書籍・雑誌

November 11, 2009

11月11日(水)同級生の渡辺氏が『仏陀語録オリジナル』の紹介を書いてくれた

高校時代の友人、渡辺さんがブログに『仏陀語録オリジナル』の紹介を書いてくれたので、それを転載する。

「〔仏陀語録〕オリジナル」は、平易な文章で書かれている分、逆にすごく難しかった!

高校時代の同級生で、宗教学者の島田裕巳クンの「〔仏陀語録〕オリジナル」という新刊を読む。いつもの彼の本と比べると、かなり肌合いの違った本だと感じた。
仏陀が語った言葉、教えのオリジナルなものに近い原始仏典と呼ばれるものの1書の中から、100の言葉を選び、従来の仏教書っぽい単語を使った訳を改め、新たに訳し直したものに、島田裕巳クンの解説がつくという構成になっている。

この仏陀の言葉らしく訳しなおされたものは、とても平易な言葉になっているので、スラスラ読めるのだけど、その意味を深く考えるとエラク難しい。
(スラスラ読む分には、世間によくある人生論本の類みたいだけど・・)
文章はスラスラ読めるけど、何度も立ち止まってしまった。自分の体験などに当てはめて、ものすごくよく分かる部分と、体験などに当てはめると、逆に、よく分からなくなってしまう部分もある。後者の方がはるかに多かった。
何度も、読み直す必要がある本なのかもしれない。
もしかすると、西欧人にとっての聖書というものが、こういうものなのだろう。

ナベ<2009年11月11日>(島田裕巳「〔仏陀語録〕オリジナル」三五館 単行本 約190ページ)

最後の一文がいい。

今日は、その三五館の社長、担当編集者と会い、今後の企画について話しあう。あとは、『葬式』の原稿の直し。2章分やりおえ、あと少しになってきた。

November 06, 2009

11月6日(金)昨日に引き続いて3冊分の打ち合わせをする

『葬儀はぜいたく』の原稿、編集者が手を入れてくれたものを最初から見直す。いったい何が言いたいか、それを少しはっきりさせないといけない。はじめにから、3章の途中まで直す。

午後は、ヒルズへ。風邪など引いたので久しぶり。ライブラリーのコンセプトを作った小林麻実さんから、『図書館はコミュニティ創出の「場」―会員制ライブラリーの挑戦』(勉誠出版)という本をいただく。まさにライブラリーについて書かれた本。ついでに、お勧め本として私の『無宗教こそ日本人の宗教である』があがっているホームページのプリントアウトが引用されていた。

昨日に引き続いて、打ち合わせが3件。宗教への入信、新宗教の門前町、それに新宗教の事典のような本について打ち合わせをする。打ち合わせをすれば本を書かなければならない。本もすぐに書ければいいが、そうもいかない。調べなければならないこともあるし、見に行かなければならないこともある。現実には一つ一つこなしていくしかない。

October 29, 2009

10月29日(木)今月は新しい本の企画を打ち合わせることが多かった

10月も終わりにさしかかっているが、今月は本の企画の打ち合わせが多かった。完全に決まっているもの、決まっていないものを含め、10冊分くらい編集者と相談をしたのではないだろうか。果たしてそれが全部実現することになるのかはわからないが、それだけ仕事がくるのは本当にありがたい。

実際の作業は地道に進めていくいくしかない。『無欲の勝利』の原稿、第3章を書き上げ、グーグル・ドキュメントにアップする。それから、新しい本として、『日本を騒がせた10人の宗教家』という企画があり、それをはじめてみることにする。最初は聖徳太子なので、書き始めてみる。伝説や神話に彩られた古代人なので、まずは史実と分ける作業が必要だが、その存在は後の日本仏教のあり方を規定する役割を担ったように思う。

本を書いていくやり方としては、一冊ずつ書いていき、一冊終わったら次にかかるというものがあり、今まで原則としてはそうしてきたが、ときには2、3冊同時に作業することもある。いったい、一度に何冊平行して書けるのか、それに挑戦するのも面白いかもしれない。とりあえず5冊同時くらいを考えている。そうすると苦しくなるのか、それとも楽になるのか。それを確かめてみたい。

October 28, 2009

10月28日(水)小幡氏との対談も三回目をむかえこれからどうしたらいいのかを考える

午前中は家で仕事。無欲の原稿を16枚ほど書く。

昼食後ヒルズへ。テレビ局と打ち合わせをしたあと、小幡氏との対談の3回目。一応これで締めになる。内容が下り坂経済を生きるといったことで、これからどうなるか、その時代をどう生きたらいいのかということについて話し合う。話しとして簡単にはまとまらないことで、全体の原稿が出来てきてから、改めてまとめを考えなければならないのかもしれない。

今週号の「アエラ」、教育の特集だが、和田中、西高、東大と、母校のことが取り上げられている。小学校も取り上げられれば完璧だが、ただの小学校なのでその可能性はない。東大の記事では、近著の『究極の東大受験法』の写真も掲載されていた。

October 26, 2009

10月26日(月)出版の世界はビジネス書から『論語』へと大きく転換しているらしい

10月最後の週に入った。台風が来ているとかで、天候が悪い。一日雨。家で仕事をする。『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』のあとがきを書き、『無欲の勝利』の第2章を完成させる。

午後は、久しぶりに出版プロデューサーの小山さんなどと打ち合わせをする。その席上、最近の出版事情のことに話しが及んだが、一年前には売れていたビジネス書が、ここのところ急激に売れなくなっているという。それも一時のことではなく、これからもだめではないかという見通しらしい。

代わって、歴史物や『論語』といった中国の古典などに回帰しているとのこと。ところが、そうしたものの書き手がひどく不足しているらしい。教養の世界から、日本に伝統的な漢文の素養が失われている状況では、当然、そうしたことが起こるのだろう。今から若い人が中国古典にチャレンジするようになるとも考えにくい。求められていながら、それが供給できない。需給のアンバランスが出版の世界にも及んでいくのだろうか。

October 22, 2009

10月22日(木)今つきあいのある編集者同士が実は同級生だということが判明しそれに驚く

10月も下旬に入ってきた。やはり天気がいい。

朝から家で仕事をする。まず、『クロワッサン』の病気自慢の原稿を書く。自慢できるかどうかわからないが、入院していたときの床ずれの話しを書いて、送る。それから、昨日企画会議を通ったという『無欲の勝利』の原稿、改めて書き出す。少し柔らかい雰囲気ではじめることにした。

午後は、文集新書の衣川さんが来て、12月刊行の『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』の初校、校閲からあがってきたものと、こちらが校正したものをすりあわせする。幸い、大きな直しはなかった。その話しのなかで、彼女と河出ブックスの藤崎さんが大学の同級生で、しかも新潮新書の担当者も同級生だということがわかる。考えてみると、彼女たちが大学生だった時代、私はテレビなどにもよく出ていた。果たしてそれが関係するのかわからないが、編集者同士がもともと関係があるというのは初めて。

本屋に行って、私と名前が近い兵藤裕己氏の『声の国民国家・日本』と、同じ講談社学芸文庫に入った早川孝太郎の『花祭』などを買う。「日本宗教美術史」の次は、もしかしたら「日本宗教芸能史」かもしれないという感覚がある。それはそれで、美術史以上に難しいところがあるが、挑戦していい課題であることはたしかだ。

読書の秋。ちょっとまじめに本も読みたい。

October 16, 2009

10月16日(木)今月4冊目の新刊『仏陀語録オリジナル』の見本ができ河出ブックスの創刊イベントに出る

朝から家で仕事をする。新宗教関係の本の監修を頼まれていて、その原稿を見る。いろいろ修正箇所があり、けっきょく、一日かかる。

夕方、新宿へ。高島屋の上で、三五館の中野さんから『仏陀語録オリジナル』の見本をもらう。写真家の野町和嘉さんの写真を使わせて貰っているが、写真家自らが選んだくれたらしい。レイアウトもこっていて、とても立派な本になった。自分でもこんな本を作ることになるとは思わなかった。あとは、これからの企画について。

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夜は、紀伊國屋サザンシアターで河出ブックスの創刊イベント。私のほかに、最初のラインナップに『読者はどこにいるのか』が入っている石原千秋さん、新宗教と建築の五十嵐太郎さん、それにフリーライターの永江朗さん。五十嵐、永江両氏はこれから書くことになっている。サザンシアターに来たのは、10年前に「水の味」を上演して以来のことかもしれない。そのときは脚本を書いたので舞台には上がらなかった。今回はあがれるかと思ったが、話しをする席は舞台前に用意されていて、舞台にはあがらずじまい。

話しは、教養や選書のあり方をめぐって。別に話をすることを用意していなかったが、選書と新書を比べた場合、選書の方が少し偉そうに書くものなのではと言ってみた。河出書房は、社長以下総出で、力が入っている。私の以外にも全部で三冊がすぐに重版になっているらしく、出だしはたいそう好調。最後は宴となる。

October 15, 2009

10月14日(水)『教養としての日本宗教事件史』早くも重版が決まる

朝からヒルズへ行く。宝島新書での小幡氏との対談。朝から4時まで対談を続ける。下り坂ということがテーマで、とりあえず、ここ最近の経済の状況をおさえ、それと関連させる形で政治について話しをする。いかに日本をはじめとする先進国が下り坂にあるのか。それを徹底的に洗い出すことが目的になりそうだ。小幡氏が語った民主党のあり方は面白かった。政治的な結社というより、企業組織に近い。サラリーマン社会にふさわしい政党ということだろうか。

終わってから、先週末に大手書店に並んだ『教養としての日本宗教事件史』の重版が決まったという知らせを受ける。昨日も動きがあると聞いていたが、まずは順調。明日は創刊イベントもある。

夜は、講談社のK氏と会食。世間話とこれからの企画について話しをする。そのなかで、早稲田の人は一人で飲み、東大の人は二人で飲み、慶應の人は三人で飲むという話しが出て、ちょっと盛り上がる。慶應の学生が集団で裸になってつかまったが、これも、集団を作りたがる慶應の属性だろう。

October 09, 2009

10月9日(金)2年半かけた大作『日本宗教美術史』の見本ができそのあまりの出来映えの良さに自分の本と思えない

文春新書として刊行する『金融危機とユダヤ・キリスト教』の校正をする。これは、かなり丁寧に時間をかけて見ていかないといけない。2章分近く進む。

午後はライブラリーへ。週刊ダイヤモンドの取材を受ける。この前は、話題になった新宗教の特集の取材だった。今回は、大学を特集するらしい。慶應のことについて聞かれる。

夕方、芸術新聞社の渡辺さんが、『日本宗教美術史』の見本を持ってきたくれる。できがすばらしく、とても自分が書いた本とは思えない。写真を載せたいところだけれど、ちゃんとしたものを載せないと、その良さが伝わりそうにない。自分の手では、難しいかもしれない。明後日にチャレンジしてみたい。

この本を書き上げるには、2年半がかかった。これは、『オウム』にかけた期間に匹敵する。今回は取材のために、かなりのところを周り、国宝クラスの仏像は相当に見た。今まで見たことのあるものでも、いざそれについて書こうとしても、それがうまくいかない。中尊寺の金色堂などは、わざわざそのために出かけた。なかには見ていないで書いたものもないわけではないが、それも着々と実物を見てたしかめている。これまで、日本宗教美術史は、誰も書いたことがないので、少なくともその点が貴重なはず。どのように受け取られるか、それが楽しみだ。

夜は、新しい本の企画の打ち合わせ。最近はそんなことばかりが続いている。皆、自分で書いているので、合理化もできない。いったいどこに限界があるのか。それにチャレンジするしかないのかもしれない。

October 05, 2009

10月5日(月)来週10月13日にライブラリートークをするがテーマは「これ以上深くは読めない『1Q84』で関心のある方は招待できる

今日は、朝から、家で仕事。『寺門興隆』の原稿を書く。これで創価学会の連載も69回目になる。午後は、『葬式は贅沢である』の原稿について打ち合わせをする。おそらく、1月の刊行になるだろう。

来週、六本木ヒルズライブラリーでトークをする。その要領は以下の通りだが、ライブラリーのメンバーではなくても、私を通してなら参加できる。希望者がいたらメールして欲しい。

【ライブラリートーク】10/13「これ以上深くは読めない『1Q84』-宗教学者が読む村上春樹」のご案内

【概要】:村上春樹氏の長編小説『1Q84』は、多くの読者を獲得しました。しかし、一方では、その不可思議な物語をどのように読み取っていいのか、読者のあいだに、戸惑いがあるようにも見受けられます。村上氏のこれまでの作品とは違い、『1Q84』では、現実に存在する組織や人物などがモデルとなっています。それはたんに、作品を作り上げる上で参考にされたというだけではなく、物語の本質的な部分にもかかわっているように思われます。今回のライブラリートークでは、『1Q84』のモデルになっている組織や人物がいったい何なのかを読み解きながら、その作品世界の意味を考えます。

◆日 時:2009年10月13日(火)  19:15〜20:45

◆会 場:森タワー49階もしくは40階
※当日、森タワー2階アカデミーヒルズ入口インフォメーションボードにてご確認ください。

◆スピーカー:島田 裕己(宗教学者/六本木ライブラリーメンバー)



October 03, 2009

10月3日(土)『仏陀語録オリジナル』のあとがきを書いたのと今週のメディア

三五館から出版される『仏陀語録オリジナル』のあとがきを書く。7枚ほど。それから再校ゲラを読み通す。今回は直しはほとんどないので、それほど時間はかからなかった。これは、原始仏典の代表である『スッタニパータ』から100のことばを選び出し、それをパーリ語協会の英訳本から訳し直したもの。従来の訳は、仏教用語が使われているが、今回はそれをやめた。そのためまったくイメージの違う仏陀語録になっている。

今週のメディアとしては、火曜日の夕方読売テレビのニュース番組でインタビューが流された。というか、そのはず。翌日、全国放送されるはずだったが、取材対象のひかりの輪がそれを拒否し、実現しなかった。

『寺門興隆』10月号には、創価学会についての連載の68回として、「公明党惨敗で創価学会は政治にどんな野望を抱けるのか」が載る。タイトルが示しているように、今回の衆院選での敗北を受けて、公明党と創価学会がどうするのか、あるいはどうなるのかを分析した。

September 13, 2009

9月13日(日)はじめて債権者になってしまったということと最近のメディア

今週のメディアとしては、9月6日付の「北日本新聞」に、2面にあたって、先日の利賀村でのシンポジウムのことが掲載されました。韓国から文化庁長官が来日されたということで、最後の日の話しがクローズアップされていますが、1日目についても写真付きで紹介されています。

宗教ダイヤモンド9月12日号の特集「新宗教 巨大ビジネスの全貌」は、かなりの反響を呼んでいるようで、朝日新聞の天声人語でも取り上げられています。私が部分的に監修もしていますし、天声人語で取り上げられた「コンビニ型」の新宗教というのは、講談社から刊行した『新宗教ビジネス』で提唱したことがもとになっています。

これは、一つの困ったことですが、『平成史』を刊行してくれたゴマブックス株式会社が民事再生法の申請を行い、私ははじめて債権者という立場におかれることになりました。、まるまる一冊の印税が関係するわけではありませんが、事と次第ではまったくお金が入らない事態も起こりえます。出版不況と言われるなか、こうしたケースが増えないことを祈りたいものです。

September 10, 2009

9月9日(水)『日本宗教美術史』の束見本がついにできる

家で仕事をする。『日本宗教美術史』のあとがきを書く。これで作業はほぼ終わり。あとは10月の刊行を待つだけ。執筆をはじめたのはいつか、ブログをたどってみたら、2007年の4月からかきはじめている。ということは、執筆開始から刊行までに2年半がかかったことになる。これは、『オウム』の場合と同じだ。やはり大作にはそれだけの年月が必要なのだろう。

その後、宗教と経済の本のはじめにとおわりにの構想を考え、はじめにを10枚ほど書く。あとは、おわりにだけだが、全体を見直していないので、修正の必要があるだろう。

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夕方、芸術新聞社の渡辺氏が校正をとりにくる。束見本をもってきてくれるが、自分の本とは思えない立派な感じがする。普通なら、『日本宗教美術史』ではなく、『日本宗教美術史序説』とでもすべきなのかもしれないが、当分、類書が書かれることもないだろう。千住博さんの装丁によって、本自体が一つの作品になった。著者としては、考えていたとおりなので、大いに満足だ。

September 05, 2009

9月5日(土)最近はこんなメディアに登場している

土曜だけれど、『寺門興隆』の連載原稿を書く。今回は、衆院選があったので、テーマも選びやすかった。公明党の不振がどういった原因によるのか、今後それはどうなるのかを分析した。新しい観点としては、創価学会・公明党が東日本より、西日本に強くなっている点を考えてみた。

最近のメディアをあげてみる。

「教科書に載らないもうひとつの宗教史 宗教家知られざる十傑」『文藝春秋スペシャル』秋号
「伝統仏教を否定し創価学会に入った1500万人の動向」『寺門興隆』2009年9月号
「対談 仏教寺院(教団)の現状と未来」『仏教企画通信』17号
公明党についてのコメント『アエラ』2009年9月7日号


September 01, 2009

9月1日(火)10月15日の紀伊國屋サザンシアターでのシンポジウムのチラシができた

台風が過ぎ去った後のフェーン現象で、今日は暑い。朝かヒルズへ行く。宗教と経済の原稿を書き、「ブッダのことば」の原稿を直す。書評を頼まれている本を読んで、それで目一杯。

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10月に創刊される河出ブックスのイベントが10月15日に紀伊國屋のサザンシアターで行われる。そのチラシが出来た。サザンシアターは、『水の味』を上演した思い出の場所だ。あれからもう10年以上になった。

衆院選も終わり、これから政局がどうなるのか、いろいろな問題が浮上してきている。公明党については、予想された通り、選挙区で全敗したが、「聖教新聞」では、あまりそのことについてはふれていない。これは、支持者に対して、ちょっと不親切なのではないだろうか。良い部分だけとりあげるというやり方は、現在の開かれた社会にはそぐわない。

公明党の今後については、かなり運営が難しくなるだろう。もともと衆議院に進出しないということで、政界に打って出た経緯がある。それを現在の池田名誉会長が曲げて、進出したわけだが、今そのつけが回ってきているのかもしれない。公明党の問題としては、やはり国民政党に脱皮できなかったことが決定的だ。選挙について、創価学会にすべてをゆだねたことで、その道がたたれたわけで、こうなるとやりようがない。ひたすら退潮を重ねていくしかないのではないか。それが、創価学会にどのような影響を与えるか。一番の注目点だろう。

August 19, 2009

8月19日(水)『創価学会』がまた増刷になり『究極の東大受験必勝法』の見本ができる

朝日新聞に取り上げてもらったせいで、新潮新書の『創価学会』がまた売れている。おかげさまで、また、増刷になった。今年は4度目の増刷で、近年ではかなり多い。一年で、一冊新刊を出すのと同じくらいの部数になるのではないか。総計、10万部になるのも目前に迫ってきた。

我が家のインターネットは開通したが、コンピュータの不具合もあり、朝からヒルズへ行く。宗教と経済の本、宗教的原理主義のアダム・スミスの「神の見えざる手」について、その章を最後までなんとか仕上げる。一つの山かもしれないが、次の山もけっこう高そうな気がする。

『究極の東大受験必勝法』の見本ができる。土屋書店から刊行されることになるが、編集はすべて牧野出版なので、土屋書店の人とは会っていない。そこが、これまでにない点で、ちょっと変な感じがする。最後の段階で、装丁の色が赤から薄紫に変わった。これまで、こうした本を書いたこともないし、内容的にも、今まで出ている受験本とはかなり色合いが違う。いったいどう受け取られるのか、そこが興味深い。

August 04, 2009

8月4日(火)小幡さんの『すべての経済はバブルに通じる』が韓国語になった

朝から、ヒルズへ行く。今日は一日原稿書き。朝日新聞の明後日に掲載される文章に手を入れた後、宗教と経済の本の原稿を、一章分最後まで書く。見直しがすまないので、完成とはいかない。それから、午後には、『寺門興隆』の連載原稿に手をつける。いろいろと細かい話題があり、最後まで書いたのだが、取り上げた問題について今回では終わらなかった。その分は、次回回しということになるが、次は総選挙の直後だけに、内容は違ったものになるかもしれない。続きはあるいは次々回になるかもしれない。

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小幡さんの『すべての経済はバブルに通じる』が韓国語に翻訳されたようで、それを見せて貰う。ハングルなので、まったく意味がわからない。著者の名前など、基本的なことも、よくよく探してみないと、日本人が読めるようなものになっていない。

August 03, 2009

8月3日(月)月初めということで恒例の新しい本の仕事始め

最近は、月初めの月曜になると、新しい本の執筆を開始するのが恒例になってきた。今日からは、文春新書として刊行する予定の宗教と経済についての本を書き始める。全体が12章で、1章あたり23枚くらいになりそう。とりあえず、最初の章の原稿を10枚超書く。

午後は、東京財団での生命倫理の土台作りの研究会。今回は、フランスで開かれた生命倫理をめぐる国民会議の報告。内容的に非常に保守的な方向にいったように感じられたが、サルコジ大統領がまるで関心をもたないというところが面白かった。

研究会が終わってからは、『教養としての日本宗教事件史』の再校ゲラを編集者に渡す。一応、ほとんどの作業が終わった。あとは、10月の刊行をまつばかりだが、それにちなんで朝日カルチャーセンターでも講座がはじまる。いかに本の内容を深めていけるかが勝負だろう。

昨日朝日で取り上げた貰った『創価学会』。てきめんに効果が出て、文教堂では、新書部門で6位とか8位になっている。アマゾンでも、昨日は100位以内に入ることもあったし、今日も、150位前後になっている。衆院選も近いので、やはり創価学会のことは気になるところだろう。今週は朝日新聞にも、宗教と政治に関連して原稿が載る予定。

July 31, 2009

7月31日(金)『友だち難民のための友情論』の2稿が完成し『究極の東大受験必勝法』の表紙デザインが決まりライブラリー・トークは10月13日になる

依然として梅雨の気配で、けっきょく、梅雨明けはなかったような天気が続いている。今日は、気温も低めだ。

『教養としての宗教事件史』の再校ゲラ、昨日ほとんど見終わっていたが、今日で全部終わった。その後、『友だち難民のための友情論』の原稿に手を入れ、最後の章を書いていくが、今週は夜シフトで、疲れが出たせいか、あまりうまくいかない。それでも、休憩を挟みつつ、なんとか最後まで書き上げる。7月の2日から書き始めているので、まるまる一ヶ月かかったことになる。

『究極の東大受験必勝法』の表紙と帯のデザインが決まる。だいたいこちらが考えていた通りなので、問題はない。これが、8月の終わりに出る。『ブッダ100のことば』も刊行時期が10月に決まる。後の作業は、解説の部分の手直しということになりそうだ。それから、昨日はなしが出た、ヒルズでのライブラリートーク、10月13日に予定が決まる。

あとは、梅村さんと進めることになっている、怒りについての本も、出版社のメドが立ちつつある。あるいは『怒らない』といったタイトルの本になるのかもしれない。これは、タイトルで内容もかなり変わってくる気がする。

July 28, 2009

7月28日(火)『無宗教こそ日本人の宗教である』の3刷りが決まる

昨日は一日家から出なかったが、今日も、夕方まで家にいた。仕事としては、『友だち難民』の第2稿にかかる。昨日、はじめにを書いたが、その線にしたがって、第1章から第5章まで直す。それほど大きな直しではないが、それなりに時間がかかった。第6章は、かなり手を入れる必要があるので、そこは明日にまわすことにした。

夕方、外に出る。書店によって、本を見る。平凡社ライブラリーの『密教の神々』と講談社学術文庫の『イブン・ジュバイルの旅行記』を購入する。幸福の科学の支部の前を通ったら、ポスターが幸福実現党の総裁になった大川隆法氏のものに変わっていた。先日までは、大川きょう子党首のポスターだったが、これで元に戻ったような感じになっている。

先週は、『週刊朝日』の大川隆法出馬の記事と、『週刊文春』の「1Q84」をオウム・ウォッチャーが読むという記事にコメントが出ている。『宝島』の2010何年だかの終末予言の記事でもコメントが載っているはずだが、こちらは掲載誌が届いていないので、どういう形になっているかわからない。書店で探したが見つからなかった。

1月に刊行した『無宗教こそ日本人の宗教である』の3刷りが決まる。派手に売れているわけではないが、着実に売れて、定番化しているようだ。こういう本がありがたい。

July 22, 2009

7月22日(水)ブッダのことばの解説もなんとか終わった

今日は、皆既日食ということだが、天気が悪く、部分日食も残念ながら見られない。昔一度見たような記憶があるが、相当前のことなので、記憶は曖昧だ。

アカデミーヒルズのショーケースで、ライブラリー会員の本を紹介してくれるらしい。先週申し込もうとしたら、締め切りになっていて諦めたが、改めて依頼があり、フォーマットに従って、紹介文とプロフィールを送ってみる。

仕事は、ブッダのことばの解説を書く作業を進め、一応目標とする100まで書き上げる。書いた分量は、それほど多くないので、実質二日でできた。もっともその前に、ブッダのことばを改めて訳し直す作業があったので、昨日今日の作業は楽に進んだ。まえがきもあるし、ブッダのことばを1ページに載せれば、それで本にはなるだろう。

『究極の東大受験必勝法』の三校が届く。初校でほとんど問題がなかったので、作業はスムーズに進んでいる。

途中、関東中央病院に定期検診に行く。全体に問題はなし。待っているあいだ、『教養としての日本宗教事件史』の再校ゲラを見る。こちらも、ほとんど終わりそうだ。これは、あとがきを書く必要がある。

明日から三日間、オフで出かけるので、ブログは休みにする。

July 16, 2009

7月15日(水)新刊の見本が同時に二冊届き朝カルでは秋にも講座を担当することになる

今日は病院に検査に行く日なので、朝食が食べられない。そこで、朝、少し仕事をしてから、自転車で病院に向かう。検査はいつもの採血検査と年に一度の眼科の検診、眼底出血していないかを調べるもの。瞳を開かせるので時間がかかる。予想されたとおりに、この検査、まったく異常なし。次はまた一年後になる。

なにしろ瞳が開いているので、まぶしくて帰るのが大変。行きがけに自転車に空気を入れなかったのも敗因。家に戻ってから、しばらくはなにも出来ない。昼食後、ようやく仕事にかかり、『友だちの作り方』の6章、10枚ほど書く。夜は朝日カルチャーセンターでの講義があるので、あまり根を詰めて仕事をすると差し支える。ほどほどのところでやめる。

