日記・コラム・つぶやき

November 12, 2009

11月12日(木)Majik DSのすごさを再認識するとともに纒向遺跡での宮殿発見の方に強い疑問を感じる

家で一日仕事。『葬式は贅沢』の原稿、最後まで直す。かなり内容が変わった。もう一度全体を見直す必要がある。

Majik DSを使っていて、非常に面白いと思うのは、それをコントロールするソフトのバージョンアップが、音の質に相当の影響を与えることだ。ConfigがKonfigに変わり、caraと呼ばれるようになったが、それも現在のところ4にまで進化している。そうなると、最初にDSを買ったときに聞いていた音と雲泥の違いがある。音が広がるようになっったし、個々の音が鮮明になった。そこで演奏者が演奏しているのを実感できるようになり、CDのなあにどれだけの情報量があるのか、これまで分からなかったことがずいぶんとわかるようになってきた。これは、DSならではなのことで、他のオーディオではあり得ない。デジタルの世界の底の知れなさを実感している。

ここのところ、奈良の纒向遺跡で3世紀前半から中頃の大型建物跡が発見され、邪馬台国の宮殿だと騒ぎになっているが、その報道の仕方には不自然なところがある。発見されたばかりのはずなのに、CGが作られていたり、模型が作られていたりする。これは、現地説明会の実施にあわせて、事前に用意されていたとしか思えない。俳優でアマチュア考古学者の苅谷俊介がその発見を予言していて、現地説明会では解説をするというのも、かなり作為的だ。全体のシナリオを書いたのは誰なのか。どうも考古学の世界は信用ができない。

November 10, 2009

11月10日(月)山折先生に久しぶりにお会いする

午前中から午後にかけては家で仕事。『腹が立たない』という本はどうかと言われていて、その見本が欲しいということで、本にしたら「はじめに」の部分を書いてみる。書いてみて、これはできそうな気がしてきた。後は、『葬式は贅沢』の原稿を直す。かなり書き換えた部分があったので、2章分しか進まなかった。もう少し時間がかかる。

午後は神田へ。「やぶそば」に初めて行く。山折先生に久しぶりにお会いする。昨日東京へ来て、今日は京都に帰られるということで、午後からそば屋で一杯ということになった。話しのなかで、CO2削減のためには、火葬よりも土葬にした方がいいのではということと、寺社の無住化が進むなかで、僧侶や神主の公募制を推進した方がいいのではという提案がなされる。それを具体的にどう進めるか、検討をするが、土葬にするとたしかに相当量の削減になるらしい。

考えてみれば、昭和30年代に入るまで、日本はほとんど土葬だった。今でも地域によっては土葬ができる。今、土葬に戻すのは難しい点もあるかもしれないが、環境ということを考えれば、死んで土に還るということも考えなければならないのかもしれない。

November 08, 2009

11月8日(日)一応誕生日なので抱負など

今日は誕生日である。誕生日も56回目ともなると、特別な感慨はないが、入院したときから6年と考えると、この間の変化は著しい。たしかに、もう一度人生を生きている気がする。

入院しているとき、アメリカのワールドシリーズでは松井がはじめて出場したらしいが、まったくその間、意識がなかったので、何も覚えていない。したがって、今年、とくに最後の彼が大活躍した試合をリアルタイムで見たことには、感慨があった。アメリカではヤンキース、日本では巨人というのは当たり前すぎるが、そういう年も必要なのだろう。

ここのところ、本も順調に出て、生活もパターン化してきている気がする。今年はもう少し、変化をもたせたい。何が変化になるかはわからないが、さらに飛躍を求めて、がんばりたいと思う。

November 05, 2009

11月5日(木)今日の松井はまさに神憑り

来月出す『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』再校ゲラが出ているので、それに目を通す。それをしながら、アメリカのワールドシリーズを見る。松井の活躍がすばらしい。今日の雰囲気だと、打てないという感じがまったくしなかった。教祖である父親がスタンドで観戦していたせいだろうか。

この前、彼がワールドシリーズに出たとき、ちょうど私は入院中で、しかも眠ったままの状態だった。まったくシリーズは見なかったし、見ることなど考えられない状況にあった。それから、6年が経ったと思うと、感慨も深い。

午後は、本の企画の打ち合わせ二件。結婚についての本と、般若心経についての本。どちらも、出版社からの完全な提案で、それをどう扱うのか、私なりのポイントを探していかなければならない。

4773015152

監修した『よくわかる! 日本の新宗教』が笠倉出版社から刊行された。20の新宗教を取り上げて、解説したものだ。

October 25, 2009

10月23・24日(金土)娘の結婚式に出席するため神戸に行く

娘の結婚式のために金曜日から神戸に行く。ホテルオークラに宿泊する。

土曜日は、午前中からタクシーでカトリック六甲教会へ行く。震災後に新しく聖堂が建てられていた。行くのは久しぶり。聖堂を入ったところに聖水があるが、インフルエンザで使えなくなっている。ちょっと? 聞くところでは、最初に流行したとき、ミサが中止になったという。これはかなり問題だろう。

結婚式は、その新しい聖堂を使って行われた。司祭は、昔から知っているオマリー神父。今は六甲教会には普段いないらしい。40分ほどでつつがなく式が修了したが、神父の父は最初に花嫁を花婿に引き渡すという重要な役割がある。慣れないもので、ドレスを踏みそうになると言うか、踏んだりもしたらしい。娘は一応カトリックの洗礼を受けている。本人の念願で神戸での結婚式の運びになった。

Sdim2230

終わってから、三宮の国際会館にある西村屋ダイニングで食事会。西村屋は、娘の義理の叔父の勤め先でもある。レセプションルームが奥にあるが、出席者が多く、その外側にまで机が伸びていた。ケーキカットや挨拶もある、簡単な形式の披露宴。親族や友人など多数集まる。花嫁である娘の司会ですべてが進行するが、結婚に至る過程を含め、すべて娘主導だということがはっきりする。

花婿の家族、親族を含め、娘も人間関係に恵まれている。小学校時代は不登校にもなり、また、父親のとんでもない人生に巻き込まれて大変だっただろうが、大学院を終わってかなり早い段階で結婚したことは、親としては安堵の思いが強い。東京でも披露宴があるが、これで終わったという気分で東京へ戻る。

October 21, 2009

10月21日(水)小幡氏との対談は二回目を終える

朝からヒルズへ。小幡さんとの対談の二回目。テーマは、「下り坂経済の時代を生きる」というものだから、どちらかと言えば、後ろ向きの話し。しかし、そのなかからいかに希望を見いだしていくのか、それが鍵になる。

対談はあと一回、来週に行う。それで原稿をおこしてもらい、それに手を入れることになるだろう。たしかに、高度経済成長の時代には右肩上がりで、下っていくことなど考える必要もなかった。毎年毎年、給料があがり、物価があがる。そのなかで、新しい新製品が出て、欲望を喚起する。そういう構造ができあがっていた時代と、今とではかなり開きがある。

電車のなかで、農大の収穫祭の広告を見る。戦後すぐの時代には、収穫祭の宣伝を梅ヶ丘でしていたらしく、その写真が出ていた。原節子の映画で、梅ヶ丘でロケした家庭ドラマがあったが、ちょうどその時代ということになるだろう。今とはまったく景色が違う。

October 20, 2009

10月20日(火)東京国際映画祭が開かれているヒルズの空は秋めいて美しい

午前中は、家で『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』の校正をする。最後まで読み通す。かなり細かく見たので、時間がかかった。

Sdim2204

昼からヒルズへ。知人と会食。ヒルズクラブでワインなど飲んでしまったので、午後は仕事にならない。校正の補足箇所だけを書いた。それで終わり。外に出ると、秋らしい空がきれいだった。

ヒルズでは、東京国際映画祭が開かれていて、全体に賑やか。スタッフや関係者が行き来している。アカデミーヒルズのある49階には事務局が設けられていて、余計にぎわっている感じがする。

October 19, 2009

10月19日(月)実に久しぶりに散歩をし加藤和彦氏のことを思う

家で仕事をする。細々と処理していく。校正の仕事もあり、それがメインになる。経済の本なので、細心の注意が必要。それで時間がかかるし、一日にやれる量に限度がある。

夕方久しぶりに、烏山川遊歩道を散歩する。一時間ちょっとで往復したが、環状七号線まではいけなかった。運動が足りないので、しっかり散歩しないといけない。

音楽家の加藤和彦氏が亡くなった。中学時代にラジオを聴いていて、フォークルの「帰ってきた酔っぱらい」を聴いたのが、音楽のはじめだったような気がする。そこから関西フォークを聴くようになり、さらにはジャズに進んだ。あの当時のフォークは、斬新で、刺激的で、政治的なものも含んだ、スキャンダラスだった。なぜ、その先頭に立っていた加藤氏が自ら命を絶たなければならなかったのか。個人的な事情もあるのだろうが、たんに仕事に対するものだけとは思えない。

October 18, 2009

10月17・18日(土日)なんだかひどくあわただしい生活を反省しないといけない

土曜日は、多摩大学のルネッサンスセミナーで、企業人向けのリベラルアーツ講座の講師を担当し、3時間ほど話しをする。

日曜日は、ヒルズに出かけ、結婚式が近づいている娘夫婦と打ち合わせ。日曜日にヒルズクラブに行ったが、いつものビュッフェではなかった。仕事としては、監修する本のあとがきを書く。これは短いので一気に書き上げる。

ここのところ、あわただしい。あわただしくなると、仕事以外のことに関心が向かなくなる。歌舞伎などその最たるもので、あれは余裕がないと見られないものなのかもしれない。スポーツなど、そもそも今年になってからまったく関心がむかない。横浜ベイスターズがあまりに弱いせいもあるが、これも余裕のないせいか。ちょっと、そこらあたり反省して、もっとあわただしくない余裕のある生活をしなければならない。どうしたらそうなるか、ちょっとわからないが、なんとかそれを実現したい。

October 16, 2009

10月16日(金)全体が日蓮の一日で『手にとるようにわかる宗教の本』が重版になる

朝は家で仕事。『よくわかる!日本の新宗教』の監修の作業、残りを片付ける。その後、『福神』の原稿の続きを書く。終わりに近づいているが、「立正安国論」を論じるには一回ではだめだろう。

午後は、日蓮遺文の勉強会。今日とりあげられた遺文は、かなり美文のものが多かった。日蓮の故郷に対する強い思いが伝わったりと、これまでにない内容のものも見られた。もっとも多産な時期の書き物だけに力が入っているのだろうか。小松、松山両先生に『日本宗教美術史』と『仏陀語録オリジナル』を進呈する。日蓮の曼荼羅を美術史的に位置づけたのは、私の本がはじめてではないだろうか。

その際に、神奈川の県立博物館でも日蓮にかんする展示があることを知る。京都国立博物館のには行くつもりにしているが、チラシを見る限り、どちらかというと神奈川の方がよさそうに思える。鎌倉での日蓮をテーマにしており、日蓮本人が活躍した地域だけに、それがない京都とは事情がちがうせいかもしれない。

去年監修の仕事をした『手にとるように宗教がわかる本』の重版ができた。もう一年以上刊行から経っている。早いものだ。

October 11, 2009

10月10日(土)作田さんの法統継承式に行きそれから狛江で映画「GATE」を見る

早朝から群馬藤岡へむかう。福神研究会の作田公照さんが、今度、今まで小野文珖さんが住職をつとめていた天龍寺の新しい住職に就任することになり、その法統継承式が行われる。池袋から東上線で小川町へ行き、そこから八高線で群馬藤岡へ。3時間近くかかる。

