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芸能・アイドル

July 18, 2018

7月18日(水)浅利慶太氏が亡くなられ『はだかの王様』のことを思い出す

劇団四季の浅利慶太氏が亡くなった。85歳とのこと。

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私がはじめて劇団四季の舞台を見たのは、小学校5年生のときで、作品は「はだかの王様」だった。王様は、日下武史氏だったはずだ。

ちょうどそれは、日生劇場が誕生したばかりのときで、小学生の私はこの劇場の豪華なたたずまいに圧倒された。そんな劇場で演劇を見るのははじめての体験だった。

作品も面白かったが、相当に奇抜なものという印象があった。これは、あとで知ったことだが、台本を書いたのは寺山修司だった。このときの印象が強かったので、のちに、私の学生の一人が劇団四季の制作としてつとめていたときに、どこかでこれを見た。そのときも日下氏が主演だったような気がする。

小学生がいきなり、当時の小劇場の世界を体験させられたようなものだが、本当に貴重な体験だった。普通、一回しかこれは見られないようだが、6年生のときも、担任ががんばったようで、「王様の耳はロバの耳」も見た。こちらの方は印象が薄い。


June 17, 2018

6月16・17日(土日)毛越寺の延年の舞と歌舞伎座昼の部

昨日土曜日は、国立劇場小劇場で「毛越寺延年の舞」の公演に行く。最初は、常行三昧供からはじまり興味深い。一番面白かったのは、秘儀で何を言っているかわからない「祝詞」。これは、のっとと読む。二部の方は少し単調だった。帰りがけ、半蔵門の駅で「半蔵門ミュージアム」の広告を見た。これは何か知らなかったので調べてみたら、真如苑のもので、あの運慶作大日如来などが展示されているらしい。

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今日、日曜日は歌舞伎座の昼の部へ。「お三輪」「文屋」「野晒悟助」と続く。「お三輪」は、時蔵がよかった。鱶七は松緑。考えてみるとこの芝居、長いわりに、お三輪と鱶七だけの芝居とも言える。芝翫の豆腐買い。女形だけに、先代を思い出した。

「文屋」は、何をやろうとしているのかよく分からない踊り。「野晒悟助」は、いかにも黙阿弥だが、途中が省かれているのか、よく分からなかった。菊五郎が元気なことは間違いない。

June 10, 2018

6月10日(日)歌舞伎座夜の部の「巷談宵宮雨」は富岡八幡宮の事件を思い出させて恐ろしい

昨日は歌舞伎座夜の部へ行った。演目は、「夏祭浪花鑑」と「巷談宵宮雨」の二つ。

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「夏祭」の方は、吉右衛門が孫の和史と共演するというところがちょっとしたうり。もちろん、渡辺保先生も劇評でほめているように、立派な団七だが、いくつか疑問が。一つは、鳥居前で、団七がすっかりご機嫌になるところ。あまりにそれが過ぎて、団七は根っからの善人に見えてしまう。実際には、彫り物もあからさまで、牢に入っていたわけだから、悪人のはず。吉右衛門のご機嫌ぶりは、それを微塵も感じさせない。となると、なぜまた人を殺めるのかがわからなくなる。団七の人間像がうまくとらえられていないのではなかろうか。

先日の「石切梶原」でも、吉右衛門はご機嫌ぶりを披露したが、梶原と団七では、生きている世界が違う。団七の方は、彼自身を含めて、周囲はすべてやくざ。お辰が焼き鏝を自らの頬にあてるのだって、その世界の女だから。そこらあたりが問題では。

「宵宮」は、24年ぶりの上演で、見たことがない。17代目勘三郎のやっていた役を今の芝翫がするというのは、一つの冒険かもしれないが、人間があまりに違いすぎる。18代目の勘三郎も亡くなり、この役をやれる人がいないのはわかるが、どうだろうか。

それよりも、気になったというか、恐ろしいと感じたのは、この物語が深川八幡、つまりは今の富岡八幡宮の祭りの宵宮が舞台になっているということ。富岡八幡宮の陰惨な事件があったので、当分八幡祭りを題材にした歌舞伎の上演は難しいのではないかと思ったが、歌舞伎界の考え方は常識を超えている。宗教家が親戚に金の問題で殺されるというのは、事件そのまま。見ていて、現実の事件を思い出し、怖くなった。事件も物語も怖いが、それを上演する歌舞伎も怖い。