朝カルでは、先々週に続いてと言うことで、今回は日蓮の話をする。日蓮のイニシエーションについて語り、それを日本の仏教史のなかに位置づけた。10月からも講座を担当することになったが、次は隔週で6回のシリーズになる。ちょうどそのころ、『教養としての日本宗教事件史』が出るので、それにちなんでの講座となる予定。

今日は、新刊の見本が二冊届く。一冊は、勉誠出版から出る『最新新宗教事情』。『1Q84』で取り上げられたヤマギシ会やオウム真理教、エホバの証人などをとりあげているので、タイムリーな企画になった。もう一冊は、こちらは監修したかんき出版の『手にとるようにわかる東洋思想の本』。かなり手を入れたので、監修の仕事はちゃんとしたつもりだ。

July 08, 2009

7月8日(水)同時進行している仕事を次々に片付けていったかのように見える一日

朝、仕事を始める前に、ちょっと気になったので、マジックDSでインターネットラジオを聞くというのにチャレンジしてみる。リンのホームページでは、現在、できないようなことが書いてあるが、トゥオンキーメディアを使うと、それができる。選局するまでに少し時間がかかったりして、それでやり方がわからないところもあったが、無事に受信することができた。もちろん無料放送なので、ジャズのジャンルなど、昔のものか、フュージョン的なものかに二分されているが、もう少し丹念に探すと、適当なのが見つかるかもしれない。音質的には十分に満足できる。こうした方面も、たとえ有料でもいいが、もっと発展してくれるとうれしい。あるいは、有料の放送も受信できるのかもしれないが、今の段階ではその方法がわからだない。

今日は、『友だちの作り方』の原稿を書き、『日本宗教美術史』の校閲が入ったものに手を入れる。わからないところは、図書館に行って調べたが、ドイツ語がよくわからない。ちゃんと勉強したことがないせいだが、辞書を引くと、3種類の辞書で、造形美術のつづりが違う。これはいったいどういうことなのか。ドイツ語を知っている人に聞かないとわからない。

夕方には、編集者に来て貰い、『究極の東大受験必勝法』のゲラを渡す。ほとんど手を入れる必要がなかったので、初校ゲラとしては相当にきれいだ。再校はそれほど時間がかからないだろう。

図書館にいったついでに、『1Q84』をどう読むかという文芸誌の特集に目を通す。藤田省三氏が新島氏のことについてふれ、この作品と『阿Q正伝』との関連について書いていた。全体に、今の文学論は、それほど深いところに行っていないという印象を受けた。

July 06, 2009

7月6日(月)新しい週が始まり新しい仕事に着手する

新しい週がはじまった。週が改まると、新しい仕事に着手できる。次の本の原稿『友だちの作り方』に入る。書き出しの部分をやりはじめるが、まだ完全に全体の構想が立っていない感じがする。それでも、一章分を書き終えた。ただ、もう一度見直す必要があるかもしれないので、次の章にかかろうかと思う。

午後は、『究極の東大受験法』の校正をする。ただ、原稿を書いて、眠たいところもあったので、マジックDSで音楽を聴きながら作業する。先日、家を訪れた編集者にリッピングを頼まれながら、そのときはできなかった、プーさんとゲイリー、それに富樫さんのグレート3の「テネシーワルツ」をかけてみる。わっかがついたせいか、以前より、音が広がっている。何か音像が前に出てきたという感じがした。

夕方は、新宿の歯医者により、そこから品川へ。夏の利賀村でのシンポジウムの打ち合わせ。はじめて、哲学の黒崎政男さんとお会いする。いろいろとめずらしい話題が出て、楽しいひとときを過ごす。それにしても、夕方の時間、品川駅にむかって大量の人が歩いている光景は相当にすごい。

July 05, 2009

7月4・5日(土日)最近出たものについて紹介してみる

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『サイゾー』7月号のベストセラーについての特集で、創価学会の池田大作名誉会長の本についてインタビューに答えています。「大ベストセラー『人間革命』は、やっぱり面白い」というタイトルです。

『寺門興隆』7月号の創価学会の連載では、「政権交替でポスト名誉会長の学会と公明党はどうする」が掲載されています。池田名誉会長の近況についてもふれています。

『福神』13号の特集は「日蓮攷」ですが、日蓮論の3回目として「体系的思想家としての日蓮」を書いています。原稿を書いてから、なかなかでないこの雑誌ですが、今回はシンポジウムのためということで、予定通りに出ました。

少し前のものですが、『東京新聞』『中日新聞』6月22日付夕刊に「宗教から見た金融危機」を書きました。

June 30, 2009

6月30日(火)原稿を書き始めてから2週間でゲラが来てさすがに私も驚いた

朝から家で仕事をする。今日はこまごまとしたものを片付ける。まず、『手にとるようにわかる東洋思想の本』の前書きを書いて送る。これが3枚ほど。そのあと、明日の朝日カルチャーセンターでの講演のレジュメを作り、それを送る。

それから、『文藝春秋スペシャル』に寄稿する原稿を書き始めたが、途中で、東洋思想の本、結論の部分を書き足す必要があることを思い出し、先にそちらをやる。それをやり終えてから、また文藝春秋の方に戻り、原稿を一応最後まで書き上げる。締め切りまではまだ間があるので、とりあえずおいておく。

夕方、幻冬舎の志儀さんが来て、仕事の話しをする。ただし、その前に、我が家のオーディオを聞いて貰ったら、それだけで一時間が過ぎた。それから、仕事の話しをして、三度新書を出すことになりそうだ。

その合間に、東大受験法のゲラが届く。2週間でゲラが届いたことになるが、その2週間とは書き上げてからの日数ではなく、書き始めてからの日数になる。それでも、ページ数は180ページを超えている。自分でも書き始めから2週間でゲラが来るようになるとは思わなかった。これなら、緊急出版も可能だろう。

June 28, 2009

6月27・28日(土日)『新装版 洗脳体験』などが刊行された

河出書房から出る「『1Q84』を読むための本」に寄稿した原稿の校正をする。かんき出版から出る『手に取るようにわかる東洋思想の本』のゲラに手を入れはじめる。

今年の2月5日に新潟で行った「現代における新宗教」のテーマで行った講演の記録が、『新潟親鸞学会紀要』第6集に掲載された。

『週刊読書人』の7月3日号には、井上章一著『伊勢神宮』についての私の書評が掲載された。「建築学・建築史に対して妄想の産物であることを白日の下にさらす」というタイトルがついている。

『新装版 洗脳体験』が宝島SUGO文庫として刊行された。自己啓発セミナーを扱った『洗脳体験』は、最初に単行本として出てよく売れた本だが、それを文庫化し、さらにそれが新装版として世に出ることになった。今の時代、昔とは違った意味で洗脳ということが重要になっている気がする。著者の一人として再刊を希望していたが、それがかなった形でありがたい。

June 24, 2009

6月24日(水)インタビュー原稿を半分書き直したので一日の原稿の量がかなり多くなる

朝は雨。やんでから出かけると遅くなるので、雨の中をヒルズへ向かう。電車は今日も若干遅れ気味。

午前中は、河出書房から出る『1Q84』を読む本のインタビュー原稿に手を入れる。15枚ほどの原稿になっているが、途中から全面的に書き直すことになってしまった。著者に対してはずいぶんと批判的な原稿になった。その分、論旨はかなり明快になったのではないだろうか。

午後は、東大受験必勝法の原稿を書く。午前中に手がつけられなかったものの、午後いっぱいかけて、一章分26枚ほどの原稿を書く。これで一日、33枚は原稿を書いたことになる。それでもう目一杯だ。

週刊ダイヤモンドだかで古典の特集を組んでいたが、なかにおもしろい記事があった。それは、アダム・スミスの『国富論』についての翻訳の比較をしたもので、旧来の学者が逐語訳をすることでわかりにくくなっているのを、最近の翻訳では、それを改善されているということが、具体的に指摘されていた。これは、翻訳を行うときに大変に役に立つ指摘だろう。全体に、近年の翻訳は、向上していることに間違いはない。その特集をもとに、次の次の本のために、どれを手に入れるか検討する。

June 16, 2009

6月16日(火)細々とした本の仕事をこなし新しい本に入る

いろいろと細々とした仕事がある。今日の朝は、それを一つずつ片付けていった。『教養としての日本宗教事件史』に『日本宗教美術史』、それに『最新新宗教事情』。『東洋思想』の方は、まだ半分は見ないといけない。

今日から、新しい原稿に入る。いわば東大の受験法のような本。最初のまえがきの部分を15枚近く書いてみる。東大と言うところは、試験に独特なものがあるが、それを突破するには東大とは何かを知らないといけないという話しになっていく。その上で、具体的にどうしたらいいのか。それを示すことで、日本社会においていかにエリートが形成されていくのかが明らかになるかもしれない。

新しくリッピング用に、外付けのDVDドライブを買ったのだけれど、それが意外に遅い。仕様からすると、こんなスピードではないはずなのだが、コンピュータのハードの方に問題があるのかもしれない。リッピングソフトも、リンが推奨するものが、なぜかうまく使えない。一度見てはもらったのだが、それ以降の方が、さらに状態が悪い。コンピュータ、一度検査に出す必要があるのかもしれない。

June 12, 2009

6月12日(金)『1Q84』のQは「阿Q正伝」に由来するという説があるらしい

朝、割合と早くヒルズへ行く。『日本宗教美術史』の最終原稿の続きを見る。密教から鎌倉時代の仏教まで、予定したところを終える。見直しの作業は明日にはほぼ終わるだろう。参考文献や索引などの作業もあるだろうが、基本的なところは終わりそうだ。

午後、『1Q84』について、本格的なインタビューを受ける。知らなかったが、タイトルに関して、Qは魯迅の「阿Q正伝」のQではないかという説があるらしい。たしかに、タイトルにはローマ字で読みが書かれているが、Qはkewとつづられている。日本では普通、こうはつづらないだろう。本当なら興味深い。

仕事を終えて、新宿伊勢丹に行く。久しく寄っていなかったヒッキー・フリーマンの売り場に行く。夏物のスーツからジャケットが欲しかったので、見せて貰うが、今回は以上にオーソドックスな濃紺になった。たまには、そういうものも新鮮でいいような気がする。スーツのボタンだけは少し遊んで、換えのスラックスとネクタイを合わせて購入する。夏物のスーツは1着しかもっていなので、やはり必要だろう。

June 11, 2009

6月11日(木)今日は全体に監修の日になる

朝から家で仕事をする。『日本宗教美術史』の原稿が最終段階に入った。編集者が直した原稿を見直す。神社建築のところ、最近、書評のために読んだ井上章一氏の『伊勢神宮』を通して学んだことがあり、それを生かした形で書き直す。おそらく、大きく書き直すのはここだけだろう。見直しは、第2章が終わる。

昼前に、かんき出版の編集者と、『手に取るように東洋思想がわかる本』の原稿、監修の手を入れたものと、これから手を入れるものとを交換する。

午後も、引き続き、宗教美術史をやって、夕方、新宗教についてのムックの監修を依頼されているので、編集者と会う。今日は、監修本の日という感じだ。監修の作業も、たんに名前を貸すだけではなく、中身にちゃんと目を通さないといけないので、それなりに大変だ。あるいは、こうした仕事がこれから増えていくのかもしれない。

書店に寄ったら、馳星周の本が売れていた。小説の世界は、全体に、オウムか、酒鬼薔薇事件に回帰しているように感じられる。今を語ろうとすると、どうしてもそこに行き着くのかもしれないが、果たしてそれを乗り越えてどこへ行こうとしているのか。まだ、それが見えない。

May 30, 2009

5月30日(土)村上春樹氏の新著を途中まで読んで複雑な思いに駆られるというのもそれはヤマギシ会のことを下敷きにしているからだ

村上春樹氏の新著、『1Q84』を読む。

昨日本屋で買って、ちらっと見たとき、なぜか悪い予感がした。そのときは、予感が何を意味しているのか、まったく想像できなかったが、それが次第にわかってきた。

タイトルからわかるように、システムということがもんだいになるだろうということは、最初からわかっていた。システムは、村上ワールドのキーでもある。けれども、今回の作品のなかに、ヤマギシ会とオウムと連合赤軍が混じり合った集団が出てきたり、エホバの証人を下敷きにた宗教集団が出てくるのは、予想できなかった。

ヤマギシ会的な部分については、意外に詳細だ。村上氏は早稲田に通っていたはずなので、新島淳良という教授が、大学を辞めてヤマギシ会に入ったことは、同時代に体験しているはずだ。それが、詳細に書けている理由だろうか。もしそうでないとすれば、私が書いたものを読んでのことしか考えられない。どちらにしても、なんだか複雑な気がする。

今のところ、1巻の半分しか読んでないので、何とも言えないが、果たして話しがどう展開するのか、期待と複雑な思いとがからんでいる。そんな読者は世の中にいないのだろうが、案外、気が重い。その重さはどこからくるのか。読み終わって、改めて考えてみたい。

May 27, 2009

5月27日(水)『日本一早い平成史』の見本ができる

ゴマブックスから、『日本一早い平成史1989~2009』が出る。その見本が送られてきた。一応、年表の文章を直すのに貢献したので、筆者のなかでは筆頭になっている。共著者のうち、小幡績、和田秀樹、森達也の3氏は知り合いだ。平成ももう20年たつ。それなりに、昭和とは違う歴史の姿を見せている。やがて、本格的な平成史も書かれることになるだろうが、そのなかで、宗教が果たした役割は大きい。『平成宗教20年史』では、そこらあたりを書いたつもりだが、世界を見渡してみると、さらに宗教の役割は重くなるのかもしれない。

書評を頼まれている井上章一『伊勢神宮』を読み終える。800枚を超える大作なので、読み終えるのに時間がかかった。副題に「魅惑の日本建築」とある。しかし、メインタイトルも含め、本の内容とは明らかにずれている。これは、単純化して言えば、アカデミズム批判だ。アカデミズムが、いかにロマンを志向してきたのか、あるいは妄想をたくましくしてきたのかが、丹念に跡づけられている。それは、建築学や考古学だけのことではない。学問自体が相当に危うい物の上に成り立っている。いったい、アカデミズムの人間は、この本をどう受け止めるのか。かなり重要な問題提起ではないだろうか。

May 20, 2009

5月19日(火)『ブッダ100のことば』という新しい本の作業をはじめてみる

午前中は、曹洞宗関係の『仏教企画』から依頼された原稿を書く。曹洞宗では、お金をめぐっていろいろな問題が起こっている。なぜそうした問題が起こるのか。その実態と原因について、それほど長いものではないが書いてみた。

午後は、ヒルズへ。打ち合わせが二件。最初は、文春新書の編集長などと新しい企画について話しをする。いろいろ話しをして、ちょっと興味深いアイディアも出た。その後は、以前、映画専門大学院大学の関係で会ったことのある高橋さんが来て、今彼がかかわっている映画の大学作りについて話しをきく。

その合間に、『ブッダ100のことば』という本の仕事をはじめてみる。これは、原始仏典のなかに見られるブッダのことばを集めて、それを現代の人にわかりやすいことばに訳し直そうというもの。5つばかりやってみるが、やはりブッダのことばは、重みがある。

May 13, 2009

5月12日(火)小幡さんの新著になんと私の発言が二度も引かれている

小幡績さんの新著『世界経済はこう変わる』が光文社新書から刊行されることになり、その見本ができた。これは、『強欲資本主義』の著者である神谷秀樹氏との対談で、世界経済がどういった状況にあり、今打たれている、たとえば財政出動といった政策が、いかに事態をより深刻なものにしていくかを明らかにしてくれている。その上で、これからの世界経済が向かう方向性を示し、最後には国家のあり方や人間の生き方にも及んでいる。まさに、タイトルが示してくれている内容の本で、私はいただいて一気に読み終えた。

驚いたのは、小幡さんの話のなかに、二度私のことが出てくることだ。日頃、彼に語ってきたことが、そこでは引用されている。経済の分野に関心をもつ人はあるいは私のことを知らないかもしれない。いったい島田とは何なのか、疑問をもたれる向きもあるかもしれない。

トークセッションをする四方田犬彦氏の本にも、同級生である私のことが出てくる。今月は、自分について少しだけ書かれた本が二冊も出ることとなった。これは、はじめての体験。

May 01, 2009

5月1日(金)『新カトリック大事典』が完結したらしい

新聞の広告によれば、『新カトリック大事典』の第4巻が刊行されて、完結したらしい。たしか、この事典には、霊と霊魂という項目を書いていた気がする。ただ、事典の場合、価格が高いので、項目を少し書いたからといって、本を送っては貰えない。いくつかそんな仕事をしたが、ほとんど買ったためしがない。事典はかさばるし、値段もはる。その割に、それほど使う機会がないものが多い気がする。実際にはそうではないのかもしれないが、本が多くて苦しんでいると、なかなか事典をそろえようという気にはならない。

ただ、最近、ちゃんとした百科事典だったら、家にあってもいい気がしている。一応、刊行されている百科事典なら、その内容はある程度参考にできるだろう。ネットだとそこらあたりの信頼性に欠ける。ただこれも、値段はともかく、かなりの量があるので、なかなか踏ん切りがつかない。

今日は、『福神』の原稿を仕上げるのが主な仕事だった。なんとか26枚になる。これで、日蓮については3度書いたことになるが、雑誌の出る間隔がかなりあるので、連載といっても、一冊にまとまる量を書き上げるには、いったい何年かかるかわからない。日蓮については、勉強会もかなり進んできたので、ここらあたりで本にまとめてもいいのではないかと考えている。

4月30日(木)安丸良夫『出口なお』の解説を書いて「お筆先」のテキスト・クリティークの重要性を改めて感じる

洋泉社からMC新書というものが刊行されている。MCとは、モダン・クラシックの略で、現代における重要な著作物のなかで、品切れになっていたり、絶版になっていたりするものを、もう一度新書として蘇らせようという企画である。今回、安丸良夫氏の『出口なお』が、そのMC新書の一冊として刊行され、私が解説を書いている。

もちろん、安丸氏の『出口なお』はずいぶん前に目を通している。この本自体、1976年に刊行された後、87年には選書として再刊されている。その意味では、今回3度目の刊行ということになる。

昨年、大本を訪れたこともあり、その歴史や動向に関心を持っているが、解説を書くために改めて安丸氏の論考に目を通してみると、やはり一番気になるのは、「お筆先」の問題である。お筆先は、出口なおが自動書記の状態で記したものだが、一般に読まれているのは、出口王仁三郎が漢字に直し、内容もいじったものだ。その点では、オリジナルとは言えない。なおと王仁三郎では、思想が大きく異なり、そこには対立する部分も含まれている。

これは、武田崇元氏に電話して確かめたことだが、王仁三郎の側の見解では、お筆先のなかには、邪神がなおに降って書いたものもあるという。そうなると、いったい何を持って、正しいお筆先として良いのか。一般のテキスト・クリティークとは異なる問題が持ち上がってくる。それが、大本についての研究を難しくしている面は否定できないだろう。どこかで、本格的なお筆先についての検討が必要なことは言うまでもない。

April 27, 2009

4月27日(月)猛烈なビル風の中ライブラリーへ行ったが仕事もしないで本を読む

朝、リサイクル屋に来て貰い、不要になったものを引き取って貰う相談をする。買い取り価格はそれほどではないし、0円というものもあったが、これを粗大ゴミに出したら、かなりの額をとられるわけで、その点ではありがたい。

それから、久しぶりにヒルズに昼間に行く。先週は夜中ばかりだった。風が強く、猛烈なビル風が吹いている。小幡さんに、今回の新刊を渡したら、装丁が似ているということで、ライブラリーにあった「読んでいない本について堂々と語る方法」の本を持ってきてくれる。シンプルなという点では確かに似ている。この本が出ていたのは知っていたが、ハウツー本のような気がして、手を出さなかった。ところが、少し読んでみると、これが思想書。フランス人らしいセンスが生きていて、なんとなく読み始めたら、半分くらい読んでしまった。たしかに、本は読まないでも勝手に語るものなのかもしれない。

牧野出版の佐久間さんが来たので、ヒルズクラブでお茶をしながら打ち合わせをする。単行本2冊と、今度解説するネットでの連載について話しをする。単行本の方は、締め切りを設定されてしまったが、出来るだろうか。他の本のこともあるが、これでスケジュールが決まってきたような気もする。

April 21, 2009

4月20日(月)今度の新刊は超シンプルな装丁だ

新しい本が完成した。といっても、見本ができたということで、書店に並ぶのは25日くらいになりそう。タイトルは、『ぼくが宗教を読み解くための12のヒント』。出版元は亜紀書房。亜紀書房からは、前に『中沢新一批判』を出しているので、これで二冊目になる。最近は、『10大新宗教』のせいか、タイトルに数字の入ったものが多くなった。3、20、10ときて、今回ははじめての12。長編小説というより、連作小説という感じがする。

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編集者から、見本の一冊を渡されたびっくり。なにしろ、装丁がひどくシンプルだったからだ。白地に、字はほとんどが黒。宗教というところだけ、色が少し違うが、それも微妙な変化で、目立たない。これまでいろいろな本を出してきたけれど、こんなにシンプルで、しかもモノクロームなのははじめて。装丁をしてくれた人は、勝間和代さんの本の装丁を一手に手がけている人らしい。

今回の本は、「ぼく」がタイトルに使われているので、本文でもぼくを使った。そうすると、普段使っている文体だとそぐわないので、これまでとは違う文体を使ってみることにした。考えてみると、昔はこうした文体で書いていた気がする。もちろん、論文やかたいものはそういうわけにもいかないだろうけれど、この種の体験に基づいた学問論というか、宗教入門のような本には合っている気がした。

これで、今年は4冊目の本になる。一応、『月刊島田』の形が維持されているけれど、果たしてこれからはどうだろうか。ゲラになっているのが1冊、原稿を仕上げたのが1冊、大分できあがったのが1冊ある。5月になったら、また新しい本に取りかかることになるだろうけれど、何にするかまだ実は決めていない。たくさん企画はあるけれど、どういう順番でやるかを考えないといけないだろう。

April 15, 2009

4月15日(水)『大学ランキング』2010年版が送られてきた

定額給付金の書類が送られてきた。いろいろと騒ぎがあったけれど、一人あたり1万2千円をくれるらしい。国から小遣いをもらうのははじめての体験だが、こういうことは二度とないのだろう。とりあえず、ありがたく(はないけれど)貰うことにしたい。

朝日新聞社が出している『大学ランキング』の2010年版が送られてきた。今回は、宗教系の大学のランキングが載っていて、それに関連したエッセイを書いた。この本に書くのは、2度目。前回は、三田会についての本を出したばかりで、大学同窓会について書いた。

記事の内容はともかく、筆者の写真が一つ問題。載っている写真は、大病をする前のもので、いかにも病人という感じがする。これを使われるとは思わなかったが、もっと健康的なのを載せて欲しかった。もう一つ、肩書きが評論家になっている。たしかに、評論をしているので、評論家だが、この肩書きで載ると、よく怒られる。どうも評論家という肩書きには独特のニュアンスがあって、それが私には似合わないらしい。どう似合わないか、本人にはよくわからないのだが、今回はそんなことを言われるだろうか。

March 30, 2009

3月30日(月)『日本宗教美術史』の最終稿を仕上げ気持ちよく座談会に臨む

午前中は、家で仕事をする。『日本宗教美術史』の原稿、なんとか「おわりに」を最後まで書き上げる。これで、全体が600枚ほどになった。第1稿では、800枚を超えていたので、かなり削ったことになるが、それでも大作だ。編集者がなんと言うかはわからないが、著者としてはこれで最終稿と考えている。大作だけに、予想以上に時間がかかった。年度末の時期、これを終えてすっきりしたい。

午後は、下北沢へ。北沢タウンホールで、曹洞宗関係の雑誌の座談会に出る。今の現状を踏まえて、これからの寺院は、どうしたらいいかという話しだが、葬式という行為自体が、やらなければそれで済む、ある意味贅沢な行為だという話しになって盛り上げる。対談は3時間に及んだけれど、なかなかおもしろかった。このタウンホールは、去年、長井健司運動のトークインをやった場所だ。

終わってから経堂に戻り、いまあじゅでお茶をする。たまに一人で寄って、ケーキなどを食べることがあるが、今日も疲れて糖分がいりそうなので、シュークリームを食べる。自家製だけに、皮が固くて、なかなかうまかった。

March 17, 2009

3月17日(火)一誠堂書店でパーリ語経典協会の英訳本を入手しようとするが全部はそろわなかった

暖かい日が続いている。今日も天気が良い。

それでも、遊ぶわけにはいかないので、原稿書き。宗教事件史の7項目目、途中まで書いていたのを最後まで仕上げる。さらに、宗教美術史の鎌倉時代の項目を直しきる。ただし、直し終わってから、実はこの時代には一貫したテーマがあることに気づく。その点を、加味してもう一度原稿を直す必要がありそうだ。そこに、平安時代と鎌倉時代とを分ける重要なポイントがある気がする。

夕方、三五館の中野さんと神田神保町の一誠堂書店に行く。『ブッダ100のことば』という本の執筆に必要な、パーリ語経典の英訳本を探すのが目的。松山俊太郎先生から2階にあると言われていたが、階段を上がったところにすぐに見つかる。そういうものなのだろう。ただし、お目当ての本は全部はそろわなかった。イギリスから取り寄せる必要がありそう。

買い物が終わってから、中野さんとお茶をしながら話しをする。本をどうするかを含めいろいろと雑談をするが、要は、私自身がブッダになり、その角度からことばを翻訳というか、書き記していけばいいのではという結論になる。果たしてそれでうまくいくのかわからないが、一応の方針は立ったかもしれない。

March 09, 2009

3月9日(月)宗教美術史の最終稿に手をつけ村上春樹の次回作の内容を推測する

一日家で仕事をする。宗教美術史の方、最終稿に手を入れ始める。「はじめに」は少し書き足した。第1章はそれほど多くは書き足さなかったが、それでも枚数は少し増えている。基本的に、今日の仕事はここまで。あとは、宗教事件史の方、次の章のメモを作る。

午前中、伊勢丹のヒッキーフリーマンの売り場の方が直接我が家を訪れ、案内と、レターセットをいただく。前回は不在で、直接いただけなかった。春夏物のカタログは、先日売り場で見た物。

