡単に公明党は民主党につくことになるのではないか。その意味では、政局は秋にむけて大きく流動化することになる。

June 09, 2009

6月9日(火)駅前で幸福実現党がビラを配っているのに遭遇する

昼、丸ビルに行く。今年の夏、利賀村で開かれるシンポジウムにパネラーとして招かれていて、その打ち合わせをする。水野和夫さんと静岡の山村さん。日程もだいたい決まったが、いろいろ他にも試みがあるようだ。

終わってから、久しぶりにソマードへ。システムがどういった進化をとげているかを教えて貰う。それから、ソマードのシステムにブログを移行しようと思っているので、その打ち合わせもする。近々そうなることだろう。

経堂に戻ってくると、駅前で幸福実現党がビラを配っていた。党首が、交代したのをしらなかった。ホームページを見ると、候補者のリストもあがっている。各地の支部長が軒並み立候補しているようだが、学歴が出ていて、会員の属性がはじめてわかった。もし、全員が当選すると、政教分離で議員のまま宗教活動をするのは難しくなるのではないか。かつての創価学会はそれで批判を受けた。

幸福実現党については、今出ている『週刊新潮』と『週刊朝日』でコメントをしている。いったいこれからどうなるのか。選挙も近いので、その動向が注目される。

June 08, 2009

6月8日(月)国末憲人『サルコジ』はひどくおもしろく読めこれからの政治家像を予測させる

東京新聞から依頼されている原稿を書く。金融危機についての言説の背後に、ユダヤ・キリスト教的な終末論があることを指摘するもの。短い原稿なので、書き終わったが、締め切りが明日なので、一日おくことにする。

『教養としての日本宗教事件史』の前書きを書く。本の意図と、どういう基準で個々の出来事を選んだのかを書く。
後は、『手に取るように分かる東洋思想』の原稿を見るが、ここまでくると、頭が働かず、あまり進まなかった。

夕方、書店に行って、馳星周の新刊『煉獄の使徒』を買う。これも、明らかにオウム事件を下敷きにしている。こちらは、もろに出てくる感じ。ここまでくると、いったい今頃どうしたのかとも言いたくなってくる。時代の気分なのだろうか。それとも、ハードな小説のネタとしてオウム事件に行く着くしかないということだろうか。それに関連して、仕事もやってくる。

朝日新聞の国末さんが送ってくれた新潮選書の『サルコジ』を読む。このフランスの大統領のことはあまり知らなかったが、本の内容は興味深い。今の政治家のあり方がどういう方向にむかっているのかが、よくわかる。その点では、ヨーロッパが一番進んでいるのだろう。イタリアのベルスコーニも、私生活がむちゃくちゃで、とにかく注目を集めるという点で共通している。果たしてこの波は日本にも及ぶのだろうか。おそらく、家庭倫理が強いアメリカには波及しないだろう。日本でも、まだまだ儒教の影響があって、家庭が破綻した政治家はそれほど好まれない。しかし、私生活を含め、強烈な個性を発揮する政治家ではないと、これからの世界では人気を集められそうにない。たしかに日本にもそんな政治家があらわれれば、興味深いだろう。

June 02, 2009

6月2日(火)多々良学園問題について書いた原稿が載った『仏教企画通信』が送られてきた

先日原稿を書いた曹洞宗関係の通信『仏教企画通信』の第16号が送られてくる。私が書いたのは、「多額の損失を出しても企業のように責任が問われない宗教団体の認識の甘さ」というもの。今、曹洞宗では多々良学園の問題が、波紋を呼んでいるが、それについてコメントをした。曹洞宗では、宗門立の駒澤大学も投資で多額の損失を出している。過去にも、類似の問題があった。なぜ、そうしたことが頻発するのか。今回の原稿では、檀家の立場から書いてみた。

『ブッダのことば100』のブッダのことばの部分、一応第1稿というレベルまで直してみる。あと、前書きを10枚ほど書いてみる。これに解説をつけることで、本が完成することになるのだろうか。この点は打ち合わせをしないといけない。

『教養としての日本宗教事件史』のゲラが送られてくる。これには、かなり時間がかかりそうだ。

午後には、幸福の科学が立ち上げた幸福実現党について取材を受ける。今、政党を立ち上げることにどういった意味があるのだろうか。永田町界隈ではさまざまな噂が飛び交っているが、全選挙区に候補者を立てるというのだから、壮大な試みだ。果たして勝算はあるのだろうか。

April 04, 2009

4月4日(土)床屋で白髪染めをして矢野元公明党委員長の本を読む

土曜日なので仕事は休み。床屋へ行く。あまり土曜日に行くことは少ないが、やはり休みということで先客が2人いた。それでも、すぐに終わったので、それほど待たなかった。これまでは、調髪だけだったが、今日、はじめて白髪染めをしてもらう。真っ黒にはしてもらわなかった。これまで、自分でやってみることはあったが、結構それが面倒。一度やってもらえば、次に髪を切るときまではもつということなので、これからは床屋に頼むことになりそうだ。

『寺門興隆』での連載の原稿を書くために、矢野絢也元公明党委員長の『黒い手帖』という本を読む。松本清張の小説のようなタイトルだが、けっこう話題になっているようで、読者からこの本について知りたいという要望があるようだ。

一番おもしろかったというか、迫真の部分は、矢野氏の手帖をめぐるやりとりの部分。これは、裁判にもなっていて、高裁では逆転判決が出て、矢野氏の主張が通った部分だが、創価学会の側に問題があったという判断だった。ただ、後の、創価学会批判、公明党批判の部分は、矢野氏自身の体験にもとづくものではなく、他の人たちが主張してきたことをそのまま紹介しているという感じがした。その意味では、あまりおもしろくない。これをどう考えるか。明日には原稿を仕上げないといけない。

February 14, 2009

2月14日(土)水野・小幡鼎談は4時間を費やし最後が盛り上がる

朝、10時半に起きる。風邪が抜けない。とりあえず、ぼんやりして、朝食を食べ、それからヒルズへ向かう。

2時から、別冊宝島の鼎談で、水野和夫さんと小幡績さんを交えて話しをする。いろいろと水野さんの新ネタも出て、とくに後半がもりあがる。けっきょく、予定をオーバーし、6時まで話しをする。

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食事のために外に出てみると、イルミネーションが輝いていた。ヴァレンタイン・デーのせいだろう。東京タワーもいつもと違うライティングになっている。念のため、行き帰りタクシーを使う。

February 04, 2009

2月4日(水)慶應ビジネススクールで無所有について語り小幡邸の近くによる

朝、ヒルズへ行く。行方がわからなくなった会員証を再発行してもらい、ようやく「貸し出し用」を首にかけないでもよくなった。宗教美術史の直し、ようやく近現代のところに入る。一日かかって、20数枚分を直す。

夕方から、小幡さんに呼ばれていて、慶應のビジネススクールで話しをすることになっていた。そこで、日吉まで一緒に行く。研究室のある建物はたしかに新しいが、なんか空気がおかしい。とりあえず、4時半から、学生たちを前に話しをする。今回は、今までしたことのない「無所有」のことを話してみる。思った通りにはいかないけれど、無所有ということ自体を学生は聞いたことがないようだ。それは、当たり前で、世の中でそんな話しがでることもない。

終わってから、日吉の居酒屋で懇親会。学生たちは、明らかに体育会系の集まりで、小幡ゼミの正体がわかる。帰りは、私の家の近くに住んでいる学生が、車で送ってくれる。そのため、途中、小幡家のあるマンションに寄ることができた。岡本町の歌右衛門の家に近い。とても完成で、環境は抜群。小幡さんがそこに2軒も家を買った理由がよくわかった。そこに住むと、たとえ不便でも動けなくなるだろう。それほど環境はいい。

January 28, 2009

1月28日(水)オバマ演説の原文を読むと曖昧なのは日本語ではなく英語なのではないかと思えてくる

今日は一日家で仕事。いろいろと雑事をこなす。新潮新書の『創価学会』19刷が決まる。刊行されてから、4年半が経つけれど、順調に版を重ねている。こうした本は、本当にありがたい。

図書館で、週刊朝日のオバマ演説についての記事を読む。こうこくだとなぜつまらないのか、となっていたが、実際の中身はむしろ、評価する内容だった。全体に、日本の首相の演説と比較するせいだろうか、オバマの大統領就任演説に対する評価は過剰なほど高い。

しかし、新聞に全文が掲載されたのを読んでみると、どうかと思う内容だ。なにしろ、今日の事態が起こったことについて、金融の問題にしても、イラクの問題にしても、まるで反省ということがない。危機に直面しているということを強調していても、それを招いた責任がどこにあるのか、所在が明確にされていない。その上で、今までのアメリカのやり方で良いとして、その線から国民を励まそうというのは、あまりといえば、あまり。こんなものを評価する人の気が知れない。

英文を読んでみると、受け身が多用されている。これは、日本の文章には主語がなく、主体がはっきりしないというのと同じで、受け身で語られることで、いったい誰に責任があり、誰が危機を克服していくのかがまったく不明確になっている。この演説を読んでみると、曖昧なのは日本語ではなく、英語の方がはるかに危ないように思える。

一応、オバマが史上最低の大統領になると予言しているわけだが、その予言が的中する可能性を、今回の演説は示唆しているのではないか。20歳のライターが原稿を書いているという話しも聞いたが、出だしに強いアクセントを置くやり方は、あるいはラップの影響だろうか。

January 11, 2009

1月11日(日)リーマンブラザーズの墓碑は撤去されていた

朝からヒルズへ出かける。3日ほど前、リーマンブラザースの例の墓碑がなくなっているのに気づいた。夜だったので、写真が撮れなかったが、改めてそれを確認した。どうも、年末に撤去されたらしいが、気づかなかった。ハゲタカは本当に去っていったのだと思った。

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今日は、ほとんど人がいなかったので、リーディングルームでも小幡さんと話しができた。『10の悩み』の原稿、最後の3章を直し終える。各章で、格言のようなものが欲しいという編集者の要望があったので、それを考えてみる。

午後は、宗教美術史の鎌倉時代。だいたい最後まで直したが、もう少し書き足す部分を考える。最後に天台本覚思想との関連について述べたいと思いつつ、それをやり出すと面倒なので、今日は終わりにする。夕日がきれいだ。雨が降り、連休に入ったので、空が澄んでいる。そのせいだろう。

帰りに、小幡さんご夫婦と六本木のモスバーガーに行く。モスは久しぶり。ゆるキャラの話しをして、その場を盛り上げる。

Tuki

January 02, 2009

1月2日(金)問題はトヨタであってそれを報道しないメディアに問題がある

天気がよくて、寒い。2日から仕事をしてもいいかとも思ったが、とりあえず休み。来た年賀状を整理し、出していない分を出す。正月に入って年賀状を買い足したけれど、それでも足りない。また、少し買わないとならない。

録画して見ていないものなどを見る。織田裕二主演の『椿三十郞』、よく知っている映画だけに、見始めると違和感があったが、脚本がよくできているので、最後まで見てしまう。元の黒沢映画と比較すれば、言いたいこともあるけれど、これはこれで楽しめる。結局、テレビドラマもそうだが、映画は脚本だろう。

昨日、実家で途中までだが「相棒」のスペシャルを見る。出演している川原和久が、妹がいた劇団のメンバーだったこともあり、見ているようだが、昨日のはスペシャルと言いながら、名のある役者がほとんど出ていないのに驚く。テレビ局では、今、必至に経費削減をしているようだが、それがはっきりと現れている。それでもドラマが出来るのだから、いいのかもしれない。バラエティーでも、芸能人の格付けをするのを見たが、あれもほとんど費用がかからないようになっている。

今年はこの傾向にさらに拍車がかかることだろうが、そうなると、年末くらいは紅白で豪華にと思う気持ちが高まるのではないか。今回は視聴率が40パーセントを3年ぶりに超えたそうだが、次はもっと高くなるのではないか。いつでも豪華にという時代ではなくなり、その分、メリハリがきいてくるかもしれない。

年末には、仕事を失った人たちのことをニュースで取り上げていたが、結局、その大半はトヨタの季節労働者だったように見えた。実は、一番問題なのは、トヨタということなのではないだろうか。そこを追究しないとちゃんとしたニュースにならない。年史年末、街に人があふれ、その表情が必ずしも暗くないのは、トヨタのモデルの崩壊が一番深刻で、それは他の分野全体に及んでいないからではないか。テレビ局が赤字の危機を迎え、経費削減に奔走しなければならないのも、大口のトヨタがコマーシャルを控えるようになったことがかなり影響しているのではないか。

そうなると、水野和夫さんの説についても、再検討の必要が出てくる。グローバス産業とドメスティック産業との対比、これはトヨタと他の産業と読み替えることもできる。水野さんは、名古屋の出身。そういうことも影響しているのではないだろうか。

December 06, 2008

12月6日(土)無所有という考え方をもう一度議論する必要がありそうだ

アメリカのビッグ・スリーの救済のことが問題になっている。2度目の公聴会にそれぞれの会社のトップは自分の会社の車を自分で運転して出かけたとのこと。この話は相当におもしろいと思った。いったい彼らは車を運転しながら、どんなことを考えたのだろうか。会社の車のこと、車自体のこと、さらには自分の人生のことなど、アメリカの広大な大陸を走りながら、いろいろなことを考えたに違いない。朝日が昇るのを見たり、夕日が沈むのを見て何を思ったか。そこにはドラマがありそうな気がする。

とにかく、ここのところ金の話しばかりになっている。果たして人間にとって金は必要なものなのか。そういうことも考えなければいけないのかもしれない。昔ヤマギシ会にいたこともあって、「無所有」ということに関心がある。ヤマギシ会の場合には、行きがかり上、そうしたシステムを取らなければならなかったところもあるが、自分たちの集団の内部だけとは言え、金のかからない世界がそこにはあった。その背景には、所有を否定する考えがあり、そうした考え方は、ヤマギシ会に限らず、当初関係もあった一灯園にも、天理教にもある。

そこには、共産主義などのイデオロギーもからんでくるかもしれないが、より広がりをもって考えれば、知識というものはそもそも誰の所有なのか、自分の考えというものはあるのかということもある。最近では、「知財」ということが言われるが、どこかそれが熟さないのも、知識を所有することが本来できないからではないのか。

小幡さんは、資本主義が終わって、物々交換の世の中がまた来るというようなことを『日刊ゲンダイ』で話していたけれど、そのことも関係してきそうな気がする。無所有ということを軸に考えていく必要は大いにあるのではないだろうか。

December 02, 2008

12月2日(火)ヒルズの空きオフィスを見上げ打ち合わせに乱入する

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朝からライブラリーへ出かける。見上げてみると、あいている階がある。そこにはいったい何が入っていたのだろうか。上のほうでも、蛍光灯がついていない階がある。朝の10時なので、まだ営業時間ではないということもないだろう。

ライブラリーでは、悩みの原稿9を書く。ここは、死の恐怖について。これは宗教とのかかわりが深いことなので、書きやすいと言えば書きやすい。

ヒル、スパの食堂が休みの日なので、小幡さんと51階のヒルズクラブへ行く。一部だけライブラリーの会員が使えるようになっている。前に一度来たことがあるが、システムが変わっている。和風の前菜に、つみれ鍋、それにうどんを少し食べて、終りにカレーにするが、カレーはいい香辛料というか、かなりフレッシュなものがつかわれている気配だ。たまにはここへ上がるのもいいだろう。

角川の岸山さんに来てもらい、『無宗教こそ日本人の宗教である』の初校ゲラを渡す。非常にきれいなので、感激される。いつか校正が必要もないような原稿を仕上げてみたい。次の企画についても話をする。

小幡さんのところに来客多数。途中で乱入したりする。そういうことができるのが、このライブラリーの面白さかもしれない。ついでに一冊本をもらう。

November 23, 2008

11月23日(日)バブル的な実体経済というものが存在するのではないだろうか

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朝からライブラリーへ。悩みについての原稿、2を書き直し、3もかなり書き直す。

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ヒルズを見上げると、階が空いているところが目につく。そういうところはいつか埋まるのだろうか。家賃が下がっているという話しもある。

現在、金融恐慌は実体経済にも影響を及ぼしていると言われる。実際、世界的に景気後退の波が起こっている。けれども、実体経済にも2種類あるのではないだろうか。片方は、実体経済と言っていいものだろうが、もう一つにバブル的な実体経済というものが存在するような気がする。つまり、実際の価格よりもかなり高額で取引されているものがあるのではないだろうか。

たとえば、日本のCDは高い。1枚3000円したりする。それが、海外のものだとはるかに安い。おそらく最近の円高でその傾向はさらに強まっていることだろう。では、なぜ日本ではそんなに高いのか。実際の制作費がそれほど高いわけではないはず。となると、1枚のCDで利益を得ようとする人間がたくさんいて、それで価格が上がっているとしか思えない。その高い部分がバブル的な実体経済だ。

それはあらゆる分野に及んでいて、バブル的な実体経済から利益を得ている人間がたくさんいるのだろう。広告費とかもそうだろうし、高額商品は皆、その傾向があるはずだ。車も、家電と違い、安売りがないというのはおかしな気がする。なぜ家電は下がり、車は下がらないのか。バーゲンだって車にはない。

本だと再販制度というものがあり、価格が一定の維持されているが、同じことが他の分野にもあるのではないか。そして、今、金融的なバブルの崩壊が一番影響しているのは、このバブル的な実体経済の部分ではないだろうか。ならば、その部分が崩れても、まだ本当の実体経済には影響が及ばないのかもしれない。


November 22, 2008

11月22日(土)『平成宗教20年史』の見本が届き国民皆議員制度を構想してみる

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幻冬舎新書の第2弾『平成宗教20年史』の見本が届く。新書は装丁が同じなので、どのような本に仕上がっているか、だいたい予想がつくので、明けたときの感動は薄いのはちょっと残念。それにしても、宗教の話題だけで平成の20年間を終えてしまうのだから、そこが恐ろしい。そういう時代も珍しいのではないか。

後、今年は『天理教』が出る予定で、そこまで出ると、単独著作が7冊、対談の共著が2冊、文庫化が1冊で、全部あわせると10冊。ほかに、監修が1冊と共著が1冊。それでちょうど12冊。まさに「月刊島田」になった。

ふと考えてみたが、裁判員制度がはじまるなら、国会議員も同じように国民のなかから選ばれた人間が、それぞれの会期ごとに議員をつとめるということも可能ではないだろうか。本来なら、間接民主主義よりも、直接民主主義という考え方もある。一般の国民が、人を裁くのなら、法律のよしあしを判断してもいいのではないか。そうなれば、まず議員はいらなくなるし、選挙もいらない。政府の方は大統領を直接選挙するようにして、内閣は大統領が決める。

そうなれば、国民も、政治家の責任などと言っていられなくなり、責任も生じるし、政治が身近になる。議員がいなくなり、当番の国民なら手当ですむので、歳費がかからなくなり、節約になる。国会は、仕事が終わった夜になればいいし、マスコミも永田町のつまらない話題を追っていなくてもよくなる。国民の方も、いつ議員がまわってくるかわからないので、日頃勉強しなければならないし、学校教育の目的も、立派に議員をつとめられる人間を育てるということに絞れる。政府や官僚も、国民にわかるような法律を作られなければならなくなるし、妙なことはできなくなる。

そういうのよくないでしょうかね。

November 19, 2008

11月19日(水)駒澤大学だけではないでしょ損失を出したのは

朝は、家で仕事をする。宗教美術史の江戸時代の章を直し終える。あとは、近代と現代をまとめて直すことになり、それで2稿が完成するが、その後また、最初に戻って直していかなければならない。それで終わりになるはずだが、そちらもけっこう手間がかかるかもしれない。ここまで来て、ようやくどういう書き方をすればいいかがわかってきた。その視点で、見直すといくつか問題も出てくるだろう。

途中、久しぶりに上北沢図書館に調べ物に行く。前はよく利用していたが、経堂図書館が出来てからは行くこともなくなった。今回は事典なので、出向くしかない。図書館の前にあった塾が歯科医に変わっていたのは、少子化のせいだろうか。

午後は、天理教の本の後書きを書く。10枚弱になったが、研究史のような感じにもなった。案外、天理教という宗教は客観的に研究されてこなかったのかもしれない。

夕方は、先端研に。天理教の校正のため資料をあさる。どうも出典がわからないところがあり、それは、本文に引くわけにはいかないだろう。大筋では問題がなさそうなので、それで行けそうだ。

夜は、90年代研究会の原稿について、相互批判の会。久しぶりに御厨さんに会う。何ヶ月ぶりだろうか。研究会は、かなり時間がかかる。字数を守るよう、若い諸君にきつく申し渡す。

駒澤大学が資産運用で154億円の損失を出したことがニュースになっている。他の大学は大丈夫だろうか。今年の1月31日に、日経に次の記事が載っていた。これからすれば、続々損失が明らかになってくるはずだ。