Sdim2158


法統継承式は2度目だが、小野さんの場合、住職の期間が10年ほどと短く、しかも60代のはじめ。檀家としては青天の霹靂で、しかも、これまでなじみのなかった新しい若い住職ということで、混乱やとまどいがかなりあったようだ。そのことが、全体によくわかった。作田さんも大変だろうが、それも得難い体験になる気がする。

驚いたのは、福神の上杉さんほか3名が、群馬ではなく栃木の藤岡に行ってしまい、式に間に合わなかったこと。検索をかけると、ただの藤岡だと栃木の方に行くことになってしまう。けっこうそういう間違いをする人が多いらしいが、電車でもタクシーでも2時間くらいかかる。

私は、宴会のあと、狛江の方にむかう。マット・テイラー監督の映画「GATE」の上映会に出るため。ほかに、長井運動のボランティアも来た。なぜこれを見に来たかと言えば、映画で僧侶たちが原爆が実験として最初に爆発したネバタ州のトリニティーに、星野村の原爆の火をもっていき、原爆による光の輪を閉じる物語になっているから。長井健司さんは、生前、その原爆の火を故郷の星野村に持ち帰った山本さんという人物のドキュメンタリーを作っていた。それは全国では放送されていないが、昨年私たちが全国をまわったときには、各地で見て貰っていた。

「GATE」では、原爆の火のことが間違って説明されていて、僧侶が広島からもちかえったかのようになっていた。趣旨としては、監督がかかわる核兵器解体基金の活動をアピールする色彩が濃い。こうした事実があったのを知らなかったが、もし長井さんが生前にそれを知っていたらどう思ったのか。それに興味を引かれた。

October 08, 2009

10月8日(木)台風が過ぎ去ったあとのヒルズからの風景は格別だ

台風が来襲した。今回はここ10年で最強ということで、電車が止まったり、学校が休みになったりしている。ただ、風台風のようで、雨はそれほど降らなかった。朝からは、すでに陽が差したりしていたものの、様子を見てから出かける。ライブラリーで仕事。あまり進まない。その後、打ち合わせ二本。片方は、小幡さんとの対談本の企画。その内容をつめる。もう一つの方は、まだ、どうなるかわからないという感じ。

Sdim2143

Sdim2146


打ち合わせにはゲストルームを使ったが、さすがに今日は、外の景色がきれいに見える。こういうのは、正月と盆休み、そして台風一過の後だけだ。すっかり晴れ渡った外の光景を見ていると、今の日本がおかれた状況がなんとなくわかるような気になってくる。そこにライブラリーの価値もある。

October 04, 2009

10月4日(日)書棚に突っ込んだ書類の整理で一日が終わる

書棚の整理をする。今日は、書棚に突っ込んである書類を整理する。これが、相当の量になっている。自分で寄稿したり、コメントしたりした記事の束があって、これがかなりある。なんとか、現在書棚に入れてあるものを片付ける。しかし、まだ、ケースのなかに入っている分もあれば、納戸に積んだ段ボールのなかにもある。これが全部片付くのはいったいいつになるか。記事類も、整理しないといけない。本と書類に祟られている感じだ。

自民党の中川昭一氏が亡くなったとのこと。自宅は下馬というから、それほど遠くはない。調べてみたら、まったくの同学年だった。自殺ではないと言うが、総選挙敗北の責任を感じてのことだろうか。ストレスが原因かもしれない。なにかやるせない話しだが、落ち目の政党というか、組織にはよくあることだろう。小幡さんがある自民党の議員に、次の選挙ではまったく見込みがないと断言したら、目を丸くしていたという。この出来事は、自民党にまったく未来がないということを暗示しているように思える。

September 30, 2009

9月30日(水)民主党が成立させようとしているらしい夫婦別姓は本当は家族のなかの姓をばらばらにする家族別姓と言うべきではないか

昨日の夜は、石田純一のプロポーズ番組を見る。5年間も追いかけていたとは驚きだ。石田氏と私は同い年で、ちょっとおかれた状況も似ているので、気になった。ただ、予想していたのとは違い、長期取材のドキュメンタリーになっていたのは意外だった。こうしたものこそが、テレビならではということだろうか。

今日は、昨日に引き続いて、書斎の書棚の整理をする。なんとか本の整理はつける。並べ方など、ジャンルがばらばらになっているが、とりあえずはどこに何があるかわかった。ただし、納戸の中に入っている本もあり、そちらも整理しないといけない。それから、書棚に突っ込んである書類の整理まではいかなかった。本とともに、書類がたくさんあるのが面倒くさい。そのなかには、取材を受けた記事の載ったものなどもある。そういうのは捨てる訳にもいかず、処理に苦労する。

民主党が、夫婦別姓の法案を提出するらしいが、あれは、夫婦別姓とか夫婦別氏と呼んでいいものだろうか。女性が姓を変えたくないというところからはじまっている試みだが、子どもの姓の問題はややこしい。子どもを作らないなら、別姓も簡単だが、子どもが出来ると、いろいろと混乱が起こるだろう。さらに、離婚ということもからんでくると、もしかしたら、4人家族で全部姓が違うという事態も起こりうる。そうなると、普段生活していて、問題も起きるだろう。その意味では、夫婦別姓というよりも、家族別姓と言うべきではないだろうか。夫婦別姓の夫婦が何代も続けば、本当に姓がばらばらになる。本当にそこまで考えた上で実施しようとしているのだろうか。少なくとも、夫婦別姓と言うことで、問題が隠蔽されている。

September 29, 2009

9月29日(火)書斎の本棚を片付けるが終わらない

今日は、書斎の本棚の片付けをする。完全に混乱した状態にあり、ひどく使いにくいので、本を並べ直していく。要らない本もあるし、本以外の余計なものもけっこうある。自分が書いた本も、引っ越し前に一度刊行順に並べてみたが、引っ越しで崩れていたので、それも直す。ついでにこれまで何冊本を出したかを数えてみたら、著書と呼べるものだけで46冊あった。対談とか編著、監修、翻訳はすべてはぶいてこの数字。最近は刊行ペースがあがっているので、来月には50冊になりそうだ。

本棚には、自分が書いたり、書いたものの一部が載っている本や雑誌がかなりたくさんあって、それが空間を占めている。捨てるわけにも行かないし、そのつもりもないが、これをどう処理するかも問題だ。

夕方、調べてものがあって、久しぶりに上北沢図書館に行くが、かなり遠い。やはり経堂図書館に取り寄せるべきだったと後悔する。その後、床屋。葬式の話しに終始する。

経堂駅の北口、ロータリーにバスが入るようになり、梅ヶ丘駅から渋谷駅行きのバスが経堂駅まで伸びたようだ。OXストアーも今は跡形もなくなり、駅の上から見ると、整地をしている最中に見える。大きな建物がなくなった分、裏から見ると、空間的に物足りない感じがする。いつ工事がはじまることになるのだろうか。駅ビルがないと、いろいろ不便だ。

September 23, 2009

9月23日(水)池田名誉会長のスピーチはたった5分だけだったらしいがもう公明党を組織としては応援しない方が良い

ブログのアクセス記録を見ていると、クレヨンしんちゃんの作者とエホバとをかけたものがかなりある。ただ臼井氏は、最近、腰を痛め、それからは信仰に熱心ではなくなったと、昨日の週刊誌の記者が言っていた。それが本当かどうか、たしかめようがないが、現世利益的な信仰ではなかったということだろうか。

シルバーウィーク最後の日だが、相変わらず仕事。今日は、昨日書いた章を見直し、新たに27枚ほどの章を書き上げる。全体の構成からすると、後二章だろうか。明日、明後日でそこまで行かなければならないが、はじめにとおわりにも必要だろう。

噂では、創価学会の池田名誉会長、幹部会で5分しかしゃべらず、スピーチも元会長の秋谷議長が代読したらしい。

創価学会と言えば、公明党も混迷している。現状を打破できる道を見いだせないでいるが、いっそ、創価学会が選挙の時に組織として支援しなければいいのではないか。会員の自主的な投票なりにまかせ、それでも公明党が支持されるような政策を打ち出せるかどうかを試してみればいい。けっきょく、そういうことをやらないで、国民政党への脱皮をはからなかったことが、今日の事態を生んでいる。

September 22, 2009

9月22日(火)シルバーウィークも仕事だが茶小麦蕎麦を試しクレヨンしんちゃんの作者がエホバの証人だということで取材を受ける

この連休は、シルバーウィークと言うらしいが、つい数日前までそのことを知らなかった。

その連休2日目だが、仕事。ヒルズへ行く。朝は、産経新聞に頼まれている『Nの肖像』の書評を書く。元統一教会の信者だった著者の体験記。この書評を書くために、著者が最近書いたものを数冊読む。統一教会での体験と、その思想的な関心がどう連動するのか。それを結論にもってくる形で短い書評を書き上げる。

午後は、『葬式は贅沢である』の7章を書く。一応最後まで書き上げるが、見直しはできなかった。それは明日に回す。途中、たまたまライブラリーのオフィス会員の某氏のところへ来た妹と話しをする。そちらの仕事しなければならないと思いつつ、時間がなくて進んでいない。

Sdim2100

帰りは、久しぶりに季織亭に寄る。抹茶を練り込んだという茶小麦蕎麦を試してみる。色はどちらかというと、イカ墨パスタの感じだ。

家に帰って、週刊誌の電話取材を受ける。山で転落死したクレヨンしんちゃんの作者は、エホバの証人だったらしい。それに関連して、エホバがどういった宗教なのかを解説する。電話が終わってから、臼井儀人の名前のことが気になってきた。儀人=義人。これはキリスト教的な名前だ。関係はあるのだろうか。

September 19, 2009

9月18日(金)高校の同級生の集いでは卒業以来の再会という出来事が起こる

家で仕事、ひたすら『葬式は贅沢である』の原稿を書く。戒名のところに入ってきたので、ここは書きやすい。5章を書き上げる。

夜は、高校の時の同級生の集い。青山のグリラーで。集いの中身とは関係がないが、グリラーのオーナーシェフ、入院中とか。8月のはじめに訪れたとき、たしか忙しくて家にも帰れないといった話しを聞いた覚えがある。やはり無理がたたったのだろう。一日も早い回復を祈る。

高校の集いは、いろいろな形で行われているが、卒業から40年近くが経っているので、いった誰と誰が高校時代に親しく、その後会っているのか、会っていないのかがわからない。今回の集まりでは、私は全員と最近会っているが、卒業以来はじめてというケースもけっこうあったようだ。まだ、病気の話しがでないのは、若い証拠だろう。この調子でいきたい。

September 12, 2009

9月11日(金)ジュンク堂新宿店のイベントは大盛況

一冊本を書き終えれば、次の本にかからなければならない。今度は、葬式関係の本。とりあえず、最初の章の構想を立て、書き出してみる。7枚ほど書く。

午後は、日蓮遺文の勉強会。10ページほど進むが、内容的には書簡ばかりで問題が少ない。細かなところでは、質問も出て、けっきょく5時を少し過ぎる。

そこから歯医者へ。小さな虫歯があるという。それを直してもらう。

歯医者は紀伊國屋書店の上にあり、今度は向かいのジュンク堂へ。早見慶子さんと大澤信亮、そして私のトークセッション「ロスジェネ世代と考える90年代-オウムとは何だったのか-」に参加する。観客はかなり多かった。2時間ほど質疑を含めて話しをする。終わってから近くで懇親会。

参加者は多種多様で、元過激派や元信者、出版社関係も多様で、いろいろな人と話をする。果たしてこうしたイベントに皆が興味をもつものなのだろうかと思ったが、逆に一番関心が高い事柄なのかもしれない。最近の文学ではオウムを含め宗教のことが取り上げられることが増えている。それも時代なのだろう。

