無料ブログはココログ

Recent Trackbacks

芸能・アイドル

April 05, 2017

4月5日(水)4月大歌舞伎は吉右衛門の鬱屈と猿之助の奴の脚

昨日は歌舞伎座へ。4月大歌舞伎、昼夜一気に見た。3階席なので、けっこう辛抱がいる。

Sdim7789

一番の出来は、夜の部の「傾城反魂香」。吉右衛門の又平の鬱屈の表現は、この人ならでは。菊之助の女房は、最初のおしゃべりはまだまだだが、実直で夫の性格をより一層際立たせる。「岡崎」のときは、最初の方の日では台詞が入っていなかったようだが、今回は手慣れたもので問題なし。

目だったのは猿之助。「伊勢音頭」の万野の存在感はかなりのもの。「熊谷陣屋」の相模は、さほどでもなかったが、「奴道成寺」は、勘十郎の振付なのか、最後の方をはっしょって、新しい表現になっている。奴だと、足が躍るので、そこが面白い。猿之助は、澤瀉屋でやらないのがいいのだろう。

問題は藤十郎。「帯屋」で、セリフは聞こえないし、そこにいてただ辛抱しているだけに見える。色気も失せて、壱太郎だけが目立った。これはちょっと考えもの。

March 17, 2017

3月17日(金)なぜ私は大物浦が嫌いなのか

昨日は歌舞伎座昼の部へ行ってきた。入場してみると、いきなり、前の日に最終講義を拝聴した早野龍五さんがいて、ご挨拶。

Sdim7678

最初の演目は、真山青果の「明君行状記」。あまりかからない演目ではじめて見た。いかにも真山青果という作品で、偉い侍と若い侍が議論で対決するという点では、「御浜御殿」に似ている。同じ作者だからそうなるのだろう。襲名を控えた亀三郎は頑張っているが、「御浜御殿」とは違い、主君のためのかたき討ちという「大義」が欠けている分、話が小さく、やはり面白みに欠ける。どだい失敗作なのではないだろうか。

その後、「義経千本桜」の渡海屋・大物浦。実はこの演目が好きではない。なぜ好きではないかというと、大物浦での知盛が血だらけで、あまりにも悲劇的。そこがいいという人が大半なのだろうが、私は何度見ても好きになれない。それは、今の人間には、海の底にある浄土にリアリティーを感じられないからではないだろうか。その分、死ぬことが悲劇に直結する。だが、舞台になった時代では、浄土へ行くことが生きる目的になっていたわけで、必ずしも悲劇にはならない。悲劇であるとすれば、それは、安徳帝が義経によって救われてしまい、入水しないこと。安徳帝が入水すれば、海の中が浄土になる。それがないと死ぬことはただの犬死にになる。今の演じ方、果たしてそこまでを考えているのだろうか。

今回は、孫のサッカー教室の送り迎えがあるので、大物浦の前で退席した。かえってそれがよかったかもしれない。仁左衛門の引っ込みもよかったし、巳之助のなんだか江戸の人間のような荒々しさも、ほかの役者にはないもの。時蔵は初役だというが、一転高貴な身分に変わるところが見事。それだけ見ればいいともいえる。


March 13, 2017

3月13日(月)歌舞伎の「岡崎」はその場面だけ単独で上演すべきだ

国立劇場で、「伊賀越道中双六」の「岡崎」を中心とした通しを見てきた。

H2903igagoehonomote

これは再演ということになるが、この前のも見た。それは読売演劇大賞を受賞している。相変わらず、岡崎の場面がすさまじい。歌舞伎の数ある演目のなかでも、子供が理不尽に殺されたり、妻が雪の中に放置されたりというところで、一番残酷というか、衝撃的なものだ。

国立なので通しで上演するが、2回とも見て、もう岡崎の場面だけでいい気がする。あまり背景的な説明もいらないだろう。実際、「沼津」の方は、単独で上演されているわけだから。

それに、かたき討ちの相手が実際に出てこない方がいい面もある。今回も錦之助だが、巨悪のイメージがない。それだけの思いをして敵討ちをするのだから、相手は、ひどい悪人、たとえば、幸四郎とか海老蔵とか、そういう役者でないと貫禄負けする。まさか、そんな人たちを出すわけにもいかないのだから、単独で上演すべきだろう。歌舞伎座で見たい。