大学、資産運用を積極化・日経調査
 大学が資産運用に力を入れている。
日本経済新聞社が全国の大学を対象に実施した資産運用調査によると、
回答した私立大学の30%がデリバティブ(金融派生商品)を用いた仕組み債の買い増しを検討。
国公立大学では地方債や政府保証債に資金を振り向ける動きが強まっている。
少子化で経営財源の確保が求められ、運用の重要性が高まっていることが背景にある。

 回答した176校の私大のうち、現預金や国債以外の「リスク性資産」に投資している
大学は65%にのぼった。外債投資が中心だが、株式運用の経験があるところも24%あった。

November 15, 2008

11月15日(土)要するに日本とアメリカの戦争である

要するに戦争である。もちろん、日本とアメリカの戦争である。

話は、黒船来襲にさかのぼる。さかのぼるはずだが、それはあまりに遠い。

とりあえず、第2次世界大戦、太平洋戦争である。はじめて日本とアメリカは真っ向から対決した。これだけ全面的な、しかも長期にわたる戦争というものは、世界史上でも珍しいものではなかっただろうか。アメリカは、日本を徹底的に破壊した。その点は、絶対に落とせないポイントだ。日本の都市に壊滅的な打撃を加え、最後は原爆まで使った。これで、日本はもう立ち上がれないと、アメリカは考えたであろう。

しかも、戦後の占領期において、日本の社会構造にも根本的な打撃を与えた。天皇制は存続したように見えるが、皇室は財産を奪われ、貴族制度という基盤を失った。大土地所有が難しくなり、財閥が解体された。憲法まで、改正せざるを得なくなる。それによって、軍事力を奪われる。ここまで、徹底して制度が壊されることも珍しい。

にもかかわらず、というか、アメリカの思惑とは逆に、日本を徹底して破壊することが、日本に再生の力を与えた。軍事面に経費を支払わなければならないという重荷から解放された戦後の日本は、驚異的な経済発展をとげた。

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November 05, 2008

11月5日(水)オバマは史上最低の大統領になる予感がする

朝、ライブラリーへ行く。創価学会の連載を書く。新刊の『民族化する創価学会』をからめ、最近の創価学会バッシングについて書いてみる。これで仕事は手一杯。

ライブラリーにいる間に、アメリカの大統領が決まっていく。事前の予想通り、オバマが選ばれた。世界中のメディアが注目しているとこのことだが、本当に今回の大統領にそれだけの価値があるのだろうか。前から感じているが、オバマ大統領はアメリカの歴史上最低の大統領になるのではないだろうか。

今回の金融危機でアメリカが相当に大変な事態になっていることは明らかだ。それは、たんに経済的な問題だけではなく、借金までして豊かな消費生活を送ろうとするアメリカ的なライフスタイルに大いに問題があることが露呈された結果だろう。そこには、倫理も道徳もない。それは、アメリカの外交戦略についてもいえることで、イラクでの失敗は、世界の警察官を自認してきたアメリカの役割が大幅に低下したことを意味している。経済力と武力によって、世界に対して圧倒的な影響力を行使し、その上で、外交や経済政策を進めるというやり方は、もう通用しない。

となれば、これからアメリカは、世界に対する影響力をどんどんと失っていくことになる。国内的には貧困の問題が深刻化する。そのとき、マイノリティーにしわ寄せがいくはずだが、もし暴動などが起こり、それをオバマ大統領が鎮圧するという構図になったとしたら、問題は大きくなるだろう。

テレビのニュースなどでは、アメリカの大統領が注目されるのにひきかえ、日本の首相はという言い方がされているが、今、本当に重要なのは日本の首相なのかもしれない。日本が世界に対してリーダーシップを発揮していかなければならない状況が生まれている。世界は大きく変わった。まだ、そのことに人々は十分に気づいていない。

October 27, 2008

10月27日(月)公明党の1990年代についての論文を書き上げる

御厨さんが中心になっている「90年代研究会」で論文集を出すことになっているので、昨日に引き続き、その原稿を書く。90年代における公明党の歩みを追ってみた。最初は、無党派について論じようと思ったが、実体のない無党派について論じるのは無理だと感じ、一番事情を知っている公明党を扱うことにした。

90年代の公明党は、はじめて政権入りを経験し、しかもその機会は2度まわってきた。1964年の結党以来、社公民路線いくのか、それとも自民党などの保守との連携を目指すのかで、すっとゆれ続け、それによって政権の座に近づけなかったのとは打って変わって、公明党はどの政党が中心になるにしろ、政権維持をするうえで不可欠の勢力になった。その面が明白になったのが、1990年代だった。

1999年には自民党と自由党とともに連立入りし、それ以来、すでに10年が経とうとしている。公明党は平成の時代の半分を与党として過ごしてきたことになる。しかし、今から振り返ってみれば、政権の座にとどまれてはいるものの、党勢は衰えたし、一時とは異なりキャスティングボートも握れなくなっている。しかも、最近では、公明党と創価学会に対するバッシングが再燃しており、事態は必ずしも好ましくない方向にむかっている。総選挙は遠のいたようだが、これで選挙でもあり、敗北すれば、党の存立が危ぶまれる事態が訪れないともいえない。

公明党という政党にとっては、創価学会という支持母体があることがすべてであり、そこに強みがあるとともに、弱みがある。国民政党への脱皮が課題だが、それが十分に果たされないからである。果たしてこれから公明党はどういう道を歩むのか。事態はますます難しい方向に進んでいる。

October 25, 2008

10月25日(土)金融恐慌に見る近代の終焉

問題は制度なのだと、ふと今日考えた。近代の社会においては、さまざまな制度が作られ、それによって人々の暮らしは安定し、安全なものになってきた。制度にはさまざまなものがあり、どこまでをその範囲に含めるか、それを決めるのは難しいが、たとえば、健康保険制度などは代表的なものだろう。日本では国民皆保険ということで、医者にかかる場合、保険で診療してもらうことが原則になっている。たしかに、保険制度があるおかげで、安い費用で高度な医療を受けることができる。私も、5年前に入院したとき、高額な医療にかんしては金が戻ってくる仕組みになっていたので、治療費自体はそれほどかからなかった。それは、ありがたいことではあるのだけれど、考えてみれば、相当に虫のいい話だ。

所得によって保険料はあがるものの、個々の診療ということに関しては、患者の負担は小さい。ということは、健康保険制度を維持するためには、少ない費用で高度で高額な医療が受けられるという仕組みがないといけない。もし、今保険制度が存在せず、新たに制度を作ろうとしたら、とてもそんなものはできないし、夢物語だと言われるに違いない。夢物語が可能だったのは、やはり人口の増加が前提になっていて、それほど医療費を使わない若い背だが保険に加入し、その保険金で全体をまかなう。そうした仕組みが作られたわけだ。

これは、おそらく、健康保険制度だけではなく、年金制度ももちろん、制度全般に言えることで、少ない費用で多くの見返りという制度が作られてきた。ところが、前提が人口の絶えざる増加にあるとすれば、人口の増加が小さくなったり、人口が減少に転じたら、とたんに制度は破綻する。当然のことだろう。そのときどうするか。一つは負担を増やすということで、もう一つは、税金を投入することだ。ところが、他の制度も税金によって支えられ、その税金の仕組みというか、国家の仕組みが、人口増を前提にして組み立てられている以上、今のようになれば、全体が壊れざるを得ない。

それは、公的な制度や国家だけではなく、社会全体にいえることで、人口の増加、生産力の向上などが実現されないと、全体がうまく動かない。国内でそれに必要な金がなければ、海外から調達してこなければならないが、それにも限界がある。これは、日本だけではなく、世界全体に共通して言えることで、資本主義が市場の無限な拡大を前提としている以上、あらゆる手段を使って市場を拡大するとともに、最後は、まさにマルチ商法やねずみ講に近い金融資本主義に頼るしかない。制度を支えるための金を求めて、金融市場が膨らんだが、それがマルチ商法やねずみ講と本質的に変わらない以上、どこかで破綻する。

制度の発達が、近代の産物なら、今回の金融恐慌は、近代の終わりを意味することになる。だから、株価の下落は止まらないし、あっという間に投資資金が泡と消えたため、投資のための資金をもっている人間や機関が一挙に消滅した。それでは下落を止められないし、とまらない。あらゆる対策は意味をなさない。やがてそれは、制度の崩壊という方向に向かうのではないだろうか。恐ろしいことだ。

制度はたしかに便利で、私たちはそれに頼ってきた。というか頼りすぎてきた。制度があるがゆえに、自分たちで生活を安全なものにする努力を怠ってきた。単純なことだけれど、昔は産科がなくても、子どもは生まれた。制度ではない力を、個々の地域社会が養ってきた。おそらく、これからは、自分たちで自分の身を守るために、ネットワークを作り上げていくことをしないといけないのではないか。宗教はこころの支えになったり、結束の軸にはなるが、実際的な役には立たない。

あくまで制度に頼ろうとすれば、社会を全体主義化していかなければならないが、それは無理だ。実際、社会主義はつぶれた。今の資本主義は、社会主義的な方法を取り入れることで、市場や資本の暴走を食い止めてきたが、やはりそれも無理だったことになる。ベルリンの壁の崩壊は、社会主義の終わりではなく、近代の終焉を意味したのかもしれない。

October 13, 2008

10月13日(月)オープンテラスで話をするとなぜか世界を買えるような気になってくるから不思議

朝からライブラリーへ。『平成宗教20年史』の初校のゲラを見る。こうした作業は、家だとなかなかはかどらない。ライブラリーがあって、本当によかったというか、それでもかなりしんどい。なんとか、平成10年までやりきる。これで130ページ分。あと100ページ以上ある。明日もがんばるしかないだろう。

昼、いつもの食堂で昼食をとるが、はじめてテラスで食べてみる。外に出ると人間気が大きくなるのか、小幡さんと景気のいい話をする。小幡さんのところに政府系ファンドをやってくれという話がきたら、じゃあ何を買うかということで、二人で考える。小幡さんは、ハワイはどうかと言い出す。お互いハワイなど行ったことがないが、まあいいんじゃないかという話になっていく。

私が、大学なんかどうと言い出すと、小幡さんが、だったらバークレーがいいよと答えてくる。財政事情が悪くて,いまだと買うのにいいのではということだった。アメリカの大学は、資産を運用する会社みたいなところもあるし、その意味では、金融恐慌の影響は受けていることだろう。

さらに、じゃあそれからということになり、だったらディズニーはどうかと言ってみる。世界のディズニーランドのなかで、一番いいのは浦安だし、最近のディズニー映画はけっこうめちゃくちゃだったりするし、まあ、じゃあディズニーかなというところで食事が終わる。

雰囲気は、子どもの遊びが世界征服に結びついていく『20世紀少年』のよう。二人ともおそらくどうかしているのだろうが、今の時代の雰囲気が、こんな馬鹿話を許しているように思った。

October 11, 2008

10月11日(土)金融恐慌は日本には実は無縁でもしかしたら日本が一番優位な立場に立つ予兆かもしれない

何か不思議な気がする。世界は金融恐慌の様相を呈しているわけだけれども、日本に限って考えると、その影響をまるでこうむっていないように見える。かえって、リーマン・ブラザースの破綻という事態が起こってから、日本のどこへ行っても、町の気配は明るくなっている。あるいはそれは、ここのところ海外のとくにアメリカの投資機関に牛耳られているという感覚があり、その当の投資機関がつぶれることで、やっぱりとか、ざまみろとか、そういう気分が日本のなかに広がっているのではないか。全体に、今回の危機的な事態を、もしかしたら日本人は歓迎し、そこに喜びを見出しているのかもしれない。

そこには、はっきりとした根拠がある。ここのところ、世界経済を一番こもらせてきたのは、金余りであり、豊富な投資資金が存在することで、さまざまな相場がその影響を受け、根拠もないのに、また実態とはかかわらないのに、価格が上がってきた。人類社会全体が、明らかに未曾有の金余りという事態に困惑し、ヘッジファンドのような、労せずして利益をあげようとするとんでもない存在に振り回されてきたように思う。今回の金融恐慌で、一番被害を受けたのは、そうしたヘッジファンドなのであろう。その意味では、今回莫大な金余りが解消されることで、相場は安定した方向に向かうのではないか。

そのなかで、日本はバブルを真っ先に経験したことが大きいけれど、技術力その他、世界のどの国も勝てないような技術だとか、生産力だとか、サービス力があり、それはあらゆる国の追随を許さないレベルに達している。けっきょく、戦争に負けた日本が、負けたがゆえに、軍備の拡張合戦に組み込まれず、独自に経済発展ができたことが大きいのではないか。もしかしたら、今回の事態で、日本はアメリカに勝ち、第二次世界大戦の負けを取り返したのかもしれない。

日本が世界の最先端を進み、先に、資本主義2.0の世界が経験せざるを得ないバブルと、その処理を早めに済ませておいたおかげで、いつの間にか、また世界の最先端を行くようになってきた。日本の企業も金融機関も、いまや世界の企業を買うほうに向かっている。中央銀行にしても、日本政府にしても、ここで圧倒的なプレゼンスを見せ付ける結果になったのではないか。しかも、バブルの時代のように、日本が圧倒的な勝ち組であることが、世界には知られていない。

戦後というものは、日本やドイツといった経済的な力をもつ国をいかにして抑えるかが課題だった。アメリカが軍事力をもつこで、日本やドイツの首根っこをおさえることができた。それが、いまや国の力が衰え、経済の変動をコントロールすることが難しくなっている。

その際に一番有効なのは、不正ぎりぎりレベルで金儲けをしている人間を逮捕し、起訴することだろう。投資の流れをコントロールはできないし、また、それが一番の課題であるだけに、相当難しいことがある。

October 08, 2008

10月8日(水)居酒屋タクシーならぬ投資家タクシーに遭遇する

来週、病院での診断なので、採血検査に行く。ところが、最初雨が降っていたので、自転車ではいけないかと思い、そのまま外出しようかとおもったけれど、止みそうな感じだったので、自転車で行く。検査が終わってから、ロイヤルホストで朝飯を食べ、床屋へ。床屋の親父と、健康問題をめぐって話しながら髪をかってもらう。

最近、品川へ行くことが多いが、今日も品川へ。駅のところから、無料送迎バスで、御殿山ガーデンへ。多摩大学がコーディネートしている、三菱信託の幹部研修の講師として、宗教について話をする。1時から5時半まで、2回短い休憩をとり、二度質疑応答があったものの、かなり話をする時間があった。一神教と日本の宗教を比較しながら、宗教とはいったい何なのかについて説明する。最近、無宗教について本を書いたので、その部分がけっこう話にはいってきた。質疑も活発で若干時間をオーバーして終わる。

タクシーで送ってくれたが、乗った個人タクシーの運転手、非常に理知的な話をすると思ったら、話は思わぬ方向に。最初は、居酒屋タクシーの問題が話題に出て、ああしたものがなくなったために、居酒屋タクシーをしていたものが流しに参入し、おかげで仕事が減ったとのこと。そのことを役所もメディアも理解していないというところに話が進んだが、さらに、金融恐慌の話になり、運転手は大学時代にロスチャイルドなどユダヤ人投資グループの動向について研究をしたことがあると語りだす。陰謀説ではあるが、それを聞いていると、実際に投資の話になり、今日一日でいくら損したとか、昨年は株では千数百万損を出し、一方、金では数百万儲けたということを言い出す。いったいこの運転手は何者と思いつつ、タクシーを降りた。

September 26, 2008

9月25日(木)長井健司さんの一周忌を前にしてミャンマー大使館に10万人署名をもっていく

朝で仕事をしてから、北品川へ行く。長井健司さんの死に抗議する10万人署名をミャンマー大使館にもっていくため。これまで2度署名をもっていった経験があるが、大使館は署名の受け取りさえ拒否している。今回も同じだった。ただ、今回は、今までになく多くのメディアの人たちに来てもらい、関心がかえって高まっているのを実感する。

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今回は、呼びかけ人が私一人だったので、署名を受け取るよう要求したり、ぶらさがりの記者会見に応じることになった。あましそうした事態を想定していなかったので、戸惑ったところもあるが、せっかくの機会なので訴えるべきことは訴えておかなければならないと思った。果たしてその思いがどの程度伝わったかはわからないが、意味は大いにあったと思う。

一度ライブラリーに寄って、少し仕事をし、そのあと外務省へ。担当の課長が新しく変わったこともあり、現状について意見交換をする。外務省がこの問題を非常に重要視ししていることはよくわかった。日本とミャンマーは友好国であり、こうした状況がずっと続くことは両国関係にいい影響を与えないというところでは、こちらと外務省の認識は一致している。

終わってから、赤坂見附に。『新宗教ビジネス』を出してくれる講談社の唐澤さんと、出版の前祝をする。見本は明日できるらしい。

September 25, 2008

9月24日(水)90年代研究会の合宿に上牧温泉に行く

朝、東京駅へ。「90年代研究会」の合宿へ行くために、上越新幹線に乗る。上毛高原駅まで行って、そこからバスで、上牧温泉の辰巳館という旅館に行く。ついてまもなく研究会がはじまるが、代表の御厨さんは組閣ということで来られなくなった。

メンバーが次々と発表し、私も90年代の創価学会の変容と公明党の動向について話をする。創価学会については民族化の話をし、公明党のその時代の変化と結びつけて話をしようとしたが、論文にするには、公明党の動向を先に説明し、それから創価学会のことにふれたほうがいいようだ。

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各自の発表が終わってから、温泉に入り、宴会になる。やはり温泉はいい。明日は、ミャンマー大使館に行かなければならないので、私は先に帰る。やはり先に帰る小幡さんとタクシーで上毛高原駅に行くが、けっこう寒い。しかも、駅にはほとんど人がおらず、わびしくさびしい。新幹線もすいていた。温泉に入り、アルコールも入ったので、途中眠くなる。あっという間に東京駅についた。

September 19, 2008

9月19日(金)原稿をいろいろ片付け日蓮のビジネスモデルについて考える

ヒルズでやった仕事、ワードのファイルでメールしておいたら、オフィスのバージョンが違って、2007のが家の2003では開かなかった。なんで、こんなところでも互換性がないのか、これだからマイクロソフトは困る。

仕方がないので、『新宗教ビジネス』について講談社の『本』に宣伝文を書けといわれていたので、それを書くことにする。8枚ほど書き上げる。ついでに、同じ講談社から出る『民族化する創価学会』のことにもふれてみる。この秋は、新宗教関係の本が続けざまにでることになりそうだ。

午前中、残りの時間で宗教美術史の鎌倉時代を直す。だんだんどう直せばいいかがわかってきた。とりあえず、最後まで行く。後この章は全体を見直せばいい。

午後から、日蓮遺文の勉強会に行く。今日は、「兄弟抄」が中心で、これを全部読みきる。身延期の日蓮は、彼を支え、また救いを期待する信者との関係がはっきりと出来上がってきて、布施をしてもらう代わりに、手紙で教えを説くと言う体制がうまくできあがってきている感じがする。『新宗教ビジネス』で新宗教のビジネスモデルを考えたせいか、日蓮についても一定のビジネスモデルが成り立ってくるように思えてきた。新宗教に限らず、経済という側面からもっと徹底的に宗教を見ていったほうがいいのかもしれない。それは、皇室についてもいえるかもしれない。別冊宝島に書いた皇室問題の文章、文庫化になるというので読み直してみたら、書き方が『新宗教ビジネス』にそっくりで、われながら驚く。来年くらい、本腰を入れて、皇室論を展開する必要があるかもしれない。

終わってから、福神の渋沢さんと創価学会の民族化について立ち話をする。最初は面食らっていたようだが、次第に納得してくれたのではないのだろうか。

夜は帝国ホテルのバイキングで食事会をする。なんかいい席をとってくれたような気がした。ここは、気軽でそれなりに雰囲気があるのがいい。

September 17, 2008

9月17日(水)すっかり空は秋だが世界は混乱しているようだ

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朝からライブラリーへ行く。無宗教の原稿をまず書く。とりあえず第1章22枚分を書き終える。昨日10枚書いたので、今日は10枚強。編集者に送るが、喜んでもらえた。このまま行こう。

その後、平成宗教20年史の直しをする。原稿が混乱していて、間違ったほうで直してしまった。超漢字とウィンドウズの連携がうまくいかないせいもあり、面倒なことになっている。原因がわからない。VMWAREをもう一度インストールしたほうがいいのかもしれない。

仕事が終わってから新宿へ出て、買い物をする。タワーレコードによって、二枚ほど日本人のジャズを買う。

空がすっかり秋らしくなっている。ただ空を見ているだけだと、世界経済が大変になっていることがわからない。政局も、総裁選がもりあがらないので、本当に一気に解散に行くのだろうか。誰が政権をとってもできる範囲は限られているので、おそらく何も変わらないだろう。

September 16, 2008

9月16日(火)これはアメリカの失われた10年のはじまりなのか

今日から新しい本の原稿を書き始める。日本人の信仰について、これまでとは違う角度から問題にしてみたいと思う。とりあえず、最初の部分、10枚書き上げる。まだ章の途中なので、続きは明日にまわす。

