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芸能・アイドル

September 05, 2018

9月5日(水)新しい「俊寛」と新しいだけの「幽玄」で秀山祭は夜の部

昨日は台風のなか歌舞伎座夜の部へ行った。

吉右衛門の俊寛は何度か見ているが、今回は幕切れが違った。たいがい、赦免船にむかって手をふるのだが、それは一切なし。ただ、前方を見つめているだけ。ご本人の話では、極楽へと導く弘誓の船が見えているということだが、これだけを見てもそれはわからない。今回気づいたのは、成経が出だしのところで、熊野権現を勧請して祀っていると言っていたこと。熊野権現は、中世では浄土と考えられ、だからこそ熊野詣が盛んになった。床本では、熊野三所とあった。方向性は定まったが、まだ未完成と言う印象の俊寛だった。

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早野龍五さんの前日のツイートから悪い予感がしていたが、玉三郎の「幽玄」、いろいろと問題で、進めば進むほど、見ないで帰ればよかったと思わせた。鼓童との共演で、それ自体異色だが、彼らの演奏は実は邦楽ではなく、和太鼓による西洋音楽だということが大きなずれのもと。謡曲もグレゴリア聖歌に聴こえる。

とくに、道成寺の部分になると、鼓童が主役になる分、玉三郎の舞の意味がなくなった。なんだか、1970年代にあったであろう、前衛的な日本舞踊のようになる。玉三郎まで出て華やかになった秀山祭だが、三部制にして、第2部までを秀山祭とした方がよかったのではなかろうか。

September 02, 2018

9月2日(日)秀山祭復活の福助

秀山祭初日である。少し雨模様。昼の部を見た。やはり初日にこれは見なければならないと思った。福助5年ぶりの舞台だからである。

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去年の7月の歌舞伎座も、一種異様な雰囲気に包まれていた。海老蔵が妻を失いつつ、息子と舞台に立ったからである。今回は、性格は違うが、期待と不安に包まれているというところでは明らかに似ていた。観客のお目当てがそこにあるのは間違いなく、場内は満員だった。

初日ということもあり、幕開けから、「成駒屋」の大向うの声が響く。演目は「金閣寺」。雪姫を演じるのは、福助の息子、児太郎である。大膳は、松緑。いつになく声が通る。極悪人にはまだまだ遠いものの、悪としての存在感は十分に示している。児太郎も、精いっぱいの演技でそれに答える。愛くるしく、可憐だ。

後半になると、その児太郎の演技がかわる。まるで福助の魂が乗り移ったように、親なのか子なのかが分からなくなっていく。そして、福助の登場。いったいどのような状態なのか。金閣寺2階に現れると、観客の拍手は鳴りやまない。それが終わってから、おもむろに台詞をしゃべる。台詞はしっかりしているが、右手が不自由なのが分かる。座ったまま、短い間だが、何か神々しい、聖なるものを感じさせた。演技が終わっても、ふたたび鳴りやまない拍手。

終わっても、安堵と不安の入り混じった気持ちが観客を支配する。これからどうなるのか。5年というブランクは長くもあり、短くもある。人が復活するということは、外側から見ていてはわからない部分があまりに大きい。筋書の写真は、かつてのまま。これが現在の写真に変わったとき。本当の復活になるのかもしれない。

August 21, 2018

8月20日(月)納涼歌舞伎第3部「盟三五大切」を観る

昨日は、家で20枚ほど原稿を書いてから、青山へ。NHK文化センターで宗教事件史の講義。また、受講生が一人増えていた。今回は、キリスト教の罪とイスラム教の法について。なかなかうまく説明できたのではなかろうか。

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終わってから歌舞伎座へ。納涼歌舞伎のうち、見ていない第3部「盟三五大切」を見る。これまで、仁左衛門で見ているが、幸四郎ははじめて。

かなり陰惨な話で、例によって富岡八幡宮あたりの深川が出てくるが、面白くなったのは、後半。橋之助の八右衛門が四谷で嘆いたあたりから。橋之助成長している。幸四郎、七之助、中車とくると、第2部の膝栗毛での早変わりを思い出したが、中車の大屋がなかなかのもの。幸四郎も、仁左衛門がやるような悪人をやるといいのだろうか。3部制で、休憩が20分。それがちょっとあわただしかった。

August 17, 2018

8月17日(金)イエス・キリストも出た恒例の納涼歌舞伎第1部と第2部を見る

昨日は、納涼歌舞伎に行った。第1部はひとりで行き、第2部は娘と一緒。

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今年の納涼歌舞伎は「川」がテーマになっていて、それで演目が選ばれているため、あまり上演されないものがかかっている。第1部では、北條秀司の「花魁草」、第2部では「雨乞其角」が久しぶりの上演、どちらも見たことがなかった。