February 08, 2017

2月8日(水)浜田光夫さんがカラオケでご自身の歌をうたうのを聴いた

昨日は午後、法政大学の高校の3年生が担任の先生とともにやってきた。卒論を書くので、靖国神社について知りたいという。1時間くらい、それに答える。

その後は、新宿へ出て、ビックカメラにより、妻のPC用のマウスを買う。それから、大塚へ。稲葉さんが社長をしているセレスポの会社に寄る。会社の説明などを受けた後は、大塚で飲み会。

20170207_220644

2次会はカラオケ・クラブへ。そこは浜田光夫さんと縁のあるお店で、しかもこの日はご本人が来ていた。カラオケでも、ご自身の歌をうたっていた。50年前のヒット曲になる。ちょっとこれは得難い体験だった。


February 05, 2017

2月5日(日)歌舞伎座の猿若祭昼の部へ行ってきて寺子屋セクハラが面白かった

「猿若祭二月大歌舞伎」に行ってきた。江戸歌舞伎390年祭とのこと。昼の部へ行ったので、夜の部の「二人桃太郎」は見ていない。幕見はそこだけ満席だった。

Sdim7525

演目は、猿若祭を記念する「猿若江戸の初櫓」から、「大商蛭子島」、「四千両」に、「扇獅子」。「四千両」は2回目で、そのときとほとんど配役が変わらない。後は見たことがない。みな、あまり上演されないものだ。「初櫓」は、勘九郎と七之助に若手で、勘九郎が一番目立つ。「蛭子島」は、松緑が祖父の演目をやったもので、最初の寺子屋セクハラ場面が面白いが、それからあとが、雑然としていて、何が何やらという感じに展開していく。松緑が勘九郎と芝居で真っ向勝負は珍しいかもしれない。これは、台本をもう少し整理した方がいい。

「四千両」は、牢屋の場面がやはり一番いいが、菊五郎ができなくなったら、しばらくは上演できないのではないか。それほど、菊五郎の富蔵はいい。笑わせるし、泣かせる。梅玉がニンではない感じで、誰かいないものだろうか。最後の「扇獅子」は、短くてあっけない。

January 26, 2017

1月26日(木)17年目の「越後獅子」

昨日は、歌舞伎座の寿初春大歌舞伎の夜の部へ行ってきた。もう25日で千秋楽の前日。この時期でいいのは、筋書に舞台写真が入っていること。久しぶりにそれを手に入れた。

最初は、幸四郎、玉三郎の「井伊大老」。昼の部の大政奉還150年の「将軍江戸を去る」と対になるような演目だ。幸四郎の井伊大老はまことに立派だが、井伊直弼が14男だったというところにはどうもはまらない。ただこれはいたいしかたないところ。前回は、吉右衛門、芝雀で見たが、そちらの方がお静にも可愛げがあってよかった。

20170125_190541

次は、富十郎追善の「越後獅子」と玉三郎の「傾城」。「越後獅子」には、個人的に因縁がある。私が歌舞伎を本格的に見るようになったのは、2000年からのことだが、3月に歌舞伎座の夜の部を見た。「菅原伝授」の後半の通しで、そのあとに、富十郎の「越後獅子」だった。ところが、その「越後獅子」を見ないで、私は帰ってしまった。まだ、歌舞伎というものに慣れていないせいもあるが、「寺子屋」を初めて見て、子供を犠牲にするのかと衝撃を受け、それで踊りならいいやと帰ったのを記憶している。

今から考えると全くもったいない話だが、それが17歳の鷹之資の踊りで満たされたような気がした。「傾城」は、動きが少ない中で見せるのはさすがという気がした。

最後は「松浦の太鼓」。染五郎は初役で、ちょっと笑いが過剰になるところもあるが、これ少し先になると、いいものになっていくような気がした。染五郎は、幸四郎よりも、吉右衛門や仁左衛門の路線なのだろう。驚いたのは、愛之助。存在感が出てきた。これは楽しみである。

January 11, 2017

1月11日(水)三井記念美術館で「日本の伝統芸能展」を見た

国立劇場50周年ということで、日本橋の三井記念美術館で開かれている「日本の伝統芸能展」に行ってきた。

Ph_exhibition_01_01_l

能楽、文楽、歌舞伎、沖縄の芸能と、国立劇場がカバーしているものが対象で、三井記念美術館所蔵のものや、三越伊勢丹がもっているもの、そして国立劇場が所蔵しているものが展示されている。したがって、統一感はないが、一番人気だったのは歌舞伎の役者へのところ。やはり、団十郎とか、幸四郎、菊五郎といったおなじみの名前が出てくるし、演目も「暫」であったりと、今でもかかるものが中心なので、おのずと関心を呼ぶのだろう。