それが終わってから、宗教美術史、鎌倉時代の続きを直す。神仏習合と本覚思想との関係について、補足する。あとは、鎌倉新宗教の美術的展開を追えばいい。

3時には頭が働くなってきたので、散歩に出る。今日は、環状7号線の手前まで行く。これで往復すると、1万歩弱で、1時間かかる。一気に往復し、家に戻ってシャワーを浴びる。

リーマンブラザーズがつぶれて、世界経済は混乱している。『資本主義2.0』で水野さんと語ったことが、そのまま現実になっている感じがする。アメリカ経済が、ここから立ち直るのは相当に難しいのだろう。アメリカという国は、自分が世界をリードしている状況では、強国に思えるが、実際には、世界を操る力などないように思えてならない。これからアメリカの失われた10年がはじまるのだろうか。

September 09, 2008

9月8日(月)新聞協会に申し入れをしに行く

平成新宗教事件史、平成19年を書く。いよいよあと一項目になってきた。平成20年はまだ終わっていないし、これをどうするかが問題。事件を予測するわけにもいかない。

宗教美術史、平安後期にあたる分を書き終える。浄土教信仰から神仏習合にまで話が進んだ。次は、鎌倉時代を直さないといけない。

夕方、新聞協会を訪れ、長井健司さんのことについて申しいれをする。内容については、抗議する会のブログに出ている。組織というのは確かに難しいが、その生かし方もあるのではないか。

終わってから、ヒルズに行き、目黒の「太」で夕食をとる。月曜だというのにひっきりないしに客が来る。この店恐るべし。

September 05, 2008

9月5日(金)日本新聞協会が長井さんが銃撃されたところを撮影したテレビ局に賞を与えたのは果たして正しいことなのだろうか

新宗教事件史は平成18年を書く。これで後2年になった。現在に近づいてくると、めぼしい事件が少なくなってくる。丹念に調べないと、興味深い出来事が浮かんでこない。ちょっと時代が変わってきたということなのだろうか。とりあえず、平成20年は目前だ。

宗教美術史は、浄土教思想のところ、最後に神仏習合を付け加えることにして、調べたりしていたので、最後まではいけなかった。あともう少し。次は鎌倉時代になる。

いったい今書いているものからして、何冊先になるのかわからないが、新しい企画について、編集者と電話で話をする。一応方向性は決まったように思うが、やはりこれまでなるべく書いていないところを攻めたいと思う。それを積み重ねていけば、包括的な議論をするとき多いに役立つことだろう。

新聞協会が、長井健司さんが撃たれたときの光景を撮影したフジテレビに賞を出した。何か変な気がする。そもそもこれはフジテレビが取材した映像なのだろうか。いろいろと疑問があり、これは正していかなければならないだろう。

September 02, 2008

9月2日(火)福田総理は職責をまっとうしたのであって次は野田浜四津政権以外に今の与党が政権にとどまれる可能性はない

福田総理は、政権を投げ出したと言われているが、果たしてそうだろうか。政権発足当時の新聞などの論調を調べてみればわかるが、暫定政権だという評価がもっぱらだった。サミットまで行けば御の字で、解散権をもたないとさえ言われていた。その見通しからすれば、福田総理は、職責を十分にまっとうし、まっとうしたがゆえに退陣したことになる。なぜそれを国民は認めないのだろうか。むしろ、難しいといわれていた内閣改造を実現した点では、期待以上の働きをしたことになる。

ただ、昔なら、暫定政権といわれても、一度政権の座につけば、それに執着したものだ。それに比較すれば、福田総理の決断はとても淡白に感じられる。柔道の石井選手が言っていたように、福田総理には腹黒いものがなさすぎるのかもしれない。

これで自民党の総裁選挙になるが、もし今の与党が次の総選挙に勝とうと思うならば、野田聖子を総裁にし、公明党の浜四津を副総理格で入閣させる以外、可能性はないのではないか。そこまで果たして踏み切れるのかどうか。もし踏み切ったとしたら、民主党は相当に打撃をこうむるかもしれない。

August 27, 2008

8月27日(水)長井健司さんの51回目の誕生日に署名が10万人に達する

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朝からライブラリーへ行く。宗教美術史の密教のところを直す。一応最後まで行くが、どうもよくない。もう少し検討する必要がある。こうした作業をしていると、頭が非常に疲れる。4時間くらいやったので、それも仕方がないだろう。

小幡さんが使っているキーボードがよさそうなので、それを教えてもらい、楽天で注文する。今使っているのは、ちょっと薄っぺらくて、キーの押し具合がよくない。なぜか、小幡さんから竹中平蔵さんを紹介してもらう。アカデミーヒルズの理事長なので、よく見かけるし、最近はなんとなくお互いに軽く会釈するようになっていたが、実際に話すのははじめて。

家に戻ったら、伊勢丹のヒッキーフリーマンの売り場の人が家に来ていたらしい。25周年ということで、レターセットをもらう。

長井健司さんの、今日でちょうど10万人に達する。しかも、今日は彼の51回目の誕生日。よく集まったものだと思うが、ニュースではアフガニスタンで拉致された日本人が殺されたと伝えられている。世界はまったく平和になっていない。世界が常に戦場だということは、やはり変わらないのだろうか。

August 26, 2008

8月26日(火)もう秋の気配が漂う中長井さんの死に抗議する署名は10万人に達しようとしている

ここのところ涼しい日が続き、毎日のように雨が降っている。

3日ほど休んだが、平成新宗教事件史、11年のところを書く。それにしても、どこまで行っても、事件といってかまわないような出来事が続いている。この調子で平成20年まで行くことになるのだろうか。どうもそんな気がする。

宗教美術史、昨日気に入らなかった第3章の最後の部分を改めて書き直す。観音信仰について書いて、かなりすっきりする。明日は、ライブラリーのほうで、密教を終わらせたい。

明日は、長井健司さんが生きていたら、51回目の誕生日になる。どうも、その日に署名が10万人に達しそうだ。ここのところ、署名の数が急増している。いったいどこまで行くのか。来月には、ふたたびミャンマー大使館に署名をもっていくことになりそうだ。

August 12, 2008

8月12日(火)長井健司さんの遺品展初日に出かける

家で仕事をする。創価学会の本に一応のけりがついたので、新しい仕事に入る。今度は、平成の時代における新宗教をめぐる事件史を書くことになった。その最初として、前段階について書く。14枚ほどになった。

午後は、宗教美術史の直しをするが、前に書いたところがほとんど使えない。とくに最初の方は、何を書いていいかまったく明確になっていなかったことがわかる。議論があまり意味のない方向にむかっていて、本質的ではない。それを修正するのはかなり大変な作業だ。すでに書いたものがちゃんと使えるところが来るのだろうか。少し不安を覚える。

夕方は病院に。定期健診の結果は、まあまあというろころ。血糖値その他は問題がそれほどなく、甲状腺関係も落ち着いている。前回プロパジールの量が倍になったが、また一錠減ることになる。これは、微妙なさじ加減ということだろう。

日本テレビの汐留ジャンボリーで、長井健司さんの遺品の展示がはじまったので、初日に出かけていく。奥まったところにあって、少しわかりにくかったが、ひっきりなしに人が来ていて、多くの人は署名もしてくれている。これで、かなりの数が集まりそうだ。

そこから、ライブラリーへ。新宗教ビジネスの原稿、テキストファイルで送らなければならなかったのに、そのデータをライブラリーのコンピュータだけに残してきてしまった。それを編集者に送付する。これまであまりこういう混乱はなかったが、注意しないといけない。自宅用の新しいコンピュータを注文する。超漢字をしっかり使うには、スペックのいいコンピュータでないとやはりだめだ。仕事上のことなので、この出費は致し方がない。

July 31, 2008

7月30日(水)最後の長井健司ビデオイン

家で仕事。まず、『週刊新潮』から依頼された「マイオンリー」の原稿を書く。2枚ほどなので、すぐに書けた。それから、『ジッポウ』から依頼された原稿に手をつける。15枚ほど。午後までかかって、最後まで書くが、締め切りまで一日あるので、寝かせることにする。

午後、『週刊新潮』の記者とカメラマンが訪れ、「マイオンリー」のための写真を撮っていく。とりあげたのはクレモナMなので、スピーカーと私というアングル。原稿を見せるが、少し注文がついたので、直すことにする。

夕方、自由が丘へ。長井健司ビデオインも、一応これが最後になりそう。木下さんが高熱だというので、私がかなりしゃべる。全体をまとめるつもりで、これまでとは違う角度から話しをする。これで、トークインとあわせて、全国19カ所でイベントをしたことになる。私は、そのうち18カ所で話しをした。それにしても、よくまわった気がする。あとは、一周忌にむけて、10万人の署名を集めることに力を注ぐことになる。

July 21, 2008

7月21日(月)レジデンスの食堂で教授と実りある議論をする

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電車に乗ると、「週刊朝日」の広告が目にとまった。先週、博多にいたとき、夜電話で取材を受けていたので、どんな記事なのか寄っていったら、創価学会による皇室利用の記事が出ていた。ふとその隣を見ると、『ハリー・ポッター 現代の聖書』の広告も出ていて、びっくり。小さいとはいえ、中吊り広告になったのははじめてだ。

昨日遅かったので、目が覚めるのも遅かった。それで出かけるのがおくれ、ライブラリーについたら、すでにお昼になっていた。昼食の後、『新宗教ビジネス』の原稿を書く。第6章がだいたい終わる。一応、次の第7章までの予定。新宗教ビジネスが、一般のビジネスにも応用できるかを書く予定。

昼食も夕食も、小幡さんとレジデンスの食堂で食べる。食堂で、彼は「教授」と呼ばれている。離れた食卓では、教授の話題が出ていて、本人は照れている。今日は、けっこう彼との議論がはずみ、重要な問題について論じることができたような気がする。今の世界で政治の役割はどうか、政治家と教養の問題など。低金利で中央銀行が力を失い、政府が財政赤字で同様に力を失っているなかで、どういった人間がリーダーになるべきなのか。まったく新しい形が見えてきた。

帰りがけ、シグマで撮った写真をスーパーの機械でプリントしてみる。かなりきれい。このカメラだと、いかにも写真というものがとれる。写真が楽しくなってきた。

July 18, 2008

7月18日(金)慶應大学でのビデオインは大成功で最高級のデジカメを買ってしまう

朝、久しぶりにライブラリーへ。東京を留守にしていたので、大分いっていなかった。『新宗教ビジネス』の原稿を直す。

小幡さんと早めに昼食をとり、一緒にタクシーで慶應大学へ。はじめてのビデオイン。いったいどのくらいの人が来てくれるのかと思っていたが、予想以上に学生がきてくれた。50人くらいだろうか。しかも、試験中。大学が今回の企画に協力してくれたことが大きい。さすが、三田会の母体になった大学と感心する。長井健司シリーズの第2サイクルは、かなりいい感じで始まった。

ビデオインを聞きに来てくれた芸術新聞社の渡辺さんと、横浜へ。高島屋で開かれている「千住博展」に寄る。千住さんからくれぐれも来てくれと言われていた。そこには、『日本宗教美術史』の装丁に使われた絵の原画が展示されていた。それだけでも感激だが、その絵だけ、受ける印象がまるで違う。とても、大きな絵なので、買えるわけもないが、これは自分の絵だという思いがわいてきた。いつかきっと、自分のものになるに違いないと、勝手な妄想をふくらませる。

それから、そごうにも行き、「木喰展」を見る。すでに山梨でも見ているが、場所が変わると印象が違う。デパートのなかで、最近壊れて買えなかった目覚まし時計を買う。ついでに、ビッグカメラに行き、気になっていたコンパクトデジカメのシグマを見る。サンプルの写真を見て、やはりこの色はほかのデジカメでは出ないと思い、買うことにする。値段はかなりのものだが、これなら満足できる気がした。

最後は目黒へ行き、とんきでとんかつを食べる。

June 29, 2008

6月29日(日)沸騰都市イスタンブールを見る

今週は、火曜から土曜まで夜に用事があったので、さすがに疲れた。8時頃寝て、2時過ぎに起き、また寝て、もう一度朝方目が覚めて、また寝た。起きたら10時前だった。これでかなりすっきりした。来週はそんなことにはならないだろうが、日曜からは金沢・高岡の講演シリーズがある。次の週は広島、福岡シリーズ。これで地方でのトークインはほぼ終わりそうだ。

『ハリー・ポッター 現代の聖書』再校の原稿を見直す。何度も書き換え、初校も見たので、あまり問題はなさそうだ。

夜、NHKの沸騰都市のシリーズ、イスタンブール編を見る。まさに、宗教と経済が融合しているという話で、そこには「資本主義2.0」の世界が広がっている。イスラム回帰の動きにしても、イスラム圏への経済進出が背景にありそうだ。しかも、イスラム系の経済団体は、市場が拡大することを見越して、トルコのEU加盟に賛成する姿勢に転換したという。その選択は、現在の状況では極めて重要なものだろう。やはり一度イスタンブールに行く必要がありそうだ。日本でもいろいろなところをめぐっているとわかってくることもある。それを海外にまで広げれば、さらにわかってくることがあるに違いない。

June 25, 2008

6月25日(水)話していて新しい発見をした貴重な日だ

午前中は原稿書き。一応、進む。

昼から外へ。東北沢の駅で、かんき出版の編集者から、私が監修を頼まれた『手にとるようにわかる宗教の本』の見本を受け取る。そこから、先端研により、代々木上原の駅へ出て、ライブラリーへ。そこで学習研究社の取材を受ける。

新宗教の本を作るらしく、その巻頭インタビューを依頼されたが、話していて、いかに宗教団体をとらえるか、自分のなかにものすごいはっきりとした視点が出来上がっていることに驚く。これまでとはまったく違う角度から新宗教について語っている自分が不思議だ。いったい宗教教団とは何なのか。今執筆している『新宗教ビジネス』にはかなり生かせる話かと感じる。

そこから、タクシーで新宿へ。NSビルの店で会食をする。セッティングしてくれた人の思惑とはずれているようだが、いろいろと楽しかった。

June 24, 2008

6月24日(火)外務省とミャンマー大使館に長井健司さんの死に抗議する署名を5万人分もっていく

今日は、外務省と駐日ミャンマー大使館に、長井健司さんの死に抗議し、彼が最後まで手放さなかったビデオの返却を求める署名を5万人分もっていく。午前中は外務省へ。ミャンマーと交渉にあたっている外務省の当事者に会見し、これまでのいきさつを伺う。長井さんの妹さんが同行されているので、丁寧に説明していただいた。いろいろと難しい状況にあることを改めて確認する。

このときの取材をもとに、かなりメディアで取り上げてもらったようで、昼の段階で反応がある。今までにない手応えを感じつつ、品川のミャンマー大使館へ行く。

ミャンマー大使館の対応はまったく不誠実。署名を受け取ってもくれない。なぜ拒否するのか、それがわからない。仕方がないので、署名をポストに入れるが全部入りきれない。最後は、門の下から箱に入れて入れる。この量を見ると、署名の重みを感じる。5万人分の署名というのは尋常ではない。

これまで、さまざまな活動をしてきたのが、ここで開花した一日だった。ようやく運動がはじまったという感覚もした。これからが問題だろう。とりあえず、命日までには10万人分の署名を集めなければならない。ただ、今日持って行ったのとは別にすでに1万5000人分に近い署名は集まっている。あと一踏ん張りだろう。

June 19, 2008

6月19日(木)日蓮宗のシンポジウムに聴衆として参加する

午前中は、日本宗教美術史の原稿を書く。今日は、丸山夫妻の「原爆の図」と、平山郁夫の被爆体験について書いていくが、最初の部分は終わったが、次が全部終わらなかった。

午後から、新宿の常円寺へ。日蓮宗西部のシンポジウムに参加者の一人として出席する。先週、本門寺で語ったこともあり、日蓮宗のなかで「立正安国論」をどのように読もうとしているのかを知りたくなった。地下のホールには70名くらい集まっていただろうか。かなりの盛況。1時半から6時半まで延々と続く。

最後に、司会の渋沢さんから指名されて、考えを述べる。日蓮の原点は「立正安国論」だし、そこにこそ仏教の行動原理がある。実践をしないと、意味がないが、現在の日蓮宗は、日蓮主義の問題や創価学会のことで、かなり後ろ向きになっている。小野さんなどは、「立正安国論封印論」を主張するが、むしろ封印すべきは、「開目抄」や「観心本尊抄」ではないか。そこに宗教化していく根源があり、閉鎖的になっていく原因があるように思う。といった暴論を語る。

シンポジウムが終わってからは、近くで懇親会。

May 25, 2008

5月25日(日)ドバイは明らかにバブルだ

今度沖縄で長井さん関係の講演をすることになっているが、そのために「琉球新報」の原稿を書く。それから、ハリー・ポッターの原稿、3章と4章を改めて直す。4章の方は、最後を削ることで相当にすっきりしたが、3章が難しい。最後まで書き終わらないと、どうしていいかがわからないかもしれない。

最近、ライブラリーで専用に使うためにレッツノートのYタイプを買った。OSはVISTAではなく、XPにした。大学では、VISTAを使っているが、あまり使い勝手がいいとはいえない。東大だとネットに最初つながらないという問題もある。書店に行くと、ここのところXPをずっと使い続けることを前提にしたムックなどが売られている。たしかに、XPを使っていれば、VISTAを使わなければならない理由は見いだせない。XPまでは、新しいOSで便利になったと実感できたが、もうOSの進歩は必要ないということではないだろうか。かえって、新しいOSの出現はユーザーにとって不便で、不要だ。このままいくと、新しいOSを求めない動きも出てくるのではないか。

NHKスペシャルの沸騰都市、ドバイを見る。明らかにバブルだ。どう考えても、遠からずそのバブルが崩壊し、ドバイの街は砂上の楼閣になってしまうはずだ。恐ろしいことだが、完全に投資だけで成り立っている街なので、そこが崩壊しても、多くの住民が困るということにはならないのかもしれない。

May 13, 2008

5月13日(火)創価学会の連載をまとめた本はどうも方向性にずれがあるような

朝から天気が悪く、おまけに寒い。ここ数日、気温が低めだが、今日はいっそう寒く感じられる。

仕事は、ハリーポッター。3章を直す。半分くらいいっただろうか。その後、ちくま文庫の補足の原稿を書く。これは、10枚以上書けた。全体で50枚強になると思うので、これも半分いった感じ。あるいは、もう少し伸びるかもしれない。

午後は、ヒルズへ。「サーカス」という雑誌の取材。今の20代30代のサラリーマンがどう生きていったらいいか、『3種類の日本教』での議論を元に、何か示唆をしてくれとの注文。最初は話しがまとまらなかったが、後半、自伝、沈黙、妄想という3つの要素の重要性を指摘して、いくらかまとまってきた。話しがおもしろいと言うことで、2頁の企画が4頁だかに増える。

寺門興隆での連載をまとめてくれた原稿をプリントアウトして、それを読んでみる。すでに書いたことなので、通読するのは簡単だったけれど、どこかおもしろくない。どうも、創価学会の問題点を指摘することに力が注がれすぎていて、創価学会の組織のもつ底力に焦点があたっていない気がしてきた。インテリから見れば、こんなんでいいのかと思うが、庶民感覚からすれば、融通無碍、現実に柔軟に対応すればいいということになる。何か、昨日法隆寺から乗ったタクシーの学会運転手の語り口がヒントになるような気がする。

新宿へ出て、タワーレコードに行く。クラシックのCD、『ステレオサウンド』で推薦されていた最近の音の良さそうな録音を買ってみる。

May 10, 2008

5月10日(土)朝は徳島のFMに電話出演し神戸ではFM局用に収録しさらに長井さん講演会で話す

朝、FM徳島に電話出演する。10分くらいの出演かと思っていたら、なんと30分に及んだ。長井健司さんのことから、日本人の宗教観まで幅広く話しをすることになった。今回、FM局とのかかわりができたが、こういうメディアがいかに重要なものかがよくわかった。

それから、東京駅へ向かい、新幹線で神戸に向かう。新幹線のなかにコンピュータを持ち込んで、はじめて仕事をする。今度講演をするときのレジュメを作り、ハリーポッターの原稿も直す。途中、編集者から第1章の直したものがとてもいいというメールをもらい、それに励まされる。たしかに、一つの方向性が見えた気がする。

新神戸の駅からタクシーで、カトリック鷹取教会へ。この教会は、震災のときにキリスト像が残ったところで名高いところだ。庭には、そのキリスト像が改めてきれいに彩色され、立っている。ただし、教会の方は相当にモダンな形で立て直されていて、ちょっと見たところでは教会だとはわからない。そのなかにFMわぃわぃがあり、昔の職場の同僚、現在関西学院で教えている山中速人さんの番組用に二本収録し、さらに三本分、その局の憲法関係の番組用に収録をする。

それが終わって、三宮の勤労会館へ。長井さんをめぐる神戸でのトークイベント。神戸には運動の足場がないので、来てくれる人がどの程度いるのか心配されたが、雨の中でも結構集まってくれた。今回は、岸野さんとの二人のトーク。時間をオーバーして、話しが進む。