『文藝春秋』に、イスラエルの文学賞を受賞した村上春樹の文章が載っていた。イスラエルに行くなとか相当人に言われたらしい。事態を考えればたしかに、そうした声が出てくるのも当然だろうが、「行くな」という発言に果たしてどれほどの重みがあるのか、疑問は感じる。ガザ地区への攻撃に抗議するとして、受賞しないということは当然あるのだろうが、その勇気と、行く勇気とどちらがより困難なのか。そこらあたりのことが考えられた結果の受賞だったのだろう。

受賞演説では、卵と壁という表現がなされていたが、これは、次の作品『1Q84』の内容とかかわってきそうな気がした。オウム事件についても言及していて、システムのなかに巻き込まれていく卵の殻のような人間のもろさが、あるいはテーマになってくるのだろうか。ジョージ・オーエルの『1984』が下敷きになっているのなら、その可能性は十分に考えられるだろう。その点では、かなり気になる作品になるのかもしれない。

February 26, 2009

2月26日(木)『ぼくが宗教を理解するためのいくつかの方法』の原稿を書き上げ読売テレビのインタビュー取材を受ける

昨日書きかけの『宗教理解』の本の最終章を書き上げ、最初から見直して完成させる。これで、一応、編集者から提案があった12の項目については、すべて書き終えた。グーグルのネット上のワープロに載せていたが、改めてダウンロードし、ワードのファイルにして編集者に送る。予定では、1月には終わっているはずの仕事だけれど、かなり遅れた。3月は、1冊書き下ろさないといけない。

昼に、季織亭に寄ったら、テレビの取材を受けて、明日の夕方、テレビ朝日のニュースに出るらしい。この店のブログのことをしらなかったが、すでに小麦蕎麦の懐石をやっているとのこと。月に一度、少人数での会らしい。

午後に、関西の読売テレビの方から、インタビュー取材があり、自宅で取材を受ける。内容は、創価学会関係の話で、日蓮正宗の講同士の関係について説明する。一般の人からすると、なぜそんな対立があるのか、まったく理解することができないようなことだが、妙観講では、創価学会被害者の会のようなものを作っているらしい。取材したものは、「たかじんのそのままやって委員会」というサイトに日曜日から載るらしい。

February 17, 2009

2月17日(火)今年3冊目の『10の悩みと向き合う』の見本ができる

依然として風邪が抜けないけれど、そんなに休んでいるわけにもいかない。とりあえず、朝から『宗教理解』の原稿を書いてみる。これも、12章のうち、10章に入った。「聖地」の項目。昨日アウトラインだけは決めていたので、最後まで書ききる。20枚を超えて原稿を書いたのだから、その点では、普段と同じ、風邪の影響もさしてない。

夕方、大和書房の三浦さんが、『10の悩みと向き合う』の見本をもってきてくれた。今年3冊目の本になる。四六判の変形ということで、少し縦長、雰囲気は新書に近い。装丁に使われた文字を見ながら、あるいは自分でタイトルを書いた方がよかったかもしれないと思う。そうなると、相田みつをになってしまうのだろうか。でも、字というものには、書いた人間の気持ちがこもるような気がするので、著者自身が書いた方がいいようにも思う。その後、今後の企画について話し合う。

January 22, 2009

1月22日(木)『無宗教こそ日本人の宗教である』の重版が決まりまずは順調な滑り出しに喜ぶ

午前中、少しだけ仕事をしてからいまあじゅへ行く。まだ開店したて。講談社の女性向けの雑誌「ヴォーチェ」の取材を受ける。メイクに特化した雑誌のようだが、さすがに守備範囲のそとにあるもので、知らなかった。信じるということについての特集を組むらしい。薬師寺の仏さんがいかに美肌かなど、けっきょく12時近くまで取材が続いた。

白洋舎に行き、図書館に行き、魚真にも行った。その途中に、新しい店が出来ているのを発見する。ネパール料理の店らしい。ずいぶん珍しいものが経堂にもできたものだ。行くことがあるだろうか。

仕事は、『「10の悩み」と向き合う』というタイトルに決まった本の初校を見る。かなりそれまでに見ているので、問題は少ない。最後まで終わる。

そのサブタイトルに「無宗教」というのを入れることになったが、角川の編集者から『無宗教こそ日本人の宗教である』が重版が決まったという連絡を受ける。まだ、発売されてから10日ほどだから、順調なすべりだしと言えるだろう。この本、これからの仕事の核になっていく気がする。

January 20, 2009

1月20日(火)先端研の研究会で池内恵さんの本を書評する

昨日の夜は、早々に寝てしまったので、比較的朝早く起きる。いつもより30分は早く家を出て、ヒルズへ向かう。今日から新美術館では「加山又造展」がはじまる。あるいは、10時過ぎに通り過ぎていたら、初日に出かけていたかもしれないが、少し時間があったので、そのままヒルズへ行く。

今日は、昨日までの原稿を整理し、宗教美術史の江戸時代に入る。ようやく近世までやってきたが、いろいろ直すところがあり、へとへとになる。

夜は、先端研での今年はじめての研究会。私が、池内恵さんの『イスラーム世界の読み方』の書評をする。本人を前に、年配者からの取り越し苦労のような話しにもなった。ただ、30歳代前半で世の中に出るということは、相当に大変なことなのだろう。自分の経てきた道を考えても、それはけっこうきついと思う。なんとか、がんばって欲しいものだ。

January 13, 2009

1月13日(火)すごく長いタイトルのついた新しい本の執筆をはじめる

午前中は、家で仕事。『ぼくが宗教を理解するためのいくつかの方法』という、最初から長いタイトルのついた本の執筆をはじめる。連作のような書き下ろしになりそうだが、最初の章、一度書き出したら、話しが違う方向に行ってしまったので、改めて書き直してみる。10枚もいかなかった。1章書き上げないと、あとどうなるかがわからないかもしれない。

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昼食の後、ヒルズへ。2階にあるカフェは、今度公開される映画「ザ・ムーン」にあわせて、宇宙仕様になっている。最初は宇宙服が窓際にあったが、今日は奥におかれていた。それから、2時間ほど、宗教美術史の書き直し、南北朝時代以降の章を直す。禅と庭との関係について、もう少し情報が必要だ。

夕方、別冊宝島の井野さんが来て、打ち合わせをする。『資本主義2.0』の先のような話しを入れたいとのこと。途中で戻ってきた小幡さんともども、世界の今後について話しをする。

帰りがけ、新宿によって、バーゲンでカーテンやら、トイレ用品やら、スリッパやらを買う。カーテンのバーゲンは今日までだったので、ラッキーだった。

January 08, 2009

1月7日(水)次の本を書く作業に入る

朝から家で仕事をする。『ぼくが宗教を理解するためのいくつかの方法』という仮タイトルがついた本を頼まれていて、その執筆の準備にかかる。全体が12章に分かれているので、あらかじめ、どういったことを各章で書くか、整理してからでないと、全体の脈絡がつかなくなる。ずっと話しがつながっていくものと、連作小説に近い形の本では、書くやり方を変えた方がいいことがわかってきた。

その作業が一応整理がついたので、ヒルズへ。大和書房の編集者から、『10の悩み』の原稿に小見出しや追加箇所、削除箇所を提案してもらったものをもらう。削るのは簡単だし、直しもそれほど多くはないので、来週の頭にはできるだろう。ちょっと今までの本とは毛色が違ったものになりそうだが、一時考えていた不安学の延長線上にあるものと言えそうだ。ただ、文体がかなり違う。スピリチュアル系の文体かもしれない。編集者と話しをしていて、これならいっそ血液型の本を出すのもおもしろいかもしれないという話しになった。

その後、宗教美術史の直しの続きを少しする。鎌倉時代、あと一節を直すと最後まで行くが、もう少し書き足した方がいいようにも思う。何を書き足すかそれを考えないといけない。

夜は、木下さんなどと、テレビ番組についての検討会をする。

January 06, 2009

1月6日(火)新刊『無宗教こそ日本人の宗教である』の見本ができ編集者と打ち上げをする

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朝からヒルズへ。引き続き『日本宗教美術史』の原稿を直し、ソマードの加藤さんと今後の事業展開について打ち合わせをする。

夜は、新刊『無宗教こそ日本人の宗教である』の見本が出来たので、神宮前で打ち上げをする。編集者の岸山さんに宣伝をお願いした。

December 18, 2008

12月18日(木)20年がかりで完成した天理教についての本の見本が届く

朝からヒルズへ行く。『日本宗教美術史』の奈良時代の章を直す。

昼から、小幡さんと御茶ノ水のオーディオユニオンへ行く。B&WのSignature 800 と真空管アンプを聴くため。B&Wを最初聞かせて貰うが、まるでよくない。アキュフェーズのプリとメインアンプでならしていたので、悪いはずはないと思うのだけれど、なんだか音がだれている。とても良質のスピーカーとは思えない。これ、レファレンスとして使われているものだと思うけれど、いったいなぜこんな音なのだろうか、疑問に感じる。

イギリス製の真空管アンプになったら、かなり音がよくなったけれど、それでも魅力的な音というわけではない。それにそのアンプ、2時間くらいしかならさない方がいいし、しかも立ち上がりに時間がかかるというので、その使い方がひどく難しそう。よって、小幡さんも何も買う気にならず、東大に講演に出かける。私はヒルズへ戻る。

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ヒルズには、八幡書店の武田、堀本両氏がやってきて、『天理教』の見本を持参してくれる。ようやく本ができた。天理教について研究をはじめて20数年が経ち、本にしようと書き始めてからも10年になる。これだけ本になるまで長くかかったものはない。索引もしっかりついているし、一応研究書といっていいだろう。これで、天理教、創価学会、オウムと新宗教で一番核になるものは本にまとめたことになる。

December 13, 2008

12月13日(土)自分の本を順に並べてみてステレオサウンドを買い浅田選手の優勝に感激する

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最近は毎月のように本を出しているので、大分数が増えてきた。そこで、最初に出した本から順に本棚に並べてみた。初期は翻訳が多かったり、途中から新書が増えたりと、変遷がある。今のところ、単独の著作で40冊を少し超えたくらいだが、並べたものは、共著や部分的なものを含め60冊を超えていた。果たしてこれからどうなるのだろうか。

夕方買い物に出て、ステレオ・サウンドを買う。グランプリなので、高い割におもしろみに欠ける号だが、やはり情報量はある。今注目しているリンのDSのシステムに対応して、ハードディスクではないタイプのストレージが二つも出ていることがわかった。片方は、セットになって、全体で対応することになるらしい。これが便利かもしれない。

夜は、フィギアスケートを見る。真央ちゃん意外とあっさりと勝ってしまった。あまりにすごいことも、それがすんなりと出来ると、そんな印象になる。やはりプログラムの内容が勝負なのだろう。キムヨナ選手も、これでまたプログラムをグレードアップしてくるのではないか。今のプログラムだとお互いに完璧に近いと絶対に勝てるとは言えない。それにしても、ライバルという存在があるかどうかは非常に大きいのだと思う。ライバルが居ることの幸せというものはあるのだろう。

December 05, 2008

12月5日(金)宗教美術史の2稿が出来たけれどすぐに3稿を完成させる作業に入る

朝からヒルズへ行く。『日本宗教美術史』の原稿、現代の章を直す。これで、ほぼ2稿ができる。小幡さんは、とても朝早く来たらしいが、というか、普通の人だと真夜中だと思うけれど、あたふたと出かけていき、夕方まで戻ってこなかった。美術史、そのあとにまとめの部分があるが、そこは直さず,最初に戻って3稿を作る作業をはじめる。これで、完成することになるだろう。

午後は、週刊誌の取材、創価学会について話しをする。どうも私のとらえ方は他の人と大きく違うようで、納得してもらうのに時間がかかった。2時間以上時間を費やす。別に創価学会のスポークスマンというわけではないけれど、認識にずれがあるので仕方がない。

小幡さんが戻ってきて、流れで北神さんとの勉強会に出ることになる。長い一日になった。

December 04, 2008

12月4日(木)『10の悩み』の第1稿を書き上げ『日本宗教美術史』の完成にめどが立った気がした

家で仕事。『10の悩み』の原稿、最後の10番目の章を書く。一応これで第1稿ができた。もちろんこれで終わりではなく、直さなければならないが、最後の2つの章ねどは、けっこうちゃんと書けているのではないだろうか。

午後からは、大正大学へ。授業は10回のうち9回目。今日は、能と文楽と歌舞伎を比較しながら、その特徴を考えてみた。最後に、醍醐寺での薪歌舞伎の「勧進帳」を見せたけれど、やはり迫力がある。この授業をもとに、タイトルになった「宗教がわかればアートがわかる」を本にしたいと思うけれど、どうまとめていいか、思案が必要だ。

ふと、「日本宗教美術史」の原稿も、うまくいけば、年内に終わりそうな気がした。今現代の章を直しているが、前に戻って、2度目の直しをしなければならないにしても、書き方がようやくわかってきたので、それなりのスピードで作業が進むのではないだろうか。編集者はなんとか4月に出したいと言っている。あと一踏ん張りだ。

November 07, 2008

11月7日(木)『民族化する創価学会』がベスト・ポジションに並んでいて満足しスリランカの仏教について何もしらないことを改めて思い知る

昨日に引き続いて、『10の悩み』についての原稿を書く。今日は、「信じられない」ということで27枚ほど書き上げる。この量は、はじめにとほとんど同じ。どうも今回の本は、一つの項目あたり27枚前後で進んでいきそうだ。

昼、買い物に魚真に行ったら、巨大なうつぼを売っていた。水族館では見たことがあるが、うつぼが売られているのははじめてみた。節子さんに聞いてみると、食べたことはないが、関西では食べることがあるという。前に入荷したときには、経堂の中華料理屋が買っていったというが、いったいどのような料理になったのだろうか。一度は食べてみた気がする。

夕方、新宿の歯医者へ。この前久しぶりに行ったが、今回はその続き。歯茎が少し出血しているらしい。原因を考えてみて、一つ思い当たったのは、飲み続けているワーファリンの影響。これは血が流れやすくなる薬なので、目など一度出血すると面倒なことになる。果たしてそれが原因なのかよくわからない。もう少し気を入れて手入れする必要があるかもしれない。

紀伊国屋の1階で見てみると、『民族化する創価学会』が新刊のなかでも最前列にあって、ベスト・ポジションに並んでいた。隣は、ジョージ・ソロス。ユダヤつながりだろうか。

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新宿から地下鉄で上野へ。国立博物館で、「スリランカ」と「大琳派展」を見る。スリランカの仏教美術が中心だが、スリランカの仏教についてまるで知らないことがよくわかった。大乗仏教や密教の影響など、いったいどういう歴史を歩んできたのか、ちゃんと勉強する必要がありそうだ。琳派の方は、これまで見てきたものが多い。「風塵雷神図屏風」がちょうど4枚並んでいたが、宗達と光琳については、「対決日本美術」でも見た。夜だというのにけっこう混んでいたが、さすがに7時半過ぎになるとすく。そこがねらいめだろう。ついでに平常展も少しだけ見るが、キリシタン美術が展示されていたのが、収穫。

October 31, 2008

10月31日(金)『民族化する創価学会』の見本が届く

朝、新聞を開くと、牧野出版の広告が出ていて、私の『誰も知らない「坊っちゃん」』もそのなかに出ていた。それほど大きくはない出版社の広告が載るということは、新聞も相当に広告とりに苦労しているのだろう。逆に言えば、文筆家にとっては、広告を打ってもらえるチャンスかもしれない。このままいくと、テレビ・コマーシャルさえ考えられる。

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来月はじめに出る新刊、『民族化する創価学会-ユダヤ人の来た道をたどる人々』の見本が届く。刊行は講談社。表紙ははじめてみたが、インパクトが強い。赤、黄、青という配色は、創価学会の旗、三色旗を意識してのこと。これは、『寺門興隆』での連載を編集しなおしたもので、創価学会を一つの民族としてとらえる視点は最近のものだ。果たしてこの視点はどのように受け取られるのだろうか。

お昼、小幡さんが成城学園まで来ているというので、経堂の駅で待ち合わせ、「いまあじゅ」で昼ごはんをかねてコーヒーを飲む。どうも小幡さんは、もっと濃いコーヒーがお好みのようだ。二人でそのままライブラリーへ、同伴出勤する。

『新宗教ビジネス』について、『読売ウィークリー』の取材を受ける。取材してくれた高橋さんは、これで3度目。この雑誌、近々休刊になるので、少し複雑。

取材が終わってから、少し仕事をする。宗教美術史の続き。江戸時代の信仰の実体が案外わかっていないのが、難しい。夜になって新宿へ。ジュンク堂によって本を確かめ、伊勢丹でボタン付けしてもらったジャケットを受け取る。カジュアルなブルゾンのようなものが欲しいと思っていたが、店頭に並んでいるものにいいものはなかった。すると、おもむろに奥からグリーンのトナカイのレザーを使ったのが出てきた。フィンランド製でとても珍しい。当然、体にフィットする。それにあう綿パンも買うが、そちらはインポートもの。生地の感触がどくとくで気持ちがいい。

晩御飯は、小田急の地下の食堂街のつな八へ。この店は金曜でもすいている。これまでつな八には本当に何度も来たが、今日ほどおいしいと感じたことはなかった。明らかに揚げている人の腕が違う。綱八庵もおいしいが、これだけの味なら、そちらにいく必要がない。揚げてを選んでつな八は入るべきだということを学ぶ。

October 21, 2008

10月21日(火)複雑な思いで『桜の園』のリメイクを見て監督と再会する

朝からライブラリーへ行く。無宗教の原稿に手をいれ、一応完成させ、編集者に送信する。その後は、天理教の本、索引作りをはじめる。これがまた厄介な作業だが、なんとか半分くらい終わらせる。

途中、新宗教を漫画でという企画の打ち合わせをする。それから、天理教の本のゲラを八幡書店の編集者に渡す。ついでに雑談。

夜は、東京国際映画祭の特別招待作品、『桜の園』を見る。一度だけの上映で、舞台挨拶があった。生で監督の中原俊氏の姿を見るのは、32年ぶりくらいだろうか。彼は宗教学の先輩にあたる。前作は、完全なイニシエーション映画で、宗教学のお手本のような映画だったが、今回のリメイクはまるで違う。いろいろと複雑な思いで見ていった。途中、前作のシーンが少し使われているようなところもあり、それが懐かしい。客観的な評価をするのが難しい映画だ。

映画が終わって出たところに、中原氏がいた。ちょっとだけ話をする。私の本を読んでくれているようで、中沢批判も読んだとのこと。最後に会ったときには、中原氏が住んでいたところに、中沢氏がころがりこんでいたような状態だったはずだ。映画ではないが、時間は過ぎていく。

October 03, 2008

10月3日(金)無宗教についての本を書き上げる

朝からライブラリーへ出かける。無宗教についての本、一応、今日を最初の締め切りに設定していたので、残り一章ということもあり、書ききることにする。もう少し遅れても大丈夫なのだが、やはり締め切りは守ったほうがいい。午前中からかかって、夕方まで、途中取材もあったが、なんとか最後まで書く。

全体に、最初から原稿の枚数はそれほど多くはならないだろうとはじめた仕事だが、やはりそうなった。今のところ180枚を少し越えたくらい。ただ、前書きもあとがきもないし、途中小見出しもつけていないので、そうしたものを入れると200枚は超えるだろう。それでも新書としては短いほうかもしれない。9月18日から書き始めて、今日で18日。一日約10枚書いたことになる。

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『新宗教ビジネス』も早いところではおとといから書店に並び、今日で全国にいきわたったらしい。日経の朝刊に広告が出ていて、それで本が動き出している。アマゾンでランキングを見ていると、最初400位あたりだったのが、すぐに200位くらいになり、それがしばらく100位代になり、夕方には100位以内に入っていた。夜になると65位までランキングがあがっている。今のところいい兆候ということだろう。

夜は、経理のことで打ち合わせをする。今年度は消費税も支払わなければならないし、やはり税理士に頼むしかないだろう。

September 30, 2008

9月30日(火)『新宗教ビジネス』がいよいよ刊行になる

今日は雨。この時期は天気がよくないのは仕方がないだろう。世界経済も大変なことになっている。とくにアメリカは深刻かもしれないが、ヨーロッパについても、果たしてEUの試みはよかったのかどうか、経済圏の統合の問題について議論しなければならないように思う。小幡さんの説だと、EU自体がバブルで、加盟国を増やして市場を拡大していくことで、先進国のインフレを抑えるという仕組みが、けっきょくは限界にきたのではないだろうか。そうなると、どこかの国が離脱することになるかもしれない。

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講談社から明日発売になる『新宗教ビジネス』が届く。今年の秋は、新宗教を中心に宗教ものの本の刊行が続くことになる。その第1弾だ。果たしてこの本がどのように受け入れられるのか、著者としてはかなり興味がある。編集の唐沢さんが、ブログで、苫米地さんと私の共通点について書いてくれているが、ここのところベストセラーを連発している彼にあやかりたいものだ。

最近、「ねんきん特別便」なるものが届いたが、予想されたとおり、放送教育開発センターと日本女子大での共済年金については記載もれになっていた。用紙にその旨を書いて返送する。こういうことが全国で起きていることなのだろうか。まあ、私の場合には、死ぬまで働かなければならなくなりそうなので、年金はあまり関係がないのかもしれない。

夜、夕食をとるために下高井戸のジョナサンに行く。その下にあるスーパーが、東武ストアーに変わっていた。ここのスーパー、知っているだけで4回くらい経営が変わっている。地下にあるせいか、どうもぱっとしないが、もしかしたら、レジの位置などを含め、抜本的に改装しないとうまくいかないのではないか。

September 20, 2008

9月20日(土)天理教についての本のゲラが来て『新宗教ビジネス』の発売が近づく

『中山みきと天理教』(仮題)の校正ゲラが届く。ページ数では250ページほど。ずいぶん前に書いて、なんどか書き直したものなので本人には新刊という感じがしないが、天理教の発生についてかなりつっこんで論じた本になっている。天理教は、今ではすっかり社会に定着し、新宗教という印象自体が薄いけれど、かつては病気直しを武器に信仰を広め、かっぱつに活動を展開していた。警察からの取締りをうけたこともあるし、分派となれば無数に存在する。そうした新宗教がどういったプロセスを経て、宗教世界を形成してくるのか、それを明らかにすることがこの本の目的。入門書的な『日本の10大新宗教』とは対極にある本になる。

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10月の頭に出ることになる講談社の『新宗教ビジネス』の表紙ができた。アマゾンの方では、すでに予約販売がはじまっている。書店には早いところで1日に並ぶはずだ。果たしてこの本はどう受け取られるのか、かなり興味がある。

平成宗教史に補足するために、『20世紀少年』を最初から読む。まだ全部は読み終えていないが、最近の新宗教にまつわる出来事がいろいろな形で取り入れられている。その意味では、まさに時代の漫画なのだろう。漫画は読者が多いだけに影響力がある。これをどうとらえるか、少し考えないといけない。

September 11, 2008

9月11日(木)9・11に山折・吉田対談を拝聴する

今日は9月11日。あの9・11から7年が経った。あの事件が起こった当初の緊迫感は薄れたけれど、その後の展開を考えると暗澹たる思いにかられる。たしかに事件は衝撃的だったけれど、たぶんに偶発的な部分もあった。今一度、なぜあのような事件が起こったのかを検証する必要がある。それによって、反テロのもとに、また無謀な試みが行われるのを防ぐことができるのではないか。

朝からライブラリーへ。平成新宗教事件史の原稿を頭から直す。一応、平成20年の分まで直し終える。まとめはやはり必要だと思うが、そこまではいけなかった。

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夕方から、山折哲雄・吉田司対談に付き合う。時間にして2時間はんくらいか。テーマは宮沢賢治をめぐって。そばで聞いていると、いろいろ面白い。吉田さんは、ノンフィクション作家らしく、対談というより、インタビューという感じになっている。最後に対談が終わったところで、思うところを少しだけ話をさせてもらう。

対談が終わってから、ヒルズの向かいの中国飯店で夕食をとる。今までそこにあるのに気づかなかったが、さすがに中華料理の老舗という雰囲気を漂わせている。個室だし、落ち着いて食事ができるのがいい。

September 03, 2008

9月3日(水)『新宗教ビジネス』の再校を見ながらこれはかなり変わった本ではないかと考える

今日も暑い。平成新宗教事件史、平成16年を書く。これであと4年になった。平成の前半までに比べると、事件はおとなしくなっているが、それでもけっこういろいろなことが起こっている。今から4年前のことでも、改めて調べてみないと忘れていることがある。

午後は、「新宗教ビジネス」の再校を見る。再校なので、それほど直しはないし、字の間違いなどはなかったが、補足して書かなければならないところもあり、全部やるのに夕方までかかった。これで、だいたい作業が終わったけれど、改めて読んでみると、かなり変わった本にも思える。類書はないし、書き方もこれまでとは少し雰囲気が違う。お金のことばかりを書いたので、あまり人間的な部分というか、そういうところが欠けている。それでも、これまで誰も明らかにしていないことなので、読者には興味深く思えるかもしれない。自分でもこんな本が書けるとは、意外な気もする。

政局のほうは、今日になっても福田総理を怒っている人たちがいるが、なぜこうしたことになったのかちゃんと分析されていないように思う。明日、次の『寺門興隆』の原稿を書き始める予定だけれど、そのなかでは、公明党と創価学会の今後について占ってみようかと思う。公明党にとっては、次の選挙は間違いなく正念場になる。果たしてそれを乗り越えられるのか。かなり厳しい気がしている。

August 19, 2008

8月19日(火)平成7年のことを書くのはやはりエネルギーがいる

昨夜寝たのがかなり遅かったので、起きたら9時を過ぎていた。一時、旅行が続いていた時期には、朝やたら早く目が覚めてしまい、それから寝られない日が続いたが、あれは緊張していたせいらしい。今はそういうこともあまりない。

仕事は、ここのところ同じパターン。平成新宗教事件史は、問題の平成7年を書く。地下鉄サリン事件の年だ。ちょっと気合いを入れてかからないと、うまくいかなかった。宗教美術史の方は、少ししか進まない。

夜、小学校時代の同級生と会って、飲む。ずいぶんと昔のことで、小学校時代のことはあまり覚えていないが、それを覚えている人もいるようだ。久しぶりに、下高井戸のおふろに行くが、ワインがたくさんあるのはこれまであまり知らなかった。何が良いか教えてもらいながら飲む。ワインは難しい。