September 07, 2009

9月6日(日)高校の同窓生山嵜謙一君の冥福を祈る

『日本宗教美術史』の校正をする。鎌倉時代と南北朝から桃山時代の2章を終える。あと校正も3章になった。ほかに、索引などもある。

夜は、急逝した高校の同窓生、山嵜謙一さんの通夜に行く。会場は、私にとっては子ども時代の遊び場だった堀之内の妙法寺にある静堂。日蓮宗での葬儀かと思ったが、無宗教式だった。無宗教式なので、最初に個人の経歴が紹介されたが、彼が地理研究会に属していたことを思い出した。私は園芸部で隣の部室によく通っていたことになる。ずっと技術者畑だったが、最後は鉱山エンジニアリングという会社の社長だったようだ。木曜日の朝、急に具合が悪くなり、かかりつけのクリニックに行ったところ、待合室で意識がなくなり、そのまま亡くなったらしい。

前日に撮った写真というのを見せてもらったが、それは仕事中のもので、本当に急なことだったことがわかる。かなり体の方を悪くしていたようだが、それにしても亡くなり方は衝撃だ。奥さんも同窓生。中学生の娘さんがいて、私が属していた杉並区立和田中学のテニス部だという。最近のテニス部は、女子ばかりだが強いという。私のいた頃には指導者もいなくて、まったくだめなクラブだったが区で一位になるほど強いというから隔世の感がある。

幾人か高校の同級生に会う。こんな機会でもないとなかなか会わない。来年は久しぶりに同期会もあるらしいが、やはりそうした場で再会したいものだと思った。故人の冥福を祈る。

September 04, 2009

9月4日(金)丸の内のブリックスクウェアに行くが高校時代の同級生の訃報に接して驚く

朝、出光美術館へ行く。木下氏から進められ、「陶俑―漢の加彩と唐三彩」を見に行く。たしかに、優れたものが多い。いったいこれがどのようにして日本にもたらされたか興味深いが、レベルは違うものの埴輪に描かれた物と対比すると興味深い。古代の人は、決して神秘主義者ではなかったことを改めて確認する。

Sdim1954

そこから、今度できたばかりの丸の内ブリックスクェアに行く。旧三菱銀行の建物を使ったカフェに寄りたいと思っていたので、ちょうどよかった。カフェの名前は、「1894」。建物が出来た年を意味しているのだろうが、順番を変えると1984になる。妙な符合に驚きつつ、ランチをとる。

Sdim1970

ヒルズへ出て、仕事。原稿書きと校正を続ける。

家に戻ってくると、高校時代の同級生が亡くなったという知らせを受ける。病院の待合室でなくなったらしいが、大病を経験した者としては身につまされる。

August 31, 2009

8月31日(月)利賀村のシンポジウムのことから選挙そして今日の仕事

Sdim1945
Sdim1921

28日から30日までは、利賀村の演劇フェスティバルのなかで開かれるシンポジウムにパネラーとして参加し、水野和夫さんと対談をする。私の出番はそれだけで、後は、シンポジウムを聞き、同時に開催される数々の演劇を見る。その日程がかなりタイトで、1日目は、「リア王」→自分のシンポジウム→インドの演劇で、途中、鈴木忠志邸での食事会が入る。2日目も、シンポジウム→休憩→「ゴドーを待ちながら」→「廃車長屋のカチカチ山」→パーティー、3日目もシンポジウム→パーティーと大忙し。相当にハードなスケジュールであっという間に3日が過ぎた。

Sdim1925


家に戻ると、選挙の番組をやっていて、それを見る。公明党の大田代表の落選を確認してから寝につくが、やはり公明党は選挙区で全敗だった。翌日の「聖教新聞」を見ると、比例区で議席を獲得したことが取り上げられていたが、選挙区での落選は小さくしか報道されていない。そうした報道の姿勢には問題があるだろう。

今日は、朝から家で仕事、経済と宗教の本の原稿を書き、『大人のための友だちのつくり方』の校正をするが、77ページで力が尽きる。

August 23, 2009

8月23日(日)美術展をはしごしてサウンドクリエイトにも寄りドクター中松を実際に見る

今日は美術館めぐり。まず、内覧会にも行った東京国立博物館での「伊勢神宮の神々」と「染付」を見る。伊勢の方、だいたい内容はおなじだが、参詣曼荼羅が最初のものとさしかえられている。それを見ると、伊勢神宮の社殿が今とは違い、朱塗りになっている。しかも、配置も違う。これはどういうことだろうか。井上君の『伊勢神宮』にそこらあたりのことは書かれていただろうか。「染付」の方はほとんど一緒。ついでに平常展を少しだけ見る。仏像、かなり面白いものがそろっていた。国宝もかなりある。

そこから、三越前へ。三井記念美術館の「道教の美術」を見る。ちょっと雑然とした感じで、全体にどこを見ればいいのかがわかりにくい。それに、図録がやけに分厚くて、買うのを躊躇する。道教という宗教、とくに日本には統一された形では伝わっていないので、わかりにくさの原因にもなっている。

銀座へ出て、サウンドクリエイトに寄る。電源システムの新旧を比較させて貰うが、明らかに変化している。ほかにピュリファイがどう使われるのかもたしかめた。電源の方は、是非バージョンアップしたいと思ったが、8万は大きい。しばしの検討が必要だ。

Sdim1880


さらに、銀座に出てみると、三越の前に幸福実現党の宣伝カーが止まっていた。何がはじまるかと見ていると、ドクター中松氏が、歩行者天国を歩き、幸福になれる名刺を配っていた。選挙活動にもかなりの費用がかけられている。いったいこの政党どうなるのだろうか。

August 22, 2009

8月21日(金)昨日の森美術館スカイデッキと今日の日蓮とタワーレコード

昨日、帰りがけに、森美術館の「アイ・ウェイウェイ展」に寄ったのを書き忘れた。中国の著名な現代美術家だが、面白かったのは、プーアール茶でできた家と大地。美術館にはいると、何か香りがするのだけれど、そこにたどり着くまでは正体がわからなかった。上からお湯でもかけたらどうなるのか。最後にはそんな実験をすると面白そうだ。

もう一つ、北京のメインストリートである長安大路を、少しずつ場所をずらしながら1分間ずつビデオで撮影していったもの。ただ町の風景が写っていくだけだが、1分間で変わるというのが、次は何だろうという好奇心を誘う。あやうくずっと見てしまいそうな感じになったが、全体は10時間を超えるらしい。全部見るといった観客もいるのかもしれないが、作者はそうした長い作品を得意としているようだ。

ついでに展望台に行き、はじめてスカイデッキにも行ってみた。まるで外なので、少し怖いのかと思ったが、まるで逆で、ガラス越しでないと景色が近く感じる分、ぐっと地上との距離が縮まった。夕暮れの景色を見ていると飽きない。また来ようという気になった。

今日は、朝は、コンピュータのデータを保存する作業をしたが、最初、変な音がやはりしていたものの、すぐにしなくなった。一体何の大人のだろうか。メンテナンスの必要はありそうだが、使えるので、助かる。

午後は、先月休んだ日蓮の遺文の勉強会。いつもの会場ではなく、近くの日蓮文化研究所の建物でやる。15人以上いて盛況。

その後は、タワーレコードに行き、ヒラリー・ハーンの2枚と、バロックの61枚組みを買う。バロックの方は、6000円くらい。1枚わずか100円にしかならない。こういうのが出ていると、高いのを買うのがばかばかしくなる。かなり重いのではと思ったが、意外に軽かった。

August 19, 2009

8月18日(火)とりあえず小説家諸君にはオウムをテーマとしないで欲しい

選挙が公示された。解散から時間があるというのは、間延びしている。それが自民党の戦術なのかもしれないが、あまり効果はなさそうだ。幸福実現党、新聞には大川氏不出馬の報道がなされたが、けっきょく比例で出るらしい。奥さんのきょう子氏は出ないのだろうか。とにかくこれだけバタバタしていて、それが表に出る党も珍しい。

インターネットとコンピュータのこともあり朝からヒルズへ。原稿と格闘するが、さすが、ライブラリーへ経済学関係の本が揃っていて、宗教と経済の本を書くにはとても助かる。この原稿は家でではなく、ヒルズで書いた方がよさそうだ。

午後は、編集者と新しい企画の打ち合わせをする。最初、提案があったのは、今度出す『教養としての日本宗教事件史』とほとんど変わらないというか、まったく同じ内容だった。企画が重なるときは、本が売れる兆しでもある。別の企画の話になり、とりあえず2冊分どうかということになる。

帰りがけ、本屋で『国宝の美』の2号を買い、高村薫の新作を少し立ち読みする。オウムのことが書かれているというので、見たのだが、その通りだった。かなり教理的な部分に踏み込んでいるらしい。ここのところ、村上春樹の本といい、馳星周の本といい、オウムが直接的なテーマになったものが相次いで刊行されている。

それだけ問題が大きいということなのだろうが、事件から15年が経ってというのは、今更という感じがしなくもない。内容的に問題を掘り下げているのならいいが、馳の本など、ちょっとどうかと思う。とりあえず、小説家にはオウムをテーマから外してほしい。書くなら、私が驚くような想像力を使ってほしい。

August 17, 2009

8月15・16日(土日)徳島のラジオ局に電話出演し無宗教について語る

土曜日は、朝、徳島のラジオ局に電話出演する。これまで、何度か同じ形で出たことがあるが、今回は、『無宗教こそ日本人の宗教である』について。基本的には本の宣伝だが、お盆ということで、日本人の宗教について考えるには、いいときとなった。

そのあと、ヒルズへ行って仕事をするが、さすがに疲れがたまっていて、あまりはかどらなかった。よって、日曜は完全休養日。

ところが、土曜日からインターネットがつながらない。Iポッドタッチでもつながらないので、これはシステム全体の問題なのだろうが、ネットにつながらないと何もできない。

August 13, 2009

8月13日(木)世間はお盆ムードだが幸福実現党の騒ぎの余波を受ける

朝から家で仕事。宗教と経済、マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』について解説した3章を最後まで書き、見直す。それから、4章にかかり、章の構成を考え、4枚ほど書く。ここでは、アダム・スミスの神の見えざる手について述べることになる。

途中、ネットで見ていたら、幸福実現党が衆院選から撤退するというニュースが伝わってきた。毎日新聞が伝えたものだが、読売新聞は検討中となっており、午後になると、撤退の議論が出たが、けっきょく、完全に撤退するわけではなく、自民党に協力できる選挙区では候補者を立てないということに落ち着いたようだ。結党して間もない党だけに、組織がしっかりしていないのだろうが、この迷走ぶりは、都議選での惨敗をさらに拡大することになるかもしれない。民主党政権誕生への外交上の危機感があるようだが、民主党は外交については今までの路線を踏襲するとしており、その懸念は成り立つのだろうか。このことについて、『週刊朝日』から電話取材を受ける。

夕方は、床屋へ行く。世間はすっかりお盆モードで、町のなかもすいている。床屋も暇とのこと。帰りがけに図書館に寄り、雑誌の『世界』を読む。創価学会についてのジャーナリストの記事は、まるで昔の陰謀説的なもので、まるで参考にはならない。幸福の科学のナショナリズムについて書いているのは、どうやら東大の宗教学の後輩らしい。きちんとその時間的変化を追っているが、それ以上の域を出ない。

August 11, 2009

8月11日(火)地震があっても気づかずに朝を迎えいろいろと仕事をする

今日も家で仕事をする。『教養としての日本宗教事件史』のあとがき、寺門興隆の連載原稿、それから『友だち難民』の初校、それぞれ校正をする。『友だち難民』については、あとがきも書く。

