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芸能・アイドル

May 13, 2018

5月13日(日)歌舞伎座夜の部は時蔵

昨日は、さいたま新都心のNHK文化センターで、神道についての講義をする。前回は時間を変更させてもらったので、少なかったが、今回は15名。教室があまり大きくないので、混んでいるという感じ。神社建築の歴史を追うという話。ただ、建築物以前のことに多くを費やす。

午後は、歌舞伎座へ。先日は昼の部だけだったので、夜の部。

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演目は、弁天小僧、菊畑、喜撰。弁天小僧は、もしかしたら菊五郎最後になるかもしれない。もう弁天小僧そのまま。ただ、五人は、若手3、ベテラン2でバランスが悪い。格の違いがそのまま出てしまっている。

菊畑では、虎蔵初役という時蔵がよかった。牛若丸になってからの品格が違うし、からだの動きが美しい。時蔵見直した。ほかは、全体の配役のバランスが悪い気がする。團蔵の鬼一となると、すごみが足りない。そのなかで、松緑も冴えない。最近の菊畑、淡海の配役に相当苦労している様子。

最後は、喜撰。菊之助がはじめて踊ったようだが、なんだかよく分からなかった。中途半端。この踊りはかなり難しいのだろうが、要点をつかんでいない気がした。

終わってから、妻と歌舞伎座近くのバルでワイン。


May 07, 2018

5月7日(月)團菊祭昼の部へ行く

今日は歌舞伎座昼の部へ行ってきた。

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12代目市川團十郎5年祭ということで、昼の部の最初は「雷神不動北山桜」の通し。これ3回目だろうか。「毛抜」「鳴神」「不動」といった歌舞伎18番が次々に出てくる、いわば海老蔵のワンマンショー。前とは少し変わっているような気もした。はっきりした記憶がない。

いちばんよかったのは、菊之助の雲絶間姫。けっこう色気があり、鳴神上人が堕落するのももっともかと感じさせた。海老蔵は、ちょっとそれに押され気味。「毛抜」も実におおらかで、ごきげんに花道を下がっていったが、もう少し人間離れしてもいい。

「不動」は、いつものように空中浮遊。同じときに観劇していた早野龍五さんの話では、最前列からお賽銭が投げられたとのこと。すでに海老蔵は仏だ。二階のロビーには、成田さんからお不動さんが勧請されていた。


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帰るときに、夜の部も見るという早野さんに近刊『京都がなぜいちあんなのか』をお渡しする。

April 27, 2018

4月27日(金)仏教は山口達也を救えないのか?

TOKIOのメンバー山口達也の問題が世間を騒がせている。人気タレントだけに、その影響は大きい。

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この事件、アルコールの問題が背景にあるらしい。近年彼は離婚を経験しているが、それとも関係があるのだろうか。

スターがアルコール依存症になるのは、アメリカでも同じ。今年出した『ジョン・レノンはなぜ神を信じなかったのか』で考えたことでもあるが、ロック・スターの場合、相当な数の人間がアルコール依存症に陥る。人気が出て、それが世界的なものになり、重圧がかかるからだ。アルコールでなければ、薬物ということになる。

そのとき、彼らを救うのはキリスト教の信仰だ。子どものころ、才能を見込まれて、彼らは教会の聖歌隊にリクルートされることが多い。となると、教会音楽が身についている。アルコールやドラッグに依存してしまったとき、彼らは自分が罪深いと感じ、そこから神への信仰に目覚める。子どものころ、神を讃える歌をうたっていたわけだから、自然に信仰がよみがえってくる。そこから、神を讃える歌を歌ったりするようになる。これがパターンで、このパターンをたどったロック・スターは数限りない。

日本の場合、アルコールやドラッグに依存してしまったとき、宗教が救いを与えることにはならない。神道はもともと救済の機能が欠けているが、仏教もその面では弱い。仏教の信仰で、依存症から立ち直ったという話はあまり聞かない。少なくとも芸能人ではないだろう。