編集者からゲラが出たという知らせを二件受ける。これは、校正が重なりそうだ。あるいは、もう1冊くるかもしれない。そうなると、これは大変だ。

August 14, 2008

8月14日(金)『今治』という本はできないかと考えてみる

お盆の最中だけれど、とにかく仕事。今日は朝からライブラリーへ行く。お盆の期間は、空気がすんでいて、今日も地平線が見えた。

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今日もとりあえず、『平成新宗教事件史』の原稿を書く。今日は平成2年、1990年の分を書く。この年、オウムは衆院選のあと、波野村に進出して、地元ともめた。一方、創価学会は、日蓮正宗と決別する道を歩みはじめた。そこには、著者である私も複雑にからんでいる。そこらあたりのことを書く。

午後は、『日本宗教美術史』の直しをする。一応、第2章の最後まで直す。もう一度見直す必要があるが、そこまではできなかった。

夕方、ある出版社の編集者が来訪する。たまたま、その編集者が長井健司さんの出身校である今治西高校の出身だったので、だったら、『今治』という本はどうだろうかと提案してみる。編集者の方は、ちょっととまどっていたが、最終的にこれは形になりそうな気がする。話しが長くなったので、魚真で飲む。

August 13, 2008

8月13日(水)どういう本を書けばいいのかなんとなくわかった気がした

とりあえず一日家で仕事をする。平成新宗教事件史の平成元年を書く。ここはオウムのことが中心。午後からは、日本宗教美術史の方、こちらはなかなか進まない。それでも、明日には飛鳥・白鳳時代の部分の書き直しが終わりそうなところまで来る。

ふと、今世の中で求められている本というものがどういうものか、少しわかったような気がした。そうした本ばかりを書いているわけにはいかないけれども、読者あっての文筆業だから、そこらあたりはちゃんと考えないといけない。宗教に関して、ほとんどの人たちは詳しい知識をもっているわけではないし、宗教をどう見ていって良いかもなかなかわからない。そうした読者に対して、しっかりと網羅的に情報を提供することは、私などの役目なのだろう。ジャズや歌舞伎についての本が、どれも入門になっているのも一つのヒントになるかもしれない。

August 08, 2008

8月7日(木)創価学会の本の原稿を直す

政局が流動化しているということで、創価学会についての本を出すことになりそうだ。『寺門興隆』の連載原稿を編集者が再構成してくれたものがあり、それに手を入れるが、けっこう時間がかかる。全体の3分の1程度しか、1日かけても終わらなかった。ただ、これからの部分は早そうな感じがしている。

昼間、外に買い物に出ると、恐ろしいほど暑い。前から夏ばてするような人間ではなかったが、最近は、その傾向が強くなり、暑いことは暑いけれど、まあそれだけのような状態になっている。

夜、三軒茶屋に行き、今後の長井運動について話し合う。そんなに遠くない時期に10万人に達するのは確実な情勢になってきた。それをどうするのか。その上でどう動くのか。いろいろと話しをする。

August 05, 2008

8月5日(火)古本を引き取ってもらい次の本の打ち合わせをする

朝は、病院へ。採血検査。前回ひどく混んでいたので、検査が始まる前に行く。今回はそれほど混んでいなかった。よって、かなり早く終わる。朝食を食べるために農大前のロイヤルホストへ。

家に戻ってから、『寺門興隆』の連載原稿を見直し、それを送る。『新宗教ビジネス』を2章分直す。この作業は明日には終わる。

午後に、八幡書店の武田さんが来て、古本を引き取ってもらう。300から400冊ほどだろうか。思い切って処分しても、なんだかすっきりしない。本にはたたられている。武田さんが、『大地の母』全12巻をもってきてくれる。なかに、著者のサインの入ったものが二つあった。

その後、『日本宗教美術史』の方、第二章の直しをはじめる。途中で幻冬舎の志儀さんから電話。どうやら私が打ち合わせの時間を間違っていたようで、急いでいまあじゅに行く。次の本の内容について打ち合わせる。

家に戻ったら、また新しい本の企画について手紙が来ていた。雑誌に原稿を頼まれるよりも、本の企画を持ち込まれる方が、数が多い気がする。

August 01, 2008

8月1日(金)とにかく次々と本が出る

いつの間にか8月になった。

続々本が出来ている感じで、今日は、ちくま文庫として刊行する『私の宗教入門』の見本が届く。元は、『イニシエーションの宗教学』だが、50枚ほど、それ以降のことを書き足した。その間、いろいろあったけれど、改めて全体を書いたのははじめてかもしれない。私にとっては、とりあえず「失われた10年」ではあるけれど、その10年が今を作っていることも事実だ。今振り返ってみると、いったいなんだったのか、どこか茫洋として理解することが難しい。

昼前にライブラリーへ。小幡さんと昼食をとりながら、かなり大切な話しをする。今の世界で起こっていること、彼と話していると一番はっきりするような感じだ。その点が、ライブラリーのありがたさでもある。ライブラリーの書棚には、『ハリー・ポッター 現代の聖書』がさっそく並んでいた。今、新刊コーナーには『資本主義2.0』と2冊並んでいることになる。

仕事としては、次に幻冬舎から出る本の概略を考え、『日本宗教美術史』の書き直しをする。あいまに、書評を頼まれているひろさちやさんの『やまと教』を読む。

夜は、かんき出版の打ち合わせ件、打ち上げ。今度の本は、『手に取るようにわかる宗教』よりは時間的な余裕がありそうだ。帰ると、佼成出版社から催促のハガキがきていた。これもやらないといけない。

July 31, 2008

7月31日(木)旅暮らしの7月が終わり原稿にもいろいろかたをつけついでに髪を切る

経堂の自宅で仕事をする。『宗教研究』の再校ゲラを確認し、『ジッポウ』の原稿を送る。『週刊新潮』の原稿は、ほぼ全面的に書き換え、それも送る。

『新宗教ビジネス』の原稿、最後の章、一度書き上げたのが気に入らないので、こちらも全面的に直す。それが最後まで終わり、一応第1稿ができあがる。今月は旅が多く、12日間も外に出ていたが、ホテルや列車、飛行機のなかでも原稿を書いたせいで、一応目標としていた日時に第1稿ができた。ある意味恐ろしい。全体で250枚弱。小見出しとかつけていないので、もう少し量が多いだろう。資料的に補足しなければならないところもある。

夕方、髪が伸びているので床屋へ。今日は客が多かったというが、私が訪れたときには誰もいなかった。さっぱりして、自転車で下高井戸に出る。ジョイフルがなくなって、カルディアの店が経堂からなくなってしまったので、そこでパン焼き器用の小麦粉を買う。ものはスーパーキング。前に比べて少し高くなっている気がするが、それでもここで買うとかなり安い。

プロ野球のオールスターゲームを見る。今シーズン、ほとんど野球を見ていない。暇もないし、横浜がまったく停滞しているのが原因だろう。ただ、横浜はいつも強いチームではないので、ひどいときにも見ていたが、CSで見ると、デジタルにしてから画面がきれいに見えないせいもある。歌舞伎チャンネルの方も、ほとんど見ていない。もったいないが、歌舞伎会の特別会員のこともあるし、簡単に辞められない。いつこれはデジタルになるのだろうか。

July 24, 2008

7月24日(木)『誰も知らない「坊っちゃん」』の見本ができた

次々と本が出るので、自分でも改めて読み返すことができなくなっている。

昨日のこともあり、少し疲れ気味。あまり仕事がはかどらない。『新宗教ビジネス』最後の章を数枚書く程度。あとは、明日「生命倫理の土台づくり研究会」で発表する日本人の身体観についてまとめてみるが、どうもうまくできない。日本には身体観というものが、そもそもないのではないだろうか。

外へ出ると、めちゃめちゃ暑い。今年は相当な猛暑の気配だ。出かけるなら、早い内に家を出るのが得策だろう。


July 02, 2008

7月2日(水)朝日新書の山折先生との対談の打ち上げをし吉田司さんと初めて出会う

午前中に、朝日新聞の取材を受ける。ハリーポッターの日本語版が完結するので、いったいこの物語は何だったのかという記事を作るらしい。一般の児童文学家は、ハリーポッターを無視していて、読んでいないらしい。どうしてこう無関心なのか。それは驚くべき事態だ。これだけ世界中で読まれているのだから、目を通すべきではないか。

午後は、『新宗教ビジネス』の原稿を数枚書く。宗教法人についてのところなので、かなりややこしい。それをどう説明するか。工夫が必要かもしれない。

それから、新宿に出て、伊勢丹により少し買い物をして、先日買ったシャツを受け取る。袖を直してもらった。ベルトも直してくれるらしいが、時間がかかりそうなので時期を見ることにする。

新宿から銀座へ。『ジッポウ』というダイヤモンド社から出ている真宗系の雑誌の原稿依頼があったので、編集者と相談する。途中でアイスコーヒーをこぼしてしまい、大変なことになるが、さすが「ウエスト」。その対応がすばらしかった。老舗の実力に脱帽し、また感謝する。申し訳ないことをしてしまった。

夜は、有楽町の「大雅」という店で、山折先生との対談本の打ち上げ。あわせて、吉田司さんも加わった。山折先生も私も吉田さんとは縁があるのに初対面。今度、宮沢賢治をめぐって、二人が対談することになっている。これはかなり興味深い物になりそうだ。

July 01, 2008

7月1日(火)『日本宗教美術史』第1稿823枚が完成する

『日本宗教美術史』の原稿、最後のおわりにの部分を最後まで書く。これで、全体で823枚書いたことになる。書き始めたのが、昨年の4月11日だから、1年と3ヶ月近くかかったことになる。当初は500枚の予定ではじめたけれど、書いていくといろいろと出てきた。これはあくまで第1稿で直していかなければならないところが少なくないと思うけれど、なんとか終わって少しほっとした。これまで宗教美術のことなどまとめて考えたことがなかったので、執筆しているあいだにずいぶんと考えた。実際に現地に行ったこともかなりの回数にのぼっている。寺というのは、だいだい石段があって、いったい何段の石段を登ったことか。それなりに体力があったことはうれしい。

夕方、病院へ定期検診に。かなり待っている人がいて、時間がかかった。血糖値や血圧は相当に良好だが、尿蛋白とか、甲状腺の機能的なところがちょっとよくない。ここのところ、かなりストレスがかかっていたので、そのせいかもしれない。あまりストレスをためないようにしたいが、仕事をしているとそうもいかない。

そこから、先端研へ。研究室内の研究会。山本君が、政党移動と政界再編について、博士論文の内容を発表する。前回聴いたときにはどうなるのかと思ったけれど、今回は実にすっきりしている。これなら大丈夫だろう。御厨さんからは、すっかり政治学者のようと言われてしまった。

June 19, 2008

6月18日(水)執筆中の本の原稿を再開し新しい本の執筆を開始する

午前中にはいろいろな荷物が届く。最近家にいる機会が少なくて、こうした郵便物なり、宅配便なりをどう受け取るかが結構大変。そういうのを受け付けてくれるものはないし、宅配ボックスもおけそうにない。

ハリー・ポッターの校正が早々と届く。それほどページ数は多くがないが、果たしてどの程度直すべきか。そこが問題だ。

全体の予定が半月遅れ気味なので、それを取り返していかないといけない。とりあえず、宗教美術史の原稿、現代をあつかった11章を書き始める。藤田嗣治のことを6枚ほど書く。

それから、新しい本の原稿として、『新宗教ビジネス』を書き始める。タイトルはこのようになるかわからないが、ビジネスという観点から新宗教について見ていくというのがテーマ。これまでこういう本はまったくなかったと思うが、新宗教や既成宗教がどういったビジネスモデルによって運営されているのか、そこを明らかにすることがおもしろそうだ。なんとか、この本は早めに仕上げたい。

June 14, 2008

6月14日(土)ようやくハリー・ポッターのめどがつく

朝、ちゃんと髭も剃って、ライブラリーへ行こうと思ったら、東北地方で地震が起こった。マグニチュードが7.2というのは相当に規模が大きい。被害もかなり出ているようで、山が完全に陥没しているのを見ると、唖然とする。途中、テレビで余震の警報が出たが、その通りに地震が起こったのには驚いた。ある程度、事前に予知できるようにまではなっているらしい。

遠くで地震が起こると、ヒルズの建物が影響を受けると聞いていたので、家で仕事をすることに変更。今日が完全なデッドエンドなので、ハリー・ポッターの最終的な直しをする。最後の章、ほぼ全面的に書き換えた。終わったところでは、頭が完全に飽和状態になっていて、自分ではいいのか悪いのかまるで判断ができなかった。夜梅村さんと電話で話、なんとかオーケーをもらう。すでにカバーデザインの方も進行していて、タイトルは『ハリー・ポッター 現代の聖書』に決まっている。あとは、ゲラで直せばいいだろう。

今回の仕事は、相当に苦労した。何度書き直したかわからない。なかなかこれでという線が出なくて、頭を抱えた時期もあったが、なんとか乗り越えることができた。ただ、これを通して、物の言い方について学んだような気もする。これは、ほかのことでも感じることだが、はっきりと物を言うことを求められているような気がしている。単純化するということではないけれど、これは良いのか悪いのか、具体的にどうしたらいいのか、はっきりとした物言いをしないと結局は通じない。大分勉強になったような気がする。

June 09, 2008

6月9日(月)自殺の増加という問題について考えなければならなくなってきた

あまり天気が良くない。それに、昨日の秋葉原で起こった無差別殺人のことで、何かいたたまれない気がする。

朝から、ライブラリーへ。電車が遅れる。これも最近目立つ。別に人身事故が原因ではないようで、なんとなく遅れているということらしいが、こういうのもうっとうしい。

ライブラリーでは、ハリー・ポッターの原稿からはじめる。最後の5章、20枚弱書く。ほとんど新しく書いた。その途中で編集の梅村さんから電話で、善と悪との分かれ道はわかるが、悪とは何かがまだ書かれていないという注文が入る。それを第5章で書くことにして、その寸前のところまで行く。そこからが難しいので、明日に回す。
午後は、『宗教研究』の論文、一応最後まで書くが、結論がいまいち。あと、注とか要約とか、英文の要約とかをつけないといけない。明日か、明後日までかかりそうだ。

夕方から大和書房の編集者と新しい本の打ち合わせをする。3時間近くかかった。自殺のこと、西高でのシンポジウムでも最初のテーマに掲げられているので、そこから入ったらどうかということになる。そのなかで、スピリチャル・ブームにはまるということの意味や、そもそもはまるということの功罪などについて論じ、自殺しない生き方とはどういうものかを考えればいいということになった。うまくできるかはわからないが、一応の方針は決まったように思う。

宗教の入門書の監修、イスラム教のところを終え、仏教に入る。もう少しのところで終るというところで力が尽きた。

June 04, 2008

6月4日(水)頭を悩ましていた原稿なんとか突破したのかもしれない

午前中は、まず『サイゾー』のインタビュー原稿の直しをする。それから、昨日に引き続いて、ハリー・ポッターの第3章を直していく。なにか光が見えたようで、全体がすっきりとまとまる。それを梅村さんに送ったら納得してくれた。要はここまでこないといけなかったのだと改めて思う。

午後は、『宗教研究』の論文、第2章の創価学会批判の歴史について書く。章の3分の2くらいはできただろうか。なんとか、今週中には仕上げたい。

夕方、編集者といまあじゅで打ち合わせ。どんな話なのかと思っていたが、来年の執筆の話だったので少し安心する。ただそれも今だけの話で、実際に来年になったら、そのときはほかの原稿もあって、けっこう大変なことになっているのではないか。まあ、これがいつもの状態だということだろう。

夜は、先端研で90年代研究会。御厨研究室のある建物に入ったら、2階の中央の部屋の扉が開いていて、なかがからっぽだった。どうも、こんど赴任してくる偉い人が入るらしい。研究会では、中央大で元日銀の翁さんと小幡さんが発表する。日銀は新法でどう変わったのか、土地バブルと小泉バブルとの関係はどうか。いつもの政治学の発表とはかなり違った。

明日は講演会のために沖縄に行く。

June 03, 2008

6月3日(火)一日雨が降るなか朝早くからいろいろと作業をする

7時前に目が覚めたので、そのまま起きて、8時半くらいから仕事にかかる。まず、『寺門興隆』の連載原稿を仕上げる。これで11時過ぎになる。それから、インタスタント・コーヒーを飲んで、『宗教研究』の論文の続きを書く。一応、1章の天理教の部分を終える。もう締め切りが過ぎているので、催促が来ている。

午後になってから、新たな気持ちでハリー・ポッターにかかる。第3章を、これで第7稿になると思うが、半分ほど書き直す。悪がいかに生まれるか、その点に絞ることにする。この悪ということは、『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』を書こうとしたときに、一番テーマにしたことでもある。だんだん、この二つの本の関連性が見えてきた気がする。『中沢批判』で十分に論じられなかったところを、今回改めて論じている感じになってきた。

夕方、ライブラリーへ。昨日頼まれた、宗教についての本の原稿を見直す作業をはじめる。書き直したり、書き加えたり、あるいは文意が通らないところを指摘したりして、1時間くらい作業をする。その後、原さんと話をする。今日は一日なんとなく雨だった。もう梅雨に入ったというが、例年の感覚だと早すぎる気もする。

May 29, 2008

5月29日(木)原稿に依然として苦しんでいるところに『坊っちゃん』のゲラが来る

朝からライブラリーへ。3日連続で行った。依然として原稿に苦労している。かなり形にはなってきたけれど、どこかすっきりしないところがある。

午後からは、牧野出版の佐久間さんなどと打ち合わせ。『坊っちゃん』の校正が出た。一応7月に刊行される予定。そうなると、ハリーポッターと同じ月になる。文学作品を読む本が一度に出るというのもおもしろい。ほかにも、いろいろと企画の話しが出る。出るのはいいけれど、合理的なシステムを作らないとこれはうまくいかない。

夜は木下さんと、長井健司運動についての打ち合わせ。これから、講演会がかなり続く。その展開をどうするのか。局面がどんどん変化してくるので、先がどうなるかわからない。

高松塚古墳修復室見学に1日の日曜日に行けることになった。新幹線での日帰りになるが、ついでに唐招提寺で鑑真像を拝めることになった。両菩薩のいない薬師寺にも寄ってみたい気がするが、それは時間があったときのことにしよう。

May 28, 2008

5月28日(水)ハリー・ポッターの苦吟しつつ打ち合わせを重ねる

朝からライブラリーへ。とにかくハリー・ポッターに苦吟している。3章がどうもうまくまとまらない。ただし、4章は少しめどがついた気がする。とにかく、今月中、がんばるしかない。本当は、学会誌の『宗教研究』に寄稿する論文があるけれど、ハリーポッターが終わらないとなんともならない。

夕方は、新宿へ出て。筑摩書房の編集者と打ち合わせ。今度、1992年に出した『イニシエーションとしての宗教学』を文庫にしてくれる。そのあとがきとして、50枚ほど書き加えた。装丁をどうするかなど、打ち合わせをした。話しのなかで、日本の秘密結社のことが出て、もしかしたら形にできるかもしれない。

夜は、講談社ビジネスの唐沢さんと会食。新宿のイタリアンの店で、なかなかおいしかった。すっきりとしたイタリアワインをいただく。そこからは、『新宗教ビジネス』という本を出すことにしているが、一応7月中に書き上げると宣言してみる。そのくらいに終わらせないと、他もあるし、内容はだいたいできあがっているので、なんとかなるだろう。途中、マックス・ウェーバーの偉大さの話しになる。たしかに、いろいろな意味で、『プロ倫』は重要な書物だと思う。こちらも、来年くらいには何かの形にできるかもしれない。

May 27, 2008

5月27日(火)『資本主義2.0』の見本が出来た

昨日、水野和夫さんとの対談本、『資本主義2.0 宗教と経済が融合する時代』(講談社)が届く。表紙に自分の写真というのは、少し恥ずかしい。対談でも、お互いにまとめてしゃべった形になっているので、かなり読みやすいのではないか。難解な水野理論がわかりやすくなっていれば、幸いだ。

午前中にライブラリーへ出かける。ハリー・ポッターの原稿、なかなかうまくいかない。3章を改めて直すが、朝なんだか速く目が覚めてしまって、眠く、頭がうまく働かない。

午後には、ソマードの加藤さんがやってきて、最近の顛末について教えてもらう。いろいろと大変というか、興味深い展開になっているらしい。何が今必要なのか、こちらの意見を述べる。ついでに、調査の方法について聞かれたので、それにも答える。これは、案外難しく、また微妙なことだ。

帰りがけに、ロッカーが借りられたので、新しく買ったコンピュータをおいておくことにした。まだ、オフィスが入っていないが、一応使える。これで、ライブラリーへ出かけるとき、コンピュータをもっていく必要がなくなった。

May 23, 2008

5月22日(木)『宗教研究』に書く論文のアウトラインを考える

朝からハリー・ポッターの原稿、4章を直し終わる。一度最後まで直して、それでも満足できなくて、さらに直したが、まだ、どうもっていったらいいか迷うところがある。相当に難しい問題にぶちあたっている気がするが、果たしてどうなるだろうか。

今月中には、依頼されている『宗教研究』の論文を書かないといけない。いわゆる学術論文。最近は、あまりそうしたものを書いていないので、勝手がわからないが、新宗教に対する批判を軸に、宗教批判の問題を考える予定。一応、これまで調べてきた、天理教、創価学会、そしてオウムを中心にとりあげ、新宗教批判が時代によってどういう変化をたどってきたかを跡付けて見たい。問題は、誰が新宗教を批判するかということかもしれない。メディアなのか、既成教団なのか、それとも政治団体、あるいは学者なのか。一応のアウトラインを考えてみた。

夕方は、ミッドタウンの虎屋へ。一時はかなり頻繁に寄っていたが、最近はその機会がなかった。今回は、慶応のことで『読売ウィークリー』の取材を受ける。三田会について書いたことで、こうした取材が増えた。本を出してから、いろいろと反響があって、かなり興味深い発見があることを改めて感じた。終わってから、同じミッドタウン内のJJという店で、教え子の原さんと会食をする。この店は、サービスが気持ちがいい。

May 07, 2008

5月7日(水)文庫化の補足原稿を書き始める

連休が明けたら、急に天気がよくなった。

午前中は、ハリー・ポッターの執筆。第3章の直しに入った。20数枚分直す。この章、明日で終わりそうだ。

『週刊読書人』に書いた書評のゲラが届く。別に問題なし。この書評、おそらく赤字。でも、宗教美術を考える上で参考になったので、無駄ではなかった。

午後は、『イニシエーションとしての宗教学』を文庫化するにあたって、補足の原稿を書き始める。10枚ほど書いた。この本を書いたのが1992年。それから、いろいろなことがあった。それを改めてイニシエーションとしてたどることになる。

ミャンマーのサイクロンの被害、尋常ではない。それだけ、ミャンマーの社会に脆弱性があるからだろうが、それにしても被害の広がりに驚くばかりだ。軍事政権と災害との関係、北朝鮮の例もあるし、考えなければならない点だろう。

May 05, 2008

5月5日(月)日本宗教美術史はもしかしたら1000枚になるかもしれない

こどもの日。立夏でもあるだけに、蒸し暑い。こうした日が多くなりそうだ。

午前中は、原稿を送ったり、取材原稿を直したりする。それから、手紙類やメールの処理をし、ハリーポッターの第1章、順番を入れ替える。やはりこの方が落ち着きがいい。

午後は、日本宗教美術史の原稿、近代の直しを最後まで進める。ここで言う近代は、戦争が終わるまで。戦後からは現代として書くことになる。村上華岳のことについてかなり書き足す。終わったところで、原稿の枚数が740枚になった。どうもこのまま行くと、1000枚近くになるかもしれない。近世は書き足さなければならないことがいろいろありそうだし、現代の後は、世界の宗教美術との比較ということもある。かなりの大作になっていきそうだ。まさか、1000枚を超えることはないだろう。

ライブラリーで専用に使うコンピュータ、いろいろ迷ったけれど、けっきょく、レッツノートのYシリーズにする。OSは、XPにして、直販で申し込む。もっと大きな画面の方がいいかと思ったが、店で見てみると、15.4インチは横長の感じで、あまり機能的ではない。そうなると、レッツノートということにけっきょくは落ち着いてしまう。

夜、9時過ぎに四国放送のラジオ番組に電話出演。11日の徳島での講演会の話しをする。

そのあと、黒沢の「野良犬」を見る。何度見たかわからない。やはり黒沢の最高傑作ではないだろうか。

April 28, 2008

4月28日(月)ハリー・ポッターを書き直したらもしかしたら今後の文章の方向性が変わるかもしれないと感じた

ハリー・ポッターの原稿、最初から直しはじめる。とりあえず、「はじめに」の部分を大幅に書き直し、編集者に送る。論理的な展開が明確になるようにした。これは、今までにない書き方かもしれない。この書き方をすると、これからの文章も方向性が変わってくるかもしれない。編集者には好評。とりあえず、この路線で書き直しを進めることにする。

宗教美術史は、近代の章が一応最後まで行く。途中の部分、かなり書き足さなければならない。近代の作家だと、かなり多作で、その全貌をつかまないと、判断が難しい。とくに、河鍋暁斎と村上華岳については、その作業が必要だ。この二人を宗教美術家として位置づける必要がある。

久しぶりに下高井戸に出る。ここのところあまり行くことがなかったが、途中の小学校の工事がかなり進んでいる。ジョイフルにあったカルディアがなくなったので、かわりに下高井戸の店に寄った。パン焼き器で使う粉を買う。スーパーだとかなり高いが、カルディアだといいものが安く買えてありがたい。

世の中、雰囲気的には連休モードなのかもしれない。こちらは、とにかくハリーを仕上げないといけない。

April 22, 2008

4月22日(火)ハリー・ポッターの原稿の今後の方針を決める

午前中は、宗教美術史。近代についての章を書き進める。ちょっと、絵を見ていないものがあるので、それは実際に見るなり、画集でたしかめないといけない。明治時代には、宗教美術として論ずべきものが多いが、大正以降になると少なくなる。昭和だと、戦前にはあまり見るべきものがない。この点をどうするか。そこが問題。

ハリー・ポッターは第6作をざっと読み直す。ここまでくると論じなければならない事柄も少なくなってくる。一気にエンディングにむかって進んでいく感じだ。

夕方には、産経新聞の取材。おすすめの店を紹介する企画。そのあと、引き続いて、ハリー・ポッターの書き方について相談。もっと大胆に、独自の見解を出した方がいいということになる。

