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芸能・アイドル

May 15, 2019

5月15日(水)国立劇場で通し狂言「妹背山婦女庭訓」を見る

昨日は国立劇場に人形浄瑠璃、文楽を見に行った。

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文楽を見るのは久しぶり。文楽というより、演目に興味があった。なにしろ、「妹背山婦女庭訓」は、古代が舞台になり、物語に神話が盛り込まれているからだ。

今回は、大序が復活したのとのこと。物語的には、やはり第2部のはじまり、「妹山背山の段」が一番重厚で、面白かった。それに比べると、第1部のところは、歌舞伎でもみたことがないところがほとんどだが、さほどではなかった。

山の段が優れているのは、入鹿という権力者が表に出てこないところだろう。その入鹿の力によって、若い二人が命を落とす。権力者というのは、「勧進帳」もそうだが、表に出てくると安っぽくなる。入鹿をいかに凶悪に描こうとも、そこは難しい。人間ならまだしも、人形だと恐ろしさがさほど出ない。これは、物語の構造なのでいたしかたないことだろう。

朝10時半から9時近くまで。見るほうもなかなか大変である。

May 10, 2019

5月10日(金)10年前の吉右衛門の弁慶は今と比べるとまだまだ

東京女子大でやっている「宗教学」の授業では、通過儀礼を軸に講義をしている。

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通過儀礼の物語としては、まさに関を通過する「勧進帳」がうってつけ。教科書にしている『教養としての宗教学』でも取り上げているが、昨日は学生に、「勧進帳」を見せた。不思議なことに、哲学専攻のオフィスには、歌舞伎のDVDが多数あるのだが、そのなかから、10年前の吉右衛門の「勧進帳」を選んでみた。

今は、定評のある吉右衛門の弁慶だが、見てみると、10年前はあまりよくない。口跡がよくないということか、もごもごしている。以前見た時のことを思い出した。あの頃の吉右衛門は、言っていることがわからない。とくに遠くから見ていると、何を言っているかわからないということがあった。

山伏問答などでは、今の片りんを感じさせるが、読み上げも問題があった。述懐、延年の舞いは飛ばしてみたので、評価はできないが、どうなのだろう。

吉右衛門ですら、本当の真価を発揮するようになるのは、ごく最近のことなのかもしれない。

May 05, 2019

5月5日(日)歌舞伎座夜の部はいかに

昨日歌舞伎座夜の部へ行った。2日目になる。

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最初は、令和の世を寿ぐ舞いの「鶴寿千歳」。昼の部の「対面」と「勧進帳」の背景にも天皇という存在があるが、今月は新天皇即位を全体で祝うという趣向で貫かれている。全く関係がないのは「め組の喧嘩」だけだろうか。「御所五郎蔵」だって、舞台は京都で「御所」は天皇の住まいをさす。それに曽我とかかわっている。

二番目の「絵本牛若丸」は、丑之助襲名で、豪華な学芸会。舞台奥のおじいさんたちが一番楽しんでいる。

「京鹿子娘道成寺」でも、舞いの起源はアマテラスの岩戸がくれに求められている。期待の菊之助だったが、やはり自己主張が足りない感じで、散漫にも覚えた。二人でも、男女でも、相手方がいるととてもいいのに、一人だとまだまだ。

最後は「御所五郎蔵」。これではじめて歌舞伎を見たという感覚になった。松也も彦三郎もがんばっているが、悪態をつく土右衛門の家来、とくに新十郎と左升の割台詞がいい。この二人が一番黙阿弥調だったような。

May 03, 2019

5月3日(金)團菊祭初日

團菊祭初日、昼の部へ行く。

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最初は、松緑の工藤で「対面」。他は若手。松緑も、思っていた以上い立派な工藤だった。とくによかったのは梅枝の十郎。舞台空間の空気をつかむことができている。弟の萬太郎は、それに比べると物足りない。力を入れないところでも、力がみなぎっていないと五郎にはなれない。

