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書籍・雑誌

June 12, 2018

6月12日(火)小説『DOOM』の連載がはじまった

今回、キノブックスの「キノノキ」というサイトに、小説を連載することになった。

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タイトルのDOOMというのは、運命という意味で、ひいては最後の審判のことをさす。昔、日本女子大で教えていた時、研究室に、‘Doom's Day’といったタイトルの本が並んでいたことを記憶している。史学科に属していたので、それは西洋史の先生の本だった。本は皆分厚く、古く、何かそこには恐ろしいことが書かれているように思えてならなかった。

ちょうどその時代、小説の背景となるあの事件が起こった。この事件をどう描くのか、今回は新しいことにチャレンジすることとなった。

May 31, 2018

5月31日(木)拙著『天皇は今でも仏教徒である』をもとにした見解が朝日新聞に掲載された

今日の朝日新聞で、皇室と宗教の問題が扱われている。その記事のなかで、私のコメントが紹介されている。

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実際に記者からインタビューも受けているが、主な論点は、サンガ新書『天皇は今でも仏教徒である』で述べたところ。それをもとにインタビューをされた。

他に原武史氏の見解も紹介されている。


May 30, 2018

5月30日(水)『AIを信じるか、神(アッラー)を信じるか』は明後日発売

6月1日に刊行される祥伝社新書『AIを信じるか、神(アッラー)を信じるか』の見本ができた。

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この本は、AIの提示する答えがブラックボックスに入っていて、因果関係を説明しないというところから発想されたもので、今世界に広がりつつあるイスラム教の神も同じ性格を持つことを指摘するところからはじまる。AIについては、人間の仕事を奪うかどうかといったことに関心が集まっているが、何かを決定する、評価するというところにかかわってきているだけに、これからの影響は大きい。そうしたAIを活用した社会として、意外に先進的なのは中国。中国は自由が規制され、プライバシーということがやかましく言われないので、AIの活用が容易だ。それによって、中国は、デジタルの分野で飛躍的に伸びている。私はそれを「デジタル毛沢東主義」と呼んでみた。

いったこらからの世界はどう変貌していくのか。文明論的な角度から論じたのが今回の本だ。

May 28, 2018

5月28日(月)広野真嗣『消された信仰』は宗教学の先輩宮崎賢太郎氏の見解を批判した興味深い本だった

小学館ノンフィクション大賞を受賞したという広野真嗣氏の『消された信仰ー「最後のかくれキリシタン」長崎・生月島の人々』が仮綴じ本で送られてきた。6月1日に発売になるらしい。

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この本は、一方では、生月島のかくれキリシタンの現状について取材にもとづいて報告したものだが、その一方で、かくれキリシタンのあり方に対して批判的な研究者の見解に疑問を投げかけた、宗教学的にも興味深い考察になっている。

批判の対象になっているのは、私の宗教学研究室の先輩でずっと長崎純心大学で教えてきた宮崎賢太郎氏だ。宮崎氏からはこれも最近『潜伏キリシタンは何を信じていたのか』が送られてきた。宮崎氏はカトリックの信者でもあるので、かくれキリシタンについては、その信仰のあり方を評価していない。これは昔からのことで、それで論争になったこともあった。本来かくれキリシタンは、明治になった時点でカトリックに復帰するべきだったのであり、それができないのは、信仰が変質してしまっているからだというのが、簡単に言えば、宮崎氏の論点だ。

この見方を広野氏は批判しているわけだが、一つ重要なことは、日本にキリスト教の信仰が伝えられた時、宣教師たちはどういう信仰を広めようとしたのかという点だ。現代は合理主義の時代で、とくにカトリックは第二バチカン公会議以降変わった。それまで信者には聖書を読ませなかったし、ミサはラテン語で意味が分からない。修道女も修道院のなかに閉じ込めたままだった。そこでも変わったのだから、16世紀のカトリックの信仰がいかなるものだったのか、それを本来なら検証する必要がある。だが、宮崎氏もそれは行っていない。

当時、キリスト教の信仰を伝えようにも、翻訳の問題があり、仏教用語に頼らざるを得なかった。だから、天国は「後生」と呼ばれていたようだ。少なくとも現代のようなカトリックの信仰が伝えられたわけではない。遠藤周作の小説もそうだが、現代のような信仰が伝えられたことが前提になり、そこで根本的に間違えている。

宮崎氏は、かくれキリシタンは、カトリックに改宗するとたたりが起こると恐れているとしている。そこで非合理だというわけだ。しかし、これは宮崎氏本人から直接聞いたことだが、長崎で水害が起こったとき、水が家の近くまで来たのに、自分の家がそれをまぬかれたのは、信仰によるものだと言っていた。広野氏は、これをどう思うだろうか。


March 21, 2018

3月21日(水)3月30日に出る『葬式格差』の見本ができたのだが

3月30日が発行日の『葬式格差』の見本ができた。幻冬舎新書はずいぶん出しているが、単著ではちょうど10冊目。ほかに中田考氏との対談本がある。

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発行日が3月30日になったのは偶然だが、そこにはいきさつがある。9年前の3月30日、つまり2009年3月30日は、入籍し、現在の家族が法的に誕生した日だった。北沢タウンホールに届けに行ったのだが、たまたまその日、その場所で曹洞宗関係の雑誌の鼎談があった。そこで千代川宗圓氏とはじめてお会いしたのだが、その席で、「葬式は贅沢」という点で氏と意見を同じくした。