終わってから、山中さんにベトナム料理をご馳走になる。かなりハードな一日だったかもしれない。

May 06, 2008

5月6日(火)六本木の街は騒然としていた

朝からライブラリーへ行く。ハリー・ポッターの第2章を最後まで書き直す。無線ランのアップデートをしたとき、説明をろくに読まず、間違えたものをインストールしてしまったので、インターネットが使えなかった。こうなると、有線ランがないとどうにもならない。家に帰ってから、正しい物をダウンロードする。

昼、小幡さんと近くへ出る。マレーシア人のやっているイタリアンの店に行こうとしたら、国旗が変わっていた。インド料理の店に変わっていて、料理人も違う。ためしと入ってみたが、リーズナブルで、味も悪くない。たまには来てみるのもいいかと思うがいつまで続くかはわからない。

ライブラリーにいたときから聞こえていたが、国家主席来日にあわせて、中国大使館付近でデモが行われているらしく、その声がかなり大きく響いていた。非常に微妙な時期の来日だが、報じられているように池田大作氏と会うのだろうか。そこが注目される。

April 21, 2008

4月21日(月)久しぶりにちゃんと原稿書きをする

先週は3日間出かけてしまったので、あまり原稿が書けなかった。今日は、朝からいつものパターンで、原稿の直しと、原稿書きをする。ハリー・ポッターは、第5作をあつかった第5章が終わる。すでに映画が公開されているのはここまでで、第6作は本しかない。宗教美術史の方は、近代の部分、竹内久一、下村観山、横山大観の部分を10枚ほど書く。

午後は、寺門興隆の連載原稿をまとめるものについて、編集者と打ち合わせ。量が多いものだが、すでに本につかったものもあり、その調整をいかにするかが問題になる。

明日、90年代研究会で無党派について発表しなければならないので、そのレジュメを作る。いったいなぜ無党派が生まれたのか。考えてみれば簡単なことだが、あまり説明がされていないようにも思う。

明治学院大学の原武史さんから、ゼミで話してくれないかという依頼を受ける。面識はないが、『昭和天皇』は興味深く読んだ。その点で、楽しみだ。

March 27, 2008

3月27日(木)27日はやはり長井健司さんのことについて話しをすることになる

暖かな日が続き、桜も一気に開花し、すでに満開に近くなっている。季節としては少し早い。これでは、入学式にはもう散り始めていることになりそうだ。

少しのどが痛くて、風邪気味。たいしたことはない。日本宗教美術史の原稿を10枚以上書く。それから、ライブラリーへ。真如苑の運慶のことで、「アサヒ芸能」の取材を受ける。考えてみれば、はっきりとした目標もなく購入した武蔵村山の土地がこれでうまく活用できるようになるかもしれない。おそらくあそこに、大日如来を祀る堂宇を建てることになるのだろう。教義的にも密教なので、ぴったりする。

取材の後は、大和書房の編集者と本の打ち合わせをする。スピリチュアル・ブームをターゲットにし、なぜ宗教にかわってそうしたものが出てきたのを論じた本はどうかという。いろいろ内容について話しをするが、やはりそこには現代の病理というか、問題点があらわれているようだ。

そこから九品仏へ行き、長井健司さん関連の運動について、今後のことを打ち合わせする。やはりこうした会合は、意図しているわけでもないのに祥月命日の27日になる。2月27日は京都で講演し、1月27日は今治で講演した。その京都での講演のことが、先週の「京都新聞」に大々的にとりあげられていた。本当にありがたいことで、講演に行った甲斐があった。これは京都ならではのことで、東京でやっても取り上げられることはないだろう。東京で運動をやることの難しさを痛感する。

March 23, 2008

3月23日(日)トランスビューから贈られてきた本は

日曜日ではあるけれど、『日本宗教美術史』の原稿を10枚強書く。光悦の法華信仰と彼の作品との関係からはじめて、琳派の特質について、宇宙論と関連させながら書く。この後、どう展開させるか。浮世絵に行きたいと思うが、その関連のさせ方が難しい。近代にはいると、それなりに無理なく書けるような気がしているが、江戸時代は難しい。

大相撲、横綱の合い星決戦ということで期待してみたが、勝負はあっさり決まった。前の場所は、その時間に見なかったが、あちらの方が見応えがあった。大勝負というのは、案外あっけなく決まるものだが、来場所はどうなるのだろうか。

ここのところ、トランスビューから藤井淳『空海の思想的展開の研究』と末木文美士『鎌倉仏教展開論』が贈られてきた。前者は12,000円もする大冊。博士論文が本になったもの。後者は論文集。もう一冊、仏教関係の本が出るようだが、なんだか昔の法蔵館のようだ。

March 20, 2008

3月20日(木)地下鉄サリン事件から13年

地下鉄サリン事件から13年が過ぎた。ここのところ、オウムをめぐっては、それほど大きな出来事は起こっていない。被害者の補償問題は議論になっているが、果たして政治的な解決がなされるのか。世界全体で、テロの問題への関心が薄れていくなかで、議論は必ずしもさかんになってはいない。

事件そのものについても、実行犯などの裁判で死刑判決が確定していっていること以外、新しい情報も出ていない。謎は謎のまま残されている。逃亡犯などは、案外、身近なところにいるような気もするが、年月が経つことで、彼らも年齢を重ね、見分けがつきにくくなっているということはあるかもしれない。

では、今オウムの問題に対してどうアプローチすべきなのか。テロの恐怖が薄れるなかで、問題を立てること自体が難しくなっている。それが、時間の経過ということかもしれないが、こういう状況になってくるとは、同時多発テロの頃を考えると、かなり意外だ。たまたま対イラク戦争がはじまってから5年でもある。それも、しだいに過去のことになりつつある。21世紀はテロの時代ともいわれたが、10年もしないうちに、事態は大きく変わってしまったのかもしれない。テロが広がっていかないのは、もちろん好ましいことだが、そうしたはっきりと目に見える現象が起きないだけに、かえって世界の問題は深刻化しているようにも思える。

March 18, 2008

3月18日(火)チベットとミャンマーでの出来事に共通性はないだろうか

ハリーポッター、新しい章については映画を見てから書き始めている。3作目をまだ見ていないので、今日は手がつけられない。そこで、宗教美術史の方、第8章の南北朝から桃山時代までを最後まで書き、最初から見直して仕上げる。この章までで600枚を超えた。やはり800枚は超えることになりそうだ。次の第9章、江戸時代のところも何を書けばいいか、考えてみるが、さらに宗教美術という観点では難しい時代だ。

チベットの動向が気になるが、ことの顛末、いささか不可思議なことがある。なぜ、この時期に暴動が起こったのだろうか。暴動が起こったこと自体は事実だろうが、その原因がよくわからない。たしかに、チベットが中国によって支配されていて、それをチベットの人たちが望んでいないということはあるだろう。けれども、大規模な事件が起こるほど、とくに今情勢が悪化しているようには思えない。

それは、長井さんが亡くなったミャンマーの場合と似ている。軍事政権の支配が問題になってきたのは事実だが、昨年9月のケースも、なぜあの時点で死傷者が出るほどのデモが行われたのか、その直接の原因がわからない。そして、長井さんが亡くなったあとは、デモなどは続いていないようだ。あれはいったい何だったのか。事態があまりに突発的で唐突な点が気になる。それが、今回もチベットで繰り返されているように思える。

どちらのケースでも、僧侶が先頭に立っていたことも似ている。なぜ僧侶が運動の先頭に立つのか。それも、これまでにはないことのように思える。仏教信仰のあつい両国なので、僧侶が立ち上がる意味は、私たちが想像する以上に大きいとは思う。けれども、どちらも僧侶が先に動くというのも、不自然な気がする。政治的な抗議なら、政治的な運動をしている人間が立ち上がり、それに民衆が呼応し、その上で僧侶も参加するというのが、一般的な展開の仕方ではないだろうか。

軽率なことは言えないが、扇動している勢力が存在するのではないだろうか。そんな気がしてならない。

March 17, 2008

3月17日(月)安全・安心のプロジェクトも最終シンポジウムを迎えた

ハリーポッターの第2章、最後まで書き、全体を直す。その後、『日本宗教美術史』は6枚くらい書く。もう少しで、南北朝・室町・桃山時代の章が終わる。宗教美術なき時代をなんとか切り抜けられそうだ。

午後は、先端研に。安全・安心のプロジェクトの最終的なシンポジウム。東北沢の駅を降りて、先端研にむかっていたところ、ペットショップに、「安全・安心のキャットフード」という広告が出ていて、驚く。このプロジェクトがはじまった5年前には、こうしたことばの使い方は考えられないものだっただろう。

4時からシンポジウムがはじまり、それぞれの発表のあと、6時前からディスカッション。別に打ち合わせをしたわけではないが、御厨さんの司会で、次々と指名され、それぞれに思うところを語っていった。果たしてそれに意味があったのかどうかはわからないが、それなりに盛り上がる。

私がこのプロジェクトにかかわったのは、2年半ほど前のことだが、もうそれから時代が変わっている。あの時代には、宗教を背景としたテロということが注目を集めていた。しかし、今ではそうではないだろう。今日も、円高が進んでいるが、むしろ経済の方が多くの人の関心を集めている。時代はどんどんと変わり、それについていくのは難しい。これからいったいどういう時代になるのか。安全・安心のプロジェクトの先が重要なことになってきそうだ。

March 13, 2008

3月13日(木)無党派についてどう研究していったらいいのだろうか

ルーティンワークとして、前日に引き続き、二つの本の原稿を書く。全体で20枚ほど。いろいろ書いていると、そのつど発見があっておもしろい。筋書きは考えるまでもなくできあがっていて、ただそれを形にしていっているだけなのかもしれない。

夕方に先端研に出かける。今度、90年代研究会で無党派について発表しなければならないので、朝日新聞のデータベース、聞蔵で調べてみる。考えてみると、無党派ということばが注目されたのは、青島横山ノックの東京と大阪の知事選で、それはちょうどオウムの事件と重なっている。私にあまり明確な記憶がないのもそのせいだろう。オウム一色になるなかで、知事選のことはそれほど関心をもてなかった。それでも、当時、既成政党の人間には、無党派の行動が読めず、相当に脅威に感じていたことはわかった。これをどう深めていくか、考えないといけない。

夜は、御厨研究室の研究会。今度、国土交通省に戻る黒須さんの発表。官と学どがどのようにかかわるかというテーマ。いろいろと考えさせられることがあるが、今は両者のあいだにダイナミックな関係が失われているように思える。それは、決して好ましい事態ではないだろう。それをいかに活性化していくか、かなり難しい問題が横たわっている。

March 10, 2008

3月10日(月)小幡さんのEUバブル論はとても興味深い

午前中はハリーポッターを10枚強書き、午後は『日本宗教美術史』を8枚ほど書く。全体で20枚くらい。あと、先週行った渡邊直樹氏との読書人での対談、原稿ができあがったので、それに目を通して直す。

昨日、ヒルズのライブラリーで、小幡さんとEU自体がバブルだという話しをしたが、さっそく彼がブログで、基本的なとらえ方を書いてくれている。それを読んでなるほどと思う。夜には、NHKのクローズアップ現代で、コソボをめぐるロシアとEUとの対立について特集していたが、この問題もEUバブルと関連させて考えるべきだろう。それにしても、またしてもヨーロッパの火薬庫と言われてきたバルカン半島が問題として浮上してきている。そうなると、この問題、さらに第二次世界大戦以前にさかのぼって考えないといけないのかもしれない。

昨日の話でも、けっきょくは経済力が突出してしまいやすい日本とドイツをいかにおさえるかが、世界的な課題で、それは近代化がはじまってから今日まで続いているということが話題になった。そうなると根は深い。日本の軍国主義やドイツのナチズムの台頭も経済という側面からもう一度見直してみる必要がありそうだ。日本の経済成長にしても、大正時代に天理教が大阪などの都市部で勢力を拡大したのが、戦後の創価学会の先駆であるとすれば、相当に経済の拡大が起こっていたことになる。

February 28, 2008

2月28日(木)日曜日の京都の講演会について電話取材を受ける

昨日遅かったので、10時に起きる。最近ではめずらしい時間だ。

『3種類の日本教』のあとがきを書く。短いもの。でも、なんだかあとがきがないと締まらない気がしたので書いてみた。つづいて、水野さんとの対談本のまえがきを書く。こちらは、それなりの量があり、6枚ほど書く。創価学会の連載、今回はマイケル・ブレッカーのことを書こうと思っているので、そのメモを作る。

京都の毎日新聞の記者から、今度の日曜日の講演会について電話取材を受ける。どうして長井健司さんの死に抗議する活動にかかわったのか、また、そのなかでどういったことを考えるようになっていったのかについて説明する。記事にしてくれるらしい。

ほかに、取材の依頼が一件と、本の企画の提案が一件。いろいろと来る。

February 14, 2008

2月14日(木)無党派が流行語大賞をとったのはあの1995年だ

夜中はひどく寒かったようだ。今日の日中は少しましな感じ。それでも寒い。

『日本宗教美術史』の原稿、鎌倉時代を最後まで書く。これをもう一度見直さなければならない。それが終わってから、室町・桃山時代へ進む。ここからが、何を取り上げるか、どういう角度から取り上げるかが難しい。

水野和夫さんとの対談本、原稿があがったので、それに目を通す。かなり補足されている。全体を通読して、おおむねこれで行けそうな気がした。それほど大きく手を入れる必要はないのでないか。

90年代研究会で何か発表はといわれているが、「無党派(層)」について考えてみたくなってきた。それが流行語大賞をとったのが1995年で、受賞者は青島幸夫氏。あの年はそんなことがあったのかと改めて思うが、なぜ無党派が生まれてきたのか、その意味はどこにあるのか。90年代の政治を考える上で重要なテーマではないだろうか。

January 21, 2008

1月21日(月)世界は今、巨大なマルチ商法にはまっている

株式市場が大変なことになっている。別に株をもっているわけではないので、個人的に損害があるわけではないが、それにしても株価はよく下がるものだ。相当に損をした人もすくなくないのだろう。一昨年の3月に『宗教としてのバブル』を出した頃には、またバブルが訪れたかのような雰囲気になりかかっていた。それから比べると嘘のようだ。

これだけ日経平均が下がるのは、下がりすぎで、心理的な要因がかなり働いているのだろう。ただ、最近の相場は値動きが激しく、それほど資金力のない一般投資家には相当に難しい局面になっているのではないだろうか。儲かればもちろんいいが、損失を出した場合、それが致命的になって、回復不可能になってしまう。機関投資家なら、まだ資金があって、それをつぎ込むことで回復も出来るのだろうが、個人ではとうてい無理だ。一般投資家が投資できない環境ができつつあるようにも思う。

外から眺めていると、今の人類社会は、膨大な金余りという事態をもてあまし、過剰投資によるバブルと、その崩壊を繰り返しているように思える。いわば、世界全体が人類規模のマルチ商法に巻き込まれているようで、その悪循環から抜け出せないようだ。日本のような低金利の先進国があれば、自然と金余りを助長する。アメリカも、おそらく低金利の時代に入っていくだろうし、それはますます金余りを生み、マルチ商法をさらに巨大化していくことになるかもしれない。これは、本当に大変なことだと思う。

January 16, 2008

1月15日(火)先端研の研究会は大いに盛り上がっている

1月15日というと成人の日というイメージが強いが、それはすでに昨日終わっている。

午前、午後と原稿書き。これは毎日こつこつとやるしかない。ただ、原稿を書いていて、これまで気づかなかったことに気づくというときは、けっこう楽しい。今日もその発見があった。それは何を書こうか、メモを書いたときには気づかなかったことで、書いていたら自然とアイディアが生まれた。こんな調子で進めば、原稿を書くこと自体が発想法に結びつくのかもしれない。

夕方は、取材の相談と研究会があるので先端研に。乗った電車、落書きのようなデザインになっていた。

研究室の研究会は、ここのところ2本立て。発表したいという人が多いらしい。活発な研究室で、これはかなり貴重だ。研究会では、御厨さんが自分は総裁で、幹事役の黒須さんは幹事長、そして私は最高顧問だという指名があった。何か自民党のようだが、上しかいない奇妙な組織になっている。4時間の研究会もあっという間に過ぎ、懇親会で飲む。遅くなったのでタクシーで帰宅。『日本の10大新宗教』、また増刷になった。

January 12, 2008

1月12日(土)顕正会について取材を受ける

朝から天気が悪い。午後、顕正会について取材を受ける。この宗教、少し不思議な集団で、他の教団とはかなり性格が違う気がする。創価学会を批判しているので、学会と対比されることが多い。国立戒壇の建立を目標に掲げたり、激しい折伏を行う点では、たしかに似ている。しかし、もう少しよく見てみると、集団のあり方というか、信者の行動原理にしても、違いの方が顕著になってくる。学会の方が会員同士の関係ははるかに密で、日常的な生活のレベルで結びついている。

顕正会にとっては、創価学会という組織が存在し、本来掲げなければならない国立戒壇の建立という目標をおろしてしまっているという点が出発点になっている。その点を批判して、組織としての存在意義を見いだしているのだが、だからといって国立戒壇の建立を具体的な行動の目標にしているわけではない。組織としての目標は、折伏による会員の拡大というだけで、現在300万人という目標を掲げているが、それを達成してどうなるのか。そこがまるで明らかになっていない。会員も、折伏にだけは熱心だが、他の場面では盛り上がりを見せない。会長の浅井氏にもカリスマ性はほとんど見られない。話し方も単調で、アジテーションという感じではない。

社会的な危機を叫び、このままでは大変なことになるとしながら、そうしたメッセージが会員に共有されてもいない。会員はただただ折伏するだけ。内面的な悩みとか苦しみに教えがかかわりをもっているようにも見えない。案外、そうした組織の方が厄介なのかもしれない。教えが問題なら、その間違いを正せばいいが、そうしたものに関心を実はもっていない人間にどう迫るのか。顕正会には特有の難しさがある。

January 10, 2008

1月9日(水)実務専門家コースにはなぜか欠席者がほとんどいない

朝、『「坊っちゃん」を読む』を直す。2時間ほど仕事をして、汐留へ。長井健司さんの本のことで相談する。タイトルなどが決まる。

そこから、六本木へ。今年初めてライブラリーへ行った。そこでも、『「坊っちゃん」を読む』の続きを直す。一応最後まで行ったが、疑問の箇所などが残る。頭も働かなくなったので、コンピュータで音楽を聴く。

夜は、安全・安心の実務専門家コースの3回目。御厨研の高橋さんに国際政治の観点から国民国家のことについて話しをしてもらう。問題点が整理されていて、よくわかった。それにしても、このコース欠席者がほとんどいない。手違いで最初の回に一人これなかったのと、今回、移動で九州の方に一人行ってしまい、それで欠席者が出た。ほかは、全員がそろっている。しかも、今日は前回の水野さんや、次々回の奥津さんも参加し、ほかにもいろいろとオーディエンスが多い。終わってから、高橋さんの奥さんともども魚真で寿司を食べる。

December 13, 2007

12月12日(水)安全安心は2回目で盛り上がる

明後日から、京都と奈良へ行くので、その打ち合わせをする。京都では、山折哲雄先生と2日かけて対談をする。これは、朝日新書から来年刊行の予定。おそらく、死と宗教の問題をめぐる対論になることだろう。

その後、奈良に行き、東大寺法華堂の執金剛像の一年に一度の開扉を見る。それから、先回まわることができなかった円成寺、室生寺、長谷寺などに寄る。これらは、和辻の『古寺巡礼』には出てこない。そこから京都に戻り、密教と浄土教美術を中心にいくつか、というかいくつも寺をめぐる予定。いったいいくつまわれるものか。時間の予測が立たない。ただ、密教の影響か、京都では秘仏として公開されていないものが実に多い。それは奈良との大きな違いだ。

この2件について打ち合わせをしたあと、アカデミーヒルズで安全安心の実務専門家コース2の2回目。水野和夫さんに来ていただき、話しを聞く。受講生から3人コメンテイターを選び、短く話しをしてもらったが、議論が広がってよかった。ただ、全体で2時間なので、少々消化不良だったかもしれない。

December 01, 2007

12月1日(土)長井さんの死に抗議するシンポを傍聴した

内幸町のプレスセンターで、「長井健司さんの殺害に抗議するシンポジウム」を傍聴する。パネラーは、山路徹さん、高世仁さん、石丸次郎さん。みな、フリージャーナリスト。

シンポジウムは、山路さんの経緯についての説明からはじまる。当事者だけが知る貴重な話で、これまで報道されていないこともかなり含まれていた。長井さんが、ミャンマーに取材に行った経緯や、死後の確認作業、そして、遺体の日本への搬送など、相当に苦労したようだ。ミャンマーでは、棺という習慣がそもそもないらしい。帰国後の外務省や警察とのやりとり、ミャンマー政府の対応など。警察は、つねに自分たちも銃の脅威にさらされる危険があるので、事件の捜査にはかなり積極的なようだ。それに比較して、外務省の対応には、やはり問題がある。