宗教と経済の本、第3章に入ったが、最初に書いたものを放棄し、二度目も捨てて、三度目の原稿を書く。捨てた部分も、後の章で使えそうな気がする。今回の本は、今までになくストレートな書き方をしていて、少しぶれると落ち着かない。問題を真正面からとらえる、どうもそれしかなさそうだ。

名刺がきれてきたので、近くの印刷屋に頼む。字体は今まで使っていたものとほとんど同じだが、紙が少し違う。あっという間にできた。

今日の朝、大きな地震があったようだが、気づかなかった。ちょっと涼しい感じで、よく眠れたせいかもしれない。世間はお盆と言うことだが、休んでいるわけにはいきそうにない。適当に息抜きをしながら、がんばりたい。

August 10, 2009

8月10日(月)今日はヤマギシ会の同窓会のようになってしまった

朝から家で仕事。宗教と経済の原稿、2章を見直し、1章と併せて、グーグル・ドキュメントに載せ、編集者と共有する。それから、3章の構想を立て、7枚ほど書く。午後は、『友だち難民のための友情論』の初校を校正するが、ほとんど直すところがない。文章の性格にもよるが、すべて校正がこうだとずいぶんと助かるだろう。

マジックDSのソフトウエアーのバージョンアップによって、コントローラーのプラグプレイヤーが作動しなくなっていた。ネットで調べてみたら、やり方が書いてあったが、いまいちその方法がわからなかった。いろいろ試して、なるほど、最初にマジックDSを消して、それでネットにつなげば、ディバイスとして改めて認識されることがわかった。これで、問題はほとんど解決しただろう。

大阪から来て、箱根に泊まっていた妹夫婦が家に立ち寄る。旦那の方は、先日会った佐藤君と知り合いなので、彼も呼んだが、二人がそれこそヤマギシ会以来の再会だということに驚く。なるほど考えてみればそうだ。ついでに、佐渡の平田家にも思いついで電話をしてみる。全体に同窓会ムードになってきた。

August 07, 2009

8月6日(木)朝日新聞に文章が載りいつも行列ができていた新宿のドーナツ屋に運よく入ることができる

今日の朝日新聞朝刊、私の視点のコーナーに、「宗教と政治」というタイトルがついた文章を寄稿した。今度の衆院選には、公明党だけではなく、幸福実現党も候補者を擁立し、宗教団体を背景とした政治勢力が登場することになっている。その点を踏まえ、その意味や可能性について書いてみた。かなり丁寧に書いた文章なので、ぜひ読んでもらいたいところだ。

昼は、高岡の関口さんと会って、食事をする。現在の経済状況のなかでいかに企業を運営していくのか、そこらあたりの話がおもしろかった。

Sdim1775

それが終わってから、サザンテラスのほうに出ると、いつも大行列ができていたドーナツ屋に列ができていなかった。ちょっと興味があったので入ってみたが、店内もすいていた。ミスドとは、たしかにドーナッツが違う。外に出てみたら、また列ができていた。

ヒルズへ行き、来週出演するテレビの打ち合わせ。BSフジの番組で、分子生物学者の福岡伸一氏と一緒に現在の生命観、宗教観について語ることになりそうだ。うちわせにきたディレクター、10数年前に取材を受けたことがあり、それに驚く。前には自己啓発セミナーのことで、女子大に来たらしい。

July 30, 2009

7月29日(水)昨夜のラジオ出演から私のインタビュー記事をめぐる『サイゾー』裁判判決まで

28日の火曜日の夜は、TBSラジオの「アクセス」に生出演した。TBSラジオにははじめて出たような気がする。パーソナリティーは、渡辺真理さんで、昔一度彼女の出ていた番組に出た記憶があった。ただ、その記憶は曖昧だったが、渡辺さんもその記憶があるとのことだった。お相手は、宮崎哲弥氏。テーマは散骨で、視聴者の意見を交えながら1時間話しをする。散骨への関心が強いことがよくわかったが、同時に、地域によって大きな違いがあることが確認できたのも収穫だった。

29日は、ヒルズへ行く。小幡さんと昼食をとったあと、『友だち難民』の原稿に手を入れる。第6章、直すつもりが最初から書き直す状態になってしまったので、半分くらいしかいかなかった。その後、9月からはじまるという苫米地英人氏のサイトのためのインタビューを受ける。1時間ほど「苫米地論」を語ってみるが、けっこう自分でもしっかりとは考えていなかった内容になった。夜は、文春新書の編集長と担当編集者と会食をする。その前に、会社のロビーで、『文藝春秋スペシャル』の編集長にも少しだけ会う。来月は、文春新書を書かなければならない。

私のインタビュー記事をめぐって、麻原の三女が『サイゾー』を訴えていた裁判で、訴えが退けられる判決が出た。争点は、麻原サイドが死刑を望んでいるかのような兆候があると私が発言したこと、三女の実名をあげたこと、三女を残存する教団の中心と位置づけたことが名誉毀損にあたるかどうかというもの。すべて、名誉毀損にはあたらないという内容の判決。私が訴えられていたわけではないが、裁判というのは気が重いもの。控訴の可能性もあるが、一応ケリがついたと言えるだろう。

July 21, 2009

7月21日(火)悲壮感漂う解散劇を尻目にひたすらシンプルなブッダのことばについて解説を加える

梅雨が明けたはずなのに、もしかしたら明けてはいないのだろうか。天気があまりよくない。

朝日新聞の政治と宗教についての原稿を、見直して送る。昨日の時点では、うまく結論が出ていなかったところを直した。記者からは加筆の要請もあり、掲載は8月に入ってからとなった。選挙までの期間がべらぼうに長いので、それで十分だろう。

朝日カルチャーセンターの10月からの講座、内容を簡単に書いて送る。10月に出る河出選書をテキストにすることになるが、最初のラインナップに並んでいる人間のうち、私を含め3人が秋の朝カルに登場するらしい。

今日の主な仕事しては、ブッダのことばの原稿を書く。100あるうち、40番目くらいまで解説を書く。ブッダのことばはあまりにシンプルで、私たちが知る仏教ともずいぶん違う。そのシンプルさは、今の複雑な社会にとってかえって魅力かもしれない。

衆議院が解散したが、解散した側の与党がこれほど悲観的なのも珍しい。負け戦とわかっていて出陣していくときの悲壮感がある。玉砕に近いのかもしれない。もちろん、政治の世界は一寸先は闇、何が起こるかはわからないが、それでもとんでもないことが起こらない限り、この流れは変わらないだろう。民主党がどこまで勝つか。勝ちすぎることで、とりあえず、ほかの野党とのバランスがとれなくなるかもしれない。

July 20, 2009

7月20日(月)朝日新聞に寄稿する原稿を書きユニクロに寄る

経堂の街は、祭りから一夜明けて、とても静かだ。全体に祭りの後という雰囲気が漂っている。あれだけの騒ぎだっただから、それもいたしかたないだろう。

朝日新聞に寄稿する政治と宗教についての原稿を書く。この原稿、本来なら来週には掲載される予定だったが、解散予告などがあって、今週に伸びた。しかも、量が倍に増えた。それでも、書いてみると、問題の全貌を書き尽くすまでにはいかない。とりあえず、一日おき、締め切りの明日完成させることにする。

朝日カルチャーセンターの講座、今度は、『教養としての日本宗教事件史』をもとに話しをすることになった。今度は6回分。一応、古代から鎌倉時代までということで、簡単な紹介文を書く。

その宗教事件史の再校ゲラ、直しの続きをする。頭の方が飽和状態になってきたところで、千歳台のユニクロに久しぶりに行く。最近業績が好調だというが、並んでいる商品、昔よりも少し品がない感じがした。材質や色遣いが、ちょっと安っぽい。あるいは、価格を下げるために、そうなったのだろうか。

July 17, 2009

7月17日(金)『1Q84』について仕事が三本も来て小幡さんに首相になりなよと勧めてみる

河出書房新社から、『村上春樹「1Q84」をどう読むか』が届く。私もそのなかにコメントを寄せている。もっとも、「談」という形になっていて、実際インタビューも受けたのだが、途中から完全に書き直したので、むしろ書いた文章と言った方がいいかもしれない。

ほかに、『1Q84』について、今日は、書評を一つ頼まれ、取材も依頼された。一日にこの本についても、三つも出てくるというのは、なんだか異常な気がする。

仕事の方は、朝、週刊誌のコメントに手を入れ、その後、ヒルズに行って『友だち』の原稿を書く。一応最後まで書いたが、やはり構成を見直さないといけないだろう。途中、小幡家とクローバーでお茶をする。これまで何回か行こうと思ったことがあったが、実際に行けたのは今日がはじめて。その場で、小幡さんに、今度の衆院選に出て、そのまま首相になってみると勧めてみる。身近な人が首相になるという体験はめったにないだろう。本人はその気がないみたいだが、世の中何が起こるかわからない。彼はいつも偉そうなので、首相の座は、確実に似合う。

July 14, 2009

7月14日(火)なんだか忙しい日でたくさん仕事をした気がする

朝から家で仕事をする。『寺門興隆』の連載、校正の段階で都議選の結果を盛り込むことになっていたので、最初に少し付け加える。校正もして、それをファックスする。

明日の朝日カルチャーセンターでの話しについて、レジュメを作る。明日は日蓮について語ろうと思う。

昨日、三五館の編集者と打ち合わせした線に沿って、ブッダのことばの原稿に解説を加える作業をする。2,3項目分見本と言うことで、数枚書き、それを編集者と共有する。

明日が締め切りの『文藝春秋スペシャル』の原稿を見直して、手を入れる。これは、明日送信する予定だ。

『友だちの作り方』の原稿、第5章に入り、22枚書き上げる。全体にこれをどう位置づけるかがまだよく分からないので、この章はまだ完成とは言えない。

明日は、『最新新宗教読本』の見本と、『教養のための日本宗教事件史』の再校ゲラが届くとのこと。ほかに、恒例になっている徳島でのラジオの電話出演の依頼を受ける。放送は8月15日。『無宗教こそ日本人の宗教である』について話しをすることになる。ほかに、新書の編集者から食事の誘いを受ける。

というわけで、もう勘弁という感じで一日が暮れる。

July 12, 2009

7月12日(日)都議選の投票に行って経堂のミニ祭りによる

日曜日。まだ風邪気味だが、大分よくなってきた。都議選の投票に行く。引っ越したので投票所が経堂出張所にかわった。場所柄、どうかわからないが、投票に行く人が多い気がした。

午後、経堂の駅のところで開かれた商店街の共同くじの抽選会に寄る。子どもの阿波踊りや農大生のギターなど。そのあと、抽選だったが、やはり当たらなかった。しかし、経堂駅の北側と南側の違いを実感するのは、こういうときだ。南側の方が、地元色が強く、人も多い。同じ経堂でも、相当に雰囲気が違うのを改めて実感する。

先週は、『文藝春秋』8月号の幸福実現党についての記事にコメントが出る。都議選にも立てているらしいが、どうなるのだろうか。

都議選も民主党が勝つ勢いだが、このままいけば、衆院選で確実に政権交替が起こる。その後いったいどうなるのか。

July 08, 2009

7月7日(火)七夕の夜に先端研のイタリアンで懇親会が開かれる

朝は、家で東大受験法のゲラを読む。ヒルズに行くには、乃木坂駅を利用するが、小田急線だと直通の多摩急行がやはり便利。それが、9時台にならないと動かないので、それを待ってから出かける。このパターンが一番合理的なようだ。

ヒルズで、ゲラの続きを見て、最後までやり終え。前書きと後書きを書く。ほとんど直すところもなかった。その後、新しい原稿を書くが、20枚を少し越したところまでしか行かず、1章分は終わらなかった。