二つ目は、かつての三之助の「勧進帳」。実はこの三人でというのは初めて見た。三人が横に並んでいるだけで、なんだか満足してしまった。やはり三人の間には特別なものがあるのだろう。

最後は、「め組の喧嘩」。菊五郎劇団の真髄。だいぶ若返ったものの、相撲の方は若返っていない。今月は、丑之助襲名で、音羽屋だけではなく、播磨屋萬家が揃った。その点では、豪華。

終わってから来週閉店するレガートへ。手前のロフトも一階まで開店していた。それにしても、銀座は賑やか。

April 17, 2019

4月17日(水)歌舞伎座昼の部へ行く

昨日は歌舞伎座昼の部へ行った。行かないつもりだったが、先日夜の部を見に行ったときに渡辺保先生に出会い、いいと言われたので、これは行くしかない。

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最初は、平成代名残絵巻(おさまるみよなごりのえまき)。いかにも勘十郎の演出。最後両花道をつかっての引っ込みで、巳之助と児太郎が六法を見せるが、それだけでなんとなく満足してしまう。

次は、座摩社という見たことのない場面が前についた野崎村。渡辺先生も書いているが、又五郎の演技が空回りして、座摩社はあまり面白くない。これがついたがゆえに、全体で2時間。たしかに時蔵のお光はいいし、雀右衛門もかわいい。さらに歌六もいいのだが、最後観客の皆さん、トイレに行きたくて、全体に集中力が低下。早く終わっての声も。ここらあたり、休憩を入れるなど考えるべきことかと。

次は、藤十郎米寿の祝いの寿栄藤末廣(さかえことほぐふじのすえひろ)。なんてことのない舞踊だが、猿之助がきれい。最初誰が出てきたのかと思ってしまった。実は今月は女形の饗宴、玉三郎や七之助などを除くと、女形勢揃いの感がある。そのなかでも、猿之助が存在感を示したような。

最後が、渡辺先生御推奨の「鈴ヶ森」。たしかに、物語として面白くはなっているが、気になったのは菊五郎の身体。とても若々しいとは感じられないところに難しさがあった。

 

April 09, 2019

4月9日(火)歌舞伎座夜の部を観に行き渡辺先生に遭遇する

昨日は歌舞伎座へ行った。グループ展、ブルーノート、小劇場、歌舞伎と、4日間続けて外出。さすがにちょって疲れる。

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最初は、仁左衛門の「実盛物語」。期待はしたが、それほどでもなかった。「実盛物語」は、一時海老蔵がやっていて、それがよかった記憶がある。今では、子煩悩で知られるが、その片鱗が実盛にはあった。その点で、仁左衛門にはそれが乏しい。太郎吉の眞秀は、先月に続いて。お母さんにかなり鍛えられているのだろうか。

次は猿之助の「黒塚」。3回目だと思うが、イメージが少し変わった。それが終わって、廊下に出てみると、渡辺保先生が6月のポスターを見ているのに遭遇。いろいろ「黒塚」についての不満を言われた。劇評に出ることだろう。

最後は「二人夕霧」。前にも見たような気がするが、こんなものだったのだろうか。妙なものという印象を受けた。

渡辺先生の話では、昼の部の「野崎村」と「鈴ヶ森」がいいとのこと。そう言われたら、見に行かざるを得ない。

 

April 08, 2019

4月8日(月)高橋いさを「母の法廷」を観る

昨日の午後は、高橋いさを作演出の「母の法廷」を見に行った。もともとは朗読劇として書かれたものを、今回は一般の演劇作品に仕立て直したものらしい。

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『劇団ショーマ』時代の作品とはずいぶんと趣が違う。なぜこういう作品を作ることになったのか、作者自身があまり語っていないのでわからないし、女性ばかりが出てくるというのも、高橋作品としてははじめてではなかろうか。

役者は、元宝塚の娘役トップ月影瞳という人の力が目立った。ほかの三人もしっかりしている。トリロジーでも感じたことだが、一人でも力が劣る役者がいると、こういう劇は成り立たない。