一番盛り上がったのは、長井さんが危険を避けられたかどうかについての部分。山路さんが、危険なところとわかってそこに行くのがジャーナリストであり、その現場を捨てて逃げてくるなど考えられないと力説した部分。遠くからこの問題を論じていれば、危険だとわかっているのだから、デモ隊の姿を直接撮影するなど、命を落としても仕方がないという批判はあるだろう。だが、それでは本当のことなど伝えられない。一部で、長井さんの姿勢に対して、それを批判的に論じる声に強く反発したのだろう。

振り返ってみると、私がオウムの問題でバッシングを受けたときにも、軽率だとか、現実がわかっていないとかいろいろ言われた。ある意味、慎重にいくべきか、それとももっとつっこむべきか、岐路に立ったときには常に後者を選択していたように思う。それが無謀なことになるかもしれないとわかっていても、退くより、前に行くことをあえて常に選ぼうとしていた。長井さんに対する共感がどういったところから生まれてくるのか、私なりにそれを確認したように思った。

November 26, 2007

11月26日(月)長井さん殺害に抗議するシンポジウム

午前中は、『属性』についての原稿、サラリーマン系がどういうものなのかについて書く。10枚ほど書いた。

午後は、東京財団へ。橳島次郎さんが座長を務める生命倫理についての研究会に出席する。90年代の政治の研究会と同様に顧問ということで。研究会では、久しぶりに米本昌平さんと橋爪大三郎さんに会う。橋爪さんとは、去年同志社で講演したとき以来だが、米本さんとは10年ぶりくらいに会ったような気がする。二人は、毎日新聞にいっしょに行かなければならないということで、あまり話ができなかった。

研究会が終わってから、バスで六本木ヒルズへ。そこで、午前中の仕事の続きをする。10枚くらいさらにかけた。そこから新宿へ出て、買い物。CDなどを買う。

今週末には、長井健司さんの殺害に抗議するシンポジウムが開かれる。私もオーディエンスとして参加するつもりだ。その案内を掲げておく。

シンポジウム
長井健司さん殺害に抗議して

「最前線ジャーナリストの真実」


12月1日(土)12時30分~14時30分(開場12時00分)

日本記者クラブ(日本プレスセンタービル)10階ホール
千代田区内幸町2-2-1
入場無料・当日受付(先着150名まで)
【パネリスト】
山路徹(ジャーナリスト、APF通信社代表)
石丸次郎(ジャーナリスト、アジアプレス大阪事務所代表)
高世仁(ジャーナリスト、ジン・ネット代表)

主催「ミャンマー軍による長井さん殺害に抗議する会」
nagaikenji20070927@mail.goo.ne.jp(メール)
参加希望の方はできましたら事務局までお名前を事前にメールしてください。
メールをいただけていない方は、
当日人数超過の場合のみ席数の都合で入れないこともあります。

November 21, 2007

11月21日(水)実務専門家コースがはじまった

普段の仕事のやり方と入れ替えて、午前中に『日本宗教美術史』をやり、午後に『属性』の本を書いた。夜、安全安心の実務専門家コースがはじまるので、その前にライブラリーに行くことにしたため。

『日本宗教美術史』は、密教の章が最後まで行く。あとは、章の最初から見直すことになる。見直しもはじめの方はできた。この章、書き始めたのが10月16日だから一ヶ月以上かかっている。途中、奈良行きもあったので、仕方がないだろう。

午後は、ライブラリーでワークスペースを借りて仕事をする。第1章を書き出して、どうも調子が出ないので、構成を考え直してみた。それで新たに書き出したが、10枚はいかなかった。

夜は、実務専門家コースの初日。申し込みがあったうち、欠席はわずか1名だった。最初と言うことで、コースの主旨を説明し、私が問題提起をした。創価学会に絡めて、今の世界の問題点を指摘してみたけれど、なかなか難しい。メンバーは、知った顔もあれば、はじめての人もいた。昔TBSの番組でよく会った下村健一さんは今回だけの参加だが、実に久しぶり。これまで、安全安心のジャーナリストコースには出ていたらしい。このコースが終われば、安心安心のプロジェクトの職務は果たしたことになるのだろう。コースは2月まで続く。

November 16, 2007

11月16日(金)フリーな立場として理不尽な攻撃に戦いを挑まなければならないということ

『属性』についての原稿を10枚ほど書く。章のはじめから見直していて、途中で力が尽きた。午後からの勉強会のために、日蓮の遺文を読む。今回は、「顕仏未来記」が中心だ。読んでいて、昔に比べてはるかに内容が理解できるようになってきたと感じる。それが4年間の勉強の成果というものだろう。

午後から、日蓮遺文の勉強会。「顕仏未来記」のほかには、書状ばかりなので、今日で11頁も進んだ。今までにないハイペースだが、先生の話のスピード自体がものすごく早い。こんなに速いスピードで講義をする人は見たことがないし、いつにもまして加速度がついている。小松先生は、1年に一度は分厚い昭和定本に目を通すということも聞いた。それにしても神業に接したような思いがした。終わってから、『福神』刊行の体制が変わるという話を聞く。もうでないのではないかと思っている人もいるだろうが、来年のはじめには次の号が出て、その後も続くらしい。気を長くしてつきあうしかない雑誌だ。

長井健司さんについての『週刊文春』の記事が問題になっている。まだ記事自体を読んでいないが、長井さんの死に抗議するブログを読むと、その概略がわかる。私も一応フリーの文筆家ということになるが、フリーのジャーナリストというものはいっそう大変なのだと感じる。それを出版社につとめている記者が批判的に扱うことに、構造的な問題があるのだろう。しかし、フリーの立場としては、それに立ち向かい、打ち勝っていかなければならない。誰も助けてくれるわけではないし、自力で戦うしかないのだろう。表に出れば、必ず足をひっぱる人間が出てくる。それがない社会などあり得ないのかもしれない。

November 15, 2007

11月15日(木)先端研にある銅像

執筆の仕事は、『属性』を11枚ほど。『日本宗教美術史』を8枚ほど書く。密教のことについてだんだん考えがまとまってきた。新たな発展もあっておもしろい。一方、『日本人の宗教史』の再校ゲラが来る。こちらは、再校なのでそれほど面倒ではなさそうだ。『論座』の「今年の3冊」ゲラをファックスで返信する。

夕方、先端研に出かける。校内にある像、少し気になったので写真に撮ってみる。昔ここは航空研があったところで、その関係のものらしい。いかにも空に飛ぶぞという雰囲気だ。

研究室で、先日の「90年代研究会」について打ち合わせをする。やはり政治学者とほかの分野の学者とでは認識に違いがある。その違いを踏まえた上で、どう組み立てていくのか、そこが問題だろう。実務家コース、受講者が今のところ12名集まっているという。昨年度と同じくらいではないか。明日が一応の締め切りになっている。

November 13, 2007

11月12日(月)90年代研究会がはじまった

なかなか落ち着いて原稿を書く暇がない。今日はそれが可能なので、午前中は『属性』の原稿を書き、午後は『日本宗教美術史』の原稿を書く。前者が11枚、後者が4枚ほど。

夕方東京財団の研究会に出かけるため、外出。行きがけに、今度小学館から出た『日本の歴史』の第1巻を買う。『日本宗教美術史』を書き進めていると、今日本の歴史がどのように研究され、解釈されているかを知る必要が出てくる。そのとき、こうした通史は、最新の研究成果が盛り込まれているので、かなり便利で、ありがたい。とくに古代史は、新しい発見などもあり、どんどんと変化している。その基本的なところを一冊で抑えられるわけだから、どうしても読んでおく必要がある。

東京財団での研究会は、御厨さんをプロデューサとする「90年代研究会」。日本の政治が1990年代に大きく変わったという認識の元、それがどのようなもので、どういった意味をもったのかを考えようとする計画のようだ。私は、研究会の顧問を頼まれている。実は、もう一つ、生命倫理にかんする東京財団での研究会でも顧問を頼まれているので、しばらくは財団に通う日々が続きそうだ。

終わってからの懇親会で、東京財団の研究員の方の奥様が「気象予報士三田会」の会長だということを聞く。この三田会は、結成されたばかりのほやほやの集まりで、本の中でもとりあげたが、身近にそうした人がいるというのがおもしろい。

November 10, 2007

11月9日(金)大連立が迫っている状況のなかで公明党の存在意義は

『3つの属性』の原稿を書く。はじめに、20枚分がほぼできる。その後、これから見なければならない宗教美術について考えてみたが、ちゃんと表にでもしないと収拾がつかない感じだ。今年中に主要なものはまわれそうな気はしている。ただし、なかには秘仏やら、公開がめったになりものがあって、わざわざその日に出かけていかなければならないものもある。

午後は、日蓮宗西部の内部研修会で講演をする。テーマは、創価学会と公明党の現状と未来について。聴衆が日蓮宗の僧侶ばかりなので、教学についてもふれてみる。公明党については、大連立は必死と予言してみた。日本の状況全般を考えたとき、日本的な二大政党の枠組みのなかでは、どうしてもねじれ現象が生じてくることになり、大連立以外に政治を進めす手段はない気がする。そのときは、内閣と政党、与党も野党も、が対立する図式になっていくのではないか。そのような状況のなかで、公明党が存在意義を示すにはどうしたらいいのか。かなり難しい問題の気がする。

3時間の講演会のあとは、懇親会に出る。さらにその後、お茶を飲んだので、11時過ぎになり、雨も降っているのでタクシーで帰宅する。

October 25, 2007

10月25日(木)長井健司さん殺害抗議署名1万人分をミャンマー大使館へ

『日本の10大新宗教』の参考文献表を作る。少しだけれど、『日本宗教美術史』の原稿を書く。

昼から北品川へ。ミャンマー大使館に、長井健司さん殺害の抗議とビデオカメラの返還を求める署名を渡しにいくのに同行する。署名は1万を超えた。3週間での数字だから、一日平均500名の方が署名をしてくれていることになる。10万人が目標だが、とりあえず1万集まったところで大使館にわたしに行くことになった。

代表となった高世さんや石丸さんがインタフォンを通してかけあっても、大使館からは何の反応もなし。窓はすべて閉まっていて、しかも本来受付のところは新聞紙が窓にはってある。まったく応対する気がないのはかなり異常なことだ。ただ、塀に取り付けられたビデオカメラが、高世さんたちが移動したら、そちらの方に動いた。監視はしっかりしているらしい。取材陣がその光景を撮り、抗議声明も読み上げる。果たしてこの運動はどう展開していくのか。いろいろとアイディアが出される。

帰りがけ、新宿により、タワーレコードへ。プーさんと日野さんのアルバム、渡辺貞夫の一関ベイシーでのライブ、それに気になっていたあらえびすの名曲選第1集を買う。かなり高かったけれど、ちょうどポイントが2倍セールをしてたので、お得ではあった。今回出た第2集がなかったのは、もう売れてしまったということだろうか。

October 05, 2007

10月4日(木)長井健司さん殺害に抗議する10万人署名の呼びかけ

午前中は、別冊宝島の原稿に手を入れて送信。次に、寺門興隆の創価学会の原稿に手をつける。

昼前にライブラリーへ。原稿の続きを書く。それから、講談社のα新書で出す予定の水野和夫さんとの対談本について、コーディネーターになってくれた電通の渡辺さんを含め、打ち合わせをする。

それが終わってから、池袋へ。ところが、車両事故で丸ノ内線が止まっていた。あわてて、有楽町線で行く。7時からジュンク堂での苫米地英人さんのトークセッションにゲスト出演する。満員の盛況。終わってからサイン会。私の本にもサインという人が数名いた。

以下、現在行われている長井健司さんの殺害に抗議する10万人署名のお知らせを掲載する。私ももちろん、賛同し、署名している。


「 抗議文
2007年9月27日午後、貴国のヤンゴン市内にあるスーレーパゴダ付近で、 取材中だった映像ジャーナリスト、長井健司氏が、貴国軍治安部隊の軍人に至近距離から銃撃され、殺害されました。
自国の国民に対するミャンマー軍の一方的な暴力による制圧行動について、 国際的な取材活動をしていた日本人ジャーナリストの生命を、警告もなく銃で奪ったことは、 殺害を前提とした意図的かつ残虐な取材妨害行為であり、 国際社会の一員として、また日本人として、我々はこの行為を断じて許すことはできません。
しかも貴国の当局は、長井氏が亡くなるまで手離さなかったビデオカメラとテープを未だ返却していません。

われわれは貴国治安部隊軍人による長井氏の殺害について強く抗議します。
また、長井氏の殺害の経緯を明らかにするとともに、犯人の特定と厳罰を求めます。
遺品であるビデオカメラとテープも内容の消去など一切の改竄を許さず、返却することを求めます。
       ミャンマー軍による長井さん殺害に抗議する会」

長井さん殺害について
ミャンマー政府・大使館に抗議するための 上記の抗議文の賛同者を集めています。
この会は、APFの山路代表とも相談の上、 生前、長井さんと交流のあったジャーナリストや専門家などが 立ち上げたものです。
呼びかけ人を現在調整中ですが 鳥越俊太郎キャスターやジャーナリストの江川紹子さん、 河上和雄元東京地検特捜部長などの方々が すでに名を連ねています。
事務連絡先を下記に設けましたので、 趣旨にご賛同いただける方は 氏名(フルネーム)と肩書き(職業か所属先)を 下記のメールもしくはファックスにご連絡ください。
肩書きはたとえば「会社員」などでかまいません。
名前のリストとして提出しますので できるかぎりメールでご連絡をお願いいたします。

(連絡先)
http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927/(ブログ)
nagaikenji20070927@mail.goo.ne.jp(メール)
〒1060032
港区六本木7-8-25永谷リュード六本木306  
FAX  03-5772-1127

なお、ブログはリンクフリーですので いろいろご紹介してください。
http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927/
抗議文やこのメールも転送していただいてかまいません。
よろしくお願いします。
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September 28, 2007

9月27日(木)オウム事件はやはり十分に解明されていない

別冊宝島の原稿を書く。片方の原稿はできた。もう片方の原稿、最初の部分を書く。

午後はライブラリーへ。夜、アメリカから来た研究者と話をする。オウムの生物兵器開発について聞きたいとのこと。ボツリヌス菌や炭疽菌などを兵器として使おうとしていたことについて、情報がまったく得られないとのこと。たしかに、この部分は事件化していないので、こちらにも資料も情報もない。改めて、オウム事件の未解明の部分が少なくないことを確認する。

September 19, 2007

9月19日(水)早稲田型総理と慶應型総理

午前は、10大新宗教。真如苑がまだ終わらない。これまで一度も書いたことがない教団なので、いろいろと調べないと進まない。もう一日かかるだろう。

午後は、朝日新聞beの取材。総仕上げということで、いまあじゅで写真を撮られる。

安部総理退陣をめぐってクーデター説が出ているようだが、このままだと福田氏優位は崩れないだろう。これで、早稲田がまた政権を握ることになる。森氏以来のことだが、最近は、政権をめぐって早慶戦が繰り広げられているかのようだ。今のところ、小泉政権が長かったので、慶應優位なところがあるが、それまでは早稲田の方が多かった。早稲田出は、80年代以降だと、竹下、海部、小渕、森、そして福田となる。慶應出は、橋本と小泉。

こうした顔ぶれを見ていると、早稲田での総理には共通性があり、慶應出にも共通性があるように思える。慶應の場合、構造改革に熱心で、そこにはポリシーがある。構造改革とは何かといえば、けっきょくは、官の力を抑え、できるだけ民間が力を及ぼせるような体制を作ることにある。それも、官の世界に入らなかった福沢諭吉の影響だろう。一方、早稲田出の総理には、ポリシーがない。ただ、状況を読み、それを利用する才能にはたけていて、案外そつなく政権を運営していく。海部、小渕など、総理の器とはあまり思われていなかったのではないか。ところが、小渕氏が典型的だが、いつの間にか人気者になっていたりする。逆に自分にポリシーがない分、周りが働くと、うまくいったりする。

そうなると、民主党は慶應出の小沢氏だから、福田総理が誕生すると、小沢氏は行政改革的な姿勢を強めることになるのだろうか。この点は注目だ。

9月18日(火)創価学会がどういう組織なのかを説明する必要があることを悟る

午前中は、『慶應三田会』の再校、疑問箇所をたしかめて、これを完成。その後、10大新宗教の真如苑続きを書く。

午後は大学へ。研究室内の公共政策研究会。その前に、図書室で取り寄せて貰った本を受け取りに行く。不思議なのは図書室の女性。いつも裸足。なんだか不思議な感じがする。

研究会は二部構成。最初は、放送大学の修士課程に在籍している近藤さんの発表。小泉政権における竹中平蔵氏の役割について。放送大学の先生の紹介で御厨さんに行き着いたようだが、そうしたことが可能なのが放送大学のよさだろう。私も放送教育開発センターにいた縁で、2度くらい卒業論文の副査をしたことがあるが、主査は文化人類学の祖父江先生だった。常勤のスタッフもなかなかすごいが、その紹介でさらにいろいろな、しかも一流の先生につながれるという点で、放送大学はなかなかのものだ。学生も社会人が主体なので、指導も難しいのかもしれない。

研究会の後半は、政策大学院大学の竹中治堅さんが、私の『公明党vs.創価学会』を書評してくれた。疑問点などに答えているなかで気づいたのは、創価学会の組織のイメージが一般にはあまり理解されていない点。幹部会でまったく議決が行われなかったりすることは、ちょっと普通の組織とは違うのかもしれない。そもそも昔創価学会研究を熱心にしていたのは共産党系の人たち。彼らにとっては、鉄の団結を誇った共産党という組織が組織を考える際のモデルになっていて、それを創価学会にも応用してしまったのではないか。しかし、政治組織と宗教集団では、まるで原理が違う。指示系統も明確でないし、上の指示が下まで簡単に浸透するわけではない。どうもそのあたりのことを説明しないと、創価学会のことも理解してもらえないことがわかった。私も、創価学会のことを日頃、宗教関係の人たちにしているので、その努力を怠ってきたようにも思う。大いに反省する。

September 15, 2007

9月14日(金)あの日、三軒茶屋で歴史を回顧していた人が首相になりそうなことの不思議

10大新宗教、昨日訪れた真如苑について書く。6枚ほど。資料を送ってくれるようだし、図書館に関連図書を頼んでいるので、それも見なければならない。真如苑が終われば、あとはGLAを書き、その後、まとめを書くことになる。

午後はライブラリーへ。3日続けていったことになる。なんだか、最近ここになじんできた気がする。堀さんの作った創価学会関係の文献目録を見せて貰い、意見を述べる。1000頁にものぼる目録は圧巻だが、これを使えるようにするには手間がかかりそうだ。

夜は、電通の渡辺さんの仲介で、エコノミストの水野和夫さん、外務副報道官の谷口智彦さんと銀座アスター本店で会食。谷口さんとははじめて。お子さんが、渡辺さんと私の母校、西高に通っておられるとのこと。昨日真如苑で案内してくれた人の一人も西高の後輩だった。アスターはさすが老舗で落ち着く。水野さんとは今度共著で出す予定の本について少し打ち合わせをする。

自民党の総裁選の動き、いつの間にか、福田擁立に向かっている。このブログで書いたけれど、去年の9月、安部総裁が誕生することになる自民党の総裁選挙の公示日の夜、三軒茶屋の文教堂で、福田氏が入ってくるのに遭遇した。何を読むのかと見ていたら、歴史書のコーナーに行き、日本の歴史の本を見ていた。もうこれで歴史回顧に傾いていくのかと思っていたら、亡霊のようによみがえってきた。そこが政界の不思議なところだけれど、果たして一度過去の人になった政治家に首相はつとまるのだろうか。首相の力が昔よりはるかに重要になっている状況のなかで、福田氏では力不足のようにも思える。

September 12, 2007

9月12日(水)舛添政権10月解散

安部首相が突然退陣した。驚きだが、前にこのブログで、安部首相は、細川首相のように途中で政権を投げ出すのでないかと書いた気がする。ちょっと調べてみたが、今のところ、その箇所に行き当たっていない。おぼっちゃんとは、そういう無責任さをもっている存在だと思う。

次の首相として、麻生氏の名前があがっているが、どうだろうか。今首相になるのは得策と思えないが、政治家というのはとにかく首相になれさえすれば、先のことは考えない動物なのかもしれない。自民党として、今一番いいのは、舛添要一首相で10月解散ではないだろうか。ほかに、今の難しい状況を打破する手はない。もし桝添氏が首相になれば、人気は高まるだろうし、それに乗じて総選挙に打って出れば、今予想されているほど、自民党は負けないのではないか。なんとか政権を維持し、今の内閣の陣容を維持すれば、それが一番いいのではないか。ついでに、空いた厚生労働大臣に片山さつき氏を入閣させれば、人気は確実に高まる。そんなことでもしないかぎり、自民党政権の延命は不可能ではないか。問題は、それだけの度胸があるかだが、果たしてどうなるか。