夜は、先端研での公共政策研究会。研究会が終わってから、先端研のキャンパスのなかにできたイタリアンの店で懇親会が開かれる。門の前にはその店のメニューが看板として出ていたので、外の人たちも客として想定されているのだろうが、最近では大学内の店も増えているようだ。宴は11時近くまで続いたが、自民党は次の衆院選、独自調査で大敗を予想しているらしい。その点は、今週末の都議選を通して明らかになるのだろう。政局は大きく動きそうな気配だ。

July 01, 2009

7月1日(水)連載原稿を書き生命倫理の研究会に出席し朝日カルチャーセンターで講義する

いつの間にか7月になっている。午前中は、『寺門興隆』の創価学会についての連載原稿を書く。やはり今の話題としては、選挙なので、それを取り上げたが、都議選が終わるまでは原稿の最終的な形が決まらない。そこを余白にして、とりあえず原稿を書き上げる。校正の段階で、都議選の結果を織り込むことになるだろう。

午後は少しゆっくりして、東京財団での生命倫理の研究会に行く。今年度から、研究の範囲が拡大され、人の尊厳ということがメインテーマに掲げられている。今日は、再生医療における倫理の問題を、医師の立場から問題にする発表を聞く。生命倫理の領域では、人の尊厳や生命のはじまりといったことが問題になれるが、結局、それが本当に問題にされるのではなく、厄介な問題をいかに先送りするか、あなた(外国)任せにするかという方向にむかっている気がする。胎児の細胞の利用ということが今日の具体的な問題になったが、その背景には、堕胎を好ましくないと思いつつ、現状それを容認しているという後ろめたさの感覚がある気がした。これは、相当に根深い問題だろう。

研究会での議論は続いていたが、そこを抜けて新宿へ。朝日カルチャーセンターでの講義。前回の続編。今日は、村上春樹の新作をきっかけにイニシエーションとヤマギシ会の話しをする。一応宣伝では、歴史を振り返ると歌っているので、次回は、日蓮と法華経信仰の問題を、イニシエーション論的に解釈していきたい。

終わってから、角川書店の編集者と次回作について打ち合わせをしながら、食事をする。一応、タイトルも決まり、内容も固まってきた。これなら、『無宗教』の続編として一年後の来年1月に刊行できそうだ。

June 26, 2009

6月26日(金)直葬の経験をはじめて直接聞きこの慣習が広がりつつあることを実感する

朝、床屋へ行く。なんとなく、床屋というものは朝早くから営業しているように思っていたが、9時からだった。その前に着いてしまったが、ちゃんとやってくれた。ラジオからは、マイケル・ジャクソンについての番組が流れている。ちょうど50歳。私が大病したときと同じ年齢だ。その点では、身につまされる。床屋が、最近増えているらしい「直葬」を経験したという話しを聞く。直葬とは、火葬場で読経して貰う簡略化された葬儀のことを言うが、実際にそれを体験したという人からはじめて話しを聞いたことになる。

Sdim1515

久しぶりに、旧OXストアーの裏側を通りかかる。解体工事もかなり進んでいるが、まだコンクリがかなり残っているようだ。

そのままヒルズへ。ヒルズでは、『究極の東大受験必勝法』の原稿を書く。最後はイニシエーション論になったが、正味の原稿で200枚強になった。これに小見出しなどいろろと加えれば、十分一冊になるだろう。今週は、なんとなくその予感が週初めからあったが、取材も打ち合わせも一件もはいることがなかったので、原稿がはかどった。

それを見透かすかのように、週末になると、新しい本の企画と、原稿依頼がきた。監修の本のゲラも来るらしい。選挙も近づいているので、その関係でまだ何か来るかもしれない。来週以降は、まったくの未知数だ。

June 15, 2009

6月15日(月)企業の研修でイニシエーションの話しをしてみる

朝、家で仕事をする。『日本宗教美術史』の最終稿、一応最後まで見る。書き始めてから2年以上になる。いったいいつから書き始めたのか、ブログを調べてみたが、最終的にはっきりしなかった。探し方が悪いのだろうか。その後、『手に取るようわかる東洋思想の本』の監修原稿を見る。中国の話しからインドの話しになるが、やはりインドの方が日本人にとっては遠い間隔がする。

昼前に、新横浜に出かける。ある企業の研修会で、宗教について講義をする。ここのところ、何度かそういう機会があるが、今回はイニシエーションの考え方を基本に据えてみる。それによって、受講生と宗教との関係が確立されればいいと思ったけれど、はじめての試みなので、必ずしも思った通りにはいかなかった。ただ、方向性としては正しい気がする。次の機会もあるので、やり方を少し変えて、試みてみたい。

June 14, 2009

6月14日(日)昨日の続きで新島淳良氏のその後を書いてみる

昨日の続きだ。緑のふるさと運動は、私を含め、元ヤマギシ会のメンバーのリハビリが終わると、しだいに衰退し、ついには自然消滅のような形になっていった。元メンバーは、それぞれが、実社会のなかに仕事場所、居場所を見いだすようになり、仲間との頻繁な集まりを必要としなくなっていった。たとえば、私の場合には、大学院生としての生活があり、またこれはヤマギシ会とも関連するが雑誌『80年代』にかかわったりして、出版の世界との関係もできていった。

新島純良氏は、ヤマギシ会を出て、私塾を開き、魯迅塾などをやっていた。私もそれに出席したが、当時、新島氏と一緒に生活するようになった女性がいた。そこにはいろいろなことがあり、それは、本にもまとめられているが、私はけっこうそのかなり年上の女性からかわいがってもらった。その交わりのなかでは、彼女の新島氏に対する不満なども聞くことがあった。

新島氏は、緑のふるさと運動の機関誌が終わったあと、個人雑誌を出していて、そのなかではヤマギシ会への批判を書いていた。一度は運動に深くかかわった人間であるだけに、批判には具体性もあり、興味深いものではあった。

ところが、同居し、再婚していた女性が病に陥り、けっきょく命を落とすことになると、新島氏にも大きな変化が訪れる。これは、後で話しを聞いて驚いたのだが、彼女が亡くなった日か、その翌日に、元の妻のところへ出向き、復縁を求めたことだった。さらに、娘がずっとヤマギシ会にとどまっていたこともあり、新島氏は復縁した妻とともに、ヤマギシ会に戻る。このことは、ほとんど報道されなかっただろう。

正直、この一連の出来事を通して、私は新島氏に対して、理解できないものを感じるようになった。それは、私だけの感覚ではなく、新島氏がヤマギシ会に戻った後、ヤマギシ会の現役のメンバーにその点について話しを聞く機会があったが、「正直、あんまりだと感じた」と告白していた。ヤマギシ会の側としても、新島氏を受け入れざるをえなかった事情もあるのかもしれないが、いったいどういうことなのか。一度、新島氏が存命中にヤマギシ会を訪れたことがあったが、私はあえて会わなかった。

ここまでのことは、『1Q84』の世界とはまったく関係のないことだが、それだけこういう世界にかかわる人間の行動の仕方は複雑だということかもしれない。

June 13, 2009

6月13日(土)新島淳良氏と緑のふるさと運動そして私の関係

村上春樹氏の『1Q84』の発売を通して、新島淳良氏のことがふたたび取り上げられるようになるとは思わなかった。中国で文化大革命が起こったときには、それを熱烈に支持し、その後、幸福学園運動を提唱してヤマギシ会に入り、ふたたびそこを抜けたことは、あの時代を知る人なら、承知しているかもしれない。ニュースにもなったし、本人がいろいろ書いていたので、それを読んだ人もいただろう。村上氏がちょうど早稲田大学に在籍していた時代、新島氏のヤマギシ会入りが報道されたはずだ。村上氏がそれをどのように受け取ったのか、そして今受け取っているのかはわからないが、明らかに新島氏をモデルにした人物を小説に登場させたのだから、それなりに関心があったのだろう。中国ということも、両者の共通する関心かもしれない。

新島氏は、ヤマギシ会を出る前に、「緑のふるさと運動」を提唱した。これは、ヤマギシ会を含め、日本の共同体運動全般に呼びかけてはじまった運動で、より開かれたコミューンを作るということが目的になっていた。資金や人材を提供したのはヤマギシ会だった。

ところが、この運動に加わってきたのは、私を含め、ヤマギシ会に一度入ったものの、そこを辞めた人間ばかりで、それが事態を思わぬ方向にもっていった。運動の事務所はヤマギシ会の事務所を兼ねていて、勧誘活動も行われるべきはずだったのに、普段そこにいる人間は皆、ヤマギシ会に反対する傾向が強かったので、かえってヤマギシ会へ行くのを妨げるような面があった。私は、途中から、この運動が出している機関誌の編集を引き受け、そこに巻頭言を書いていた。

そんな運動が長続きするわけもないが、それは元ヤマギシ会のメンバーにとって精神的なリハビリのようなもので、リハビリがすめば、皆、運動そのものへの関心を失った。新島氏も最終的にヤマギシ会を辞め、それでヤマギシ会からの資金も途絶えた。運動では、会費などを集めて、事務所を存続させるという話しも出たが、結局そうはならず、新島氏が私塾を開くことで、事務所はそちらに移った。

運動自体は自然消滅していくことになるが、知られていないのはその後の新島氏の動向だろう。それについても少し書く必要があるかもしれない。

May 28, 2009

5月28日(木)雨の中ヒルズに仕事に行く

朝からヒルズへ行く。新しい本の企画について、その内容を目次にしてみる。興味深い内容になるかもしれないが、ただ、書くのは相当に難しいかもしれない。

頼まれている『伊勢神宮』の本の書評を書く。また、締め切りまでに時間があるので、少しおくことにする。

怒りについての本、まだどこから出すかも決まっていないが、少し書いてみる。最初の章の8割くらいまで書き進める。

最後には、これからすぐに書き始めることになる本について、編集者と打ち合わせをする。

Continue reading "5月28日(木)雨の中ヒルズに仕事に行く" »

May 18, 2009

5月18日(月)これからのことも考えて今日はとりあえずオフにする

休みがなかったので、今日はオフにする。仕事部屋がかなり散らかっていたので、それを片付ける。本格的にやると、まだ相当にかかりそうだし、本の配置も気になる。少し本を売って、それから整理したいと思うが、だんだん収拾がつかなくなってきている。自分の本だけでも相当にある。これが案外整理が難しい。

原稿の催促もあったし、一年近く遅れていた原稿を送ったりもした。これで、少し精神的に解放された。あと、『洗脳体験』の文庫を新装版として出すという話しも来ている。休みだけれど、いろいろと連絡がくる。

本屋に寄って、有度サロンで会った平野啓一郎さんの本を探す。比較的新しい『決壊』という本の上巻だけ売っていたので、それを買って、よみはじめる。初期の作品は読んだことがあるが、10年経って、かなり文学として成熟しているのを感じる。まだ最初だけだが、久しぶりに新作として文学らしい物を読んでいる気がしている。

関西では、新型インフルエンザが流行し、騒ぎになっている。東京にも来ることになるのだろうが、インフルエンザとしてはかなり軽症のもののようだ。インフルエンザでは、簡単には免疫はできないようだが、これから流行を繰り返すものなら、ある程度中に入れて、環境となじませておく必要もあるのではないか。昔のペストのような扱いをするのは、かえって問題を大きくする気がする。あまり気にしないことも大切なのではないだろうか。

May 17, 2009

5月16/17日(土日)二度目の有度サロンに参加する

土曜日から日曜日にかけて、二度目の有度サロン。東静岡の舞台芸術公演まで出かけていく。前回参加したときには雨で、かなり強く降ったが、今回も雨気味。静岡は雨が多いのだろうか。