「花魁草」は、男の出世ということで、長谷川伸のようでもあった。話がしっかりできているので、破たんがない。途中、幸四郎のしぐさが気になったが、なんということのないところに風情があり、説明が難しい。「「龍虎」は、幸四郎と染五郎。龍と虎が対峙しているはずだが、踊りぶりからして違いが歴然。その点では、「連獅子」のよう。新作の「心中月夜星野屋」は、実にたわいのない化かしあいで、いかにも落語という作品。中車が歌舞伎ができるようになっているところが、やはり大きい。

第2部は、恒例の「東海道中膝栗毛」。これはいつものようだが、同じ三人が繰り返し違う人物として花道に現れるというのは新趣向だろう。染五郎と團子が、この2年のあいだにずいぶんと成長した。途中の地獄では、若手の踊り比べ。最後、イエス・キリストが登場するが、歌舞伎にイエスが出たのははじめてではなかろうか。右近が8歳だかで大活躍。「雨乞其角」は、踊り手が、地獄の場面とかぶるので、面白みに欠けたような気がした。

August 10, 2018

8月10日(金)ジャニーズとはなぜか葬式

昨日朝は家で校正の作業をして、昼前に出かける。新宿まで出て、山手線で浜松町へ。浜松町に来るのは、主に文化放送に出演するため。昨日もそうだった。番組は土曜日に放送される「村上信五と経済クン」というもので、番組タイトルが示しているように経済関係の話題を取り上げるらしい。

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私が呼ばれたのは、幻冬舎新書の『葬式格差』を出したため。葬式にまつわる話題が、とくにお金をからめていろいろと出た。司会の村上氏は36歳ということだが、大阪の出身ということで、若いわりに葬式関係のことをよく知っていた。

以前、『葬式は、要らない』を出した時には、V6の岡田准一氏の番組に呼ばれたことがある。なぜか、ジャニーズの司会の番組に呼ばれるときには、葬式がネタになっている。

無事に収録を終え、同行してくれた編集者とお茶をして、次の企画を考えた後、中野へ。孫のサッカー教室の付き添い。場所を間違えたりして、暑い中けっこう大変だったが、付き添いはひさしぶり。小学校ともなると、さすがに保育園時代とは違い、時間も長くサッカーらしくなっていた。

August 09, 2018

8月9日(木)台風のなか新作歌舞伎『ナルト』を見る

昨日は、午後まで仕事をして、銀座へ。まず、サウンドクリエイトへ寄って、先日のイベントの際に忘れたカメラを受け取る。台風の雨なので、そこから、松屋へ行き、地下道を通って、東銀座の築地寄りの出口から出る。そこから、新橋演舞場へ。新作歌舞伎『ナルト』を見るため。


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正直あまり期待していなかったのだが、残念ながらそれが大きく裏切られるということもなかった。つまり、さほど面白くなかったわけだ。お客は、漫画が原作ということで、いつも歌舞伎では見ない、若い層が入っていた。一方で、いつも見かける私よりも上の世代もいて、そこは面白い。

面白くない原因は、一番には脚本にあるのだろうが、人間ドラマの要素が薄い。歌舞伎の手法も十分には生かされていない面もある。さらに、主役の二人も、もう一つキャラクターとしての存在感を示せなかったような気がした。立ち回りは、普通の歌舞伎では見られないような、映画に近いところもあり、それはそれで楽しめるが、観客を驚かせるような斬新さもなかった気がする。

帰りは雨のなか、魚粋に寄って、思わぬ話が出たりして、それはそれで面白かった。

July 18, 2018

7月18日(水)浅利慶太氏が亡くなられ『はだかの王様』のことを思い出す

劇団四季の浅利慶太氏が亡くなった。85歳とのこと。

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私がはじめて劇団四季の舞台を見たのは、小学校5年生のときで、作品は「はだかの王様」だった。王様は、日下武史氏だったはずだ。

ちょうどそれは、日生劇場が誕生したばかりのときで、小学生の私はこの劇場の豪華なたたずまいに圧倒された。そんな劇場で演劇を見るのははじめての体験だった。

作品も面白かったが、相当に奇抜なものという印象があった。これは、あとで知ったことだが、台本を書いたのは寺山修司だった。このときの印象が強かったので、のちに、私の学生の一人が劇団四季の制作としてつとめていたときに、どこかでこれを見た。そのときも日下氏が主演だったような気がする。

小学生がいきなり、当時の小劇場の世界を体験させられたようなものだが、本当に貴重な体験だった。普通、一回しかこれは見られないようだが、6年生のときも、担任ががんばったようで、「王様の耳はロバの耳」も見た。こちらの方は印象が薄い。