6時過ぎからは、先端研で「90年代研究会」。これまで東京財団でやっていたのが独立して進めることになったらしい。私が、まず無党派について発表する。あまり詳しく研究していないので、ずいぶんと乱暴な話しだったかもしれない。そのあと、国際政治から見た90年代の政治の話し。ここでも、勝手な意見を言わせて貰った。

April 20, 2008

4月20日(日)ライブラリーで仕事をするがちょっと問題が

朝からライブラリーへ。日曜日は、あまり人がいない。いつも決まった人が来ている感じだ。

「寺門興隆」の創価学会についての連載、これまでの分を編集者がまとめてくれたものに手を入れる。全体で500枚近くある。100枚弱進めてみたが、どうもうまくない。このままでは、いろいろと支障が出そうだ。検討の必要がある。

写真は、ヒルズの下の毛利庭園の新緑。この公園、もっと大きければ散歩に使えるが、あまりに小さすぎる。公園と言うよりも、庭といった方がいい。都会のなかの緑は貴重だし、池になっているのはいいが、大きさはやはり物足らない。

April 18, 2008

4月18日(金)54歳の日蓮はひどく多産だ

午前中いっぱいかかって、真如苑が運慶作の仏像を購入したことについての原稿を直す。思いの外時間がかかった。

雨の中、新宿へ。前回は大阪のテレビに出るために休んでしまったが、日蓮遺文の勉強会。ちょうど今回、日蓮が54歳の年に書いた遺文に入った。満と数えの違いはあるが、日蓮もようやく私と同じ年になった。興味深いのは、この54歳のときに書いた文章が圧倒的に多いこと。佐渡から解放され、身延に定着するなかで、各地の信者と交流を重ねた結果らしい。実際に日蓮宗という教団が生まれたのは、この時期かもしれない。

勉強会が終わってから、山下書店、紀伊國屋書店、ジュンク堂をまわる。今日から、『3種類の日本教』が書店に並びはじめた。山下書店では2時前に通ったときにはおいていなかったのが、6時の段階では平積みされていた。果たしてこれからどうなるのか。本の発売というのはうれしいと同時に、ちょっと気が重い。

April 15, 2008

4月14日(月)新刊『3種類の日本教』の見本ができる

朝、ハリーポッターの原稿を10枚弱書く。これで第5章の最後まで行った。終わってからライブラリーへ。ソマードの加藤さんと相談。彼が開発したシステムを使って、教育というかコミュニケーションというか、いかにネットワークを作ればいいかを議論する。

その話をしているあいだに、講談社から出す新刊『3種類の日本教』が届く。帯には、顔写真が入っていて、ちょっと恥ずかしい。なかなかいい本が出来たと思うがどうだろうか。近々発売になる。

加藤さんと昼食をとったあと、午後には、文藝春秋の取材で佐野真一さんにインタビューされる。テーマは、平成元年。そのころの宗教をめぐる状況について、オウムのことを中心に話しをする。

終わってから、銀座へ。佐久間さんの牧野出版が移転したので、そのお祝いのパーティー。また、いろいろな人に出会う。直接の教え子ではないが、私が日本女子大にいた時代に在籍していたという女性も来ていた。その後、渡辺さんなどと八丁堀の居酒屋へ行き、さらに目黒に行って、木下さんたちと若干の打ち合わせ。なにかあわただしい。明日からは、四国と大阪へ出かける。

April 07, 2008

4月7日(月)『慶應三田会』の広告が朝日に載った

朝、新聞を見たら、いきなり「慶應三田会」の文字が飛び込んできた。朝日に広告が出るとは知らなかった。はじめてこの本の広告が朝日に載ったことになる。

紀伊國屋書店のウェブを見てみたら、先週『日本の10大新宗教』新書部門で7位に入っていた。これは、まさにたかじん効果。番組が放送された地域で売れていて、そうでない東京とかは静か。番組の影響力の大きさに改めて驚く。

原稿は、ハリー・ポッターも、宗教美術史も新しい章に入る。ハリーの方は、この章が終わると、あと3章の予定。宗教美術史は、この章が終われば、いよいよ現代で、フィナーレを迎える。

校正の方も進めなければならないので、今日は、水野さんとの対談『資本主義2.0』に手をつける。最初の2章で、ほとんど水野さんがしゃべった形になっているので、それほど手を入れずにすむ。私の出番はこれから。

講談社では、『寺門興隆』の連載も本にしてくれることになった。その進行が意外と早そうで、これだと6月には出ることになるのだろうか。そうなると、講談社で3ヶ月続けて本を出すことになる。

April 02, 2008

4月2日(水)山折先生との対談のゲラが来る

ハリー・ポッターの原稿、10枚ほど書く。4作目になると、筋をあまり追わなくてもよくなってくる。テーマを絞って書いていくことにする。

宗教美術史は、江戸時代の章を見直す。これまでのなかで一番章として短い。やはりあまり語らなければならないことが少ないので、こういう結果になった。これが近代になると、また変わってくるはずだ。

山折先生との対談、初校ゲラが届く。どの程度手を入れなければならないかは、全体を見てみないとわからない。事実関係をたしかめるという部分はあなりなさそうなので、必要なところを補っていけばいいかもしれない。本を書けば、ゲラが来る。当面、その繰り返しだろう。

アマゾンで注文した本、重複して注文してしまったらしく、上下巻のうち、下の方が2つ来てしまう。これははじめでだが、何でこうなってしまったのだろうか。よくわからない。返品しなければならないが、送料はこちらもち。

クレモナMを梱包してあった段ボール、大きくておまけに厚い。処分するのが大変だ。しかも、ゴミ置き場には年度末からはじめということなのだろう、たくさん段ボールが出されている。段ボールを処理して貰う契約もできたのだろうか。これからはちゃんと考えないといけない。

March 14, 2008

3月14日(金)八幡書店の武田崇元さんに会う

朝、関東中央病院へ。血液検査と眼科。眼科では、眼底出血の有無を調べて貰うが、異常はまったくなし。ただし、診察のために瞳孔を開くのか、ぼやけてみえる。かなりながいあいだ、外に出ると光がまぶしい。それでも、ハリーポッターの原稿を5枚ほど書く。

眼科で待っているあいだ、もってきたころがすバックやカルテがないと言いに来るお年寄りがいた。どうも少しぼけがはいっているようで、看護婦さんが電話をしたり、トイレを調べたりして、あっけなく解決していたが、こういうことは日常茶飯事なのだろう。病院も大変だ。

昼に、日本文化研究所の奈良さんが迎えに来てくれて、目黒に。八幡書店の武田崇元さんに会う。いろいろと話しをするが、八幡書店の商売の仕方がむしろおもしろかった。他の出版社で売れ残っているオカルト関係の本を安く仕入れてきて、それを八幡書店のネットワークでさばいているとのこと。新刊の販売とも違うし、かといって古本の販売でもない。特定の関心があるコアな読者が存在するからだが、そうした関心をもつ人たちもしだいに減ってきているらしい。武田さんには、いつか研究会というか勉強会で話しをしてほしいということと、大本関係の出版をするとき書いて欲しいと頼まれる。

March 09, 2008

3月9日(日)原稿を1日で30枚書き上げるということにチャレンジしてみた

朝からライブラリーへ行く。昼食を買おうとミッドタウンに寄ったけれど、まだ店はやっていなくて、しかたなく東急ストアーで弁当を買う。

日曜日は、コミュニティー・スペースの方はかなり混雑しているが、反対にオフィス・スパースの方はすいている。二台のコンピュータを同時に使っている小幡さんの隣で、原稿を書く。中公クラシックスの原稿で、30枚の予定。なんとかがんばって一日で書き上げようというのがもくろみ。途中くじけそうになったところもあるが、なんとか夕方までに30枚を書き上げる。毎日こんなペースで書いたら、月に2冊くらい本ができそうだが、まさかそうもいかない。今日は、なんとなく気分で、挑戦したという感じだ。

小幡さんと話しをしていて、EU自体がバブルなのではないかという話しになった。それはおもしろい話しなので、是非裏付けをして欲しいとお願いする。今の世界の経済、バブルという考え方が一番重要なのかもしれない。もっと早くそのことに気づくべきだっただろう。気づいていれば、『宗教としてのバブル』の内容もかなり変わってきたはずだ。水野さんにしても、小幡さんにしても、最先端の経済についてウォッチしている人と話をすることで見えてきたことは大きい。いつも大変勉強になる。

February 26, 2008

2月26日(火)『3種類の日本教』の校正をやり通す

朝からヒルズへ行く。『3種類の日本教』の校正をする。朝からはじめて、昼食を挟み、一度音楽を聴いて休憩しながら、最後までやり終える。内容について、果たしてどうなのだろうかと心配していたが、読み直してみると、けっこうおもしろい。書いた人間が読んでおもしろくないものは、一般の読者にもおもしろくはないだろう。その点では、一応合格か。

電話をして、編集者に取りに来て貰う。あわせて、水野さんとの対談についても、赤を入れたものを渡す。最後のところ、かなり手を入れたが、一度水野さんも入れて、打ち合わせをした方がよさそうだ。今後の展望や日本の対処の仕方など、難しいところ。ここは、しっかりとまとめないと、本全体が締まらない。

すべて終わってから、新宿へ。伊勢丹の家具売り場で、アルフレックスのカタログをもらう。実家でソファーが欲しいというので、買うことにした。広尾で大きく展示しているところがあるが、そこで実際に確かめた方がいいだろうか。ただ、普通の家で使う定番的なものは決まっているので、伊勢丹でカタログを見るだけでもいいのかもしれない。それまで実家で使っていたソファーは、腰が痛くなるというとんでもないもの。いくらなんでもそれはひどいだろう。

February 23, 2008

2月23日(土)アスコムの件は何かおかしい

昼間は天気がよくて、暖かだったが、夕方になるにつれ、猛烈な風が吹き、気温も一気に下がった。外に出ようとして、これはだめだと思い、一日家にいる結果になった。テレビで能の「安宅」を見たけれど、やはり眠くなる。退屈とかそういうことではなくて、能の波長がそうさせるのだろう。シテは梅若六郎だったが、体の使い方がすごい。それだけはわかった。

アスコムのことについて書いたが、その後の経緯が不可思議だ。そもそもニュースになっていない。ネット上では書いている人もいるし、情報のやりとりが行われているようだけれど、一般のニュースに出ない。従業員は全員解雇され、しかもオフィスには誰もいないというのに、アスコム側から発表がないせいか、ニュースにならないというのは、どう考えても不思議だ。

そもそも、今年になってアスコムのホームページは更新されていない。それも一部には知られていたようだが、アスコムの前身がアスキー・コミュニケーションズだという点からすれば、それ自体が大きな事件のはずだった。私は、そのことを知らなかったが、それでも仕事を依頼されたことになる。なかには、本を出したばかりという人もいるわけで、そうした人はとんでもない目にあったことになる。いったいいつ、一般のニュースで取り上げられることになるのだろうか。どうもその点が釈然としないし、業務停止までの経緯も不可解だ。

池袋ジュンク堂の在庫を見てみると、アスコムの本は、昨年の12月に出たくらいのものが、軒並み在庫無しになっていたりする。これもおかしな話しで、倒産した草思社の本だって、まだ近刊については在庫がある。ということは、少し前から異変が起こっていたことになるし、大型書店ならそれを感じていたことだろう。

February 21, 2008

2月21日(木)これから仕事をしようとしていたアスコムがいきなり業務停止になった

朝からライブラリーへ。講談社α新書から4月に刊行する『3種類の日本教 日本人が気づいていない自分の属性』のゲラをもらう。これまで『属性』と基本的に言っていた本。書いた原稿なので、それほど直す必要はないはず。

水野対談も講談社から単行本で出ることになるが、発売の時期は4月になるか、5月になるかわからない。直しの方は、あと2章を残すだけになった。やった部分を編集者に渡す。

午後は、苫米地氏との対談。その冒頭、アスコムの編集者から会社が業務停止になったという報告を受ける。これから本を作ろうとしていた矢先、これには驚いた。話しを聞いてみると、どうも普通の倒産とは違う気がした。これは裏に何かあるのではないか。まったくの想像だが、直感的にそう思う。対談はそのままやったが、1時間半で終わり。どこから出すか、それが問題になる。

それから、小山さんと新しい企画の打ち合わせ。こちらは、いいアイディアが出て、順調に進む。終わってから、魚真で寿司を食べる。

帰ってみると、すでにアスコムが営業停止という話しが伝わっていて、別の会社の編集者から、だったら対談はうちでという申し出を受ける。皆、すばやい。

February 20, 2008

2月20日(水)読んで寂しい『イカの哲学』

水野対談本の直しを続ける。3章と4章が終わった。これで3分の2くらいだろうか。思ったより時間がかかるが、手を抜くわけにはいかない。『日本宗教美術史』の方も、鎌倉時代の部分に直しを入れる。この前高野山で拝見した赤不動のことを書き足すところで、気力がなくなり、次にまわすことにする。『属性』のゲラも出て、明日受け取ることになっている。

中沢新一氏の新著『イカの哲学』を読んだ。『憲法9条を世界遺産に』と同様に集英社新書。波多野一郎という、埋もれてしまった哲学者の自費出版本、「烏賊の哲学」を復刻し、それに中沢氏が解説を書いているというスタイルなので、厳密には著作とは言えない。それでも、中沢氏の解説の方が長いので、波多野氏の文章に触発された著作ということになるのだろう。

驚いたのは、『イカの哲学』というタイトル。中沢氏の著作は、とくに初期のものでは、タイトルがこっていて、それなりのセンスを感じさせたが、イカの哲学では、そのセンスが感じられない。内容的にも、『憲法9条』で語られた、問題を含んだ平和思想の域をまったく出ていない。波多野氏の遺族としては、埋もれていた作品に光が当てられたということで、感激しているようだけれど、果たしてそれは中沢氏が言うほどラディカルな平和思想を含むものなのだろうか。ひいきの引き倒しということばもあるが、中沢氏の主張はうわすべりしている。

なぜこれほど、中沢氏は平和思想にこだわりを見せるのだろうか。そこが不思議だ。人間のレベルではなく、それを超えた生物の視点から、新たな平和思想を築き上げようというのがもくろみのように思えるが、ちょっとそれは無理だろう。ゴジラに託してオウムについて語っていた頃の文章の方が、いろいろな意味で刺激的だった。何か中沢氏は、現実の世界からはるか隔たったところで、自分勝手な思想的営みを展開しているにすぎないように思えてくる。あるいはそれは、アカデミズムの世界につねに受け入れられない出来た中沢一族の宿命なのだろうか。その壁を、彼にして突破できなかったのだろうか。

もちろん、アカデミズムに価値があるかどうかは、議論しなければならないことだろう。けれども、中沢氏が学者である以上、広い意味でその活動がアカデミズムに属することは否定できない。実際、ニューアカといわれていたこともあった。なんだか、『イカの哲学』を読んで、寂しくなった。オウム問題の総括なしに、平和思想は語れない。問題は、単純なことなのだろう。

February 19, 2008

2月19日(火)小峯隆生氏とは15年ぶりの再会になった

朝から六本木ヒルズへ。まずは、水野対談本の直しをする。第3章では私が話している部分が多いので、最後まで行かなかった。

午後、講談社の雑誌『King』の取材を受ける。この雑誌の存在は知らなかったが、インタビューアーになってくれたのが、かつて『週刊プレイボーイ』時代にいっしょになんどか仕事をした小峯隆生氏。おそらく15年ぶりくらいの再会だろう。お互い年をとったことになるが、最初に会った頃は彼が20代で、私が30代だった。まだバブル崩壊からまもなくのことで、今から振り返ると、バブルの余波が続いていた時代だった。また、いっしょに仕事をということになった。

その後は、苫米地英人氏との対談本の対談。今回は、脳機能学者とは何かというところから、かなり難しい話しの展開になった。彼の話を聞いていると、かつて私も翻訳に加わった『タオ自然学』での議論が、今日になって意味をもってきているのを感じた。そこから、オウムをどうとらえるかという、二人にとって出発点になるようなところに話しが進み、2時間半ほど対談する。なんとなく、落ち着いたところで、次回どうするかの打ち合わせをして、散会する。

February 08, 2008

2月8日(金)『慶應三田会』について中牧さんが書評を書いてくれた

午前中は病院へ。先生が新しく変わる。今度も女性の先生だが、今までの先生よりはっきりしている感じだ。依然として血糖値が高く、蛋白も問題。あるいは検査のために入院しなければならないかもという話しになる。

病院から戻って、芸術新聞社の渡辺さんと落ち合う。旅費をいただく。高野山では特別な配慮で、いろいろと見せて貰えるようだ。『日本宗教美術史』について、宗教美術の難しさについて改めて議論する。家に戻ってから、鎌倉時代の新仏教と宗教美術の関連、親鸞と日蓮の場合について書く。

研究室に届いていた信濃毎日新聞に『慶應三田会』についての書評をファックスして貰う。書評してくれたのは宗教学研究室の先輩、中牧さんだった。ありがたい。やはり宗教学の人でないと、こういう本の意味がわかってもらえないのだろうか。ほかの分野に人にも書評を書いて貰いたい。

February 04, 2008

2月4日(月)歌舞伎町で雑誌の鼎談をし、研究会で小沢一郎について学ぶ

朝から午後のはじめにかけて、原稿書き。今日は短時間にけっこう枚数がかせげた。量が進めばいいということではないが、とりあえず順調。

午後は、新宿へ。歌舞伎町のルノアールへ。「ブブカ」という雑誌の鼎談。相手は、倉田真由美さんとプロの麻雀士で、禁煙雀荘を経営しているという渡辺洋香さん。いろいろと話す。終わってから、渡辺さんの店によって、なかを見せて貰ったが、たしかに禁煙で、全体が理髪店のような感じ。こういう世界が出来つつあるとは知らなかった。

その後、東京財団での90年代研究会。菅原君と山本君の発表を聞く。山本君は小沢一郎の話しをしたが、私が見るところ、小沢という人は、彼が接した影響力のある政治家、あるいは父親の影響をもろにうけ、それをそのまま受け継ごうとするところで、いくつもの考えが混在し、それが彼をわかりにくい人間にしているように思えた。あるいは、小沢氏のカリスマ性も、そうしたわかりにくさから来ているのかもしれない。それは、宗教の教祖にはよくあることだ。

January 24, 2008

1月24日(木)温泉文学論やら庭園文化論だかを読む

昨日の一ノ関というか、中尊寺あたりも寒かったけれど、今日の東京は本当に寒かった。夕方買い物に出て驚く。春は早くめぐってくるという予報も出ているけれど、今年は本当に寒い日が続いている。寝るときには暖房がかかせないというのも、これまでなかったことだ。

寒いと温泉に行きたくなる。そんなわけで、川村湊さんの『温泉文学論』を読んだ。温泉と文学作品との関係を論じた文学論で、文学論というものが好きな私には興味深いものだった。ただ、温泉文学論というわりには、対象の扱い方というか、方法論が定まっていて、少々散漫な感じもした。続編まで視野に入れた分、一番温泉文学らしい作品が取り上げられていないのかもしれない。

東北への行き帰りには、上田篤さんの『庭と日本人』も読んだ。これは、日本に特殊な庭というものの意味を、さまざまな形の庭に即して論じたもので、庭園論といえる。宗教美術史の方でも、庭のことをあつかわなければならないので、参考のために読んでみた。役立ちそうだけれど、どうとりこんでいくか、考えないと行けないことが少なくなさそうだ。

キース・ジャレットのソロ・コンサートが5月にあることを知る。東京2カ所に神奈川と大阪。これは、東京については、どちらも行ってみることにしたい。もしトリオだったら、全部出かけたかもしれない。

January 20, 2008

1月20日(日)アメリカは友達のいない社会だと聞いて驚き『日本の10大新宗教』が紀伊國屋新宿店で1位になっていてさらに驚く

渡邊直樹氏から頼まれた「宗教と現代がわかる本2008」のための原稿を書くために、ライブラリーへ行く。家でも書ける原稿だが、むしろライブラリーがふさわしい気がした。10枚ほど、なんとか書き上げる。あわせて、福島の曹洞宗での講演のレジュメを作る。2日分、3部に分かれている講演なので、全体を三つに分けた。

ライブラリーで、小幡君と昼食を食べながら話しをする。アメリカというのは友達のいない社会だという指摘を聞いて、衝撃を受ける。アメリカがカップル文化だということは承知していたが、その裏側に友達のいない社会が存在することにまでは気づかなかった。アメリカでは、友達同士で飲みに行くことはないし、そもそも次の日に飲みに行く約束が成立しないという。相当に不思議な社会だ。これは、考えてみる必要のあるテーマかもしれない。

ライブラリーから新宿へ出る。『日本の10大新宗教』が紀伊國屋新宿本店の新書部門第1位になっていて、ケースのなかに飾られていた。ジュンク堂では9位。今日も、読売に広告が出たので、来週にはまた重版になるかもしれない。本当によく売れて、ありがたい。ケインズの『一般理論』が岩波文庫で新訳が出たので、それを買う。あとは、伊勢丹で買い物をして、帰る。

January 12, 2008

1月11日(金)水野さんとの対談はついに佳境に

午後からの水野和夫さんとの対談第3回に備えて、勉強をする。にわか勉強だけれど、経済学についてその歴史を振り返ってみる。これまで、経済学史について考えたことはなかったが、新古典派経済学や昨今の市場原理主義、あるいはマルクス主義の理論構成を見ても、明らかにキリスト教の教学の影響がある。それを前提とした理論で果たして客観性があるのか。そこに大きな問題があるのではないだろうか。

午後は、ライブラリーで対談をする。最後のまとめということで、現在の状況を改めて捉え直し、その上で、これからを考える。アメリカでは景気後退のなかで利下げがささやかれているが、日本に追従する形で、長期金利が2%程度に落ち込んで、そこから出られない傾向が見えてきた。水野さんが指摘するように、日本がアメリカの後を追っているのではなく、アメリカが日本の後を追っているようだ。今回のサブプライム問題にしても、日本のかつてのバブルと同型だし、その背後には現在の資本主義体制が抱える根本的な矛盾がある。そうしたことがだんだん明らかになってきた。非常に興味深い本になりそうだ。

夜は、電通の渡辺さんの紹介で、本天津伊勢丹の社長だった稲葉さんを囲んで、青山ベルコモンズの湯葉の店で会食をする。稲葉さんは慶應の出身で、三田会。『慶應三田会』を読んで感想を寄せてくれているし、『日本の10大新宗教』はアマゾンで品切れの時、古本で900円以上で買ってくれたようだ。おなじみ高いの原さん、編集者の梅村さんも加わり、楽しくときをすごす。そのあと、新宿で飲んで深夜に帰宅。中国人のホステスの話から、中国では仏教が復興していることを教えられる。

January 04, 2008

1月4日(金)今年はひたすら本を出すぞ

三が日も明けたので、仕事始め。まず、『日本の10大新宗教』、いろいろ指摘されているところを確認し、次の重版に備える。そのあと、『「坊っちゃん」を読む』の原稿に手を入れる。最初の章、出だしを中心に書き換える。ちょっと構えが変わったような気がする。

今年は、たくさん本を出すことを目標にしているので、そのラインナップをあげておく。本の題名は、いずれも仮題で、変更されるものもあるだろう。

1.水野和夫さんとの対談本『1995年に世界は変わった』 対談をあと一回
2.山折哲雄先生との対談本『人はなぜ死ななければならないのか』 対談は終わっている
3.書き下ろしの新書『日本人の属性は3つある!』 半分くらい書いた
4.『「坊っちゃん」を読む』 現在最終的な直し中
5.『日本宗教美術史』 半分以上書いた
6.『「ハリーポッター」を読み通す』 まだ手つかず

はっきりと決まっているのは以上。ほかに、いくつか企画が進行中。全部刊行できたら、月刊になりそうだ。

December 29, 2007

12月29日(土)来年の第1弾の見本が届き歌舞伎のベスト3を考える

来年刊行の第1弾となる『日本人の宗教とは何か―その歴史と未来への展望』の見本が届いた。刊行は太陽出版で、編者は山折哲雄先生。依頼されたときは、『日本人の宗教史』というタイトルで、私は近世・近代編を書いている。古代は鎌田東二氏、中世は大角修氏が書いている。日本の宗教史としてはコンパクトにまとまっていて、便利なのではないだろうか。まだ、他の著者の分を読んでいないが、山折先生も前と後ろに書いている。来年は何冊本を出すことになるかわからないが、まずはその最初ということで。

例年、今年の歌舞伎ベスト3を考えているが、今年は難しい。最大の原因は、海老蔵の舞台をあまり見ていないことにある。海外公演や地方公演が多く、それはどれも見ていない。『ドラクル』も見ていないし、5月の團菊祭と、12月の夜の部だけしか見ていない。

ほかにも見た限りで、とくに注目されるものがなかった。團菊祭の三津五郎の「三面子守」はよかったけれど、ほかにはあまりない。個々の役者でよかったものもあるが、決定打に欠ける。よって、今年はベスト3を選ばないことにする。来年はいい舞台が見たい。

December 28, 2007

12月28日(金)本の売れ行きがすぐにわかる恐ろしい世の中になってきた

年の瀬も押し詰まってきたはずだが、あまりその感じがしない。なんとなく、年末を迎え、正月になっていくというところだろうか。地方に故郷のない人間には、正月に格別な意味がなくなってきた気がする。

『属性』の原稿、第3章を書き上げる。ぼちぼちと進んでいるが、これからが本番のようだ。

最近、本を出し続けていて、思うのは、本を出すということはけっこう憂鬱な作業だということだ。今回の『10大新宗教』のように売れてくれればいいが、なかなかそんなわけにはいかない。売れ行きなど気にしなくてもとは思うものの、やはり気になる。売れれば気になるし、売れなくても気になる。そんなことで、新刊が出て直後には本屋に行きたくなくなる。自分の本がどう扱われているのか、売れるようにおかれているのかどうかで一喜一憂してしまうからだ。文筆家にとっては、本の売れ行きが収入を決定的に左右するのだから、それも仕方がない。

とくに最近の傾向としては、本が出た最初の日に売れるかどうかで、その後の売れ行きが大方決まるような気がする。前はそれほどでもなかったのではないか。しかも、売れているかどうか、ネット社会になってそれがわかるようになったきた。一番はっきりするのが、ジュンク堂のホームページ。池袋本店の在庫数が出ていて、前の日に売れたかどうかが翌日にはわかる。初日2日と、数字が動かなければ、あきらめるしかない。この数字があるということは過酷なことだ。そして、売れれば、勢いがついて売れていき。売れなければ、そのまま勢いがつかずに在庫は一冊状態になっていく。