土曜日は、真言宗の声明と打楽器奏者の高田みどりさんのコラボレーション。前回と同様、メインホールである楕円堂が使われたが、入場するとすでに僧侶たち5人は、まるで仏像のように、舞台の置くに鎮座していた。そもそも、5つという数を意識して作られている劇場のなかに、5人の僧侶というのは決まりすぎている。途中、般若心経を少しずつずらして唱えるところがあったが、永遠に続く円環運動のようだった。終わってからのトークで、この場所でやっていると、間違いそうになると僧侶が言っていたのが印象的だった。

食事会では、はじめて会った今回のスピーカーの一人、平野啓一郎さんと話しをしたが、私がエリアーデの『世界宗教史』の文庫版、第8巻の総合的な解説で、彼のデビュー作に言及していたことを指摘された。私は忘れていたが、たしかにそのような箇所があった。

夜のトークのなかで、苅部直さんが、公演の近くにある平沢寺のことを語っていたので、翌日そこを訪れてみた。階段を200段おり、また、石段を100段上ると、そこに観音堂がたしかにあった。彼の話では、久能山にあった久能寺は、補陀落渡海と関係があるらしい。いつか行ってみないといけない。

今回は2回しかサロンに参加できなかったが、いろいろな方にあえて収穫も多かった。とにかく贅沢な演劇空間なので、それがうらやましい。今年の夏の利賀山でのフェスティバルの際には、シンポジウムに出るよう誘われた。

May 15, 2009

5月15日(金)三省堂本店で四方田犬彦氏とのトークセッション開かれる

今日は、三省堂の神保町にある本店で、四方田犬彦氏とのトークセッションが開かれる。彼が今回出版する『歳月の鉛』という本をきっかけにした企画で、そこに東大の宗教学で同級生だった私が読んでいただいたという形。

一時間強話をしたが、予想されたとおり、いろいろな話題が出て、尽きなかった。1970年代という、今から振り返ってみれば、さまざまんことが起こっていた時代に、ともに同じ大学の、同じ学科で学んだことによって、半分は共通し、また、半分はまったく違うものをお違いに学んだ気がする。その違いと共通性はなんなのか。話しは、柳川啓一という、二人にとって共通する師匠のことにかなり及んで、終わった。

May 13, 2009

5月13日(水)はるか締め切りに遅れている原稿がようやく完成しつつある

今は、もう締め切りから一年近くが過ぎようとしている原稿を書いている。『新アジア仏教史』という大型企画で、その第14巻に、「戦後仏教の展開」という章を書くことになっている。もっと早くやるべきだったが、時間が経ってしまった。今月はちょうど、原稿の狭間になったので、これを仕上げることにした。月曜日からかかって、今日で、70枚まで行った。あと、一日かければ、仕上がるだろう。

原稿を25枚ほど書いてから、定期検診に病院に行く。なぜか1時間半も待たされたが、仕事した疲れで、うとうとしていた。血液検査の結果は、全体によかった。甲状腺の数値だけ高かったが、先生の話では、夏暑くなると高くなる傾向があるという。別に体の方には何の異常もないので、それほど問題ではないだろう。

帰ってから、大相撲の横綱戦を見ていたら、知った顔があった。あれは、先輩で映画監督の中原俊さんと、人間国宝で能楽囃子方の亀井忠雄さんだったのではないだろうか。朝青龍、やはりあまり気力がないし、相撲も荒い。これは、相当な危機なのかもしれない。

May 11, 2009

5月11日(月)小沢氏の辞任と小室氏の執行猶予について思うこと

つい先日、小幡さんから、民主党はどうしたらいいのかと聞かれた。そのとき、私は、小沢氏が辞職しなければならないのは前提だが、辞める際に、一悶着起きて、それで関心が民主党の動向に集まり、その上で、新しい代表が選ばれればいいのではないかと言ってみた。残念ながら、そうした方向には行かなかったようだけれど、小沢氏が辞めるまで、待っていなければならないというのはいかがなものだろうか。

一方で、小室氏には執行猶予がついた。私は、自分の経てきたところから、人が再起するという点にとても関心がある。その点で、小室氏がこれからどのように自分を持ち直していくのかに興味を持つけれど、彼の場合相当にその道は険しいように思う。小室サウンドというのは、私にはちょっと耐えられないところがあり、そうした音楽が流行しなくなってホッとしている面がある。おそらく、あのサウンドが流行した時代背景もあるのだろう。その背景が、今ない状態で、彼はどういう音楽を作るのだろうか。イージーな生活から出てきた音楽が本質だとすれば、そういう生活を送れなくなること自体が相当なダメージだ。このまま、大きな変化がなければ、道を見つけられないまま、自分に失望していくことになるかもしれない。執行猶予がつくよう努力してきた周りの人々の善意が生かされることになるのかどうか、今はそれをうまく見通せない。

May 10, 2009

5月10日(日)母の日はすでに済ませていて記事などの整理をしたら急に取材が入る

マンションの入り口のところに、花をおくスペースがある。今日は、「母の日」ということで、カーネーションが数本、そこにいけられていた。昨日の土曜日には、実家を訪れ、少し母の日らしいことをした。カーネーションでは、おもしろみがないので、デパートで少し珍しい果物を買って、もっていった。

引っ越しから一ヶ月が経ち、ようやく全体が落ち着いてきた。粗大ゴミも半分出したし、ほかにもいろいろ捨てたので、かなりすっきりしてきた。今日は、クローゼットを片付けるとともに、取材を受けた記事や、インタビューなどが載った新聞、雑誌類を整理する。ただ、記事が載っているところだけを拾い上げて、あとは捨てるだけなのだが、かなりの量があり、半分くらいしか終わらなかった。とくに、『日本の10大新宗教』が売れていた時期には、さまざまな取材を受けていたことを思い出した。

近頃は取材が少ないと思っていたところ、日曜にもかかわらず、取材の電話を受ける。対象は、ワールドメイト。昔、そこの教祖の深見氏には会ったことがあり、『宝島30』では対談もしたことがあった。あわてて、ワールドメイトについて書かれたものを読み、どういった集団なのかを思い出してから、取材を受ける。

May 07, 2009

5月7日(木)ゴールデンウィークも終わった

ゴールデンウィークが終わった。もっとも、今日と明日を休みにして、超大型連休にした人にはまだ続いているのかもしれない。こちらは、例年のように、ゴールデンウィークでも、普段とそれほど変わらない日日を送った。事前の予報では、ずっと晴れが続くとなっていたが、いざ休みに入ってみると、とくに後半は天気が悪かった。今日も、雨が降った。

来客もあり、家の方は大分片付いた。この間、ラグを注文し、またカーテンもオーダーしたので、それが来れば、かなりきちんとした部屋になる。引っ越しから明日で1ヶ月になるが、落ち着くまでにはそれだけの日にちがかかるということだろう。

仕事としては、『日本宗教事件史』の原稿が仕上がり、新宗教について論考をまとめた本の再校が終わった。ほかに、編集物の平成史の原稿も校正したし、『福神』の原稿も書き終えた。『寺門興隆』での創価学会の連載も書き終えたし、これについては今月号も出た。今月は、矢野元公明党委員長の手記『黒い手帖』についてふれてみた。載ったタイトルは、「公明党もと委員長の『黒い手帖』を創価学会が恐れる真相」となっている。

May 03, 2009

5月3日(日)やはりGWは休むべし

ゴールデンウィークに付、6日まで休むことにする。再開は7日。

April 29, 2009

4月29日(水)昭和の日に本の取材のため明治神宮を訪れる

Sdim1415

『日本宗教事件史』の原稿で、唯一残っている章は、明治神宮の森について取り上げる予定なので、現地調査とはいかないものの、明治神宮を訪れる。都会とは思えない森が広がっているが、亜熱帯の植物もやはり繁茂している。これが温暖化のせいと言えるかどうかはわからないが、当初創建されたときには考えられないほど気温が上昇していることはたしかだろう。

Sdim1433


考えてみると、今日は、昔の天皇誕生日。今では昭和の日と呼ばれている。そのために、今日は拝殿の前で雅楽の奉納が行われていた。何も知らずにいったが、しばらく雅楽を鑑賞する。

April 24, 2009

4月23日(木)六本木ヒルズの栄枯盛衰を通してこれからの世界を考える

3日続けて、夜それもけっこう遅くヒルズに行った。夜乃木坂の駅からヒルズにむかって歩いていくと、オフィスの電気がついていたり、ついていなかったりするのがよくわかる。前は、全館、不夜城のような光景が広がっていたけれど、最近では、階によってはまったく電灯がついていないところがある。昼間でもわかるが、夜になるとそれがはっきりする。3階分、ごっそりとあいているのはリーマンだろうか。

六本木ヒルズができて5年以上の月日が流れたが、その間にこのあたりをめぐって実にいろいろなことが起こった。夜の鼎談では、ライブドアのことも話題として出てきたけれど、ちょうど堀江氏が逮捕されたときにはヒルズにいた。いても49階にいると、地上の喧噪がまったくわからない。その点では、一人の個人に起こる出来事は、やはり小さいということだろうか。

リーマンの社名が入った石も撤去され、何事もなくその上を人があるいている。堀江氏は、全盛時代、色紙に「諸行無常」と記していたが、まさにそうした事態が起こっている。新しいビルも出来て、その分、ヒルズの求心力は衰えつつあるのかもしれない。それでも、まだまだこのビルを中心に日本が、そして世界が動いているようにも思える。果たしてこれからどうなるのか。それを考える場所でもあるような気がする。

April 23, 2009

4月23日(水)新緑の季節にとりとめもなく思うこと

ここのところ、朝は家で原稿を書き、午後に打ち合わせをして、夜に本のために鼎談をするという日日が続いている。おかげで寝不足で、頭がうまく働かない。それでも、原稿は書けるし、打ち合わせもできるし、話しもできる。まあ、それが仕事だからこなしていかなければならないけれど、ちょっとホッとしたい気持ちもある。

気温の方も大分暖かくなってきて、新緑も鮮やかになってきた。季節としてはやはり一番いいところだろう。その季節をどのように味わったらいいのか、もうすぐゴールデンウィークも来るし、それを考えてみたい気もする。別に会社につとめているわけではないので、休みがあろうとなかろうと、別に関係はないが、ハレとケというか、メリハリをつける必要はありそうだ。ずっとハレというわけにもいかないし、だからといってケばかりでは味気ない。日本の社会は、戦後、経済が発展してから、ひたすら24時間365日をなんとかハレにできないものかとがんばってきたようなところもある。果たしてそれでいいのか。昨今の情勢は、その点についての根本的な問い直しを迫っているようにも思う。

人生の大きな流れのなかにも、ハレとケがあって、良いときもあれば、そんなに良くないときもある。これも、平坦だと、どちらのありがたみもわからなくなるし、良いときと良くないときが繰り返されるから、ありがたいようにも思う。

April 16, 2009

4月16日(木)ソマードに久しぶりに行ったらシステムが完成していてびっくりする

引っ越しでばたばたしていたので、ここのところ行っていなかった神保町のソマードへ出かける。今回、経堂日記とオフィシャルという二つのブログを統合し、別のところでブログを立ち上げようと考えて、調べてももたのだが、ソマードのシステムにブログがあることを思い出した。そこで、相談に出かけた。

出かけてみるとびっくり。ブログを一番下にして、その上に、掲示板的なノーツが乗っかり、さらにその上にショップやデパート、シティーにスーパーシティーという大規模なシステムがすでにできあがっていた。これも、チケットの予約システムを開発したことでシステムが完成したと言える。あとは、実際にこのシステムを使う人間がいればいいが、これだとたんにブログを書き、コミュニケーションをし、本などを販売するだけではなく、出版社との原稿のやりとりや、デザインの打ち合わせ、さらには版下作りから印刷まで、あらゆる作業がこのシステムのなかでできることになる。