May 13, 2018

5月13日(日)歌舞伎座夜の部は時蔵

昨日は、さいたま新都心のNHK文化センターで、神道についての講義をする。前回は時間を変更させてもらったので、少なかったが、今回は15名。教室があまり大きくないので、混んでいるという感じ。神社建築の歴史を追うという話。ただ、建築物以前のことに多くを費やす。

午後は、歌舞伎座へ。先日は昼の部だけだったので、夜の部。

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演目は、弁天小僧、菊畑、喜撰。弁天小僧は、もしかしたら菊五郎最後になるかもしれない。もう弁天小僧そのまま。ただ、五人は、若手3、ベテラン2でバランスが悪い。格の違いがそのまま出てしまっている。

菊畑では、虎蔵初役という時蔵がよかった。牛若丸になってからの品格が違うし、からだの動きが美しい。時蔵見直した。ほかは、全体の配役のバランスが悪い気がする。團蔵の鬼一となると、すごみが足りない。そのなかで、松緑も冴えない。最近の菊畑、淡海の配役に相当苦労している様子。

最後は、喜撰。菊之助がはじめて踊ったようだが、なんだかよく分からなかった。中途半端。この踊りはかなり難しいのだろうが、要点をつかんでいない気がした。

終わってから、妻と歌舞伎座近くのバルでワイン。


May 07, 2018

5月7日(月)團菊祭昼の部へ行く

今日は歌舞伎座昼の部へ行ってきた。

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12代目市川團十郎5年祭ということで、昼の部の最初は「雷神不動北山桜」の通し。これ3回目だろうか。「毛抜」「鳴神」「不動」といった歌舞伎18番が次々に出てくる、いわば海老蔵のワンマンショー。前とは少し変わっているような気もした。はっきりした記憶がない。

いちばんよかったのは、菊之助の雲絶間姫。けっこう色気があり、鳴神上人が堕落するのももっともかと感じさせた。海老蔵は、ちょっとそれに押され気味。「毛抜」も実におおらかで、ごきげんに花道を下がっていったが、もう少し人間離れしてもいい。

「不動」は、いつものように空中浮遊。同じときに観劇していた早野龍五さんの話では、最前列からお賽銭が投げられたとのこと。すでに海老蔵は仏だ。二階のロビーには、成田さんからお不動さんが勧請されていた。


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帰るときに、夜の部も見るという早野さんに近刊『京都がなぜいちあんなのか』をお渡しする。

April 27, 2018

4月27日(金)仏教は山口達也を救えないのか?

TOKIOのメンバー山口達也の問題が世間を騒がせている。人気タレントだけに、その影響は大きい。

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この事件、アルコールの問題が背景にあるらしい。近年彼は離婚を経験しているが、それとも関係があるのだろうか。

スターがアルコール依存症になるのは、アメリカでも同じ。今年出した『ジョン・レノンはなぜ神を信じなかったのか』で考えたことでもあるが、ロック・スターの場合、相当な数の人間がアルコール依存症に陥る。人気が出て、それが世界的なものになり、重圧がかかるからだ。アルコールでなければ、薬物ということになる。

そのとき、彼らを救うのはキリスト教の信仰だ。子どものころ、才能を見込まれて、彼らは教会の聖歌隊にリクルートされることが多い。となると、教会音楽が身についている。アルコールやドラッグに依存してしまったとき、彼らは自分が罪深いと感じ、そこから神への信仰に目覚める。子どものころ、神を讃える歌をうたっていたわけだから、自然に信仰がよみがえってくる。そこから、神を讃える歌を歌ったりするようになる。これがパターンで、このパターンをたどったロック・スターは数限りない。

日本の場合、アルコールやドラッグに依存してしまったとき、宗教が救いを与えることにはならない。神道はもともと救済の機能が欠けているが、仏教もその面では弱い。仏教の信仰で、依存症から立ち直ったという話はあまり聞かない。少なくとも芸能人ではないだろう。