売れたら売れたで、ランキングが気になってくる。紀伊國屋書店をはじめ、一週間分のランキングというのもあるが、文教堂書店の場合は、ポスシステムがすぐに反映され、文教堂全店の売り上げが10分ごとに示される。この数字は、おそらく現在の売れ行きを直接に反映していると考えて良いだろう。これは便利ではあり、勢いがついているときははげみにもなるが、下がっていけば、精神状態によくない。

今は、どこの世界でも、こうした数字がすぐに出るので、何かものを売っている人たちは一喜一憂していることだろう。それによって、販売戦略も立つのだろうが、精神にはあまり良い影響を与えていないように思える。

December 20, 2007

12月20日(木)漱石がジャーナリストだということの意味は

一週間あいだがあいてしまったが、久しぶりに原稿書き。引き続き二つの本の原稿を書く。全体で10枚ほどしか進まなかった。

山折先生との対談に同行して貰った編集者の梅村さんから、朝日文庫で出た牧村健一郎編『ジャーナリスト漱石発言集』を送ってもらう。漱石は、朝日新聞社の社員として小説を書いていたわけだが、朝日から本が出るのは初めてだという。注目されるのはジャーナリストという肩書きだ。日本では、事件を取材する人間がジャーナリストということになっているが、『キリスト神話』を翻訳したとき、著者の肩書きがジャーナリストとなっていて、そのまま訳すわけにはいかないと感じた。その際に想定されているのは、専門的な知識をもって、文章を書く文筆家ということのように思えた。つまりは、今の私のような物書きがジャーナリストだというわけである。おそらく、漱石にジャーナリストという呼称がついたときにも、同じような意味合いなのだろう。日本ではまだ、大学院で教育を受け、専門的な知識をもって、ものを書く文筆家の地位が確立されていないが、昨今の言論界の状況を見ると、そうした人材の養成が急務な気がした。

20日は『スイングジャーナル』の発売日なので、それを買う。一年に一度イヤーブック付で高いが、ざっと見た限り、それほど読みたい記事はないし、新譜も注目されるものがあまりリビューされていない。その点はちょっと残念だけれど、情報源としては役に立つ。

December 19, 2007

12月19日(水)海老蔵が唯一読み通した本は

長く出かけていたので、さすがに疲れた。朝ゆっくり寝て、起きてからも仕事をしなかった。夕方、週刊ポストの記者と新宗教をめぐって意見交換をする。

海老蔵が、1月に新橋演舞場で座長公演をするので、いろいろな雑誌に登場している。『アサヒカメラ』では、篠山紀信が撮った写真が掲載されていた。これは、ほとんどカレンダーで使われている写真で、この前買ったカレンダーに比べると画質はよくないので、パス。もう一つ『読売ウィークリー』のインタビューが載っていた。なかなかおもしろいインタビューなので、そちらは買う。興味深かったのは、これまで唯一読み通した本が、ハリー・ポッターの第1巻、『賢者の石』だけだという部分。それだけ、この本がおもしろかったということだろうか、それともいかに本を読み通すことがないかを言おうとしたのだろうか。海老蔵の発言は、やはりおもしろい。海老蔵について一冊書かしてくれるとうれしいのだけれど、どこからもそういう話しはこない。

小山さんからいただいた萩本欽一『野球愛』を読む。欽ちゃんのプロデューサー感覚がよくわかる本に仕上がっていて、そこがおもしろかった。

December 10, 2007

12月10日(月)『日本の10大新宗教』が紀伊国屋新宿店で4位になる

じっくり集中して原稿を書く暇がないが、今日は比較的時間がとれた。最近のパターンで、全体15枚くらい書く。どちらの本もぼちぼち形になってきている。

夜、東京財団で研究会があるので、夕方に新宿に行く。紀伊國屋書店に寄る。ウエブでは、『日本の10大新宗教』が紀伊国屋全店の新書部門で6位に入っていた。新宿店では4位で、ベストセラーを飾る1階と2階の途中のガラスケースに飾られていた。これは、『創価学会』以来のこと。

その後、隣のビルに移ったオーディオユニオンに寄る。ソーナスファーベルのスピーカーが安く出ているので、それを見る。アキュフェーズのアンプやSACDプレーヤーも中古で出ていた。プリメインアンプの方がいい気もするが、それは出ていない。クレジットだと、なんと84回払いというのもある。テレビも新しくなったので、オーディオの方も強化したいが、こちらの方がはるかに費用がかかる。

そこから東京財団へ。二つの研究会で顧問をしているので、頻繁に行っている感じだ。今日は、「90年代研究会」の方。話しを聞いていて、内閣の機能を強化し、首相の権限を強めるという方向性は、グローバル化が進むなかで、必然的なことだというのがわかるが、強い指導力をもつ首相をいかに生み出していくかという、広い意味での人材養成の仕組みが整っていないのを痛感する。昔なら自民党のなかで熾烈な派閥同士の争いがあり、それを通してタフな政治家が生み出されていたのだろう。今はそれがない。

帰ってから、喪中葉書で知り合いが1月に亡くなっていたのを知る。まだ50歳。亡くなったのを知らず、唖然とする。

December 05, 2007

12月5日(水)水野さんとの対談も順調に進み『日本の10大新宗教』の打ち上げではうまい酒が飲めた

ずいぶんと寒くなった。朝から、ライブラリーの方へ出かける。午前中いっぱいかけて、『属性』の原稿を10枚ほど書き上げる。今書いているのは、自営業・自由業系について。

午後は、水野和夫さんとの対談の第2回目。いろいろとおもしろい話が出て、なかなかいいアイディアも出てきた。水野さんとは生まれた年がいっしょのせいか、時代背景が同じで、世代間のギャップをまったく感じない。今回は、経済圏の格差にどうやって気づいたという話から、資本主義のあり方が大きく変わってきた点を話し合った。これで、骨格はできたのではないだろうか。

夜は、幻冬舎の編集者と打ち上げ。おかがさまで、『日本の10大新宗教』の売れ行きが好調で、一週間で3刷3万部までいったので、気持ちよく酒が飲めた。本というのはなかなか売れないものだけれど、売れると勢いがついていく。勝ち負けというか、そこらあたりが割合と早い段階ではっきりわかってしまうのが、怖い。売れ行きの表をいただいたが、なにか通信簿を貰っているような気分だ。

打ち上げの場所は、赤坂の菊乃井。話題のミシュランでは2★とか。半分オープンキッチンで、調理している人たちが皆、京都弁なので、東京にいながら京都にいるような感じだった。こういう打ち上げを何度もしたいものだとは思うけれど、そう簡単にはいかない。とにかく地道に仕事をするしかないだろう。

December 04, 2007

12月4日(火)『慶應三田会』を阿川尚之さんに書評して貰う

朝、幻冬舎新書1周年の全面広告を見る。私の本が著者の写真入りでかなり大きく紹介されている。これだけ大きな広告ははじめてかもしれない。原稿を頼まれたときから1周年のことは言われていて、そのために締め切りを厳守した。その甲斐があったということだろう。

午前中は、『属性』の第1章をまとめ、第2章のアウトラインを考える。午後は、少し『日本宗教美術史』の原稿を書く。5枚ほど。ようやく浄土教と法華経美術の章に入った。ここはけっこう長くなりそう。あるいは2章に分けないといけないかもしれない。

それから、大学へ。研究室の研究会で阿川尚之さんが、拙著『慶應三田会』を書評してくれることになっている。なぜか研究会のはじまる時間を間違えてしまい、皆さんを待たせてしまった。ほとんど時間を間違えることはないのだけれど、ちょっと最近忙しいのかもしれない。阿川さんは、現在SFCの学部長でもあり、その視点からの論評は貴重で、おもしろかった。慶應の社会的なポジションが、最近になってあがり、それによってさまざまな変化が起こっていることがわかった。果たしてこの傾向がこれからどうなるのか。もう少し注目する必要がありそうだ。

研究会の第二部では、御厨さんが安部政権についての論評をまとめて話してくれた。終わってから、下北沢で忘年会。安全安心のプロジェクトも今年度で終わる。私も含め、このプロジェクトにかかわった人間は、ひとまずそれぞれのところへ散っていくことになるようだ。

November 23, 2007

11月23日(木)『日本の10大新宗教』見本が届いた

勤労感謝の日だが、仕事。『日本宗教美術史』の密教の章の直しを終わる。次の浄土教美術と法華経美術の章のことを少し考える。あとは、創価学会の連載、次の分を考える。

新刊の『日本の10大新宗教』が届く。良い感じだ。かなり詳しく書いたつもりだが、頁数はそれほど多くはならなかった。ぎゅっと内容がつまった感じかもしれない。こうした新宗教全体を見渡してみると、個々の教団を見ているだけではわからない、全体像が見えてくる。それぞれの教団の個性と、共通性が微妙にからんで、そこがおもしろい。教団の選び方には、いろいろ感想もあるかもしれないが、主な15の教団についてふれたことになるので、かなり網羅的ではないだろうか。

これで、今年は4冊目。一年に4冊出せれば、かなり出したことになるのかもしれない。四季で考えれば、春夏秋冬、それぞれ1冊出したことになる。これまでも、一年に4冊というのはあるが、なかなか5冊というわけにいかない。是非来年は、5冊以上出してみたい。一応予定では5冊は出すことになっているけれど、どうなるだろうか。

November 14, 2007

11月13・14日(火・水)対談本と「大徳川展」など

ココログのメンテナンスで、昨日の分あっぷできなかったので、2日分まとめて書くことにする。

13日は、午後に水野和夫さんとの共著の対談があるので、頭が疲れないように、原稿は書かず、本を読むだけにする。午後から、ライブラリーへ行き、そこで2時から対談をする。およそ3時間、けっこうおもしろい話ができたのではないかと思う。もう一度来月に、対談を行うことになる。

終わってから、コーディネーターの渡辺さんと、ミッドタウンの虎屋に行き、それから魚真に行く。

14日は、朝から上野の国立博物館へ行く。「大徳川展」を見るため。ほぼ開館時間に入ったけれど、なかは相当に混んでいた。平日の朝だというのに皆熱心で、まわりきるのに2時間かかる。宗教美術という観点からすると、徳川幕府はそうしたものにあまり関心をもっていなかったことが浮き彫りになる。それにしても、至る所に葵の紋をつける感覚は、相当に執拗だ。何かそれを見ていると、日本人がルイヴィトンを好む元があるようにも思えた。

その後、平常展をまわる。とくにみたいと思ったのは、竹内久一の東大寺の執金剛像の模造。おもしろいことに、淡く彩色が施されていた。その微妙なバランスも悪くないし、同行して貰った芸術新聞社の渡辺さんがとったデジカメの写真でアップしてみると、相当に迫力がある。置かれている場所がそっけなくて、それが残念だが、やはり竹内模造仏像はすごい。ほかにもいくつか国宝が展示されているのを見る。

昼食をとったあと、佐倉の歴史民俗博物館へ。長岡京についての展示がある。沖ノ島の祭祀遺跡の復元もあるので、それも前から見たいと思っていた。そこへ行くのは、20年ぶりくらいだろうか。京成で行ったが、上野から50分以上かかる。駅からタクシーで行ったけれど、展示の方は、全体のコンセプトがわからない。長岡京のCGによる復元と、同じ時代の東北での発掘の結果と、無理に結びつけたようだ。沖ノ島の展示も同じだが、ほとんどが複製品で、その点でも満足できない。こういう博物館の展示はやはり難しいと思った。

October 29, 2007

10月29日(月)育児書を買う

明日から、奈良に行く。3泊4日の予定で、古寺巡礼をする予定。『日本宗教美術史』を書いていて、やはり奈良はもう一度見ておかなければならない。たいがいのところには行っているが、宗教美術という点からは見ていないので、これまで書いた原稿とどう重なり、どう重なっていないかを確かめたいと思っている。4日で全部まわるのは相当に大変だが、いったいどの程度まわれるだろうか。この期間ではないと公開していない仏像などもある。「正倉院展」も開催中だし、行きたいところをあげると本当に多くなる。

一方で、『日本宗教美術史』の第5章、密教の部分を書き続ける。8枚くらいしか書けない。そこまでいって、頭がまったく働かなくなった。

夕方、買い物に出かけ、書店で今度岩波書店から出た育児書、『育育児典』を買う。別に子どもが生まれるわけではないし、孫が生まれるわけでもないが、大学時代、行政学者の大森弥先生のゼミに出てことがあり、そのゼミでは、日米の育児書の比較から社会化の問題を扱っていた。そのとき、『スポック博士の育児書』と松田道雄『育児百科』を読んだ。

それ以来、育児書のことは気になっていて、今回の本は久々に出た本格的な育児書だと思う。細かく読む本ではないが、ざっと見たところ、今の育児環境の難しい問題を含め、かなりきめ細かく書かれているように思えた。それだけ、育児ということが昔より大事になっているということだろうが、育児書の影響は小さくない。今回の本が、どういった影響を与えるか、これからの日本人の生き方にも通じるだけに見逃せないことではないか。

実は著者の一人、毛利子来氏とは縁がある。『80年代』という雑誌では、ともに編集委員で、しかも、毛利家の下のお嬢さんの家庭教師もしたことがある。今はどうしているのだろうか。

October 27, 2007

10月27日(土)『慶應三田会』がいよいよ出版されることになった

03009

いよいよ『慶應三田会―組織とその全貌』が三修社から刊行される。来週の頭には書店に並ぶことになるのだろう。ネットで検索したら、名古屋のちくさ正文館という書店の新刊案内で紹介してくれていて、そこには、次のように書かれている。

29万人もの会員がいると言われる三田会とはいったいどういう組織か。その結束力の強さは広く知られていても、その実態は明らかにされてこなかった。本書が目指すのは、その三田会の実態の把握である。
「オウム」「オウムと9・11」でオウム真理教を、「創価学会」「創価学会の実力」「公明党VS創価学会」で創価学会を丸裸にした、島田裕巳が次に対峙するのは「三田会」だ!

最後のところがとてもいい。こういう紹介はとてもうれしい。大学の同窓会というものを真正面から扱った本というのは、私が調べた限り、今まで存在していない。あまり注目を集めない領域なのかもしれないが、大学というのは卒業してからの年月の方が長くなるわけで、その点で、同窓会がどういった役割を果たしているかはかなり重要なことだと思う。

そのなかでも、慶應の三田会は、抜群の結束力を誇っている。それはたんに親睦のための集まりではなく、日本の社会全体に間違いなく影響を与えている。その全体像は明らかにされてこなかったし、慶應の卒業生でも把握していないはずだ。その点では、三田会の会員にも、そうでない人にも興味をもってくれるのではないか。昨日、この本を見た人が、ぱらぱらと頁をめくっていて、「早稲田というのは慶應のために存在しているようなものですね」と言っていたのが、おもしろかった。まさかそんなこともないだろうけれど、早稲田の人にとっては、慶應はとても気になる存在なのだろう。是非、早稲田を卒業した人たちにも読んで貰いたい。

October 23, 2007

10月23日(火)『慶應三田会』の本ができた

『日本の10大新宗教』の校正をする。この本は、さまざまな団体を相手にしているだけに、かなり神経を使う。事実に誤りがあってはならないのはもちろん、評価に結びつくような事柄もあり、そこらが難しい。

そんななか、『慶應三田会―組織とその全貌』の見本が届く。荷物を開けてみると、「オー」という感じがした。新書だと装丁が決まっているので、驚きも少ないが、単行本だとどういう本になっているか、事前に知らされていないとまるでわからないので、初めて見るときが楽しみだ。慶應の人たちは、相当に母校に関心をもっているようなので、注目はしてもらえるのではないか。

実務家コースのことで打ち合わせがあり、大学へ行く。ちょうど慶應の総合政策学部長になったばかりの阿川尚之さんが先端研に出校している日なので、届いたばかりの『慶應三田会』を贈呈する。阿川さん、ちょうど三田会の会合に出てきたばかりとのことで、三田会について話をする。「この本は看過できない」とのこと。書店に並ぶのは、来週になってからだろう。

October 05, 2007

10月5日(金)連載原稿を書き上げると校正が届いた

寺門興隆の連載原稿、終わりまで書き上がる。今回は、真如苑と創価学会とを比較してみた。

『日本人の宗教史』の校正が届く。昨年の9月に書き上げていたもの。編集者の指摘で、禅のことに少しふれなければならない。

午後、定期検診に病院に行く。やはり血糖値が高かった。仕事が混んでいて、運動不足なのは明らか。少し生活を変えないといけない。

ハリー・ポッターの7巻が届く。もちろん英語版。日本語版に比べて、本が小さいところがいい。読み終わるのにどれくらいかかるだろうか。映画の方も見ていない。もう映画館にはかからないだろうし、DVDを買うしかないかもしれない。レンタルでもあるが、参照するには不便だ。電通の渡辺氏に聞いたら、ハリー・ポッターは読んでいるという。けっこう大人でも読んでいるのだろうし、値段から考えても、子どもには自分では買えない。そこらあたりの状況がどうなっているのか。リサーチの必要があるかもしれない。

September 30, 2007

9月30日(日)ファンタジーとは悪についての現代的な思索なのかもしれない

昨日、今日と雨で、外に出なかった。別冊宝島の原稿を仕上げる。2本違うテーマのはずが、要は憲法の問題になってしまった。改めて、戦後レジームからの脱却ということの意味と、その難しさを思う。これは、そう簡単なことではない。

ハリー・ポッターの第6巻上下を昨日と今日で読み終える。第5巻の帯に、シリーズ最高傑作と記されていたが、たしかにそれはあたっている。それに比べると第6巻は単調だが、最後に大きな盛り上がりがある。ハリーのぶつかっている難しい問題が第7巻で一挙に解決、あるいは解消するのだろうか。とかく最後は謎解きの説明になって、つじつま合わせになりかねないが、どうなるか興味がある。

ハリー・ポッターにかぎらず、20世紀から21世紀にかけて生まれたファンタジーというものは、けっきょく、悪の問題を中心に据えている気がする。その意味では、案外ドストエフスキーの世界につながっているのかもしれない。20世紀は戦争の時代で、21世紀のはじめはテロの時代になった。そうした世界史的な時代の動きというものをいかに昇華させていくか、そこにファンタジーが書かれる意味があるのかもしれない。ハリー・ポッターにおける悪は、一方で、薄っぺらい物である気がするものの、その一方で複雑で、善と悪とが明確には分けられない。悪と思われた人間が善であったり、人間によって評価が分かれるものも出てくる。その点で、今日的な悪の問題を扱っていると言えるのだろう。その点では、けっこう手強い作品かもしれない。

September 25, 2007

9月25日(火)10大新宗教の原稿を書き上げる

10大新宗教、おわりにを書き上げ、全体を見直す。ルビが必要だというので、なるべく多くつけてみる。全体でほぼ300枚で、予定通り。8月の第2週から書き始めて、9月の最終週に終わったから、ちょうど7週間で一冊。これも予定通り。これまで、いくつか書いたことがある教団もあって、その分は楽だった。改めて見直してみると、新宗教というのはつくづくおもしろい存在だと思う。まとめて書くことで、系譜というのも見えてきたし、全体像がわかったように思う。真如苑に行ったのも、予想以上にいい効果があった気がする。

テレビでは、新首相の選出過程を追っている。すでに決まっていることが進行しているのは、やはり儀式のようだ。こうした儀式性があるからこそ、政治はまつりごとと言えるのだろう。宗教学的に見ると、むしろこうした部分の方がおもしろい。ちょうど明日、安全・安心の共通コースで、「自民党vs.公明党」の話をすることになっているので、そうした点も盛り込みたいと思う。

新しい首相、やはり妙なユーモアの感覚がある。同じ早稲田ということで、小渕元首相に似ているような気がしたけれど、どうもそうなりそうな感じだ。小渕元首相の場合、最初はあまり人気がなかったけれど、「ブッチフォン」などが登場し、次第に人気を高めていった。その再現がなるのだろうか。ただし、衆参のねじれという現象は今回違う。それでものらりくらりと、政治的なポリスーや明確な政策がないほうが、こうした状況では強い。こだわりがないということは、相手としては責めにくくなるだろう。

September 22, 2007

9月22日(土)ハリー・ポッターは第4巻まで読み終えた

今日もまだ暑い。明日からは涼しくなるというが、こう暑い日が続くと、体にこたえる。

ハリー・ポッターの第4巻『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』をようやく読み終わる。軽装版で1000頁を超えていて、やはり相当に大変だった。あとがきを見ると、考えていたトリックが通用しないのがわかり、それで長くなったということだが、やはり伸びた分、錯綜しているというか、話を追いにくい。内容的にも込み入ってきているし、第1巻の単純さからはほど遠い。いったいどこへ向かっているのか。『指輪物語』だと、旅が進んでいくのと、物語が進んでいくのが平行していくが、ハリー・ポッターでは、話が展開する場所が同じ学園のなかなので、どこへ向かっているかがわかりにくいのかもしれない。一学年のあいだに起こった出来事が、学年末に決着がつくという形式で、その点を乗り越えようとしているのかもしれないとは思う。

ハリー・ポッターは、しだいにダーク・ファンタジーになっていくと言うが、この第4巻が大きな境目なのだろう。人が死んだり、魂を抜かれたりと、暴力性が表に出てきている。映画では、これをどう表現しているかも気になるところだ。映画の方も見てみた方がいいかもしれない。

September 15, 2007

9月15日(土)研究者と作家は違うはず

真如苑から資料を送ってもらった。立派な本が多くて、かなり重い。あわせて、『慶應三田会―その組織と全貌』の再校が届く。これは、明日か明後日見ることになるだろう。来月には出版されるはず。今年三冊目の本になる。

一昨日のアカデミーヒルズでの竹中・北対談のなかで、竹中氏が研究者と作家とを区別していたのを思い出す。研究者のなかで、作家のような文章を書ける人はほとんどいない。それは、あくまで事実を積み上げていく研究者と、読者のために読みやすさを優先する作家というものが、本質的に違うからだろう。その点で、作家が書いたようなスリリングな展開をする本を書いた研究者がいたら、それはやはり疑った方がいいと思う。二つの才能というか、文章の傾向は共存しないはずだ。たまには、小説を書く研究者などいるので、絶対とは言えないが、普通はあり得ない話だと思う。

小泉チュルドレンなる自民党の一年生議員が、小泉元首相を担ぎ出そうとしたのは、理解に苦しむ。やはり、彼らは小泉元首相という親がいなければ何もできない子どもということなのだろう。参院で与野党が逆転している状況では、いくらなんでも小泉劇場は成り立たない。それならいっそのこと、集団で自民党を離党した方がいいのではないか。このままでは、次の選挙、当選がおぼつかないばかりか、公認を得られない可能性だってある。20人くらい離党すれば、与党は3分の2を割り込み、参院で否決された法案を再議決できなくなる。ならば、その離党した集団はキャスティングボートを握れるはずだ。それ以外手がないと思うけれど、勇気がないのか、頭がないのか。それこそ小泉元首相の決断力を学ぶできだろう。

September 10, 2007

9月10日(月)28年前に出た『タオ自然学』が重版になった

10大新宗教、世界救世教を書き上げる。救世教の他に、そこからわかれた神慈秀明会、真光系教団についてもとりあげた。これで7つ。次のPL教団について要点をまとめてみる。

工作舎から、『タオ自然学』の改訂16版が届く。久しぶりの重版だ。いったいこれで総計何部になったのだろうか。最初に、これの旧版が出てのが1979年のことだから、今から28年前になる。そんな昔に出た本が、今でも版を重ねているというのは相当に驚異だ。重版の部数は相当に少ないので、印税は微々たるものだけれど、累積するとかなりの額になるはずだ。本当にありがたい。

この本の翻訳をしたときには、まだ大学院生で、工作舎にいた知り合いから、アメリカでベストセラーになった本があり、それが宗教にも関係しているので、翻訳に参加しないかと言われたのがきっかけだった。工作舎は、松岡正剛氏が主宰していたときで、さまざまな人が出入りしていた。担当の女性編集者が怖いおねえさんで、ずいぶんとしごかれた。今ではいい思い出だけれど、鍛えてもらったことは、とても幸福なことだったと思う。

それにしても28年経ったかと思うと、月日の経つのは早いと感心する。ただ、その時代のこと、けっこうよく覚えている。一体自分がこれからどうなるのか、さっぱりわからない時期だったし、転換点でもあったかもしれない。その意味で、『タオ自然学』は忘れられない仕事の一つだ。

September 06, 2007

9月6日(木)今度はハリー・ポッターなのだろうか

台風がかなり近づいてきている。予定では、ライブラリーで人に会うことにしていたが、天候が悪くなりそうなので変更する。10大新宗教、創価学会を書き終える。やはり他の教団の分より長くなった。これで、6つ目。後4つになった。

午後、『慶應三田会』のゲラを渡す。こちらもライブラリーでということにしていたが、今日になって経堂のいまあじゅに変更して貰った。いまあじゅに入ったら、いきなりママさんから銀座で飲んだマネコ・スペシャルの話をされる。この日記を読んだのだろう。ただ、それはもう1年前のことではなかっただろうか。

『慶應三田会』の本、上製本で10月のはじめに出来るらしい。今年3冊目の本になる。翻訳を入れると4冊目だ。11月には10大新宗教が出るはずで、そうなると4冊というか、5冊ということになる。けっこう仕事をしているということになるだろうが、もう1冊くらい出してもよかったかもしれない。そんなに無理することもないが、来年はどうなるだろうか。3冊は決まっている。

「坊っちゃん本」の原稿を読んで貰ったら、ある編集者からはハリー・ポッターはどうかと言われる。来年、最終刊の邦訳が出るようだし、これを読み解くという企画もあり得るのではないかというのだ。本屋で見たら、第1巻は、456版となっていた。気が遠くなる数字だ。家に戻ったら、アマゾンから1巻と2巻のペーパーバック版が来ていた。少し読み始めたが、読者がはまるのはわかる気がした。