なぜ仏教ではそうした人間を救えないのか。これは、真剣に考えてもいい課題ではなかろうか。


April 11, 2018

4月11日(水)歌舞伎座昼の部は松緑の長台詞とご老体の立ち回り

歌舞伎座昼の部へ行ってきた。

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演目は二つ、「西郷と勝」と、「裏表先代萩」。どちらも見たことがない。「西郷と勝」は、「江戸城総攻め」のダイジェスト版で1時間ほど。目立つのは西郷の松緑。松緑が長いセリフをしゃべる。しゃべり方は落ち着いていていいとおもうのだが、西郷関係の財団からの申し出で上演され、元の本が少し改変されているようで、真山青果ならではのしつこさがない。その分、嫌みを感じられないが、コクはなくなる。難しいところだ。

「裏表先代萩」は、趣向としては興味深いものだが、途中の政岡のところが、全体のなかにうまくはまらない。菊五郎も、夜の部の仁左衛門と比べると、悪人の色気が足りない。全体に中途半端。裁き役の松緑が、ここでも長台詞を聴かせるが、ちょっと人物としては薄い。菊五郎と東蔵の立ち回りは、二人の年齢を考えるとはらはらするが、なんとか頑張っていた。


April 06, 2018

4月6日(金)歌舞伎座夜の部は仁左衛門の極悪人

昨日は歌舞伎座夜の部へ行った。

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4時45分からはじまり、8時30分過ぎに終わったが、ちょっと長い気がした。演目は、初めて見る「絵本合邦衢」の通し。仁左衛門一世一代と銘打たれている。

仁左衛門が得意とする極悪人の物語で、二役。たしかに、どんどん人を殺し、子供にまで手をかける。南北らしいすさまじさだが、ちょっと物足りない。勧善懲悪的に、かたき討ちを果たしたというところに落としどころをもっていったせいかもしれない。そこで、話が平凡になる。

そうした脚本のせいで、仁左衛門の悪人も、予想された通りで物足らない。大学之助が太平次を殺すのが、「ナレ死」というのもいかがなものだろうか。原作を知らないが、中途半端な気がした。

March 25, 2018

3月25日(日)早く栄寿太夫の舞台が見たい

昨日の深夜、ETY特集「二百年の芸をつなぐ~江戸浄瑠璃 清元~」を見た。現在尾上右近として活躍している歌舞伎役者が、同時に、将来清元の家元を継ぐための襲名の過程を追ったもの。

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右近については、彼が本名の岡村研佑で初舞台を踏んだ時の公演を見ている。テレビでもそのシーンが少し出てきた。初舞台を見て、その役者が成長すると、それだけで親しみがわく。

清元の太夫としての実力がどの程度かはまだ分からないが、声量は役者として鍛えられている分すごい。また、セリフの部分になると、俄然いきいきとしている。本人も清元の太夫で早く舞台に立ちたいようだが、こちらとしても見てみたい。あの怖そうな清元梅吉が、孫のようにかわいがっているところも面白かった。

右近のしゃべり方、どうも猿之助と海老蔵の影響を受けている気がする。


March 06, 2018

3月6日(火)今月の歌舞伎座夜の部は玉三郎劇場だが

昨日は歌舞伎座の夜の部へ行ってきた。

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今月は昼の部と夜の部の趣向が異なっていて、夜の部は、「玉三郎劇場」の趣。「於染久松色読販」と「神田祭」は、玉三郎が仁左衛門と共演し、最後の「滝の白糸」は玉三郎の演出。やはり人気があるのか、月曜日の夜にもかかわらずほぼ満員。

「お染久松」は、二人がうまいのでそれなりに見せるが、何かこくがないというか、はりがないというかちょっと物足らなかった。「神田祭」とくると、江戸三大祭りの一つ、「深川祭」のことを考えてしまうが、こちらは、大人の踊り。

問題は、「滝の白糸」。新派の名作となっていて、水芸の場面は有名だが、舞台でははじめて見た。歴史的な上演とも言えるのは、歌舞伎役者がすべての役を演じたこと。玉三郎が白糸をやったときも、大方は新派の役者。