途中で、牧野出版の佐久間さんに電話をして、来て貰う。具体的なことは何も告げなかったが、30分もしないうちに着いた。その全貌を紹介したが、実際に出版事業をしている人なら、このシステムがどう機能するかがよくわかるだろう。これから、おもしろい展開になっていくはずだ。

April 14, 2009

4月14日(火)なんとなくブログを再開する

引っ越しの作業もようやく山を越えたので、久しぶりにライブラリーへ行く。小幡さんともずいぶん会っていなかった。いろいろと世間話をするが、彼が、『無宗教こそ日本人の宗教である』の書評が『日経ビジネス』に載っているのを教えてくれた。4月13日号となっているから先週か、先々週に出た物だろう。

書評をしてくれているのは、民間人校長として有名だった藤原和博氏。かなり好意的で、内容もすばらしい。藤原氏は杉並区立和田中学校で校長をしていたわけだが、前にも書いたけれど、そこは実は私の母校。藤原氏がそのことを知っているのか知らないのかはまったくわからないが、これも何かの縁だろう。

仕事の方は、なんだかまだ疲れが残っていて、あまり進まなかった。そろそろ本調子を出していかないと、いろいろと間に合わない。まあ、来週には本格的に動き出すのではないかと思うがどうだろうか。

帰りがけ、これも久しぶりに雨。桜が咲き始めてから散るまで、ほとんど雨が降らなかったというのは珍しい。いつの間にかその桜の季節も終わり、新しい年度が動き始めている。このブログも、ちょっとリニューアルの予定だが、それにはもう少し時間がかかるかもしれない。

April 05, 2009

4月5日(日)朝から海老蔵を見て連載の原稿を書くと経堂駅の近くでは火事があったらしい

朝起きて、テレビを何気なくつけたら、海老蔵が出ていた。ほかに、藤原竜也と小栗旬が出ていて、いろいろ軽いのりで話しをしている。ほかの二人に比べて、いかに海老蔵が普通でないかがよくわかる。今は、弁当持参でゲーセンに行き、競馬ゲームに熱中しているという。

『寺門興隆』の創価学会の連載、原稿を書く。今回は、読者の要望もあり、矢野元公明党委員長の手記、『黒い手帖』について書くことにする。はじめは1回で終えるつもりだったが、書いていたら、いろいろふれることがあり、けっきょく、終わらなかった。この調子だと次も同じ話題になりそうだ。

夕方、図書館に本を返しに行き、ついでに白洋舎で保管してもらっていたクリーニングを受け取り、そのまま新居の方にもっていく。駅のところでは、たくさんの消防車が来ていて、どうも火事があったらしい。魚真へと行く方向の道が通行止めになっているが、どこが現場なのかまったくわからない。それほどたいしたことはなかったのだろうが、事実はわからない。

北朝鮮は、朝、ミサイルを発射したようだ。そうしたものを飛翔体というとは知らなかった。幸い、日本には何も落ちなかったが、やはり武器を売り込むためのデモンストレーションなのだろうか。

April 01, 2009

4月1日(水)年度初めになぜか仕事がいやにはかどる

4月になったけれど、なんだか天気も悪いし、寒い。桜の開花は早かったものの、満開にはまだ間がありそうだし、寒いのでお花見の気分にはなれない。

仕事は、宗教美術史が終わり、宗教を読み解くのゲラも返したので、宗教事件史に集中できる。おかげで今日は、2項目も書くことができた。これでちょうど全体の半分になった。

今日から新居の契約が成立しているので、鍵をもらい、寄ってみる。相当にきれいになっていて、ありがたい。引っ越して一番問題になるのは、やはりカーテンだ。家によって高さや幅が違い、この家で使っているものがすべて使えるとはかぎらない。カーテンはけっこう値段がはるし、これは頭が痛い。

March 29, 2009

3月29日(日)まだ寒いけれどヒルズは桜祭り

Sdim1306

校正をしなければならないので、ヒルズの方へ出かける。乃木坂駅から行くと、ヒルズの前で地下通路を通ることになるが、そこにある看板が変化していた。前はただの模様だったが、今回は、ヒルズを題材にした写真。ちょっと雰囲気が変わった。

校正は、安丸良夫氏の『出口なお』の解説と、『ぼくが宗教を読み解くための12のヒント』。前者は短くて、すぐに終わったが、本の方は、12章あるうち8章が終わった。大きな問題はないが、改めて読み直してみると、けっこうおもしろい。宗教学者がいったいどのように研究を進め、物事を見ていくかということがわかって貰えるかもしれない。

Sdim1309


ヒルズの毛利庭園では、桜が咲いている。ヒルズ全体で桜祭りをやっているが、花見というにはまだ寒い。来週は暖かくなるのだろうか。

March 28, 2009

3月28日(土)物ではない引っ越しの面倒さを体験してほとほと疲れてしまう

引っ越しの準備が進んでいるが、案外、難しいのがネットや電話の移転。いろいろなサービスがあって、それがまた複雑に絡み合っている。IP電話というのもくせ者かもしれない。今日、移転の手続きのためにカスタマーセンターに電話をしたら、必ずしも正確ではない情報が出てきて、すっかり混乱する。どうもそこには間違いがあったようで、なんとか、最後には落ち着く。しかし、もうそこまで来ると気力がなくなって、電話の移転までは進めなかった。

物を運ぶという面では、おまかせが進んでいて、それに任せればいい。けれども、物ではない部分になると、誰もやってくれないので自分でやるしかないが、何をやったらいいのか、調べるにしても複雑で簡単には理解できない。皆、どうしているのだろうか。将来は引っ越し業者がそういう面でのコーディネートをしてくれるようになるのだろうか。

久しぶりに実家へ行く。実家の近くにおいしくて、いつも客がならんでいるケーキ屋があるということで、そこのケーキを買ってきてくれた。たしかに、卵など、相当にいいものを使っている。駅から離れたところにあるというが、これなら商売として成り立つだろう。これからは、本当のいいものでないと、日常的に必要でないものは売れないのかもしれない。高級料理店など、会社の経費が落ちなくなれば、次々と店を閉じざるを得ないだろう。そういう方向にこれからは進んでいくのではないか。そのなかでどう商売をするか。そこが問われている。

March 27, 2009

3月27日(金)桜は寒い日が続いて思ったほど咲いていない

午後は、日蓮の勉強会。桜上水から行くが、日大文理周辺の桜はまだあまり咲いていない。ただ、桜上水団地になると、かなり咲いている。日当たりが違うのだろうか。勉強会の会場である常円寺に行くと、しだれ桜などが咲いていた。勉強会の方は、引き続き「撰時抄」。今回は10ページは進まなかった。

勉強会が終わってから、伊勢丹に行き、リンの売り場で、DSの一番安いスニーキーを聴かせてもらう。アンプも内蔵されているが、マジックと同じような音がする。売り場での試聴なので、比較はできないが、小さなスピーカーを鳴らし、BGM的に使うならば、これで十分なのだろう。将来、導入する可能性もあるかもしれない。

仕事の方は、朝、宗教美術史のおわりにの続きを書く。あと1節か2節でおわりそうだ。編集者から、月曜日に「阿修羅像展」の内覧があるという知らせをもらったが、今の状況では行けそうになり。阿修羅像は、最近二度は見ているし、ほかのものもほとんど見ているので、果たして上野へ行くべきかどうか。国博の展示に疑問を感じているだけに、微妙なところだ。

March 26, 2009

3月26日(木)引っ越しも契約にこぎ着け研究室の歓送迎会に出る

引っ越しに関連して、いろいろやらなければならないことがある。そうしたものを済ませながら、仕事の方も進めなければならない。今日も、新しい本の企画がもちこまれた。引っ越しが済んでから、話し合いをすることになったけれど、ありがたいことだと思う。

今日、はじめて大家さんと会う。契約の方も、サインして、礼金敷金前家賃などを振り込む。一応順調に進んでいると言えるだろう。引っ越しの期日も決まっているし、ほとんど問題はなくなった。

原稿は、宗教美術史のおわりにの章を書き始める。いろいろとやりながらも、なんとか10枚ほど書く。これが完成すれば、なんとかなるのではないだろうか。

夜は、東大の御厨研究室の歓送迎会。メンバーのうち、4人も結婚がらみで、まことにめでたい会になった。阿川先生や武田さん、黒須さんにも久しぶりに会った。おいしいイタリアンで、堪能して帰ることができた。

March 25, 2009

3月25日(水)宗教美術史を直し引っ越しのことをいろいろと手配していく

いろいろとあわただしい。そんななか、『ぼくが宗教を読み解くための12のヒント』の初校が送られてくる。編集者のチェックした疑問箇所も少ないので、一読すればすみそうだ。直すところはほとんどないだろう。

今日の仕事としては、宗教美術史、近世の8章と近現代の9章を見直す。この時代になると、もう直す部分はあまりなかった。直しようがないとも言える。このあと、結論の章をもう一度書き直せば、一応最終稿として考えている第4稿ができることになる。もう少しだ。

引っ越しの方、新しい家の審査も通り、引っ越しの日程も決まってきた。一番、問題なのはネット環境で、我が家の場合、たんにインターネットができればいいというだけではなく、リンのDSのシステムがネットワーク上にあるので、そのことも考えないと行けない。たまたまパナソニックのサイトを見たら、家庭内ランというのがあって、電話線のように壁のなかにランケーブルを入れてしまうやり方が出ていた。できるなら、それでやりたい。そうすれば、ケーブルが部屋の中をはい回るということはなくなるはずだ。

March 23, 2009

3月23日(月)強風のためライブラリーに行くのに時間がかかった

Sdim1081

昨日に引き続いて、風が強い。朝、だったら経堂の駅から富士山が見えるかと思ったら、やはり見えた。ただし、うすぼんやりしていて、先日くっきりと見えたのとはかなり違った。常磐線が強風で止まったらしく、その影響で小田急線から千代田線のダイヤがかなり乱れていた。

ライブラリーで仕事。宗教事件史の原稿、10章目を書く。なんとか1章分を書き上げるが、一日使ってしまった。

夕方、工作舎の編集者がライブラリーにやってきた。今度、四方田犬彦氏が1970年代の大学でのことというか、当時の学問の状況について本を5月に出すという。その際に三省堂の本店でトークショーをやることになり、私に対談の相手をしてほしいと頼まれた。編集者からは、まだ校正段階の原稿を渡される。ちょうどそのころは、私の『ぼくが宗教を理解するための12のヒント』が出ているかもしれない。そうなれば、格好の宣伝の機会になりそうだ。

March 21, 2009

3月21日(土)経堂という町は多様で不思議なところだと改めて思う

引っ越しをしようとして、経堂の街をめぐっていると、今まで気づかなかった街の特徴がわかってくきておもしろい。経堂のベースは、小さな川がいろいろなところに流れている田園地帯。おそらくは、つい数十年前まで農地がかなり広がっていたことだろう。だからこそ、農大があり、また、徳富蘆花が農業をやっていた今の芦花公園がある。その川については、暗渠になってしまい、その面影は、遊歩道などに残されている。

街についても、格別計画的に進められたのではなく、場当たり的に進められたことが明らか。そのために、少し場所が違うと、環境があまりに違う。家が密集していて、空間が乏しい下町的なところがあるかと思えば、反対に、敷地がやけに広い家が並ぶ地域があったりする。しかも、一本道を隔てただけで環境が変わったりする。駅前についても、ほとんど離れていないのに、閑静な住宅街であったり、イメージとしては荒野のなかにぽつんと建っているマンションなどもあり、現地に行ってみないと、そこがどういう場所かまったくわからない。