能楽の面は、三井記念美術館が所蔵しているだけに、入り口のところでは、それに関連した映像も流されていた。全体にお勉強をしたという感じの美術展だった。


January 07, 2017

1月7日(土)右團次襲名披露興行に新橋演舞場へ行ったら祝い幕が三田会だった

新橋演舞場の右團次襲名興行に行ってきた。最初驚いたのは、祝い幕が「三田会有志」からのものになっていたこと。筋書を見ると、清家塾長や千住博さんがお祝いのことばを述べている。なるほど、右團次は三田会だったのかと改めて知った。三田会と学会、日本で今一番強い二つの団体に入っているというのは、これは大変なことだ。一度話を聞いてみたい。

Sdim7490

演目は、「雙生隅田川」の通し。はじめて見た。「隅田川」がもとになっているわけだが、松若に梅若が登場し、それを右近が演じている。まだ6歳だというが、早変わりがあったり、宙乗りがあったり、なかなかよく頑張っている。おでこの辺りが父親似の気がした。

国立と同じに、見せ所が多いというか、見せ所ばかりの芝居。いろいろと面白いが、歌舞伎を見たという実感は乏しい。右團次は、当然相当に頑張っていて、最後は「鯉つかみ」になる。ただ、もどりとかは、元が善人なので、悪人ぶりが薄い分、鮮やかさに欠ける。やはり、海老蔵や猿之助が出ると芝居らしくなる。

January 03, 2017

1月3日(火)初芝居は国立劇場の「しらぬい譚」プラス初詣

初芝居に国立劇場に行ってきた。12時開演だが、10時半から会場で、最初に鏡開きがあり、升酒がふるまわれる。ほかに曲芸が階段のところで演じられた。それが、横のロビーのテレビでやっていたので、そちらで見る。


Sdim7482


演目は復活狂言の「しらぬい譚」。これまで見たことはない。長い物語のダイジェストのようなものなので、いいとこどりで盛りだくさんではあるが、その分、全体に散漫でもある。見どころは何なのかというところがはっきりしない。

一番わかりにくいのが、冒頭から出てくる若菜姫。これが、善なのか悪なのかが分かりにくく、その点で筋を追いにくい。乳母の突然の懸想や、宙乗り、あるいは化け猫の登場などあり、最後は華やかに終わったが、ちょっと物足りなかった。

20170103_170311


終わってから、タクシーで、山王日枝神社へ行き、初詣。実はここには来たことがなかった。ついでに日比谷高校も初めて見た。


December 11, 2016

12月11日(日)12月大歌舞伎1・2部を見る

昨日は歌舞伎座で12月大歌舞伎、1部と2部を続けてみた。

20161210_103803

1部の「あらしのよるに」は、京都の南座で初演を見ている。今回は、歌舞伎座の広い舞台でということで、スペクタクルの要素が強くなった気がした。ただ、その分、散漫になった部分もあったのではないか。それが難しいところかもしれない。

2部は、「吹雪峠」から。これは、今まで実は見ていなかったかもしれない。ほんのちょっとしたところで、すべてが変わってしまうという、そこらあたりを短い時間で表現するのは難しいのだろう。とくに感じたのは、「法華」の扱い。江戸時代の法華というのは、熱心な信仰者をさすが、熱心であるがゆえに行き過ぎるところがある。それは、近代の日蓮主義や創価学会にも受け継がれたところだが、その法華の性格を演じる方も演出する方も、あまりよく分かっていないのではないか。

2部の後半は、勘九郎初役の「寺子屋」。これは、ちっとも面白くなかったのが意外。それも、一つには演目の並びのせいもあるかもしれない。「あらしのよるに」も、「吹雪峠」も全体に照明が暗い。それがいきなり歌舞伎の明るい照明になると、どうもうまく対応できない。それに、ずべて松也が重要な役で、さながら松也一座のような状態にあり、それに影響された部分もある。勘九郎は、この日が悪かったのかもしれないとも思う。演劇は、一日だけで評価するのは難しい。

20161210_175641

銀座はすっかり年の瀬気分。


より以前の記事一覧

April 2017
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30