September 05, 2007

9月4日(火)「坊っちゃん本」について作戦会議開かれる

午前中は、10大新宗教。創価学会について10枚ほど書く。

午後は、ライブラリーへ。慶應三田会の校正をする。校正をするには、ライブラリーは一番いい。自宅だと、途中で面倒になってきたりするが、ライブラリーだと、他の人たちも懸命に仕事をしているので、集中できる。景色や天井の高さ、それに何よりいいのは、音があまりしないことかもしれない。外の音はほとんど聞こえない。校正の方、最後まで終わる。あまりややこしいところがないので、今回の校正は簡単な気がする。

夜は、周囲では「坊っちゃん本」と呼ばれるようになった、『坊っちゃん』読解本についての意見交換。著者と編集者、それにきっかけを作ってくれた日芸の山下さん、電通の渡辺さん、それに渡辺さんとブッククラブをやっている方の5人で話し合う。話題は多岐にわたり、けっきょく11時過ぎまで話していた。ライブラリーのゲストルームは、これも妙に落ち着く。本を出す前に、編集者以外の人に広く読んで貰って意見を聞くというのははじめてのことだが、著者にはとてもうれしいことだ。おかしいのは、デジカメを持っている人が3人いて、記念写真になったこと。

August 31, 2007

8月31日(金)村上春樹訳にはどうも疑問が残る

10大新宗教、立正佼成会の項目を書く。最後まで書くが、見直すまでにはならなかった。これは、来週まわしになる。次は、創価学会だけれど、今まで書いてきたのと少し違うように書きたいとは思っている。うまくいくだろうか。

夕方、髪を切りに床屋に行く。床屋で、その近くにある宗教団体の話を聞く。終わってから行ってみると、包括宗教法人・神徳教団大本庁と記されたプレートを掲げた建物があった。これが、この教団の教祖が住んでいる場所らしい。調べてみたが、どういう教団なのかあまりよくわからない。松原の方に、拠点があるようで、一度見てみてもいいかもしれない。

村上春樹訳、サリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読み終える。この本の出だし、とくに主人公が学校にいる場面は、なんだか読みにくくて、どうなることかと思ったけれど、主人公がニューヨークに出てきてからは比較的おもしろく読めた。読んでいると庄司薫の赤ずきんを思い出す。

ただ、翻訳としてはどうだろうか。村上氏は、相当自信をもって訳しているのだとは思うけれど、意外に読みにくい。思い入れが強すぎるせいかもしれないが、この本にかんしては、英語と日本語の根本的な違いということも影響しているのではないか。日本語だと、年齢に応じて表現が変わり、とくに若者ことば的な表現があるが、英語には、ここの単語は別にして、それがない。文章の上で、子供の文章と大人の文章に本質的には違いがないけれど、日本語だと違いがある。そのために、何か日本語の若者ことばを使うと無理が生じてくるか、そうしたものを使うことで、主人公が実年齢以上に子供になってしまう場合がある。この本は、まさにそうした傾向があるのではないか。あるいは、兄弟のあいだでファーストネームで呼び合うことも、そのまま日本語でも同じようにすると、違和感が出てくる。何かそうしたところが、不消化に終わっているし、妙な表現も少なくない。村上訳、3冊読んだが、かなり疑問が残っている。

August 24, 2007

8月24日(金)なんだかいろいろ読みたい本が出てきた

朝、9時前に出て、ライブラリーへ。経堂の駅に着いたら、雰囲気がおかしい。朝だからまだ通勤客が多いのだろうと思ったが、公衆電話に列が出来ていたり、案内板が調整中になっていたりする。ホームにあがると人身事故があったことがわかった。今日は、朝涼しかった。朝の気温が前日に比べて、かなり下がると、人身事故が多くなる。まさか、それを予報するわけにもいかないだろうが、人間は急な寒さに弱いものだ。

ライブラリーで10時前から、4時頃まで仕事をする。10大新宗教、生長の家を書き上げ、日本宗教美術史、天平時代のところを直す。美術史の原稿、前の章とこの章を読み直す。読み直してみると、どうもすっきりしないところがあるが、これは調べがまだ十分に出来ていないせいだと見た。いくつか気になるところがあって、それは調べなければならないだろうが、かなり難しい問題もあり、資料がない可能性もあるので、苦労するかもしれない。

仕事が終わってから、ライブラリーの本を見てみると、いくつか読んでみたいものもあった。本の配置がたまに変わり、それで今まで気づかなかった本があるのを知るシステムになっているようだ。最近、どういうわけか、読みたい本が急に増えた。今日は、持参した岩波文庫の『五足の靴』を読み終える。昔の紀行文というのは、今とは相当に違うので、なんだかおもしろい。田山花袋の『温泉めぐり』も買ってあるので、そろそろ読もうと思う。花袋は、小説よりも、事実に基づいた文章の方がうまい気がする。あと、漱石の『文学論』を読んでいるが、なぜ彼が三角関係をテーマとして小説を書いたのか、その理由が書いてあって参考になる。

August 17, 2007

8月17日(金)新宿ジュンク堂で和辻の『孔子』を買った刹那、来年は『師』という本を書くべきかと直感する

10大新宗教、天理教を書き上げるが、最後の一文がいまいち。これが決まれば、次の項目に行ける。次は、大本教について書く予定。

日蓮の勉強会。「観心本尊抄」の続き。どうも、この文書は苦手だ。内向きというか、何を問題にしているのか、どうもわかりにくい。講義が終わってからの質問、渋沢さんの質問がよくわからなかったので、その意図を聞いてみる。いつも同じことを聞かれているようなので、そこを確かめてみたら、やはりそうだった。真蹟のある遺文だけ追っていくとわからないが、真蹟のない遺文のなかには、真如ということを問題にする、本覚思想的なものが少なくないらしい。そうした文書にもとづく救済論だと、本来の人間の心のありようである真如というものを想定し、そこへの復帰というか、回帰をめざすらしい。それは、密教的、あるいはグノーシス的な志向の方法ということにもなるが、そうした傾向が実際には日蓮にはないことを、渋沢さんは確かめたいらしい。それがわかって、日本の仏教を、他の宗教と比較する道が開けたように思えた。

勉強会の後、ジュンク堂へ。久しぶりに本をゆっくり見る。平城京のバブル経済をあつかったような本はないようだが、案外、中公の日本の歴史がいいのかもしれない。漱石と賢治の棚が、一つ分上から下まで本が占めているのを見て、感心する。最近気に入っている岩波文庫のワイド版、今日は和辻の『孔子』を買ってみた。そのとき、来年は『師』という本を書いた方がいいかもしれないという「啓示」が下る。ずっと書き続けてきたもの、オウム論にしても、創価学会論にしても、中沢新一論にしても、さらには自分の恩師について書いたものも含め、宗教学の世界で問題にしていることは、つねに師の問題でもあるように思う。そこらあたり、師とは何かを問うような本を書く必要がありそうだ。

伊勢丹では、新装なった地下食品売り場を歩いてみる。高級なものが並んでいるが、じっくり見ないと何がないかわからない。京都の土井の漬け物を買う。

August 15, 2007

8月15日(水)なぜ和辻の『古寺巡礼』はおもしろいのか

終戦記念日。首相が靖国神社に参拝しないので、前よりはるかに話題にならなくなってきた。閣僚も1人しか参拝していない。このままだと、靖国神社問題はなし崩し的に、社会的な話題にはならなくなっていくのだろうか。新追悼施設のことも、すっかり聞かなくなった。ある意味、解決のしようのない問題なので、これでいいのかもしれない。

朝刊に五木寛之氏の『百寺巡礼』のDVDの広告が出ていた。以前テレビで放送されていたもので、一度、身延山のだけ見たことがある。基本的に、入門編ガイドといったところか。本も出ているようだが、どうなのだろう。それに比べたとき、和辻の『古寺巡礼』は今でもかなりおもしろい。

法隆寺の金堂壁画などは、焼ける前に著者が見ているので、貴重ということもあるが、やはり著者が巡礼を試みたときの状況が意味をもっていたように思う。本文中にも、親と対話したことが出てくるが、このときの和辻は、将来どういう道を歩むのか、迷っていた。その迷いと巡礼という行為には強い結びつきがあったのだと思う。彼は、奈良の古寺の仏像などに、遠くギリシアの影響を見ていくが、このギリシアというのは西欧文明の象徴であるようにも見える。そうした西欧文明と日本との関係はどういうものなのか、彼は本当はそれを探ろうとしていたのではないだろうか。同じ時期に書かれた文章を集めた『日本精神史研究』を読むと、和辻の本当の意図がわかってくる気がする。今風に言えば、『古寺巡礼』は自分探しの書ということになってくる。

その『日本精神史研究』のなかに、『枕草子』のテキストの問題が出ている。『枕草子』には順番におかしなところがあり、元は今と違うものだった可能性があるという。その文章が書かれたのは、大正から昭和のはじめにかけてで、今のテキストがどうなっているかわからないが、これはかなりおもしろい問題であるような気がする。要注目だ。

August 12, 2007

8月12日(日)来年は古典路線だ!

暑い。けれども、午後4時頃まで、冷房をつけなかった。杉並区立図書館に本を返却に行く。一番近いのが高井戸図書館で、これは自転車で行くしかない。杉並区では15冊まで借りられるのが便利だが、その分、もっていくのが重い。そのあと、岩波文庫の最近刊行されたもの3冊ほど欲しかったので、経堂駅まで戻り、文教堂に行くが、欲しいものは一冊もなかった。映画「怪談」の原作になっ「真景累ヶ淵」がたくさんあったが、新刊は入れてないのだろうか。

家に戻ってから、冷房を入れるが、あまりに暑いのか、あまり涼しくならない。いったいいつまでこの暑さが続くのだろうか。

岩波文庫の、これまでの累積でのベストテンだと、次のような順らしい。

1 ソクラテスの弁明・クリトン
2 エミール
3 坊ちゃん
4 共産党宣言
5 善の研究
6 こころ
7 歎異抄
8 空想より科学へ
9 古事記
10 論語

 文学に哲学、宗教にイデオロギーというか、共産主義をユートピア論と考えれば、すべて守備範囲に入っている。「読者が選ぶ岩波文庫」ベスト100の10位までだと、次のようになる。

  第1位『こころ』(夏目漱石)
  第2位『坊ちゃん』(同)
  第3位『銀の匙』(中勘助)
  第4位『吾輩は猫である』(漱石)
  第5位『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎)
  第6位『新版 きけ わだつみのこえ』(日本戦没学生記念会編)
  第7位『忘れられた日本人』(宮本常一)
  第8位『古寺巡礼』(和辻哲郎)
  第9位『罪と罰』(ドストエフスキー)
  第10位『新訂 福翁自伝』(福沢諭吉)

 『古寺巡礼』は、日本宗教美術史のために読み直したばかりだし、『福翁自伝』は、慶應三田会について書くときの参考書だ。何でも縁がある。来年は、古典路線で行こうかと、汗を拭きながら思った。

August 09, 2007

8月9日(木)ひょっとした村上春樹訳のサリンジャーは悪訳?

夜暑いせいか、朝、早く目がさめてしまう。今日は、7時過ぎに起きる。そうすると、8時半頃から仕事ができて、昼までにはかなりできる。本当はこういう方がいいのだろう。

昼、急用が出来て、銀座へ行く。猛烈に暑くて、たまらない。こんな時間に出かけるのは間違っている。歌舞伎座は11日初日のようで、今頃は稽古だろうか。

外に出てしまったので、ライブラリーへ行き。少し仕事をする。ちょっと気になったので、村上春樹訳のライ麦畑を買ってみる。ところが、読み始めると、もしかしてこれは翻訳としてだめなのかと思えてきた。野崎訳は昔読んだけれど、これはどうなのだろう。表現というか、主人公の人格のとらえ方というか、そこがどうもおかしい。アマゾンの読者評で、かなり悪口が書かれていたのがわかる気がする。

帰りがけ、新宿でタワーレコードとディスクユニオンにより、ユニオンの中古のところで、昨日音がいいと思ったマイルスのDSDマスタリングを2枚買う。

August 07, 2007

8月6日(月)二人の有名人編集者を引き合わせ夜

日本宗教美術史、東大寺の大仏について書く。先日、NHKで創建当時の大仏をコンピュータグラフィックで復元する番組を見たのが役立った。それにしても、1300年も前に、あれほどの規模の大仏を作ることができた日本の経済力というのは目を見張るものがある。大仏開眼会は、国際的なイベントだったし、グローバル化がすでに進んでいたかのようにも思える。奈良時代の経済について、いったいどれだけの国力があったのか。あまり研究されていないような気がするが、これはかなり興味深い。

午後は、新宿で、これからはじめる仕事について、幻冬舎の編集者と打ち合わせをする。『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』を読んでくれていて、あれは文学だと言ってくれたところが興味深くもあり、うれしかった。たしかにあれは、評論でもなく、論文でもなく、評伝でもないのかもしれない。

その後、神保町へ。大学時代の同級生、トランスビューの中嶋廣氏を、宗教学科時代の同級生、かつての『週刊SPA!』の編集長、渡辺直樹氏に引き合わせる。意外だが、二人はこれまで会ったことがなかったらしい。書籍の世界と雑誌の世界はオーバーラップする部分はあるものの、案外、領域が重なったいないようだ。三省堂本店の地下のビヤホールで飲み、その後2軒ほど寄る。二人はまだ飲んで、歌っているので11時過ぎに退散する。

August 03, 2007

8月3日(金)国末憲人『イラク戦争の深淵』を読み終える

日本宗教美術史を書く。10枚強。薬師寺から法隆寺、そして東大寺の法華堂(三月堂)に話を進めていく。この時代、宗教美術のピークとも言えるものだけに、書いていて、甲斐は大いにある。次は、大仏に話が進む。この前、NHKの番組で、創建当時の大仏をCGで復元する番組を見たが、それはすごい。こんなものが、当時、世界の他のところにあったのだろうか。大仏開眼という出来事は、戦後で言えば、東京オリンピックと大阪万国博が一度に来たような感じだったのではないだろうか。それにしても、大仏を作ろうというエネルギーはどこから生まれてくるのか。たんに為政者が、民衆を強制的に動員したということでもない気がする。仏教熱のようなものが、平城京には蔓延していたのではないだろうか。

夕方は、関東中央病院に定期検診。さしたる変化はなし。中性脂肪が多く、改めて運動の必要性を感じる。それとも、ストレスがかかっているのだろうか。ちょっと根を詰めて仕事をしてきたかもしれない。もう少し気軽にしたいとは思うが、なかなかそうも行かない。

朝日新聞の国末憲人さんからいただいた『イラク戦争の深淵』をようやく読み終わる。おもしろかった。イラクでの取材も含まれるが、ヨーロッパと往復を繰り返すなかで、アメリカとフランスを筆頭とするヨーロッパとの対立がどのような方向で進んでいったのかが興味ぶかい。いったい何のための戦争だったのかと改めて思う。重要だと思ったのは、イラク復興の枠組みのなかで、イスラム教の宗派や民族というものを平等に選出しようとしたことが、かえって宗派間、民族間の対立を深刻なものにすることに結びついたことの指摘だ。オウムと9.11以降、宗教がクローズアップされたが、それゆえに宗教の危険性が強調され、それがかえって原理主義的な傾向をもつ宗教の自覚ということに結びついたのかもしれない。その意味では、ことばというもの、概念、分類の重要性を思う。

July 24, 2007

7月24日(火)池田晶子さんの署名

久しぶりに、ライブラリーへ行く。三田会の方が終わったので、坊っちゃんを仕上げることにする。第5章、25枚ほど書き上げる。あと、3章だと思うが、最後はどうなるかわからない。

仕事が終わってから、ライブラリーにある池田晶子さんの本を読む。2冊見つかったが、どちらも『週刊新潮』の連載が中心だ。『人間自身―考えることに終わりなく』には、死の直前まで書いていた原稿が収録されているが、最後の文章は、『週刊新潮』の「墓碑銘」という物故者についてのコラムの話になっている。自分でその原稿を書こうかという話だが、それはやはり死を意識してのことなのだろう。そこに、彼女の真骨頂があるのかもしれない。

もう一冊、『勝っても負けても 41歳からの哲学』を明けてみると、池田さんの署名が入っていた。この本、ライブラリーでは、高橋潤二郎コレクションのなかに入っていた。これも、慶應のつながりなのだろうか。しばし、池田さんの署名を見て、考える。

もう一つ、『文学界』に載った、村上春樹の外国語でのインタビューをまとめた論文を読む。そこには、日本では語っていないことが語られているらしい。村上さんという人は、案外、自分に対する評価というものを気にする人なのだろうか。父親が教師だというのは知っていたが、僧侶も兼ねていたとははじめて知った。それはどのように影響しているのだろうか。

July 23, 2007

7月23日(月)慶應三田会の原稿に区切りがつく

朝から、慶應三田会についての原稿を書く。最後の章。午前中で3分の2くらい終わったので、そのまま午後も書き続ける。一応これで、第1稿ができた。原稿の量で270枚弱。ほかに、図表とかあるし、おそらく写真も入るだろうから、全体で300枚くらいだろうか。単行本として、まあまあの量だろう。予定よりも少し早く仕上がった。書いてみると、いろいろといままで考えていなかったところにも話がおよんでいった気がする。大学の同窓会について、これまでまとまった本など出ていないので、意味はあるのではないだろうか。

あと、昨日書いた坊っちゃんの原稿に手を入れ、宗教学会からの論文執筆依頼に返答する。全体の特集のテーマが、「宗教批判の諸相」ということなので、仮の題を「オウム事件以降の宗教批判」とした。オウム事件が起こったとき、日本の既成仏教宗派は、オウムは宗教ではない、仏教ではないと切り捨てた。事件を、あるいは教団のあり方を、仏教として真摯に受け止め、とらえようとする視点はごく一部にとどまった。また、9.11が起こったときには、一神教に対する批判的な声がずいぶんとあがった。一神教と対比される、日本の多神教を評価したり、養護したりする声も多数上がった。どちらの場合も、宗教一般の問題として引き寄せるのではなく、異なる宗教、あるいは宗教の枠の外にあるものとして排除しようとしたという点で共通している。これによって、宗教界、仏教界は、批判の矛先が自分たちにむいてくるのを避けようとしたわけである。果たして、その功罪はどうなのか。論文では、そこらあたりのことを論じることになるだろう。

July 22, 2007

7月22日(日)みんなが坊っちゃんに見えてくる

日曜日なので、『宗教学者が読む「坊っちゃん」』の原稿を書く。1章分、25枚書き終える。これで、100枚を少し超えた。全体の予定が、200枚くらいだから、一応半分まで来たことになる。「坊っちゃん」という作品、これまであまり深く考えたことがなかったけれど、原稿を書いていると、坊っちゃんという人物像の重要性がわかってくる気がした。なぜかいろいろな人が坊っちゃんに見えてくる。それだけ、日本人の一つの原型のような人物像なのだろう。坊っちゃん恐るべしである。

夕方、要町の祥雲寺に出かける。桜月の神谷姉弟のお父様が亡くなられ、その通夜。まだ、66歳だったという。何度か病気をされて、対力がなくなっていたのが、響いたようだ。ご冥福をお祈りしたい。

July 17, 2007

7月17日(火)ようやく『キリスト神話』が出来た

新潟の地震はかなりの被害を与えたようだ。雨の季節で、避難生活も大変だろう。東京も、天気が悪い。ここのところ梅雨らしい日が続いている。

三田会の原稿、第4章を書き上げ、それを直す。後2章になった。午後から、宗教美術史、いよいよ天平時代に入る。この時代の宗教美術の水準の高さをどう考えるか。ポイントはそこにありそうだ。

かなり前にやったトム・ハーパーの『異教のキリスト教』翻訳ができあがった。書名は、『キリスト神話―偶像(アイドル)はいかにして作られたか』になった。発行元はバジリコ。編集者から、見本を受け取る。装丁はなかなかよく出来ている。問題もある本だが、最後のキリストの実在に関する議論はとても重要な気がする。

その後、朝日新聞の土曜版、beの「逆風満帆」の取材を受ける。掲載はかなり先で、じっくりと話を聞いてくれるらしい。今日は、創価学会の本についての話をする。

July 14, 2007

7月14日(土)池田晶子さんの本を読む

強力な台風が近づいている。一日雨。明日から明後日にかけて、台風が通過するらしい。要注意だ。

『週刊読書人』から、池田晶子さんの遺著、2冊の書評を依頼される。振り返ってみると、彼女の本を読んだことがない。週刊誌の連載など短いものは読んだことがあるが、本はまだ読んだことがなかった。それでは、書評ができないし、故人にも失礼なので、本を読んでみることにする。とりあえず、経堂図書館で二冊借り、それから読み始める。『新・考えるヒント』から読み始めたが、小林秀雄の『考えるヒント』を下敷きにしているというか、それに触発されたというか、本としては変わっている。小林秀雄も、『本居宣長』しか読んだことがない。なぜ『本居宣長』だけ読んだのか、よくわからないが、たしか家に単行本があって、それに目を通したことがあって、文庫化されたときに買って読んだように記憶している。ちょっと苦手な人間という感覚がある。ただ、未知な著者ではあるので、気になるところもある。

書評する本にもよるけれど、著者の考え方ということを問題にしなければならない本の場合には、少なくともある程度、その著者の本を読んでいないと書評はできない気がする。一番いいのは、やはり著作を全部読むということだが、なかなかそうもいかない。その点でいけば、書評の方がただ文章を書けと頼まれるより、厄介で、大変だ。だから、あまり書評を頼まれたくないと思うけれど、縁という部分もある。今回の書評は、死者への供養でもあるとは思う。池田さんは、書評などしていたのだろうか。

June 21, 2007

6月21日(木)国立国会図書館のライブラリアンに勝ったかもしれないと思うとちょっとうれしい

原稿書きの方は、相変わらずのパターン。今日は、すでに書いてあるものをもってきたりしたので、何枚書いたかはわからない。ぼちぼちやっていくしかない仕事なので、地道にやっていこう。それでも不思議なもので、今日も新しい仕事が入った。ずっとそういうことがなかったのに、急に続くというのは、たぶん偶然なのだろうが、変化感じだ。今度は、曹洞宗関係の雑誌で、佐々木宏幹先生などと座談会をすることになった。

久しぶりに、トランスビューの中嶋君に連絡をしたら電話があって、30分くらい話す。そのとき、ドイツ語の表記がわからないので、なんとかならないかと言われる。私はドイツ語に関しては、一度も勉強したことがないので断ったが、無理矢理ファックスが届いた。書名のなかの表記の問題なので、アマゾンを調べ、紀伊國屋書店を調べたが、その本は売られていなかった。だったら、東大にあるのではと思い、検索してみると、案の定あって、あっけなく解決した。中嶋君、国会図書館の洋書のライブラリアンにも聞いて、それでもわからなかったようだが、やはり国会図書館は洋書には弱い気がする。あまりに早くわかったので、彼もびっくりしていたが、ちょっと偉そうに出来てうれしい。「やはりプロですから」。

検索の技術というのは、案外難しいものなのかもしれない。インターネットが発達したおかげで、昔では考えられないほど情報の収集能力があがり、私のような文筆家が仕事ができるのも、明らかにそのおかげだ。けれども、情報の海のなかを航海し、目的地である特定の情報にたどり着くというのは、それほど易しいことではないのだろう。これは、方法と言うより、長年の経験によるものだと思う。昨日、大学で朝日新聞の「聞蔵」が使えることに気づいた。これは、かなり活用できそうな気がする。

June 13, 2007

6月13日(水)経堂ではまだ朝日新書が並んでいなかった

慶應三田会の原稿を書いていると、いろいろと発見がある。不動産三田会というのがあって、不動産に関係する人たちが入っている。規模はかなり大きいが、それが慶應だけではなく、他の10大学と連盟を組んでいたりする。不動産業は、横の連絡ということが非常に大切なのだろう。他の業界では、あまりこうしたことは見られない気がする。今日は、調べたり、表なども作ったので、10枚まではいかなかった。日本宗教美術史の直しはあまり進まない。編集者から、『図説 日本の仏教』を送ってもらった。バブル期の出版のせいか、かなり立派だ。

夕方、買い物がてら、駅の方に出て、書店に寄ってみるが、2軒ある書店、どちらも朝日新書自体が入っていない。経堂では、発売日には手に入らないようだ。出版される本が多いせいだろうか。なんだか、気勢があがらない感じだ。

昨日の夜、オードリー・ヘプバーンの『ティファニーで朝食を』を見た。今まで見たことがなかった。映画としての評価は微妙だが、1961年のニューヨークがいかにすごい都会だったかがわかる。原作とかなり違うようで、映画を見ていても、おかしな設定だと思えるところが多い。原作を読んだわけではないので照合はできないが、主人公は娼婦という設定を変えてしまっても、それで話を成り立たせてしまうところが、いい加減というか、すごい。原作者のカポーティーは、映画を見終わって、驚いていすから転げ落ちたと言うが、たしかにそうだろう。しかし、ヘプバーンを生かすということでは、これくらい変えなければだめだったのかもしれない。

June 12, 2007

6月12日(火)『公明党vs.創価学会』がいよいよ刊行

午前中から午後にかけて、三田会の原稿を書く。第1章、書き続けてどうも気に入らないので、構成を大幅に直すことにする。調べることもあり、構成に午前中いっぱいかかった。午後、前の原稿を使いつつ、書き直していく。その後、日本宗教美術史の原稿を直す。

いよいよ、今年2冊目の本、『公明党vs.創価学会』が刊行になる。本のなかでも、政治の世界は一寸先は闇と書いたが、まさにその通りで、本を書いていた頃と、政治をめぐる状況は大きく変わった。本当に先が読めない世界だと思う。本の内容に影響があるわけではないが、政治の世界を書くのは難しいということを痛感する。

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参院選を前にして、いったいどういう反響があるのか楽しみだ。

June 07, 2007

6月7日(木)初版の部数を聞いて驚く

昨日遅くなったせいで、寝不足気味。それでも午前中は三田会を書き、午後は宗教美術史を書いた。宗教美術史の方、2章を書き終わったけれど、これで180枚になっている。まだ、仏教が日本にもたらされてからの仏教美術の話に入っていない。この調子でいったら、予定の500枚ではとても足りそうにない。自分でもどういった展開になるかよくわからない。しばらくはこのままやってみて、途中で考えることにしよう。

夕方、床屋へ。日曜日に結婚式があるので、その前に髪を切っておこうと考えた。いつもより伸びていなかったようだが、本当はこのくらいで行った方がいいのだろう。たいがい、収拾がつかなくなってから行くことが多い。