公明党だって、こんなめちゃくちゃな政権につきあうわけにもいかないだろう。さっさと政権を離脱し、その上でキャスティングボートを握った方が賢い。正念場ではあるけれど、みんな度胸がないから、この通りにはいかないかなあとも思う。

September 11, 2007

9月11日(火)9.11に思う

9.11から6年が経った。今でも、テレビで見た異様な光景は忘れていない。超高層ビルにつっこむ旅客機。いったい何が起こったのか、最初はまったくわからなかった。

現在では、イラクのことが問題になっているが、アメリカはテロの首謀者としたビンラディンをつかまえられなかった。彼は現在も健在でメッセージを発している。そもそも、テロとの戦いの中身が問題なのではないだろうか。テロを実行したのが、つねに破壊活動をめざしているテロ集団なら、その集団を攻撃し、破壊すればいい。しかし、9.11の実行犯がその典型だが、彼らはテロ集団ではない。テロを実行するために一時的にできた集団であり、自爆することによってその集団はそのまま消滅してしまった。その後のテロも、その実行犯となったのは、それまでテロ集団で活動していた人間ではなく、テロを思い立って、そのために組織化を進めた人間たちだ。

テロを起こすのは、テロ集団ではなく、テロという思想なのではないか。そうであれば、アメリカの戦略はまったく意味がない。テロの思想に影響された人間たちが、テロを実行するプロセスを感知し、それを事前に潰さない限りテロは防げない。それは、ひどく難しいことだけれども、テロ支援国家を攻撃することでは解決しないのはたしかだろう。オウムにしても、テロ集団ではなかった。ただ、その集団のなかに、テロの思想が注入されることで、彼らは無差別殺人を実行した。そうしたテロの構造をもう一度考え直すべきではないだろうか。

August 28, 2007

8月28日(火)お友達内閣という表現はおかしい

10大新宗教、天照皇大神宮教のなかで、璽光尊のことについて述べることにする。璽光尊のこと、双葉山が警察の手入れに大立ち回りをしたということだけが伝えられてきたが、結構それまでの歴史もあり、それ以降の歴史もあり、興味深い。調べながらなので、あまり枚数は稼げなかった。おそらく明日、この項目が終わりそうだ。

午後は、朝日新聞beの取材のために、ライブラリーへ。日本女子大で教えるようになるまでの一代記を語った感じ。すでに取材は3度目だが、もう一度話さなければならないことがある。それは、来週。

昨日、第2次安部内閣のことについて書いたけれど、世間では、最初の内閣は、「お友達内閣」ともっぱら言われている。ところが、見てみると、第1次にしても、今回の第2次にしても、閣僚のなかで、首相が2番目に若い。つまり、ほとんどの閣僚は首相の年上で、これではとてもお友達とは言えない。第1次のときの首相補佐官や官房長官との関係から、お友達ということばが出てきたのだろうが、年上ばかりに対してお友達というのは表現として適切ではない気がする。

年上ばかりに囲まれた首相というのはどうなのだろうか。自分がそうだったらやりにくいし、他の閣僚に物を頼むにしても、命じるということにはならず、お願いするということになるはずだ。ただ、今回幹事長になった麻生太郎氏の年齢で考えると、とたんに年下が増える。ということは、今回の組閣は、麻生氏によるものなのだろうか。そして、前回も、実は、中川元幹事長が実質的な力をふるっていたのではないか。ただ、首相補佐官だけが、安部首相が選んだということではないのだろうか。顔ぶれを見ていると、そんな気がする。果たして、安部内閣は、お友達内閣なのだろうか。そもそも、安部内閣なのだろうか。

August 27, 2007

8月27日(月)東大・中大政権が誕生した

まだ暑い。10大新宗教、天照皇大神宮教について書く。このなかで、同じ終戦直後に注目を集めたということで、璽光尊にもふれるつもり。10枚ほど書いたら、頭が働かなくなった。

新宗教関係の本は、大学の方においてあるので、とりにいく。冊数が多そうなので、自転車で行った。大学、行ったのはかなり久しぶりだ。コンピュータの方、ヴィスタになって、使うまでに時間がかかるようになった。やはり重すぎるのではないだろうか。もっと軽く動くOSにしないと、買い換えにも結びつかないはずだ。なぜか、PDFのファイル印刷しようとしたらできなかった。家でXPだと見られたので、ヴィスタのせいではないのか。

御厨さんも来ていて、今日は忙しいのではと聞いたみたら、これからだという答えが返ってきた。たしかに組閣が終わらなければ、コメントもできないだろう。

その安部改造内閣、大臣の出身大学を調べてみた。東大をはじめ、国立大学が多い。中大が多いのは、二階総務会長が中大の法学部のせいだろうか。東大と中央は、今自分がかかわっている大学だ。よって東大・中大政権と名付けよう。

首相 安倍晋三 成蹊大法
総務相 増田寛也(民間) 東大法
法相 鳩山邦夫 東大法
外相 町村信孝 東大経
財務相 額賀福志郎 早大政経
文部科学相 伊吹文明(留任) 京大経
厚生労働相 舛添要一 東大法
農相 遠藤武彦 中大法
経済産業相 甘利明(留任) 慶大法
国土交通相 冬柴鉄三(留任) 関大法(二部)
環境相 鴨下一郎 日大医
防衛相 高村正彦 中大法
官房長官 与謝野馨 東大法
国家公安委員長・防災相 泉信也 九大工
沖縄・北方相 岸田文雄 早大法
行政改革・金融相 渡辺喜美(留任) 早大政経・中大法
経済財政相 大田弘子(留任) 一橋大
少子化相 上川陽子 東大教養

東大 6
中大 3
早大 3
京大 1
九大 1
一橋大 1
慶大 1
関大 1
日大 1
成蹊大 1

August 20, 2007

8月20日(月)各国首脳の出身学校を調べてみた

10大新宗教の原稿、次の大本に入る。12枚強書くと、もう頭が働かない。それにしても、大本というのはとらえどころのない宗教だと思う。

朝日の方から、『公明党vs.創価学会』重版決定の知らせが届く。初刷が多かったので、重版までに2ヶ月かかった。いくつか誤植や事実誤認などがあるので、それを直す作業をする。これで、ほぼ大丈夫だろう。

久しぶりに、『ステレオ・サウンド』を買う。6月に出た号だが、まだ近くの書店にあった。そろそろオーディオのグレードアップというか、買い換えの時期が来ている気がする。費用もかかるので、そんなに大幅には改善できないだろうが、徐々に考えていきたい。その参考に、『ステレオ・サウンド』を読むことにする。この会社、六本木ヒルズから麻布十番よりにある。あのなかに、視聴室があるかと思うと、一度は行ってみたい気がする。

ちょっと気になって各国の首脳の出身学校を調べてみた。欧米の大統領や首相は、みな世界的に名前の知られた一流の大学を出ている。ブッシュがイェール大学というのはよく知られているが、フランスのサルコジ大統領もパリ大学の卒業だ。それに比較して、東アジアのトップは、意外と一流の大学を出ていない。韓国だと、大統領はたたき上げや軍関係の出身が多いが、首相になると、ソウル大学とか、梨花女子大とかを出ている。中国は、今の国家主席も首相も、技師を養成する大学の出身だったりする。そのなかで、我が国の首相はどうなのだろう。やはりちょっと心配になる。

August 08, 2007

8月8日(水)加藤紘一氏が離党すれば政権交代が起こるに違いない

とにかく暑い。いやになるくらいだ。朝、少し早く目が覚めてしまい、その影響で、眠くて、頭がまわらない。それでも、書き始めて10大宗教の原稿、はじめにを最後まで書く。はじめにだけで25枚ほど。最初から見直したけれど、最後までは終わらなかった。

合間に、昨日買ったCDをかけてみるが、「マイルス・イン・トウキョー」、音がすばらしい。DSNマスタリングはやはり格段に音が違う。このシリーズ、少し前に出ているけれど、集めてもいい気がした。

夕方、神楽坂へ。三修社の編集者と三田会の原稿について打ち合わせ。どのように修正したらいいか、編集者の方からいいアイディアが出たので、それにしたがって直すことにする。これで、9月中には刊行されるだろう。

昨日は、自民党の代議士会で、首相がめった斬りにあっていた。それでも辞めないのは、本当に鈍感力のおかげかもしれない。人間、一度辞めないと浮かばれないときがあり、それを逃すと、二度と浮き上がれないと言うことがわからないのだろう。もしここで、一人自民党の議員が離党すれば、それで安部政権は崩壊し、民主党に政権が移っていくのではないか。一人離党すれば、皆浮き足立ってくることだろう。とくに衆院議員は、まぐれで当選した人間が多いので、地盤も基盤もなく、次の選挙ではまるで当選は望めない。その一人が誰になるかわからないが、一度政治的に死んでいるということからすれば、加藤紘一氏が適任だろう。彼が離党すれば、政権交代が起こる。

July 30, 2007

7月30日(月)今回の選挙は公明党にとって大きなダメージになる可能性がありそうだ

坊っちゃんについての原稿、最後まで書き上げる。200枚強。予定通りの枚数。これで、宗教美術史の方に戻れるし、新しい仕事もはじめられそうだ。

参院選から一夜明けた。安部首相は続投のとのことだが、これからますます大変なことになっていくのだろう。ほかに人材がいないということだが、となると、難しい政局を乗り切っていくことが難しいのではないか。青木参院会長が辞めたことは、決定的な痛手になるのではないだろうか。

公明党については、得票数が確定した。選挙区ではかなりとりこぼしたけれど、得票数を見ると、だいたいのところでは、票数を伸ばしている。それ以上に、民主党が票を伸ばした結果、そのあおりで落選したようだ。こうした情勢のなかでも、票を伸ばしたという点は、注目に値する。創価学会が選挙区にはかなり力を入れたということだろう。

一方、比例代表については、公明党はかなり票を減らしている。800万票台だったのが、700万票台に落ち込んでいる。これは、連立を組む前の1998年の参院選の得票数とほぼ一緒だ。連立を組むことで、自民党から流れてくるようになった票が、一気に吹き飛んだという感じがする。

この結果は、自民党との関係にどう影響するだろうか。自民党は選挙について、公明党にしだいに依存してきたものの、これからはそうもいかなくなるかもしれない。次の参院選で、負けた選挙区で公明党は候補を立てられるのだろうか。完勝をいつも目標としている公明党としては、当選が確実でないところには、なかなか候補を立てられない。そうなると、党勢がさらに衰えていく可能性がある。そうなると、自民党も公明党との関係を再考することになるのだろうか。公明党にとって、今回の選挙はダメージが意外に大きいかもしれない。果たして再生は可能なのか。30年かけてつかんだ与党の地位も、あるいは危うくなるのではないだろうか。

July 29, 2007

7月29日(日)単純な自民党の大敗ではなくことは深刻なのに違いない

参議院選挙の投票日。朝、投票に出かける。この前の衆院選挙と同じような出足だった。

昼、ライブラリーへ。中央大学のレポート、残りの半分を採点する。学年が1年から4年までにわたっているので、学年が違うとずいぶん、書き方が違う。ただ、書く熱意ということでは1年生の方があるようにも思った。3時間以上かかって、終わる。それから、少し坊っちゃんの原稿を書く。明日やれば、最後まで行きそうだ。

今回の開票速報は、どこのテレビ局も、投票が終わった瞬間に、出口調査などの結果から、予測を発表するという方式をとっている。それで、早々と自民党の大敗ということになった。これは、事前に予想されたとおりで、大きな違いはないが、公明党の不振は、予想以上かもしれない。

今回の選挙、年金や大臣の金の問題というよりも、自民党の小泉以降の政治のやり方が否定されたということではないだろうか。小泉元首相は、自民党を潰すと宣言して、実際、それを実現したのだと思う。その結果、これまで政治が支援していた、農業者の団体や事業者の団体に、お金が流れないことになり、そうした団体は大きな危機に陥った。それも、国家の財政から考えて、そうしたところに金を使えなくなったということが反映していたのだろう。そうなると、自民党の構造自体が崩れ、族議員が消滅することで、自民党の支持基盤そのものが崩れてきた。それが、今回の選挙に反映したのだとすれば、事態は相当自民党にとって深刻だろう。公明党の場合も、今日の聖教新聞を見ると、現在の景気の良さを評価し、実はそれが格差を拡大している点にはふれていない。これは、公明党のよって立つモデルが古くなっているということだろう。その意味では、公明党もはっきりと限界に来ていることを意味する。次の衆院選は、自民が確実に大敗するということになり、それとともに公明党も大きく沈むのではないだろうか。

July 28, 2007

7月28日(土)大学生に選挙権を与えてもいいと思った

中央大学の授業でレポートを出していたのが、大学から送られてきた。受講生が200人を超えているので、これを見るのが結構大変だ。今回の参院選挙の結果を予想した上で、今後の政局における公明党の役割について論じなさいというテーマを出したけれど、けっこう皆しっかりと書いている。私も一度レポートを出したし、続く先生も同じようにレポートを書かせているので、大分書くのに慣れてきたのかもしれない。少なくとも、最初に書かせたときよりしっかりしている。

それも、今回の選挙に関心が高いせいだろうか。1年生の部分だけ終わったが、彼らにはまだ選挙権がない。それでもこうした課題を考えることで、関心をもったと言っている学生が少なくない。やはり、今回の選挙は、若い層にも関心を起こさせる部分をもっているということだろう。少し意外に思ったのは、安部首相が敗北したときの責任論を回避しているのに対して、小沢民主党党首が、過半数をとれなかったら議員も辞めると言っていることを評価している学生が多い点。これは、かなりきいたらしい。

こうしたレポートを出して思うのは、大学での教育のなかで、政治に対する関心を喚起することは十分に可能だということ。それはとても必要なことではないか。現実に進行していることだし、まだ有権者でもないというところが新鮮に思える。国民投票法で、選挙権が18歳からに引き下げられる可能性があるが、大学生なら選挙権はやはり与えていい気がした。法学部ということもあるのかもしれないが、まだすれていない学生だからこそ、素直に政治に反応する。問題は、大学がどういった教育をするかだろう。

July 27, 2007

7月27日(金)選挙の予想は相当にあたるようだ

坊っちゃんの原稿、昨日残った7のところを書く。ここが一番長くなった。その後、8に進む。半分くらい書いただろうか。あと一日で、終わりまで行く予定。漱石は、わずか10日くらいで『坊っちゃん』を書いているが、それに近いスピードかもしれない。漱石は、原稿を書いたら、ほとんど直さなかったという。直すくらいなら、また別の本を書くとも言っていたとか。やはりこの域に達しないといけないのだろう。

参院選まであと、2日になった。各メディアでは、自民党の大敗を予想しているし、さしもの公明党も相当に苦戦しているらしい。それで、予想というものがどれほど当たるものなのか、前回のことを調べてみた。前回の参院選は、2004年7月11日が投票日だった。その一週間前に、読売新聞が世論調査にもとづいて情勢判断をしているが、それによると、自民党が48、民主党が53、公明党が11、共産党が4、社民党が2という予想をしていた。実際には、順に、49、50、11、4、2だった。それに無所属が5だった。公明党以下は、まったく予想があたっている。自民党も1議席しかかわらない。民主党だと3議席で、ここが違うと言えば違うが、全体に相当正確に予想がなされている。ということは、今回も、予想されている通りになるということだろう。

今日の朝日新聞だと、38、58、10、4、2、そして、国民新党が2に無所属が7という予想がされている。無所属の場合、民主党など野党からの推薦を受けている候補者が多い。となると、自民党は相当に負けることになる。参院は、3年改選がないし、民主党が第1党で、与党が少数派になる事態が続く。次の選挙だって危ないので、その事態が相当長く続くのかもしれない。これは、必ず政局の流動化に結びついていくのではないだろうか。

July 25, 2007

7月25日(水)菅原さんの調査だと参院選はとんでもないことになる

久しぶりに天気がいい。梅雨が明けたかのようだが、まだなのだろうか。今日も一日、坊っちゃんの原稿を書く。6をい書き上げる。だいたい1章、25枚前後で進んでいる。これで150枚以上書いたことになる。4回かけて、本文を細かく読み、それがこれで終わった。あと2章かけて、『坊っちゃん』を分析し、最後に漱石について論じようと思っている。

トランスビュー事務局がある「いける本・いけない本」の6号が届く。研究室の武田さんの『NHK問題』がいけない本に入っていて、清水君の『政党と官僚の近代』がいける本に入っていた。もっとも個人の選択だから、考え方の違いもあるだろう。全体を通して、中公新書の『写楽』がおもしろそうに思えた。誰とは言わないが、本を出しすぎると、充電が必要だと言われるらしい。これは注意だ。

研究室つながりで、菅原君のホームページを見ると、今度の参院選挙についての世論調査の結果が出ている。驚くのは、7月のはじめに行われた第2回調査の結果で、比例区で、自民党に投票するというのがわずか17.9%で、それに対して民主党が37.4%。その差が20%もある。公明党は共産党に負けていて、2.9%対4.3%。共産党は健闘するということだろうか。有田氏の新党日本は0.2%と苦しい。

さらに、選挙区だとさらに差がつき、安部政権の支持率は、わずか17.5%。不支持が65.5%もある。いろいろな調査のなかで一番、極端な数字があがっているようにも思えるが、案外これが、現実なのかもしれない。そうなると、政局は激しく流動化する。自民党から抜ける議員が出て、衆院選挙も近くなるのだろうか。

July 20, 2007

7月20日(金)東大出は金儲けをすべきではないということ

慶應三田会、第5章が終わる。あと一章の予定。3冊同時執筆という今までやっていないやり方をしているが、相互に関係してきて、これはもしかしたらいいことなのかと思うようになった。昔は、何冊も同時に本を読むとかしていたし、忙しいときにはかえってまた新しい仕事を入れた方が、スムーズにいくと言いつつ、たくさん仕事を引き受けていたときもある。引き受けた本は、順番に書くのではなく、全部一度に手がけていった方がいいのかもしれない。

午後は日蓮の勉強会。今日はなぜか出席者がひどく少なかった。大切なところで、小松先生も力を入れて話していただけにもったいない。「観心本尊抄」のなかの、題目と本尊を位置づけたところだが、題目の部分、あまりに短くあっけないので驚く。その点と、本尊を文字で書き表すという日蓮の試みについて、人数が少ないのを幸いに、いろいろと質問する。

終わってから、ビッグカメラでプリンターのインクを買い、伊勢丹でズボンを受け取り、高野で紅茶を買い、タワーレコードで物色し、小田急でパジャマを買って、上の天一で夕食をとる。一つ席を隔てて、研究者二人が座って、学会での発表やセクハラなどについて話している。若い女性の研究者には相当不満があるようで、それをたぶん准教授風の男性が聞いている。女性は関西の人で、京大だろうか。思わず聞き耳を立ててしまった。

村上ファンドの村上氏に実刑判決が下る。彼が記者会見で、もうけることは悪いことなのかという世評に対する批判をしていたのを思い出すが、あの彼の発言に日本の社会はまともに答えたのだろうか。投資ファンドは、従来の投資とは違うし、大量の資金を使って、企業に迫り、それで利益を得ようというやり方自体、大いに問題で、規制の必要があるように思う。企業の防衛策よりも前に、そちらに手をつけるべきだろう。

ちょっと思うのは、東大出は金儲けをめざしてはいけないということ。東大の出身者が金儲けをしようとすると、ものすごく大きな額を稼ごうとし、その際に、違法すれすれの巧妙な手段を見つけ出そうとする傾向がある。昔の光クラブも同様だろう。普通金儲けに必要とされる手順をすべてすっ飛ばし、頭のよさを利用して、世の中を出し抜いて、金儲けをしようとする。この点、もっと詳しく説明しないといけないかもしれないが、「東大出は金儲けをすべきではない」のはたしかだ。

July 19, 2007

7月19日(木)話題の『選挙』を見る

慶應三田会の原稿、5章の最後まで書く。批判的な視点も必要だと思うけれど、大学の同窓会を批判的に扱うということは難しい。同じく結束力が強くても、そこが宗教との違いだろうか。

午後は、土曜日の発表のレジュメを作る。その後、大学へ。本を図書室に返しにいったら、最初、うっかり違う本をもっていってしまい、研究室にあわてて戻る。3階までの階段の上り下りがあって、少し運動になる。最近、天候がよくなくて、散歩していないので、ちょうどいいところだろうか。

今話題になっているドキュメンタリー映画『選挙』を見る。日本独特の選挙の姿が描かれているとして、海外で評判だというが、たしかに日本の選挙はそういうものだろう。新しい候補者にとっては、選挙活動を通して、そのやり方を学ぶだけではなく、自分がどういった人間関係に支えられているかを確認する機会でもあるように思う。ただ、市議会の補欠選挙ということで、自民党がこぞって応援するというのは、普通の選挙とはかなり違うだろう。普段なら、地盤の問題もあるし、県議や国会議員が応援してくれるということもあまりないはずだ。その点では、かなり特殊な候補者が取り上げられているようにも思う。逆に、普段の選挙なら、どろどろしたところもあって、カメラが入り込めないような部分もあったことだろう。