それが、やがて『葬式は、要らない』の刊行に結び付くことになるのだが、その北沢タウンホールは、妻とはじめて会った場所でもあった。それから9年が経って、同じ日に、葬式関係の本が出るというのも、なかなか興味深い偶然だ。


February 28, 2018

2月28日(水)初版は大嫌い

河出書房新社の14歳の世渡り術のうち、『世界を平和にするためのささやかな提案』が重版になった。

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この本、22人で書いているので、印税はわずかだが、重版はめでたいことである。

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先週のオーディオ哲学宗教談義で、黒崎氏があまりにオリジナル版、つまりは初版のすばらしさを語るので、物書きとしては初版は大嫌いだと言ってみた。うれしいのは重版がかかること。去年はなかなかそれがかなわなかったが、今年は3冊続けて重版になっている。この調子で行ってもらいたい。


February 07, 2018

2月7日(水)ヤマギシ会についての本の校正をはじめる

ヤマギシ会についての本の初校ゲラが来ている。とにかく厚い。1日目は100頁くらいやったが、目次もあるので、もっと少ない。

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この本の原稿、最初に書き始めたのは1988年頃だ。放送教育開発センターの助教授になっていたときだが、所長が変わって、仕事がなくなり、窓際族になっていた。ならば、博士論文にしようと書き始めてみたのだが、当時は、簡単に博士号などくれなかった。

そこで、1990年に日本女子大に移ってから、紀要に最初の部分を載せた。続けて載せようと思っていたが、退職せざるを得なくなり、それで果たせなかった。

その後、断続的に書いてきたが、今回本格的に取り組んだのは2016年からのことだ。山岸巳代蔵全集など、新しい資料が相当集まったことも大きい。ヤマギシ会から資料の提供も受けた。というわけで、ようやくゲラになっているが、原稿用紙にして750枚を超える。だから、校正も大変。いつ終わるのか。


December 05, 2017

12月5日(火)『「人間革命」の読み方』の見本ができた

今年最後の本になる『「人間革命」の読み方』の見本ができた。

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これは、創価学会の第3代会長池田大作著『人間革命』を読み解いたもの。『人間革命』は、戦後の激動の時代を描いたドラマとして見ると、創価学会の人間以外にも興味が持てる内容になっている。要は、現代版『三国志』だ。

そして、創価学会という集団を理解するうえでも、テーマになった「人間革命」ということが重要な意味を持つ。人間革命とは一体何なのか。それにひかれたのはどういう人間たちなのか。

さらに、『人間革命』は映画化されたり、アニメ化され、『新・人間革命』という続編も生んだ。前身は、第2代会長の戸田城聖が記した『小説人間革命』だが、今回は、「聖教新聞」の創刊号から連載されたオリジナルにも言及した。また、『人間革命』には、最近刊行された第2版もある。

さまざまなメディアを駆使して刊行され続けてきた『人間革命』。その書き手は本当に池田大作なのか。リアルな創価学会の姿を追いつつ、そこまで考えてみた。


November 23, 2017

11月23日(木)『天皇は今でも仏教徒である』は明日発売

明日、『天皇は今でも仏教徒である』がサンガ新書として刊行される。

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この企画をいただいたときには、天皇と仏教というテーマだった。それを見て、即座に思いついたのが、今回のタイトルである。それなら書く意味もあると思った。

近代では、天皇の信仰は神道というのが基本になってきた。しかし、歴史を振り返ってみれば、天皇は仏教と密接な関係をもってきた。その関係は、明治に入るときに断ち切られるが、長い仏教との関係がそれで完全に途切れてしまうわけではない。私は、現在の天皇が象徴としての在り方を模索するなかで、仏教にそのモデルを見出していったのではないかと考えている。それを論じたのがこの本であるということになる。

September 22, 2017

9月22日(金)新刊『日本の新宗教』はどういう本なのか

いよいよ角川選書の一冊として『日本の新宗教』が発売になった。

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この本は、150年にわたる歴史をもつ日本の新宗教について、その全貌を明らかにすることをめざしたものだ。新宗教は、日本が近代の社会に突入する中で出現し、とくに民衆のあいだに広がっていった。最も多くの信者を集めたのは、戦前なら天理教、戦後なら創価学会ということになるが、どちらも、実数で500万から1000万人の人間を集めたのではないか。

しかし、それだけの規模を持ちながら、たとえば、日本の歴史を振り返るというときに、新宗教が顧みられることは少ない。日本の近代史と密接に関連しているはずなのに、まるでその存在はなかったかのように扱われている。

果たしてそれでいいのだろうか。そうした問題意識から、新宗教の教団の中身だけではなく、社会とのかかわりについても多く言及した。新宗教が勃興したのは、日本社会が近代に入って大きく変貌したからだ。その新宗教は今どういった状況にあり、将来どうなっていくのか。それは日本人全体にとって重要な問題であるはずだ。


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