June 17, 2018

6月16・17日(土日)毛越寺の延年の舞と歌舞伎座昼の部

昨日土曜日は、国立劇場小劇場で「毛越寺延年の舞」の公演に行く。最初は、常行三昧供からはじまり興味深い。一番面白かったのは、秘儀で何を言っているかわからない「祝詞」。これは、のっとと読む。二部の方は少し単調だった。帰りがけ、半蔵門の駅で「半蔵門ミュージアム」の広告を見た。これは何か知らなかったので調べてみたら、真如苑のもので、あの運慶作大日如来などが展示されているらしい。

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今日、日曜日は歌舞伎座の昼の部へ。「お三輪」「文屋」「野晒悟助」と続く。「お三輪」は、時蔵がよかった。鱶七は松緑。考えてみるとこの芝居、長いわりに、お三輪と鱶七だけの芝居とも言える。芝翫の豆腐買い。女形だけに、先代を思い出した。

「文屋」は、何をやろうとしているのかよく分からない踊り。「野晒悟助」は、いかにも黙阿弥だが、途中が省かれているのか、よく分からなかった。菊五郎が元気なことは間違いない。

June 10, 2018

6月10日(日)歌舞伎座夜の部の「巷談宵宮雨」は富岡八幡宮の事件を思い出させて恐ろしい

昨日は歌舞伎座夜の部へ行った。演目は、「夏祭浪花鑑」と「巷談宵宮雨」の二つ。

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「夏祭」の方は、吉右衛門が孫の和史と共演するというところがちょっとしたうり。もちろん、渡辺保先生も劇評でほめているように、立派な団七だが、いくつか疑問が。一つは、鳥居前で、団七がすっかりご機嫌になるところ。あまりにそれが過ぎて、団七は根っからの善人に見えてしまう。実際には、彫り物もあからさまで、牢に入っていたわけだから、悪人のはず。吉右衛門のご機嫌ぶりは、それを微塵も感じさせない。となると、なぜまた人を殺めるのかがわからなくなる。団七の人間像がうまくとらえられていないのではなかろうか。

先日の「石切梶原」でも、吉右衛門はご機嫌ぶりを披露したが、梶原と団七では、生きている世界が違う。団七の方は、彼自身を含めて、周囲はすべてやくざ。お辰が焼き鏝を自らの頬にあてるのだって、その世界の女だから。そこらあたりが問題では。

「宵宮」は、24年ぶりの上演で、見たことがない。17代目勘三郎のやっていた役を今の芝翫がするというのは、一つの冒険かもしれないが、人間があまりに違いすぎる。18代目の勘三郎も亡くなり、この役をやれる人がいないのはわかるが、どうだろうか。

それよりも、気になったというか、恐ろしいと感じたのは、この物語が深川八幡、つまりは今の富岡八幡宮の祭りの宵宮が舞台になっているということ。富岡八幡宮の陰惨な事件があったので、当分八幡祭りを題材にした歌舞伎の上演は難しいのではないかと思ったが、歌舞伎界の考え方は常識を超えている。宗教家が親戚に金の問題で殺されるというのは、事件そのまま。見ていて、現実の事件を思い出し、怖くなった。事件も物語も怖いが、それを上演する歌舞伎も怖い。


May 13, 2018

5月13日(日)歌舞伎座夜の部は時蔵

昨日は、さいたま新都心のNHK文化センターで、神道についての講義をする。前回は時間を変更させてもらったので、少なかったが、今回は15名。教室があまり大きくないので、混んでいるという感じ。神社建築の歴史を追うという話。ただ、建築物以前のことに多くを費やす。

午後は、歌舞伎座へ。先日は昼の部だけだったので、夜の部。

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演目は、弁天小僧、菊畑、喜撰。弁天小僧は、もしかしたら菊五郎最後になるかもしれない。もう弁天小僧そのまま。ただ、五人は、若手3、ベテラン2でバランスが悪い。格の違いがそのまま出てしまっている。

菊畑では、虎蔵初役という時蔵がよかった。牛若丸になってからの品格が違うし、からだの動きが美しい。時蔵見直した。ほかは、全体の配役のバランスが悪い気がする。團蔵の鬼一となると、すごみが足りない。そのなかで、松緑も冴えない。最近の菊畑、淡海の配役に相当苦労している様子。

最後は、喜撰。菊之助がはじめて踊ったようだが、なんだかよく分からなかった。中途半端。この踊りはかなり難しいのだろうが、要点をつかんでいない気がした。

終わってから、妻と歌舞伎座近くのバルでワイン。


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