帰りに季織亭ではじめて冷やし麺を食べる。どんな感じだろうかと思っていたら、たしかに季織亭風だ。こういうのははじめてだろう。評価はけっこう難しいかもしれない。

July 16, 2007

7月16日(月)津島派はやはり怒っているのだということがわかった

今日は海の日らしい。台風一過のいい天気かと思ったら、梅雨空が続いた。新潟で地震が起こり、多数の犠牲者も出ている。原発で火事があり、消火が遅れたというのは、大きな問題だろう。地震になれば、消防車を呼んでもこない。なかで処理できる体制がなければ、大惨事になる可能性もある。

休日だが、普通に仕事。三田会、11枚ほど書いた。宗教美術史、奈良時代に入ろうと思ってはいるが、まだ焦点が定まっていない。知りたいことについて書いてある資料があるようなので、図書館で取り寄せることにした。昨日書いた坊っちゃんについての原稿を直す。

自民党の参院候補が、応援にきた安部総理のことを批判したようだ。見ると、津島派とのこと。久間防衛大臣がやめて、津島派の大臣が一人もいなくなったのに、誰も騒がないと研究会で言っていた御厨さんのことばを思い出した。このままいくと、間違いなく自民党は大敗するのだろう。創価学会も、今回のような状況では、選挙に燃えるとは思えない。選挙後にどうなるのか。かなりの波乱が予想される。

July 09, 2007

7月9日(月)創価学会批判は会館での選挙活動にしぼられている

三田会の本、第3章を直し、最後まで終わる。4章の内容についてメモを作る。大学同窓会の意味を、格差社会と関連させて論じるつもりだ。

日本宗教美術史、こちらも第3章を最後まで書き、直しに入る。大学に取り寄せた本が届いているので、それをとりに大学へ。本を手に入れてから、美術史の直しの続きをする。章の半分まで終わる。

帰りの小田急線、人身事故でダイヤが乱れ、各駅も混雑していた。

アジアカップのカタール戦を後半から見る。高原のゴールまではよかったが、最後に追いつかれた。相当に厳しい戦いのような気がする。

朝日新聞では、声欄で、今日も、創価学会が会館で選挙活動をしていることについての投書が載っていた。最初の投書が載ったときには気づかなかったが、週刊誌でも取り上げられ、かなり話題になっている。どうも、最近のこうした動きを見ていると、創価学会に対して否定的な人間が、会館での選挙活動の問題に絞って、それを問題にしているような感じがする。戦略的なものがあるようにも思えるが、どうなのだろうか。それが、創価学会の側の自粛に結びつくのか、それとも反発を大きくし、選挙活動に燃えさせることになるのか。まだ、その見通しは立たない。

July 07, 2007

7月7日(土)自民党を批判する創価学会の本音が見えた

『聖教新聞』を見たら驚いた。「破邪顕正」というコラムがあるが、今日のは「自民とはなさけない。民主党もだらしない」で始まっていた。民主党を批判するのはわかるが、連立を組んでいる自民党をこの時期に批判するとは驚きだ。さらには、「あの暴言党。この不祥事党。どちらも根底は増上慢だ」とさえ言い放ち、「潔癖な倫理感と責任感に燃える第3極が、いかに尊いか」と公明党を持ち上げている。連立を組む前ならわかるが、今というときになってこうした見解が創価学会の機関誌に載るということは、やはり創価学会は本当は自民党のことを嫌い、敵視しているということだろう。現在の選挙協力も、こうした自民党観の上になされていることになる。

ただ、自民党が創価学会からなさけないと言われてしまうのも仕方ない。毎日のように、問題が噴出している。こういう事態も珍しいのではないか。これで選挙を戦うというのはとんでもなく大変なことだろう。たまたま、今日、丸川珠代氏が乗った選挙カーが家の前を通りかかった。窓から見たが、車の正面は見えたものの、候補者は車の後ろに立っていたようなので、姿を見ることはできなかった。もう参院選が公示されたかのようだが、彼女はかなり苦戦しているらしい。これも運だろうか。

July 04, 2007

7月4日(水)次は麻生さんで行きましょうか

今日は、ほぼ雨だった。執筆の方は、いつもと同じ感じ。徐々に進んでいる。

友人の渡辺さんの本についてのブログを見ると、麻生太郎氏の本を読んだらおもしろかったとのこと。安部政権の基盤が揺らいでいるなかで、次の首相は誰かということになれば、まず麻生氏の名前があがる。私は本は読んでいないが、驚くのはその系譜。ちょっとくらくらしてくる。まるで、昔の摂関家、藤原氏のような感じだ。

出身は福岡県の飯塚ということだが、たまたま私の母方の祖父母が、この飯塚の出身だ。ただ、大正時代に新婚旅行で東京に出てきて、そのまま東京に居着いたという伝説(?)がある。簡単に故郷を捨てられたということは、飯塚にそれほどの係累がいなかったからであろう。不思議なことに、この祖父母から飯塚のことは聞いたことがない。あまり好きではなかったのだろうか。その点で、我が家は飯塚の庶民で、麻生家は殿様といった違いがある。

果たして、これだけ系譜が華々しい人が首相になったとき、庶民感覚をつかめるかという問題もあるが、漫画が好きという庶民性はかなり貴重かもしれない。文化事業ということでは、何かやってくれるかもしれない。大学院で学んだ首相というのも新しいタイプではないか。ほかに、めぼしい政治家もいないので、とりあえず、次は麻生さんで行きましょう。

June 30, 2007

6月30日(土)どうして離党したのかけっきょくよくわからない

6月も終わろうとしている。これで今年も半分終わったことになる。土曜なのに、『日本宗教美術史』の原稿を少し書く。

今度の『寺門興隆』では、公明党を離党した福本潤一議員のことをとりあげようと思っている。『週刊現代』に本人に取材した記事が出ていたので買って読んでみたが、どうもよくわからない。はっきりとした理由がまったく説明されていないし、公認漏れになった理由も、本人の推測にすぎない。それに、公認されないことになった後も、後継候補の挨拶にまわっていたというから、余計よくわからない。

昔、公明党議員が池田大作は独裁者だということで、叛旗を翻した例があり、それに近いのかとも思うが、あまりにも理由が曖昧で、わからない。『聖教新聞』で、告発でもされれば、事情もわかってくるのかもしれないが、選挙前ということもあってか、何も載っていない。これはどうも皆目理由がわからない。原稿としてまとめるのは難しそうだが、むしろその曖昧さを問題にするべきかもしれない。

June 19, 2007

6月19日(火)新刊の売れ行きは今のところ悪くない

最近のパターンで、慶應三田会の原稿を午前中に書き、午後は日本宗教美術史。前者が10枚強、後者が5枚ほど進む。

夕方は、打ち合わせと取材。5月に入ってから、不思議なもので、取材も依頼もまったく受けない日々が続いていたが、急に今日、2件取材が入る。1件は今日すませ、もう1件は明日受ける。

『公明党vs.創価学会』、出だし好調のようだ。紀伊國屋書店のランキングだと、新書で33位に入っていた。そのかなには、一般の新書ではない、いわゆる小説のノベルスが10冊ほど含まれているので、実質23位。さらに、発売が13日で、集計は11日からなので、もう少し上なのだろう。政局の方、一寸先は闇で、1ヶ月ほど前とはずいぶんと変わってきた。公明党についても、かなり苦しい選挙を強いられそうだし、何より年金問題がいけない。創価学会の会員にとっては、一番切実な問題の一つではないだろうか。問題は、自公が大敗して、安部政権がどうなるかだ。連立の枠組みにも影響が出るかもしれない。そこらあたり、どう予測していくのか、難しいことも多いだろう。公明党についても、引き続き研究していかなければならない。

June 16, 2007

6月15日(金)日蓮封印論が現代では必要なのかもしれない

外に出ると暑い。梅雨に入ったばかりだけれど、なんだか梅雨明けしたような夏の天気だ。午前中、三田会について書き、第1章の終わりまで行く。構成を直して、書きやすくなった。これを直すとこの章だけで50枚くらいになるだろうが、表もあるので、頁としてはもっと多い。

午後は、日蓮遺文の勉強会。受講生の出足が遅かったけれど、最後はいつものような人数に増えていた。中身は、「観心本尊抄」の続き。議論として、詰めてあり、きりきりと話が進んでいく感じがする。講義を聴きながら、気になったので、日蓮が、この前展覧会で見た円仁、慈覚大師のことをどのように書いているのだろうかと調べてみると、身延期の遺文では慈覚大師批判を展開しているようだ。やはり、この二人、考え方がまるで違うのだろう。なんでもありの慈覚大師と、これしかだめだの日蓮では所詮あうはずもない。ある意味、慈覚大師がいて、さまざまなものを天台に持ち込んだからこそ、日蓮がそれを批判し、日蓮宗という新しい宗派を開いたとも言える。

先週、日にちを間違えた「立正安国論」についてのシンポジウムでは、安国論封印論が出て、議論が盛り上がったようだ。それは、日蓮のなかに暴力を肯定する部分があり、それが現在の平和主義的な仏教像にそぐわないかららしい。これはなかなかおもしろい議論で、それならいっそのこと「日蓮封印論」で出てもいい気がする。開祖の言うことは、どの宗派でもそうだが、過激で、原理主義の傾向をもつ。つまりは、他の宗派を認めず、それを暴力的に排除することを肯定する論理が含まれるわけで、危険思想を内包している。ならば、開祖の教えは封印する必要があるのかもしれない。そんなこと不可能と思われるかもしれないが、近世の日蓮宗では、事実上、日蓮の教えは封印されていた。浄土真宗だって、「歎異抄」は封印され、門徒は読めなかった。そう考えれば、日蓮封印論も不可能ではないだろう。

勉強会が終わってから、紀伊國屋書店上の歯科医へ定期検診。終わってから、歯科三田会のことや、三田会のつながりについて話を聞く。やはりその関係は緊密なようだ。

June 11, 2007

6月11日(月)公明党に対抗するには地方議員のネットワーク化が必要なのでは

午前中から午後にかけて、三田会の原稿を書くが、7枚ほどしかいかなかった。午後は、日本宗教美術史、2章の直しをする。これもたいして進まなかった。週末、いろいろと立て込んでいて、疲れた。

水曜日には、『公明党vs.創価学会』が発売になる。参議院選挙も近いけれど、どうだろうか。今回、公明党を調べていて思ったのは、地方議員、地方議会の重要性だ。インタビューした都議は、公明党はローカル・パーティーだと明言していたが、たしかにそういうところがある。公明党の地方議員は3000人を超えていて、数が多いだけではなく、創価学会という支持母体を介して全体が結束しているため、強力だ。それだけの地方議員を抱えているのは、自民党と共産党だろうが、自民とは個々バラバラ。共産党も、市議のレベルでは数が多いが、都道府県議、さらに国会議員となると相当に先細りになる。その点では、公明党はバランスがとれているし、議員個々人が自分で票集めをする必要がないので、市議と都道府県議、都道府県議と国会議員が票をめぐってもめる必要がない。それは、強さを発揮する上で、かなり重要なことなのだろう。

民主党がどうも基盤が弱いのは、地方議員が少なく、組織全体が安定した構造をもっていないからだ。さらに、他の政党になれば、民主党以上に弱い。それに、地方議会では、無所属議員が増えていて、組織化がはかられていない。これからの方向性としては、無所属地方議員をネットワーク化し、その上に国会議員をおくようなやり方が必要になってくるのではないだろうか。そうでないと、一回は当選しても次が続かないし、そもそも政治活動がうまく展開できないはずだ。地方議員の側も、たんなる無所属では、十分な力が発揮できないだろう。有田さんも、そういうところを考えて欲しいものです。

June 07, 2007

6月6日(水)これからは鈍感力ではなく「対力」だ

午前中は、慶應三田会を10枚、午後は日本宗教美術史を8枚ほど書く。

夕方、ライブラリーへ出かけようとして、郵便受けをのぞいたら、朝日新聞の編集者から書籍小包が届いていた。急いで明けてみると、『公明党vs.創価学会』の見本が2冊入っていた。来週の発売なので、もうそろそろ見本が出来る頃だと思って、待っていたところだ。今年2冊目の本になる。とりあえず、1冊もって外に出る。

ライブラリーで、読書。村上春樹訳『ロング・グッドバイ』の続きを読む。今日で読み終わるかと思ったが、最後まで行かなかった。その後、「社会人社会化計画」の打ち合わせ。実際に、計画を進める前に、いろいろと議論をするところがおもしろい。今の社会にどういった問題があるのか、まとまって議論する機会もないので、頭の中が整理されてくる。

その議論のなかで、どういった力を養っていく必要があるのかという話をしていたとき、「対力」ということばを思いついた。「体力」からの連想だが、対力は、対人関係を作っていく力であり、社会と対決していく力であり、対策を立てていく力ということだろう。今の若い人は、豊かで安定した生活環境のなかで、この対力を培う機会を奪われているのかもしれない。

私たちの世代だと、上に団塊の世代がいて、彼らの存在が鬱陶しかったわけだけれど、そうした存在があったからこそ、私たちは何くそとがんばれたのかもしれない。その点では、団塊の世代の存在は、これは今になって初めて言えることだが、ありがたいことだったのかもしれない。私たちは団塊の世代と対峙することで、対力を養ってきたということになる。公明党と創価学会の関係にしても、政治と宗教がせめぎ合うことで、お互いに対力をつけているようにも思える。これからは、鈍感力ではなく、対力だ。

June 04, 2007

6月4日(月)あれれの有田芳生さんご出馬

6月に入ったので、慶應三田会についての本の執筆をはじめる。7月末までに書き上げる予定だ。今日は、最初の部分、13枚ほど書く。

昼頃、ネットのニュースを見ていたら、有田芳生さんが、今度の参院選に田中康夫氏の新党日本から比例代表に出馬するというものがあった。正直、驚いた。昨日の有田さんのブログに、「これからはブログの分量も少なくなるだろう」と書かれていて、いったい何があったのだろうかと気になっていたが、それはこのことだったようだ。田中、有田ラインというのは、あり得る線だと思うけれど、どういったことを目指しているのだろうか。現状の政治体制のなかで、あるいは、選挙制度のなかでというべきか、弱小政党が力を発揮するのは相当に難しい。それでもあえて出馬するのだから、勝算があるのだろうと思うが、それはこれから追々明らかになってくるのだろう。ちょっと、注目しなければならない。

午後から、図書の返却があるので大学に行く。慶應の100年史はかなり重い。研究室に戻ってからは、ヴィスタ・パソコンに超漢字Ⅴを入れる。前にやってうまくいかなかったのだが、vmwareがヴァージョンアップになって、ヴィスタに対応するようになったので、うまくいくはずだと思ってやってみた。一度、すでに入れた超漢字をアンインストールし、再び入れ直してみると、なんとか動いた。やれやれ。共有ファイルが使えるようにするのに苦労したが、なんとか使える状態になった。いろいろヴァージョンアップがあると、説明書があちこちに飛んでいて、ものすごくやりにくいし、わかりにくい。

帰りは、下高井戸まで歩き、ジョナサンで夕食をとる。

May 17, 2007

5月16日(水)分水嶺としての95年

『日本宗教美術史』の原稿を書く。今日もやはり10枚。

午後から、ライブラリーへ。プリントアウトと、コピーをしてから、『ロング・グッドバイ』を読む。買えばすむことだが、もう半分読んだので、ライブラリーでのお楽しみということにしよう。

夜、電通の渡辺氏と会食する。場所は、電通本社ビルの上にあるなだ万がやっている「ジパング」という店。高くて、東京湾に面しているので、景色がいい。7時から閉店の11時までいたが、途中8時半に時計を見てからが早かった。11時だと知って、あわてて店を出る。渡辺氏からは、エコノミストの水野和夫さんと、『分水嶺としての95年』という本を一緒に出してみないかと提案される。95年は、阪神大震災と地下鉄サリン事件の年であるとともに、水野さんの分析では、経済の世界で従来の常識が通用しなくなった年だという。

最近、とくに宗教と経済との関係が気になる。経済の拡大が続いているところでは、必ず新しい宗教が生まれ、広がっていく。先日、ローマ法王がブラジルを訪問したが、その背景には、カトリックの牙城であるはずの中南米で、福音主義のプロテスタントが伸びているということがあるらしい。その実態についてはまだ調べていないが、キリスト教版の新宗教といった感じなのだろう。ブラジルの経済発展はめざましいといいうが、その背後ではそうした出来事が起こっている。宗教とテロの結びつき以上に、これからは経済発展と新宗教といったことが問題になるかもしれない。そうした問題を含めエコノミストと経済学者が対話するのは、かなりおもしろいことなのかもしれないと思う。

May 03, 2007

5月3日(木)D.C.マダムが求められる訳

『寺門興隆』の原稿を書く。今回は、温家宝首相の訪日の際に、池田大作名誉会長と会見したことについて分析してみた。週刊誌などでもとりあげられたが、なぜ温首相はわざわざ創価学会の名誉会長との会談を望んだのか。なかなか興味のあるところだ。

アメリカでは、D.C.マダムとか言う、高級売春クラブの女主人のことが話題になっているようだ。政府の高官がクラブの客だということが問題視されているようだけれど、これは日本では起こらないことだろう。欧米では、日本と違い、酒を飲む客に女性がサービスしてくれるようなところはない。日本だと、ただ女性がいるクラブからはじまって、キャバクラとか、ピンクサロンとか、各種の風俗とか、売春にいたるまでに細かな段階があって、男性の側の需要を満たすようになっている。

ところが、欧米では、そんな場所がない。極端に言えば、女性からサービスを受けるには、売春までいかなければならない。あれかこれか、二者択一しかない欧米と、グラデーションのある日本とではずいぶんと状況が違う。風俗を含め、女性がサービスしてくれる店は、ある種、男性が愚痴を言うための場でもあるわけだが、そうした場がない社会というのはずいぶんときついのだろう。マダムが、性的ファンタジーを提供しているだけだと言うのも、案外意味があることなのかもしれない。

それにしても、報道でおかしいのは、彼女が稼いだとされる額だ。2億円超と伝えられているが、それは13年間の稼ぎだという。これはあまりに稼ぎとして少なすぎるのではないか。1年あたり、2000万円にもならない。ところが、顧客のリストには1万人以上載っていると言われるし、そのリストはものすごい量だ。そこから考えて、2億円超はありえない。アメリカのサイトを見ても、200万ドルとなっている。なんでこんな非現実な数字が放置されているのだろうか。不思議だ。

April 19, 2007

4月19日(木)チョ・スンヒはアルカイダだ!?