『公明党vs.創価学会』、部数を聞いていなかったが、今日、初版2万部だと教えられる。これまで、新書で一番多かったのが、たしか1万5千部だったような気がする。『創価学会』だったと思う。部数が多いのはうれしいが、そんなに売れるのだろうかと心配にもなってくる。今回のは、相当綿密に調べて書いているので、中身はけっこう充実していると思う。それに、現在の政治の状況と深くかかわる話なので、なるべく多くの人に読んでもらいたいと思う。

外に出ると、あじさいが咲き、だいぶ蒸し暑くなってきた。今年の梅雨はどうなのだろう。水不足とも言われているが、気候不順が続くので、これもまた不安だ。

June 04, 2007

6月3日(日)『寺門興隆』はまさに継続は力なり

『寺門興隆』の原稿を送信する。参院選がらみの内容なので、最初の部分、校正が来たら、変更の必要が出てくるかもしれない。刊行が一ヶ月後のことなので、時節がらみのことを書くのが難しいが、原稿は生き物なので、そうした部分もないといけないし、そこが難しい。

『寺門興隆』で、歴博の井原今朝夫さんが、「今にいたる中世寺院僧侶や信者のその実像」というのを連載していて、今月号で34回になる。今までしっかり読んでいなかったけれど、宗教美術に関係することが書かれているのに気づく。これはちゃんと読んでみなければ行けないと反省した。今回は、六角木幢という木製の仏塔についての話が展開されていた。これまで知らなかったことで勉強になる。

この連載も34回目とある。私の連載も、42回だし、元産経の稲垣真澄さんや、関西学院大学の大村英昭さんのコラムも、回数は記されていないがずっと続いている。継続は力なりというが、『寺門興隆』は一度書き出すとやめさせて貰えないいうことだろうか。

May 24, 2007

5月23日(水)あれはもう16年も前のこと

『日本宗教美術史』の原稿、第1章を直す。最後まで行くが、最初に書いたものより長くなった。1章50枚くらいと考えていたが、それよりはるかに長い。

午後、経堂図書館に寄ってから、ライブラリーへ。『宗教美術史』の原稿をプリントアウトし、『ロング・グッドバイ』の続きを読む。夜は、仮に社会人社会化計画と名付けたプロジェクトの打ち合わせをする。そのおり、参加者の一人の関係で、昔、麻原彰晃が部落解放同盟の小森龍邦氏と『現代』で対談をして、私が司会をしたときにお会いした編集者の方と再会する。あれはもう、16年前のことになる。改めて、あの時代からずいぶんと時間が経ったのだということを思った。

宗教者にとっては、差別の問題はタブーで、普通ならそうした対談の場に出てこないものだ。その点では、麻原には勇気があるように思えた。その意味はいったいどこにあったのだろうか。問題はいろいろと難しい。

April 20, 2007

4月20日(金)「夫」という日蓮の書き出しについて

桜上水団地では、ソメイヨシノが終わった後、八重桜が咲いて、楽しませてくれる。毎年のことだが、この頃になると春も本番になってくる。ようやく、暖かさも戻ってきた。午前中は、『公明党vs創価学会』の直し。一応最後まで行く。これで、冒頭から直していくと完成するはずだ。

午後は、日蓮遺文の勉強会。最近出席者が多い。今日も数えてみると、受講生が16人いた。一度は一桁だったが、人数が多い方が活気がある。講義は、いよいよ「観心本尊抄」の本文に入った。ただ、それほど進まず、内容的に疑問になるようなところもなかった。

何を聞こうかと考えていると、書き出しのことに思い至る。昔の文章を読んでいると、今と違い、はじめにといった形で文章がはじまることがない。序文もないし、いきなりはじまる感じがする。日蓮もそうだが、いくつかパターンがあって。大きく分けると、「夫(それ)」ではじまるものと、問答形式で問いからはじまるものがある。とくに「夫」ではじまりものは少なくない。これは、一つの文章を書き出すためのパターンだったのだろうか。この問題、亡くなった高木豊先生が、講義のなかでふれたことがあったという。どういうお考えだったのか聞きたかった。

ところが、「観心本尊抄」の場合には、出だしが変わっていて、摩訶止観五の引用からはじまる。そして、終わりは日蓮これを注すとなっていて、注釈であることがわかる。こういう文集は日蓮にしては珍しい。内容的にも理論的で理路整然としている。「開目抄」は環境が劣悪だったこともあって、構成に乱れがあるし、日蓮という自称も多い。それに比べると、「観心本尊抄」は安定している。日蓮としては、思想的な頂点を迎えたものなのだろう。

April 13, 2007

4月13日(金)今日は創価学会デーだが、次は・・・

今日の聖教新聞1面は、中国の温家宝首相と池田大作名誉会長との会談を大々的に伝えていた。昨日のNHKのニュースでも、会談の模様が流れ、久しぶりに池田氏の肉声が流れた。公明党の首脳部とも会談したようだ。今日の朝日新聞でも記事になったいた。その朝日新聞には、『池田大作なき後の創価学会』の広告がかなり大きく出ていた。これも何かの巡り合わせだろう。そう思っていたら、『創価学会』の16刷が届いた。、『池田大作なき後の創価学会』を読んだという編集者からも連絡があり、新しい本の企画があるという。そんななか、朝からライブラリーに出かけ、『公明党vs創価学会』の後半部分、直しをはじめる。3章の40枚分までなおした。

『異教のキリスト教』のゲラも届いたので、これも見ないといけない。

ライブラリーへ行く電車のなかで、年配の男性が朝日新書の『万世一系のまぼろし』という本を手に携えているのを見かけ、ふと次は天皇制について書いてみようという気が起こった。去年亡くなった父も、戦争に送られたということもあり、天皇には複雑な思いを感じていたようで、天皇関係の本もよく読んでいた。天皇制というものがいったいどういうものなのか、案外システムとしては理解されていないのではないだろうか。仕事のウイングを広げるためにも、チャレンジしていいテーマかもしれない。

April 11, 2007

4月11日(水)『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』の「あとがき」を改めて書いてみたり

天気がよくない。この時期特有のことだろうが、やはり季節の進み方が少し早いのだろうか。

『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』の本、あとがきを書かなかったので、刊行してからにはなったが、あとがきにあたるものを書いてみた。オフィシャルHPの方に載せた。

『日本宗教美術史』という本を依頼されている。一応、来年の春くらいに刊行できたらということなのだが、内容的に考えるとそう簡単にはできそうにないし、500枚くらいと言われているので、まとまった時間をとることも難しい。そこで、他の本の合間に書き続けていこうと思っていて、たまたま今回その合間が訪れたとので、最初の部分を書いてみる。「はじめに」として7枚ほど書いてみる。思っていたより、堅いというか、しっかりしたというか、いかにも大著という書き出しになった。これでいいかどうかはわからないが、『日本宗教美術史』というのは類書がなく、方法論の面で考えなければならないところも少なくない。どの程度近々、時間がとれるかはわからないが、少しずつ進めていくしかないんだろう。

もう一つ、『寺門興隆』での連載、本に盛り込んでいないところがかなり増えてきているはずだと思って、見直してみると、16回分はあった。これをまとめていけば、十分1冊の本にはなるだろう。次は、『寺門興隆』の興山舎で出したいと言われているので、話してみようかとも思う。

そんなところに、『異教のキリスト教』のゲラを送るという話がきた。この仕事、かなり前のもので、相当苦労したものだが、ようやく刊行に向けて動き出したらしい。明日には届くのだろう。

April 01, 2007

4月1日(日)本の反響が様々に

朝、7時前に一度起きたが、まだ眠いのでもう一度寝る。起きたのは10時。最近では珍しい。

有田さんから、中沢新一・林真理子対談が届く。この対談、1995年の12月くらいに行われたようで、私のことがけっこう出てくる。それはともかく、中沢氏が翌年にオウムの事件について書こうとしていたことがわかる。これは、おそらく『へるめす』での連載のことを指していると思われる。本の中でも書いたが、その連載の第1回で、次の回からオウムについて書こうとする様子を見せていた。ところが、次の号ではとりあげられなかったのだが、少なくともこの時点ではその考えがあったことになる。それでも書かれなかったのは、元信者の高橋英利の手記が発表されたためか、あるいは私が書いた「私の『中沢新一論』」が出たためだろう。

有田氏も指摘しているように、この対談では、中沢氏の口から数々の怪情報が発せられているけれど、やはりなぜそういうことを言うのかがわからない。読んだ感じでは、ふっと違う人格が出てきて、その口からとんでもないことが語られているという印象を受ける。それほど唐突な感じがするのだ。

上祐氏が、私の本を読んだということで、そのブログのなかで、事実関係について注釈を加え、その上で、私と中沢氏に謝罪している。詳しくは、そちらを見て欲しいが、中沢・林対談では、1995年の時点で、中沢と上祐が対談していると述べられている。その内容が過激すぎて発表しなかったのだという。たしかに、中沢氏がそこで語っている内容は大いに問題がある。その対談で何が語られたのか、上祐氏の口から語られることはあるのだろうか。

本が出たことで、いろいろこれまでわからなかったことも明らかになってきている。その点で、これからが注目される。

March 30, 2007

3月30日(金)新刊が先行販売されているらしい

午前中から午後にかけて、原稿の直し。何かひっかかるところがある。情報が足りないようだ。

午後、関東中央病院に診察に行く。いつもの通りという感じ。これまで、桜の季節に病院に行ったことがなかった。今回は、ちょうど満開の時に行くことができた。関東中央病院の横を用賀西通りが通っていて、桜のトンネルになるということを聞いていた。ようやく今日、それを見ることができた。自転車で行ったので、用賀の方をめざしてかなり行ってみたが、どこまでも桜並木が続いている。どこまで続いているのか確かめようかとも思ったが、かなりまだありそうなので途中で引き返してくる。もう、一部は散り始めている。この通り、散るときも相当にきれいなのだろう。

『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズム』、先行発売ということで、東京堂からはじまって、池袋のリブロと紀伊国屋の新宿に並んでいるらしい。東京堂には水曜日に20冊入り、今日までに10冊売れたので、また20冊の注文がきたとのこと。これはなかなかいい出足だ。

March 28, 2007

3月28日(水)新刊の刊行が遅れているわけ

引き続き原稿の直し。けっこう話がややこしいところもあって、時間がかかる。いつものことだが、けっきょくは時系列に話を追っていくことに落ち着いていく。

『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズム』が書店に並ぶ時期が遅れているようだ。編集者の話だと、年度替わりで新刊が多く、渋滞しているらしい。亜紀書房のホームページを見ると、お急ぎの方は連絡をと書いてあったので、直接申し込んで貰えれば、早く届くのではないか。

考えてみると、テロというものには必ず、黒幕にあたる人間がいる。あるいはアジテーターと言った方がいいかもしれない。9.11でも、実行犯の背後にビンラディンがいたし、イスラム系のテロでは、過激なイマームが背後にいることが多い。日本で考えても、2.26には北一輝がいた。役割分担というか、実行する人間と、その意義を語り、思想的な意味づけをする人間は、種類が違い、どちらが欠けても、テロは起こらないということかもしれない。オウムの事件の場合、麻原が黒幕と考えられてきたかもしれないが、どうもそれは違うということだろう。

いま、興味があるのが、ネパールにおけるマオイストの動向だ。小倉清子さんという方が、2冊本を出している。1冊は、たまたま亜紀書房で出ているので、それを送ってもらった。もう1冊は最近のもののようだ。どちらも読んでみないといけないだろう。

March 26, 2007

3月26日(月)本ができた

午前中は、「公明党論」の直し。やはり最初から直していくことにした。

午後は、公明党の衆議院議員、高木陽介さんにインタビューするため、衆議院の第2議員会館へ。6月に刊行すると言ったら、選挙前はと最初、少し困惑のていだったが、いざ話しがはじまると延々2時間以上にわたって話をしてくれた。これまで、石井都議と東衆院議員はどちらもベテランだったが、高木さんはまだ若く、それだけでもかなり印象が違った。一番違うのは、彼が生まれたときから創価学会の信仰の世界に生きていて、創価中学から創価大学まで進み、そして新聞記者を経て議員になっているところではないか。本人も言っていたが、創価学会の信仰が完全にしみついているのは、やはり一世の会員とは違う。大胆な発言ができるのも、そうした生まれ育ちが影響しているのだろう。今回も、いろいろと勉強になったが、公明党の将来像ということでは、その方向性を必ずしも見いだしていないようにも思えた。

終わってから、タクシーでヒルズのライブラリーへ。『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズム』の見本が出来、編集者がもってきてくれた。間村さんの装丁は、『世界宗教史』のイメージがあり、もっと派手なものを想像していたが、そのシンプルさに驚く。とてもいい装丁だと感激する。この本に関連し、『週刊新潮』の取材を受ける。発売前からいろいろ話題になっている感じで、こういうケースははじめてだ。これまで書いてきた本とは違い、「書かなければならない本」という気持ちで書いたことが影響しているのだろうか。どう読まれるのか。期待は大きい。

February 27, 2007

2月27日(火)プレイボーイ・インタビューを受ける

午前中は、本の校正を続ける。最後まで終わる。あとは、二校で確認することにする。

『この国で大人になるということ』の3刷が届く。今回は何も変更になっていない気配だ。

午後、セルリアンタワー東急ホテルへ行く。『月刊プレイボーイ』のインタビューを受けるため。昔、このホテルでは義理の弟が働いていたせいもあり、何度も来たことがあるが、客室に入るのははじめて。上の方の階は、カードキーを差し込まないとエレベーターが着かないようになっている。聞き手は、足立倫行さん。3時間近くにわたって聞かれる。前後に写真撮影があり、渋谷の町のなかでも撮影される。なぜか、売店で新聞を買うところも撮られた。終わってから、下のからめるでいっぱい。そのとき、亜紀書房の編集者に来てもらい、初校を渡す。

2月27日

実はインタビューを受ける前、昼食を食べようと、久しぶりに「ヒラル」に寄ってみたのだが、やってなかった。しかたなく、その下の日本料理の店で、ブリの照り焼き定食を食べる。氷見の天然ブリだというが、たしかにおいしい。そのとき、ヒラルは夜はやっていると聞いたので、帰りに寄ってみる。火曜だが案外繁盛していた。主人のハサン、ようやく奥さんも日本に来たとのことで、そのせいかかなり太っている。トルコ人は、夜に甘いものを食べたりするので、太りやすいのだろう。息子は20歳でもう結婚したらしい。店は5年になるというが、よくやっている。

February 21, 2007

2月21日(水)山岸巳代蔵全集は何巻まで出るのだろう

昨日に続いて『KS』の本の「はじめに」の部分を書く。一度最後まで書いて、全体を見直した。およそ15枚。はじめにとしては少し長いかもしれない。あるいは序章と言うことになるのだろうか。続けて、第1章の構成を考える。

ヤマギシ会の販売車を通して、『山岸巳代蔵全集』の第5巻と第6巻を購入する。第5巻が出たのは知らなかった。第6巻は、発行日が今年の元旦になっている。この二つの巻は、1960年から61年にかけて、ヤマギシを中心に行われたヤマギシズム理念徹底研鑽会の記録になっている。いわば内輪の話し合いの記録である。こうしたものが公表されたのははじめてのことで、当時のヤマギシ会のあり方や、山岸巳代蔵の思想、思考の方法に関心がある人々には相当に関心を呼ぶものだろう。けれども、逆に一般の人々にはほとんど関心をもたれないものに違いない。

今のうちにこの全集は買っておかないと、あとで手に入らなくなる可能性が高いが、これをどう活用するかは難しい。ヤマギシ会のなかでは、この全集を使って研鑽をしているのだろうか。その可能性はあると思うが、ただ、会員のなかでもとくに熱心な人々でないと研鑽しないのではないか。豊里などでは、研鑽会に人が出てこないとも聞く。全集が出ると言うことは、たいがいの場合、組織が一応の落ち着きをもってしまったことを意味するわけで、あるいは運動の停滞と関係するのかもしれない。その点でも、複雑な気がするが、いったい何巻まで出るのだろう。とりあえず、第7巻の刊行は今年の秋と予定されている。

February 16, 2007

2月16日(金)新書というものは

午前中は、昨日の菊池外科に消毒に行く。けっこう混んでいる。骨折などの人が多いので、車で来ている人が多い。関東中央病院に比べると小さな病院なので、雰囲気が違う。一応、血は止まっているので、また月曜日に消毒にくることになる。

午後は、宝島の原稿を直す。完成して、それを送信する。来週の金曜日には、『NA』のゲラが出るとのこと。タイトルも徐々に決まってきて、すでに営業活動が始まっているらしい。

ゆっくりもしていられないので、次の本の執筆作業もはじめなければならない。単行本の予定が新書に変更になったので、内容の方も検討し直す必要がありそうだ。最近は、新書を書くことが増えたが、新書だとテーマが一つということでまとまる。ところが、単行本だとそういうわけにもいかず、いろいろと仕掛けをしなければならない。新書は、やはり入門的で、手軽に読めるというのが魅力だろう。新書戦争が激化しているなか、どういった新基軸を打ち出せるか、今のうちに考えておかなければならない。

February 14, 2007

2月14日(水)「先生とわたし」を読み切る

けっきょく、昨日のうちに四方田犬彦「先生とわたし」を読み終えてしまった。読み終えて不思議な感覚を覚えたが、その内容や構成が、これから出版することになる私の『NA』とかなり重なっていることに驚いた。どちらも一人の人物を描くわけだから、似てくるのも当然かもしれないが、どちらの筆者も含め、双方に登場する人物もある。おそらく、単行本になるのは同じ時期になるだろう。偶然の符合というべきか、何かの力が働いていると考えるべきなのか。とても興味深い。

今日は、池田大作についての原稿を書き続ける。これも一人の特異な人物を描く一種のカリスマ論になりそうだが、そうした人間が組織のなかでどのように扱われることになるのか、原理的な説明が出来てきたような気がする。これまで十分に考え抜いていなかった点が明らかになったのではないか。

夜は、幸四郎の「筆屋幸兵衛」を見る。狂気に陥っていく主人公を、幸四郎はリアルに演じていた。幸四郎の真骨頂は歌舞伎よりもやはり現代劇にあると思うが、舞台を明治に設定してあるこの芝居は、その点では彼に向いているのかもしれない。

February 06, 2007

2月6日(火)フォークナーの翻訳を読む

宝島社から出す本の原稿を書き始める。アウトラインを決め、5枚ほど書く。原稿は2種類書かなければならず、どりたも25枚ずつの予定だ。

岩波文庫創刊80年を記念して刊行されたフォークナーの『響きと怒り』を買って、読み始める。少し前に、この作品は原文で読んだが、構成が複雑で、しかも、文章になっていない文章が多くて、まるで意味がわからなかった。翻訳では、場面の急な転換がいつの物語なのか示されているので、わかりやすくなっている。これなら、『響きと怒り』で何が描かれているのかわかるはずだ。

February 03, 2007

2月3日(土)フリー編集者

午後から、安全・安心プロジェクトの実務専門家コース2。今日は、私がオウム真理教事件の問題について話をする。オウムとの関連など、最初に話をしたせいもあり、用意した内容を全部話せなかった。この話題なら、話す内容はいくらでもあるので、いたしかたないだろう。とりあえず、そこにさまざまな問題があることがわかってもらえればいいのかもしれない。

終わってから、『オウムと9.11』を作ってくれた編集者の小山さんと話をする。今回、事情があって、フリーになったとのこと。これからの方向性などを代々木上原の喫茶店で聞く。三田会についての本を彼の仲介でやってもらうことになっている。一冊別の企画も思いついたので、収穫があった。

最近、編集者の人のなかに、出版社に雇われていなくて、フリーでやっているという人が増えてきた気がする。これから出す本、3冊続けて、そうしたフリーの編集者がやってくれることになっている。著者としては、ある企画が出版社で蹴られても、別の出版社にもっていってくれるので、ありがたいとも言える。時代は徐々にだが変わっていく感じだ。

January 26, 2007

1月25日(木)打ち合わせの一日

打ち合わせの一日。午前中は、経堂で、午後は赤坂で打ち合わせ。書く原稿が一つ増えた。

打ち合わせが終わってから、昨日実務家コースの方に出てくれた牧野出版の佐久間さんに会いに行く。打ち合わせをしていた赤坂プリンスから歩いてすぐのところに会社があった。佐久間さんとは新潮社の時代からの知り合いだけれど、今まで不思議なことに一度も仕事をしたことがない。ちょうど今日からは、牧野出版の仕事に専念するというから、何か仕事ができればいいと思う。

その後、新宿歌舞伎町の台湾料理の店に食事に行く。そこで、ノンフィクションライターの藤井誠二さんと落ち合う。藤井さんとはかなり前、10年くらい前のことになるが、大阪のテレビ局で一度一緒になったことがある。いろいろと話をして、タクシーで帰宅する。

January 23, 2007

1月23日(火)原稿が完成する

昼、六本木ヒルズで、朝日ヘラルドの記者と会って、話をする。これまで利用してことがなかったが、ライブラリーのオフィス会員は、ヒルズクラブのなかのフィフティーワンというところだけ使えることになっている。そこではじめてヒルズクラブに行ってみる。シーフードカレーを食べたが、サラダにデザート、コーヒーがついて2000円くらい。中身も悪くないので、利用価値はある。たしかに、ゆったりとしていて、豪華だし、くつろげる場所だ。しかし、全体を利用するには、100万円だかを支払って会員にならなければならない。でも、少し金のある有名人なら利用したいと思うだろう。

『NA』の原稿、ようやく完成する。第1稿は2ヶ月で400枚以上書いたが、第2稿ではかなりけずって100枚減になった。直す作業に、結局2ヶ月くらいかかってしまった。編集者に送ったが、どういう反応だろうか。今回の本は、今まで書いたものとはまったく違う性格をもつものだけに、これからどうなるのかわからない。しかし、ひとまず区切りがついたことも事実だ。ちょうど明日からは、安全・安心の実務家コースがはじまる。こちらにも力を入れなければならないし、あとに別の本も控えている。いろいろと動かなければならないこともあるし、まだまだがんばらないといけない。

November 30, 2006

11月30日(木)すべては家業である

 昼から大学へ行き、安全・安心の実務家コースⅡの打ち合わせをする。時間帯としてどこがいいのか、それがまだ決まらない。勤務先がある人で考えれば、やはり平日の夜か、土曜の午後だろうか。ちょっと考える。

 打ち合わせが終わってから、新しい企画について考えてみる。「家業」ということに関心があるが、今の社会の職業というのは、家業と非家業に分類されるのではないか。家業というと、和菓子作りとか、造り酒屋とか、そうしたイメージがあるけれど、警官や自衛官、刑務官、それに高級官僚でも、親子でなっていたり、さらに祖父から3代同じといった感じで、家の中で仕事が受け継がれている傾向がある。家業があるということは、人生が決まってしまっているように思えるかもしれないが、そこの部分で悩まなくてもいいというところは、人生の展開を考えると恵まれていることなのかもしれないと思う。そういえば、海老蔵が、歌舞伎の家に生まれていいことはと聞かれて、将来が決まっていることと答え、逆に悪いことはと聞かれて、将来が決まっていることと答えていたのを思い出す。このテーマで本を作ってみたいと思っているが、どうなるだろうか。

 

October 09, 2006

10月9日(月)誰が太田光で書いたのか

 父の納骨。あわせて祖母の33回忌法要を菩提寺で執り行う。33回忌の方は、本当は昨年だったが、すませていなかった。これで弔い上げということになる。読経を聞いていると、「法華経」の寿量品だった。通夜では「涅槃経」だったし、この組み合わせは日蓮の思想形成に深く関係している。菩提寺は曹洞宗だが、やはり天台教学と言うことなのだろうか。少し勉強になる。

 わけあって、太田光・中沢新一『憲法9条を世界遺産に』を読む。これから書く本に役立つ部分があったが、途中に幕間として書かれた太田氏の文章がとくに気になった。ただし、読んでいると太田氏とは別人格が書いているという印象を受ける。これは、『日本共産党』を読んだときにも感じたが、読んでいて、本人との開きが大きく、その点で困惑するところがある。たしかに、誰でも文章が書けるわけではないなかで、本が作られていく現状ではいたしかたないのかもしれないが、文章の筆者はいったい誰なのかと考えると、それを決めにくい。

 北朝鮮が地下核実験をしてしまった。アメリカとの直接対話を求めてのことといわれているが、アメリカはそれを拒否している。別に北朝鮮に譲歩する必要はないが、直接対話はしてみたらいいのではないか。して、アメリカからの譲歩を引き出せないということになれば、北朝鮮としては打つ手がなくなる。そうした状況に追い込んだ方がいいのではないか。このままだと、直接対話を求めて、北朝鮮がどんどんエスカレートしていくだけのようにも思える。それは、相当に恐ろしいことではないか。

October 08, 2006

10月8日(日)ワインクーラーに金魚

 一匹弱っていた金魚がいたので、別にしておいたのだが、元気になってきたので、専用の水槽を用意してやることにする。金魚鉢もちょっと昔風なので、ワインクーラを買って、それに入れることにした。フナが水草を盛んに食べてしまうので、水草を育てるのにも活用しようと思っている。それにしても、フナでかくなってきた。

 紀伊国屋新宿南店で、藤井正雄氏の『戒名のはなし』とベンジャミン・フルフォードの『イケダ先生の世界』を買う。前者では、私の『戒名』と『戒名無用』について批判的な取り上げ方がされているが、この二つの本で指摘した戒名にまつわる肝心な問題について、仏教学の立場から的確な応答がなされているのか、さっと見た限り疑問な気がした。この本については、オフィシャルの方で、改めて批判をする必要がある。

 フルフォードの本でも、私の創価学会についての見解が紹介されていて、それは『創価学会の実力』で述べたことのようだが、参考文献としてそれがあげられていないのはいかがなものだろうか。この本全体にそれが言えるが、作法として必要なことではないか。これについては、抗議することも考えなければならない。

 その創価学会、今日の聖教新聞では、池田大作名誉会長が北京師範大学から名誉博士号を授与され、世界各国からの名誉博士号などが200に達したと大々的に報じられていた。ただ、聖教新聞を良く見てみると、創価大学とその北京師範大学とのあいだで協定が結ばれたということが小さく報じられていた。他の名誉博士号などを見ても、創価大学が協定を結んだところから授与されている例が多い。聖教新聞では、池田名誉会長の平和活動が評価されたかのような書き方がされているが、協定の存在が前提になっているということはほとんど伝えられていないように思える。この点については、一度創価学会の連載で分析する必要がありそうだ。

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