なぜ仏教ではそうした人間を救えないのか。これは、真剣に考えてもいい課題ではなかろうか。


April 11, 2018

4月11日(水)歌舞伎座昼の部は松緑の長台詞とご老体の立ち回り

歌舞伎座昼の部へ行ってきた。

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演目は二つ、「西郷と勝」と、「裏表先代萩」。どちらも見たことがない。「西郷と勝」は、「江戸城総攻め」のダイジェスト版で1時間ほど。目立つのは西郷の松緑。松緑が長いセリフをしゃべる。しゃべり方は落ち着いていていいとおもうのだが、西郷関係の財団からの申し出で上演され、元の本が少し改変されているようで、真山青果ならではのしつこさがない。その分、嫌みを感じられないが、コクはなくなる。難しいところだ。

「裏表先代萩」は、趣向としては興味深いものだが、途中の政岡のところが、全体のなかにうまくはまらない。菊五郎も、夜の部の仁左衛門と比べると、悪人の色気が足りない。全体に中途半端。裁き役の松緑が、ここでも長台詞を聴かせるが、ちょっと人物としては薄い。菊五郎と東蔵の立ち回りは、二人の年齢を考えるとはらはらするが、なんとか頑張っていた。


April 06, 2018

4月6日(金)歌舞伎座夜の部は仁左衛門の極悪人

昨日は歌舞伎座夜の部へ行った。

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4時45分からはじまり、8時30分過ぎに終わったが、ちょっと長い気がした。演目は、初めて見る「絵本合邦衢」の通し。仁左衛門一世一代と銘打たれている。

仁左衛門が得意とする極悪人の物語で、二役。たしかに、どんどん人を殺し、子供にまで手をかける。南北らしいすさまじさだが、ちょっと物足りない。勧善懲悪的に、かたき討ちを果たしたというところに落としどころをもっていったせいかもしれない。そこで、話が平凡になる。

そうした脚本のせいで、仁左衛門の悪人も、予想された通りで物足らない。大学之助が太平次を殺すのが、「ナレ死」というのもいかがなものだろうか。原作を知らないが、中途半端な気がした。

March 25, 2018

3月25日(日)早く栄寿太夫の舞台が見たい

昨日の深夜、ETY特集「二百年の芸をつなぐ~江戸浄瑠璃 清元~」を見た。現在尾上右近として活躍している歌舞伎役者が、同時に、将来清元の家元を継ぐための襲名の過程を追ったもの。

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右近については、彼が本名の岡村研佑で初舞台を踏んだ時の公演を見ている。テレビでもそのシーンが少し出てきた。初舞台を見て、その役者が成長すると、それだけで親しみがわく。

清元の太夫としての実力がどの程度かはまだ分からないが、声量は役者として鍛えられている分すごい。また、セリフの部分になると、俄然いきいきとしている。本人も清元の太夫で早く舞台に立ちたいようだが、こちらとしても見てみたい。あの怖そうな清元梅吉が、孫のようにかわいがっているところも面白かった。

右近のしゃべり方、どうも猿之助と海老蔵の影響を受けている気がする。


March 06, 2018

3月6日(火)今月の歌舞伎座夜の部は玉三郎劇場だが

昨日は歌舞伎座の夜の部へ行ってきた。

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今月は昼の部と夜の部の趣向が異なっていて、夜の部は、「玉三郎劇場」の趣。「於染久松色読販」と「神田祭」は、玉三郎が仁左衛門と共演し、最後の「滝の白糸」は玉三郎の演出。やはり人気があるのか、月曜日の夜にもかかわらずほぼ満員。

「お染久松」は、二人がうまいのでそれなりに見せるが、何かこくがないというか、はりがないというかちょっと物足らなかった。「神田祭」とくると、江戸三大祭りの一つ、「深川祭」のことを考えてしまうが、こちらは、大人の踊り。

問題は、「滝の白糸」。新派の名作となっていて、水芸の場面は有名だが、舞台でははじめて見た。歴史的な上演とも言えるのは、歌舞伎役者がすべての役を演じたこと。玉三郎が白糸をやったときも、大方は新派の役者。

見ていて、新派と歌舞伎とはずいぶんと違うものだと思った。新派は近代の演劇で、登場人物の心情も近代的。その分、歌舞伎役者がやると辛いところが多い。それに、壱太郎と松也というのも、どうだろうか。歌六は、意外と泉鏡花の作品が得意だと思うのだが、見せたのは彼だけかもしれない。正直、この作品には戸惑った。

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