『公明党vs創価学会』、おわりにの部分の書き直しをする。原稿を書いていると、外で、区議選の公明党の候補者が街頭演説をしたりしている。なんだか変な感じがして、筆が進まなくなる。

午後、散歩に出る。今日は、烏山川緑道の方に出て、ずっと歩いていく。環状7号線にぶちあたったところで、北上し、コジマに寄ってから、北沢川緑道を戻った。全部で1万4千歩。團十郎は毎日1万5千歩あるいているというが、それは大変なことだ。

アメリカヴァージニア工科大学の犯人、チョ・スンヒ。彼をテロリストとは呼ばないのだろうが、ある意味、きわめて現代的なテロリストと見ることができるのではないか。昨日も書いたが、現代のテロは、いくら規模の大きなものでも、大義が欠けている。9.11の主犯格、ムハメド・アタの場合でも、彼には明確な思想もなければ、アメリカを攻撃しなければならない理由もなかった。おそらく閉塞感のなかで、過激な方法をとることで、世界をあっと言わせるということが目的だったのだろう。その点で、チョ・スンヒと変わらない。他のテロリストの場合も、極論すれば、イラクの場合でさえ、同じところがある。

チョ・スンヒの場合には、コロンバイン高校のことにふれているが、9.11のことだって当然強く記憶されているだろう。大規模なテロが起これば、テレビなどのメディアでは、そのことばかりが集中的に取り上げられる。オウムの場合も同じだった。そうしたテロ情報の洪水に接することで、同じようなことをすれば、世界に衝撃を与えられるという感覚が生まれ、それが犯人に影響するのではないか。アルカイダと今呼ばれているテロリストは、イスラム教を背景とし、ビンラディンなどのメッセージに感化されたり、訓練を受けた人間のことを言うが、それにとどまらず、圧倒的なテロ情報にさらされ、それによって閉塞感を打破しようと思ってしまった人間をアルカイダと呼んでも、間違ってはいない気がする。その点では、テレビを中心としたメディア自体が自動的にテロリストを生んでいるとも言える。だからこそ、チョ・スンヒは、メディアにDVDなどを送ったのではないか。その点では、長崎市長殺害の犯人も似ている。彼は、カセットを報道機関に送っている。

ヴァージニア工科大学の事件が報道されれば、それがまた次のテロリスト、つまりはアルカイダを生んでいく可能性がある。アルカイダを生む種は、すでにメディアのなかにウイルスのように埋め込まれ、それに感染したどこかの人間が、別のところでテロに及ぶ。テロは、まったく新しい段階に入っているのではないか。その点で、メディアの取り扱いをどうするか、考える必要がある。

April 08, 2007

4月8日(日)もっと新しい選挙に臨むやり方があってもいい

仕事は完全に休みだが、先日『宗教と現代がわかる本』で対談した伊東さんから、『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』を送った礼と感想をいただいた。私信なので詳しくは述べないが、中沢氏が東大の駒場の助教授に就任するはずだったのが、教授会の反対でだめになったいわゆる「駒場騒動」との関連をしてきしておられた。たしかに、この出来事は1988年のことで、坂本弁護士事件、つまりはオウム真理教が世間に知られるようになる前の年のことだった。私の本のなかでは、東大一家の三世としての中沢氏について言及しているけれど、その点ではたしかに重要な出来事だったかもしれない。この点は、もう少し考えてみる必要があるだろう。

夕方、投票に行く。今回は、あまり投票したい候補者がいなかったが、入院したときに、病院で投票をして以来、基本的に選挙には行くことに決めているので、投票だけはした。投票が終わると、すぐに石原知事の再選が決まった。あっけない。ただ、これはあくまで勘にすぎないけれど、石原知事は人気を満了しないのではないかという気がする。そうなると、知事選が統一地方選からはずれて行われる可能性がある。

民主党が応援する浅野元宮城県知事が負けるのも当然だろう。寸前まで都知事になろうとしてないに人間に、都政について確固としたビジョンがあるとは思えない。そこが、都民の支持を得られなかった最大の原因ではないか。もう、政党が候補者を決め、それで選挙に臨むというやりかた自体、古く通用しなくなっている。だから、今回は再選なので違うが、政党からの支持や推薦を受けない候補者の方が強い原因だろう。

無党派が最大の票田だとすれば、この無党派を基盤にして候補が生まれる仕組みを考える必要があるのではないか。都政の何が問題で、どういった方向性で臨めばいいのか、客観的な立場から検討し、そのなかから政策を打ち出していくような場が出来て、候補者はそれに賛同して選挙に出るというやり方もある気がする。簡単に言えば、マニフェストが先にあって、候補が後からくるというやり方だ。公明党の本を書いていると、政党というものについて考えないわけにはいかないが、従来の政党では通用しない時代がきていることは間違いないだろう。政党に頼らない政治のあり方を考えないと、現実には対応できない気がする。

March 07, 2007

3月7日(水)東議員にインタビュー

午前中は、原稿の直しと、次の章の構成を考える。

午後、公明党の東順治議員にインタビューをするため、衆議院の第一議員会館へ行く。国会議事堂の駅で、出るところを間違え、裏手に出てしまう。表に回るのにかなりきつい坂があり、しかも、風が吹いていて、なかなか前に進めないのにはまいった。議員会館に入ろうとしたところで、羽田元首相とすれちがう。

たまたま、今週の日曜、NHKの日曜討論に東議員が出演していたのを見た。ちょうど、自民党の衛藤議員の復党問題についてしゃべっているところで、興味深かった。インタビューはそのあたりからはじめ、九州において公明党の票がなぜ伸びているのか、連立のあり方はどうか、創価学会との関係はどうかなど、1時間超話を聞く。話を聞いていると、創価学会と公明党という二つの組織が長年の経験でいかにバランスをとっているのか、そして、7年以上にわたる連立政権のなかで、切っても切れない関係を築き上げてきているのがわかってきた。これはもう、そう簡単には関係を切れないものになっているような気がする。

公明党のことを調べていくと、やはり、一般に思われているのとは違う姿が見えてくる。結党以来30数年を経て、自民党と連立を組むことで、ようやく一番いいポジションを確保したのではないかとも思う。政策で一致しているから連立を組むのではなく、むしろ政策が対照的だからこそ連立を組んでいる。そうした連立内閣という形態も、意味のあることなのかもしれないと思った。

終わってから、銀座へ。リーガルトウキョウで、修理に出していた靴を受け取る。4丁目の日産の前で、山下洋輔さんとすれちがう。個人的には知らないが、先日は、セシル・テイラーと念願の共演を果たしたようだ。やはり聞きに行けばよかったと後悔する。

March 03, 2007

3月3日(土)雛祭りに確定申告

朝、8時前に目が覚めたので、テレビで松坂のアメリカ初登板を見る。最初の打者に打たれたのには驚いたが、大学生相手だけにどの程度の力があるのか、アメリカ人に示したことにはならないのだろう。

ニュースでは、飯島愛が引退すると伝えられると、次には宇多田ヒカルが離婚という話が伝えられて、なんだかあわただしい。来週のワイドショーはネタに困らないだろう。

まだやっていなかった確定申告の作業を始める。支払い調書を集め、領収書を選別した。さすがに今年は税金が還付されることはなさそうだ。税金やら、保険やら、日本もしだいに高負担の国になってきたのを実感する。

February 28, 2007

2月28日(水)創価学会が政界に進出した本当の理由は

さすがに2月は短く、あっという間に終わってしまう感じだ。しだいに春めいてきているし、今年はとうとう雪が降らないまま終わりそう。

公明党についての本を書く。なぜ創価学会が政界に進出したか、これまでは国立戒壇建立のためとされてきたけれど、よくそのいきさつを見ていくと、それほど単純ではないことがわかってくる。たしかに、戸田城聖などは国立戒壇の建立だけが政界進出の目的だとは言っているのだけれど、それは公明党が国会で多数派を占め、政権を奪取した上で、建立を議決するというのとは違う。政界進出の足場として、創価学会のなかに文化部を作ったときには、政党を作るという計画自体が否定されていた。実際、最初に区議会に当選した議員は、当時の民主党や右派社会党に属していた。ところが、しだいに政党化の方向にむかっていくのだけれど、そこには55年体制の確立など、当時の政治状況がかかわったいたのだろう。あるいは、戸田と池田大作の考えが違ったとも言える。やはり事実はちゃんと確かめてみないといけないと改めて思った。

February 24, 2007

2月23日(金)都議インタビューと新刊初稿

『KS』の本の原稿を書く。10枚ほど進む。

午後は、『KS』の本のために、公明党東京都議の石井よしのぶさんのインタビューに都議会に出向く。石井さんは、すでに都議を6期つとめているベテランの議員。現在の公明党都議団の幹事長で、中心的な存在。1時間ほどいろいろと話を聞く。圧巻だったのは、住民からの相談を書き留めたノート。案件を紹介してくれたが、選挙区の墨田だけではなく、公明党の都議のいない国立など、さまざまな地域から相談が寄せられているのがわかる。こうした活動は、どうも他の党ではしていないらしい。ここに公明党の地方議員の秘密があるのだということがよくわかった。やはり実際に話を聞くと違う。今年は、なるべくフィールドワークに出ようと思う。

インタビューの終わった後、京王プラザホテルの樹林で、亜紀書房の編集者と会う。『NA』の初校を渡してもらう。ざっと中身を見てみたが、それほど問題はなさそうだ。この分だと、来月の20日前後には出版できそう。去年の8月以来本を出していないので、久しぶりだ。題名は、『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』に決まる。実に長いタイトルだが、まさに内容を示している。装丁は、エリアーデの『世界宗教史』でお世話になった間村俊一さんとのこと。どういう装丁になるか楽しみだ。

打ち合わせを終えてから、編集者と東口伊勢丹先の「鼎」に行く。昔はよく行ったが、5年ぶりくらいだろうか。今年の初め、板床の部分が落ちたということで、そこが普通の席に変わっていた。残念だが、元に戻すと大変に金がかかるらしい。金曜の夜ということで、混雑していた。次は歌舞伎の本だということになったところでお開き。

February 17, 2007

2月17日(土)ロイヤーと帝国

安全・安心の実務専門家コース2の三回目。今日は、阿川さんにお願いして、あめりかにおける独立調査委員会の話をしてもらう。去年のシンポジウムで、防衛大の宮坂さんが提起した権限のある独立調査委員会が果たして日本でも可能なのか。アメリカにおける法意識、ロイヤーの機能と立場、その考え方などについてレクチャーしてもらう。知らなかったが、宮坂さんは阿川さんと同じゼミの後輩とのこと。そのせいか、出来事が起こった当初の段階では何が起こっているかわからない、しばらく経ってからもなぜそれが起こったかわからないという言い方は、お二人ともそっくり。そこに影響関係があるのかはわからないが、ちょっとおもしろかった。

ロイヤーは、日本では弁護士と呼ばれるわけだが、その役割は二つの国でずいぶんと違う。そもそも数が違い、ロイヤーでも日本で考えられている弁護士としての活動をしている人間は必ずしも多数派ではなく、企業につとめて法務部を担当するとか、道は多様なようだ。あるいは、法科大学院の制度が導入された日本でも、将来には同じような自体が起こるかもしれない。日本だと公的な機関でロイヤーの役割を果たしているのは官僚ということになる。

コースが終わってから、阿川さんと、帝国をめぐって雑談をする。帝国というのは多民族国家で、日本もこれからは、人口が減少するなか、外国人が多数入ってきて、多民族国家の状態になるに違いない。そのとき、どういったマネジメントをするのか。帝国に成功した経験のない日本人には、考え時であるように思う。

February 13, 2007

2月13日(火)土曜日はおもしろくなりそうだ

今週の土曜日の安全・安心実務家コース2で講師をお願いしている阿川さんが先端研に来ているというので、打ち合わせのために大学へ行く。来月にはイエール大学で講演もあり、月末までに何本も原稿の締め切りがあるとのこと。それでも、黒須さんをまじえて、打ち合わせをする。アメリカにおける独立調査委員会の問題を、憲法やロイヤーの比較という観点から話してくれるようで、とても楽しみになってきた。今回のコースの一つの山になるのではないかと期待している。

スピリチュアル・ブームについての毎日新聞の原稿を書き上げたので、記者の方に先端まで取りに来てもらう。

その後、宝島の原稿のアウトラインを考え、最初を書き出す。それから、前から頼まれている『日本宗教美術史』の本について、全体の構成を考えてみる。

夕方、御厨さんがやってきて、四方田君が『新潮』に書いた、恩師の由良さんについての原稿の話をしてくれる。広告を見て気になっていたので、それを帰りがけに買う。全部を読み終えてはいないが、宗教学科の柳川さんの授業の時期が違っているように思った。

February 07, 2007

2月7日(水)公明党研究会がおもしろかった

朝、続きの原稿を書く。10枚くらい進む。

午後から、先端研に。今日は、公明党研究会の第3回目。研究室の特任助教授、菅原君の発表。選挙分析という手法を使っての発表だけに、いろいろと教えられれることが多かった。創価学会と公明党は一体だと考えていては見えないことが少なくない。そこらあたりのことが数字的にも裏付けられたように思う。そして、強く感じたのは、公明党が自民党と連立を組んで歳月が流れるなかで、両者の密着の度合いがどんどんと進み、離れがたいところまで行っている点だ。公明党は第三党として、自民党と民主党を天秤にかけつつ、うまくやっているかのようにも見えるが、相性という点で、都市に基盤をもつ公明党と、地方に基盤をもつ自民党という組み合わせは絶妙だ。それが、民主党となると、こちらは都市に強いので、公明党と地盤が重なってしまう。いろいろと考えるところがあったが、この研究会をどう進めていったらいいのか。考えなければならなくなってきた。

研究会が終わってから、次の本の取材について打ち合わせをする。

February 02, 2007

2月1日(木)人口減少社会の人手不足

『NA』の本、編集者が読んで、アドバイスをくれたので、その線にそって、「はじめに」の部分を加筆訂正した。これで、入稿ということになった。細かいところは、校正が出てからつめることになる。問題はタイトルだろう。今のところ、仮タイトルをつけているが、これを決めるのが難しそうだ。もっとも、本のタイトルというものは、いつもなかなか決まらないもので、後から後悔することもある。

夕方から大学へ行く。研究室内の公共政策研究会。研究室の高橋君が博士論文を書き上げ、来週本審査があるので、その予行演習といった発表。いろいろと議論が出て、その後、ビールを飲む。帰りがけ、おなかがすいたので、季織亭でラーメンを食べる。いつもは2階にいる主人が、今日は下にいた。今まで働いていた人間がやめて、その補充がつかないので、そういうことになったらしい。主人の話では人手不足だと言うが、人口減少社会では、これからどこでもそうした事態が起こってくるかもしれない。

January 29, 2007

1月29日(月)宮家の将来を憂う

朝日新聞社の『大学ランキング』の原稿を書く。大学のOBやOGから大学選びを考えるといった内容。それほど長くはないので、一応最後まで書き上げる。午後は、新しい本の企画について打ち合わせをする。一応、企画が決まりそうだ。内容を詰めていかなければならない。

愛読者だという人からメールをもらう。ネットで古書店をしているとのこと。調べてみると、アマゾンにたくさんの本が出品されていた。アマゾンで古書を買ったこともあるが、その裏には、そうしたネット上にしかない古書店が存在しているようだ。今まで知らなかったことだが、なるほどそうした商売が成り立つようになったのだと感心する。

別にきっかけはないが、ひょっとしてこのまま行くと、宮家というものが消滅してしまうということに気づく。天皇のお世継ぎ問題は、秋篠宮家に男子が誕生したことで、ひとまず先送りになったようだが、他の宮家には男子が産まれていないわけで、そうした宮家は将来消滅することになるだろう。そうなると、天皇家だけあって、宮家がまったくないという時代がいつか訪れる。宮家がさまざまな形で公務を分担している現状からすれば、それは大変なことになるのではないだろうか。

December 13, 2006

12月13日(水)小泉純一郎を都知事に

 『NA』の直しをする。研究室の安全・安心のプロジェクト、実務家コース2の概略が決まってくる。これをまとめて、募集をかけなければならない。

 最近では、石原都知事の問題がとりあげられているが、やはり知事の感覚と世の中がずれはじめているのではないか。こうなると、立候補自体が難しくなってきそうだ。ただ、対抗馬としてあがっているのが、田中康夫というのはいかがなものか。議会と協調してやっていく気がまったくない人間を、都民が知事に選ぶとも思えない。ほかに候補はいないのだろうか。首相を辞めた小泉さん、暇そうだから、ここは都知事になってみてはどうか。元首相の都知事というのは想定外だし、知事なら表に出てくる機会も多い。そうなると、首相と知事、どっちが偉いのかわからなくなってくる。都民としては、けっこういい選択になるのではないか。やはり小泉には、トップが似合う。

November 27, 2006

11月27日(月)家計調査を依頼される

 『寺門興隆』の原稿を見直す。ノートパソコンの小さな画面で書いていると、ふだんよりも誤字脱字が多い。創価学会の役員、年齢がわからない人がいるが、とりあえず送付する。

 午後は、今書いている『NA』の続きを書く。一応終章ということになっているが、全体を見直すと構成を変えなければならないかもしれない。これに関連して、『虹の階梯』に参考にした文献としてあがっていた、ラマ・ケツン・サンポによる講義の英語の本が送られてくる。照合してみると、構成などはほとんど同じだ。種本といってもいいほどにている。もちろん、同じ人間が講義をしているわけだから、内容が似てくるのは仕方がないにしても、参考にしたという程度ではないのだろう。

 ヤフー・バージョンのインターネット・エクスプローラー7をインストールする。タブの機能が加わっているが、果たして使いやすいのかどうか。ソフトの進化というのは評価が難しい。

 夜、総務省統計局の家計調査を依頼される。これから4ヶ月間、家計簿をつけなければならなくなった。いったい自分の家がどういった家計で運営されているのか、それを確認することは必要かもしれない。

November 15, 2006

11月15日(水)教育基本法での宗教教育

 西武の松坂投手には、60億円という巨額の金額がつけられた。想像を超える額だが、それでもメジャー・リーグはペイするということだろう。いったいどうなっているのか、その仕組は興味深い。こうしたニュースが伝えられると、やはりサッカーよりも野球ということになるだろう。日本サッカーの人気の凋落の方が、実は野球よりもはなはだしいのではないか。サッカーの方が世界市場でも、野球は、アメリカと日本という経済大国にしっかり基盤をもっている。この分では、中国の野球が強くなれば、野球が強い国と経済的に力がある国とが重なってきて、サッカーは発展途上国や、階層社会でのスポーツというとらえ方になっていくのかもしれない。

 一方で、教育基本法の改正案が、委員会で採決された。そのなかで気になるのは、宗教教育にかんする部分だろう。改正案では、「第一五条(宗教教育) 宗教に関する寛容の態度と一般的な教養ならびに宗教の社会生活における地位は、教育上尊重される。国公立の学校は、特定の宗教のための宗教教育、宗教的活動をしてはならない」となっているが、この条文、文章がおかしくはないだろうか。一般的な教養というのは、今回新たに盛り込まれたものだが、それが教育上尊重されるというのは、表現としてあまりに曖昧だ。宗教の問題に首をつっこみたくないという気持ちはわかるが、今の世界情勢のなかで宗教についての「一般的な教養」が不可欠なものであるのは事実だろう。それをもっと積極的に与える努力をすることを表明すべきではないだろうか。

November 04, 2006

11月4日(土)赤旗祭りで小三治を聴く

 知り合いから入場券をもらったので、夢の島公園で開かれている「赤旗祭り」に出かける。新木場の駅を降りると、警察車両が大量に止まっていた物々しい警戒ぶりだ。その中を相当にたくさんの人が会場をめざしていく。いったいどういうものなのか、想像ができなかったが、来ている人はかなり多い。10万人の人出だという話も聞こえてきた。

 とりあえず、中央広場で、ソウル・フラワー・ユニオンというバンドの演奏を聴く。沖縄のグループのようだが、ロックバンドとはいいながら、沖縄民謡のような演奏だ。その後、青空寄席で小三治が出るというのでそちらに行ってみる。夢の島マリーナに面した全くの原っぱだがおびただしい数の人が集まっている。まだ、その前の漫才をやっているところだが、これだけ多くの人が一度に落語を聞くなどということはめったにないことではないだろうか。

 大歓声のなか小三治があらわれる。手を振って歓声に答え、なぜかカメラで観客席をとっている。この人、落語自体よりも、その前に勝手に言いたい放題言っているときの方が遙かにおもしろい気がする。場の空気を支配する力があるということだろうか。聴衆は大喜び。それに比べると落語の盛り上がりはもう一つだが、途中、空を飛ぶヘリコプターの音がうるさいのを、落語の中に織り込んで「打ち落とせ」などと言うところで、盛り上げていた。こうした小三治をみることができるのは、赤旗祭りだけかもしれない。落語ファンには必見の場だ。

 それに比べると、中央広場でしゃべっている志位委員長の演説はまったくおもしろくない。野党の立場に甘んじ、政権を取ろうとする意欲を失った政党の委員長だからだろう。こうしたある意味内輪の集まりなら、もっと破天荒なことを言って、もりあげたらどうか。そうしたら、党外の支持も集まるように思う。

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 それから、物産展を回るが、いろいろと店があっておもしろい。多くの参加者はこうした物産展を目当てにきているのだろう。考えてみると、これだけ規模の大きな祭りというのはほかにないのかもしれない。書籍のコーナーでは、不破哲三氏がサイン会をやっていた。

October 11, 2006

10月10日(火)新しい仕事

 宗教と悪とについて論じようとする本のテーマが、ようやくここにきて固まってきた。『憲法9条を世界遺産に』を読んで、やはり中沢新一氏とオウムの事件との関連を中心に論じなければならないと思うようになった。10年前『宝島30』の休刊号に「私の中沢新一論」を書いたことがあるが、それを発展させたものになるだろう。中沢氏の議論のなかから見えてくる宗教のもつ可能性と限界について明らかにすることができれば、本は成功するはずだ。本全体の構想をメモし、最初の部分を6枚ほど書く。

 東大の研究室に選挙分析をしている新しいメンバーが入ってきた。私の仕事もずいぶんとやりやすいものになりそうだ。夜には、池ノ上のがたごとやで、その新メンバーの歓迎会を兼ねて、研究室の懇親会が開かれる。中央公論の小林、田中両氏もやってきて、盛会だった。

October 05, 2006

10月4日(水)修了式

 宗教と悪の本、改めてはじめにの部分、前に書いて発表していないものを引っ張り出してみて、書き直してみた。しかし、それができあがって、これでは少し迂遠になると思えてきて、これではまずいと気づく。やはりストレートに行くべきだろう。


 夕方、編集者と、その本の打ち合わせをする。ターゲットを定めて、それでおしていくことに決める。内容的には、センセーショナルな部分も出て来そうだ。読者の関心を引くものでなければ意味がないし、これでいいのだろう。

 打ち合わせを終えてから、先端の安全・安心プロジェクトの共通コース、修了式に出る。前に一度講義をしたものだが、受講者が官僚で、国会開会中のせいか、集まりはあまりよくなかった。それでも、終わる頃にはかなり集まってきて、修了証書が渡され、軽い懇親会になる。そのあと、近くの「時代屋」という店に行き、有志で懇親会をする。

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