見ていて、新派と歌舞伎とはずいぶんと違うものだと思った。新派は近代の演劇で、登場人物の心情も近代的。その分、歌舞伎役者がやると辛いところが多い。それに、壱太郎と松也というのも、どうだろうか。歌六は、意外と泉鏡花の作品が得意だと思うのだが、見せたのは彼だけかもしれない。正直、この作品には戸惑った。

February 18, 2018

2月18日(日)今更ながら国立劇場の「世界花小栗判官」を観る

遅ればせながら、録画で、1月の国立劇場「世界花小栗判官」を見た。

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正月公演ということで、派手で、その分、話としてはどうかという演目が毎年くり返されているが、今回は、割合とまとまっている気はした。ただ、役者の数が少なくて、とくに若手が何役もやり、菊五郎の活躍の場面が少なかったのが残念。

よかったのは、松緑が任された一幕。顔もいいし、立ち回りもなかなか。これだけで演じたら、歌舞伎座でもできそう。それから、菊之助、梅枝、右近の三角関係のところ。これも、もっとぐちゃぐちゃと、混乱するようにしたら、相当面白いのではないだろうか。これも、独立してやった方がいい。

やはり見に行った方がよかったと、ちょっと反省。

February 14, 2018

2月14日(水)高麗屋三代襲名は2か月目

昨日は、歌舞伎座高麗屋三代の襲名興行へ行った。

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襲名披露の演目は、昼の部が「一条大蔵譚」で、夜の部が「熊谷陣屋」と、「忠臣蔵」の7段目。ほかに、夜の部で、口上のつく「寿三代歌舞伎賑」。昼夜通しで見た。

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新幸四郎は、先月は幸四郎を襲名したように見えたが、今月は吉右衛門を襲名したかのよう。どちらかと言えば、後者で本領を発揮する役者なのかもしれない。ただし、新白鸚のような異様なプライドの高さもないし、吉右衛門のような鬱屈もない。その点では未知数というか、まだ道を見出していないようだが、先月よりも立派に見えたのはなかなか。

今月でいちばんの見ものだったのは、玉三郎のお軽。自在でお軽そのもの。これまでも見ているが、いちばんよかった。これぞ「芸の賜物」。あと、最初の「春駒祝高麗」の芝翫。踊りがすばらしい。そして、7段目の力弥をやった新染五郎。中1にしてこの色気。末恐ろしい。

とにかく、ほとんどの歌舞伎役者が終結した興行で、それは華やか。それだけでも見る価値がある。なにしろ、大蔵卿では、成瀬が秀太郎で、勘解由が歌六。これでまったく違うものになった。


January 16, 2018

1月16日(火)「劇的なるものをめぐってⅡ」の上映会に行く

昨日は夕方早稲田大学へ行った。案外、早稲田に行くことは少ない。何度目かだろう。

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大隈講堂の前には列が出ていたが、これは、『劇的なるものをめぐってⅡ』上映会のためのもの。1000名の募集だが、早々に満員になったという。これは、1970年に早稲田小劇場で上演されたときの通し稽古の記録映像。よくこんなものが残っていた。

最初は、渡辺保先生による解説。近代演劇とは異なる新しい演劇の流れが生まれたということを力説される。その後、上演。もちろんはじめて見たが、何より伝説の白石加代子の演技がすごい。セリフ回しは想像されたが、身体の近い方が、歌舞伎の荒事を思わせる。渡辺先生は、筋というものがないということを強調されたが、実際に見てみると、一つの物語になっているという印象を受けた。この時代、私は早稲田小劇場は見ていないが、黒テントや赤テントを見ていたので、奇異なものにはまったく感じられなかった。

歌舞伎の舞踊など、道成寺が代表だが、途中に、本題の設定とはまるで異なるような部分はいくらでも出てくる。この時代の小劇場は、それと同じような作劇術をとっていたのではないだろうか。終わってから、休憩をはさんで、渡辺先生と鈴木忠志氏の対談。鈴木さん、いつものことではあるが、かなり饒舌だった。いろいろなものを組み合わせるという手法について、引き出しの多さを上げたことが新鮮だった。

終わってから慰労会があったが、そこでの話では、鈴木さん自身が舞台に立ったこともあったという。それが、ヨーロッパでは記録されている可能性があるとか。ちょっと持て見たいと思った。

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