三輪暁さんの絵でも、トリロジーでも感じたことだが、この劇でも成熟ということを強く思った。人生百年時代になると、成熟まで時間がかかる。逆に、これまでとは違う形での成熟を、私たちは得ることができるのかもしれない。

March 29, 2019

3月29日(金)嵯峨大念仏狂言と「百万」を国立能楽堂で鑑賞

昨晩は久しぶりに国立能楽堂へ行った。なかなか能を見る機会がない。今回は、企画公演ということで、テーマは「寺社と能・清凉寺」。清凉寺は、三国伝来の釈迦如来で名高い。

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前半は、清凉寺の「嵯峨大念仏狂言」。これは見たことがなかった。演目は「釈迦如来」というもので、ここにしか伝わらない。三国伝来の釈迦如来を中心とした喜劇。こういうのを「ヤワラカモン」と言うらしい。「カタモン」が能で、ヤワラカモンが狂言。無言劇だが、話は簡単。

後半は、能の「百万」。その舞台は、大念仏が行われている清凉寺。女物狂いが、生き別れになった子どもと再会する話。現行のものは、世阿弥が改作していて、その原作となる観阿弥作を復元したものが演じられた。こちらは、幽玄の世界ではないので、眠くはならない。「地獄の曲舞」が見どころか。

March 06, 2019

3月6日(水)国立小劇場で歌舞伎をはじめてみた

昨日の夕方は、国立劇場の小劇場に歌舞伎を見に行った。

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珍しいことらしく、私もはじめての体験。花道が客席と同じ平面で、大劇場や歌舞伎座とは違う。後ろから2列目で見たが、舞台もよく見える。

最初は、真山青果の「元禄忠臣蔵」から「御浜御殿」。綱豊が扇雀で、助右衛門が歌昇。綱豊に貫録はあるが、陶酔の感覚には薄い。歌昇は熱演だが、これからだろう。虎之介、立ったり座ったりがおかしい。

後半は、「積恋雪関扉」。菊之助がやるとは意外に思ったが、骨太でそこは驚いた。人間離れした黒主という存在、案外彼にはあっているのかもしれない。梅枝、途中までうまく表現できないもどかしさがあったが、最後、桜の精になってからは生き生きした。

小さな箱の中で歌舞伎を見るというのは、とても贅沢。その割には客が少し少なかった。


March 05, 2019

3月5日(火)歌舞伎座昼夜通しで鑑賞

昨日は歌舞伎座へ行った。昼の部と夜の部を続けて鑑賞した。

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昼の部は、「女鳴神」から。はじめて見た気がする。ただ、「鳴神」の色っぽい部分など、面白いところが全部なくなり、女形に荒事をやらせるというのはいかがなものか。孝太郎がかわいそう。鴈治郎は慣れない一本歯の下駄であやうく転びそうになった。「傀儡師」は本来、大和屋の芸。三津五郎以外がやるのはめずらしい。今は、これを受け継ぐ人がいないので、幸四郎は誰にならったのだろうか、よくわからない踊りになっていた。

昼の部、歌舞伎座が再開場してから一番客が入っていないのではと思わせたが、一番の見ものは「傾城反魂香」。普段出ない前段が出たが、そちらはたいしたことはない。よかったのは、猿之助のおとく。夫への情愛が深い。白鸚も、気合の入れ方や驚き方など、なかなかうまい。

夜の部は一転してお客が入っている。「盛綱陣屋」、終わってみると勘太郎の小四郎が一番こころに残った。仁左衛門からすれば、やはり勘三郎の思い出があるのだろう。そうしたことを感じながら演じているのが伝わってくる。役者もそろい見ごたえがあった。

「雷船頭」は、鷹之資ががんばるが、勘十郎に見えてならない。そもそも振付が勘十郎なのでしかたがないが、一番弟子のようなところもある。「弁天小僧」は猿之助。うまいが、上品すぎて、ちんぴらの雰囲気に欠ける。

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