経堂に今回住んで10年が経ち、30年前に住んでいたときをいれれば、10数年経っているわけだが、日常的に出入りする空間は限られていて、町の全貌をわかっていなかったのだと改めて思った。それも、もしかしたら経堂特有のものかもしれない。そこに、この町の一番のおもしろさがあるのではないだろうか。

March 20, 2009

3月20日(金)今日が地下鉄サリン事件の日だということをすっかり忘れていた自分に驚愕する

正直、今日は複雑な思いにかられた。3月20日と言えば、それは地下鉄サリン事件が起こった日だ。それから今日で14年が経った。私にとって、忘れられない日であり、また、忘れてはならない日であるはずだ。

ところが、たまたまつけた7時のNHKニュースで、霞ヶ関駅での慰霊祭のニュースを見るまで、そのことをすっかり忘れていた。今日が3月20日だということがわかっていたにもかかわらず、今日はまったく気づかなかったし、今日にいたる日日のあいだにも、同様だった。いつもの年なら、3月20日が近づいてきたら、何年目だと考えたりするのだが、今年はそれもなかった。自分のなかで事件が風化していることを強く感じた。

決して、オウム真理教のことを忘れたわけではないし、つい先日も教団について話しをしたばかりだ。ところが、それでも今日のような事態が起こった。たしかに、14年という歳月は長いし、私の場合、直接の被害者の方々とは違い、障害をかかえているわけでもない。あるとすれば、こころの問題だが、そのこころが、あの事件から相当に離れてしまったのだろうか。その意味で、今年は特別な思いにかられた。

今日は休みだけれど、午前中から午後にかけて、宗教事件史の原稿を書く。この作業、1章分を書き上げると、13.5枚ほどでもすっかり気力を使い果たしてしまう。よって、一章分を書き上げただけだった。これで9章分が終わったことになる。

March 19, 2009

3月19日(木)先端研の研究室を引き上げる準備をし桜月の神事に参加する

午前中は原稿を書く。宗教事件史の8章を書く。茶道について書いた。一時茶道の研究を志したことがあり、そのときの知識が役に立った。それははじめてのことかもしれない。

午後、昨日見られなかった物件の一つを見せたもらう。まだリフォーム中だが、徹底したリフォームで、完成するとまるで新築のようになりそうだ。家賃はやはり高いが、心惹かれる。

そこから、先端研へ。来年度、客員研究員は続くが、研究室を引き上げなければならない。本を段ボールにつめる作業、研究室の若手に手伝ってもらい、完了する。全部で箱が17箱。ここ数年これだけの本が家になかったのは、本当にありがたいことだ。箱を見ると、やはり引っ越しかと心が傾く。作業が終わってから御厨さんなどと雑談。いまの日本がいかにだめか、そんな話題ばかりだった。

Sdim1072

桜月の神事に参加するために、西早稲田のコズミックセンターへ行く。先日江古田で使った桜の絵だがすでに満開になり、散り始めている。春の予祝のための神事ということらしい。果たして次は何が来るのか。まったく予想がつかない。

March 18, 2009

3月18日(水)本が戻ってくることになり引っ越しを考えてもいいかと少し物件を探してみる

今度、東大におかせてもらっていた本が家に戻ってくることになった。段ボールでいくつになるかわからないが、教団関係の資料が主においてある。これが家に戻ってくると、置き場所に困るので、引っ越しを考えることにした。午前中、経堂の不動産屋へ行き、いろいろと物件を紹介してもらう。今の団地、もう少しひろい物件があれば、そこに引っ越すという手もあるが、それがないのでいたしかたないだろう。それに、同じところに10年というのも、停滞している気がする。

マンションで広いものとなると、一人暮らし用の狭いものに比べれば、物件の数が少ない。なかには、リフォーム中で中を見られないものもあった。多いのは、バブル期に建てられた賃貸物件。外側が、タイルのようになっていて、それはあの時代の建物の特徴だ。そうしたもの、作りは立派で、共用スペースなども広く、枯山水のようなものがたいていある。中身も豪華ではあるけれど、その豪華さがかえって、今になると果たして必要なのかどうか、疑問を抱くものもある。その点ではなかなか難しい。かえって、それよりも古い物件の方が、住むということでは環境がよかったりする。もう少し探すことになるだろう。

そんなわけで、仕事もほとんどできず、WBCも見られなかった。

March 16, 2009

3月16日(月)キューバ戦の終わりを見て後はヒルズで仕事をする

今日は、昨日以上に暖かい。朝起きてテレビをつけたら、WBCのキューバ戦をやっていた。ちょうど、松坂から岩隈に投手が交代したところだった。データを開いてみたら、6-0で勝っているというので驚く。さすが松坂ということだろうか。

試合が終わってから、ヒルズへむかう。最初に、『宗教理解』の本のまえがきを書く。この本、編集者からの提案では、『ぼくが宗教を読み解くための12のヒン』という題名になるらしい。ここのところ、数字がついたタイトルのものが多い。なんだか、長編小説家から連作小説家になったような気分だ。

『大学ランキング』の原稿の校正をしてから、宗教美術史の浄土教信仰の章を見直し、それを終えて、鎌倉時代に入る。これも、半分くらい見直すことができた。途中、『アエラ』の現代の肖像に載っていた堺雅人についての文章を読む。狂気の部分がおもしろかった。彼にはたしかにそうしたところがある。役の上でも、その狂気を発動させたらおもしろいと思うが、今の状況では、そうした役をやるようにはならないかもしれない。難しいところだ。

March 14, 2009

3月14日(土)今週はなぜかそれほど忙しくはなかったのに目一杯働いたという感じで一日くつろぐ

なんとなく今週は目一杯働いたという感じがして、昨日など東京財団の研究会に着いたときには、すでにあっぷあっぷだった。ようやく土曜日になった。ただ、朝からあまり天気がよくない。一度あがったように見えて、また振り出し、天気の回復が遅れた。

ただ、ちょっと仕事をしておこうかと、宗教事件史の7番目の章、5枚ほど書く。親鸞と蓮如の話。しかし、さすがにそこまで書くと嫌になり、そこで終わり。それでも、それだけ書いておくと、次が楽になるはずだ。

昼、雨の中を買い物に出るが、駅の南に顔専用のエステの店が出来ていた。男性には関係がなさそうだが、いろいろな店が出来るものだ。セレクトでジャマイカプライムを買い、保存容器の小さいのも購入する

一日、Majik DSをならしていたが、音がよくなってきた気がする。けっこう、はっとして、こんな音だったのかと改めて思うことがある。SD05が来てからCDをかけると、なんだかいやな音になっていたが、そういうのがまるでない。CDをかけたときには、CDがなっているという感覚があったのが、今はそれがまるでない。どう説明して良いか、それが難しいが、音が自然になったということだろうか。さすが、次世代の音の世界だと思う。

March 12, 2009

3月11日(水)江古田でふたたび神事が行われる

朝はいろいろと雑用があり、確定申告のことや粗大ゴミの申し込みとか、そういうことをしていたらかなり時間がかかった。そのあと、宗教事件史の原稿を1章の半分くらい書き、昼食をとってから、ライブラリーへ出かける。

ライブラリーでは、原稿書きをする合間に、『サンデー毎日』の取材を受ける。三田会について。記者が早稲田でなので、他の宗教の人間が別の宗教を批判しているかのような取材になる。終わってから、1章分の原稿を仕上げる。これで、全体の4分の1が終わったことになる。

Sdim1064


『出口なお』の本を読み、夜は夕食をとってから江古田へ。昨日、松風窓で神事があるという連絡を受けた。今回は、桜の祭り。買ってきたという桜の枝が用意されていて、すでにほころんでいる。その枝に布を結び、桜を言祝ぐことばを墨書する。私が書いたのは、「松かぜの窓をひらかん桜はな」。それを神谷宗家が即興で歌う。来週は、道場の方でその桜の枝を使って、何かやるらしい。

終わってから、タクシーで帰る。深夜なので環7もすいていて、わずか15分で家に着く。もし電車で帰ったら1時間以上かかっただろう。

March 11, 2009

3月10日(火)愛宕神社脇の菜根という店で会食をする

朝、浄水器のフィルターなどを交換してくれるダスキンの人が来る日なので、それを待ちながら、仕事をした。宗教美術史の直し。今日も、全体で2章分進む。

ダスキンの人がなかなか来ないので、ヒルズへ。小幡さんと久しぶりにヒルズクラブで昼食をとる。午後も仕事を続ける。

夜は、愛宕神社の脇にある中華料理の店で、電通の渡辺さんと、初めて会う元電通の弁護士さん、それに娘を加えて夕食をとる。ヒルズから愛宕神社まで散歩がてら歩いていき、携帯のナビを作ったが、アメリカ大使館のところで、止められ、それでルートから外れてしまった。愛宕神社の下に着くと、高低差があると、ナビはまったくきかなくなる。参道をあがったが、最初は店がわからず、別の店で聞いてはじめてわかる。「菜根」という店で、桜の季節には昼夜満杯になるということだが、今夜は客が一組。外に出ると、昼間の暖かさが嘘のように寒い。まだ、完全に春にはなりきっていない。

March 08, 2009

3月8日(日)豪徳寺にはじめて行き土門拳の文楽の写真に感銘を受ける

それほど天気はよくないが、何とか持ちこたえる。風邪の方は、大分よくなってきて、咳もほとんどなくなってきた。天気の方は不順でも、体の方は暖かい季節を迎える準備が出来たということだろう。

日本橋三越本店で開かれている「土門拳の昭和」のチケットがあったので、そちらに出かけようと考えたが、とりあえず散歩をかねて、豪徳寺に行く。招き猫で有名な寺だが、10年も近くにいて、未だにいったことがなかった。招き猫がずらっと並んでいる光景を想像もし、期待もしたがそれはなかった。招き猫を売っているところでは、なぜかゆるキャラの王様、ひこニャンが鎮座していた。

そこから、羽根木公園に寄り、梅を見た。前にも来たことがあるが、ウグイスが何羽も飛んでいて、まさに梅に鶯の状態。天気が悪いので、梅の花もはえない。

そこから、日本橋へ。最終日と言うことで、土門拳はかなり混雑していた。眼鏡を忘れてしまったので、近くでのぞき込まなければならず、人の多い分、あまりちゃんとは見られなかった。主に仏像関係を見たが、彼が撮影した文楽の写真、これまでちゃんと見たことがなかった。仏像を撮る以上に、文楽の写真はよい気がした。仏像だと、あまりに細部が強調されていて、何がなんだかわからないこともあるが、文楽人形だとそれがない。人形遣いや太夫などが写っているのも、より興味を引かれる原因だろう。

March 03, 2009

3月3日(火)雛祭りにライブラリーと横浜でレクチャーコンサート

午前中は家で仕事をする。『宗教事件史』の2章を仕上げ、3章にかかる。2章までは、編集者に公開する。

午後は、ライブラリーへ。雛祭りということで、紙で出来たおひなさまが飾られていた。小幡さんとも久しぶりに会う。ビクターのスピーカーをヤフオクで落札するか思案していた。彼の学生がやってきたが、これから都庁にシンクタンクのNPOの申請に行くという。夕方まで仕事をする。

夜は、神奈川県民ホールへ行く。神谷宗家に言われ、支援者でもある佐治晴夫氏のレクチャーコンサートを拝聴する。場内は平日だというのにいっぱい。佐治氏は、アマチュアということだが、パイプオルガンを演奏した。

3月2日(月)渡辺君に急に呼ばれて新宿に出て久しぶりにCDを買い村上春樹論を書いてみないかと提案される

3月も2日目。とりあえず、『宗教事件史』の原稿、最初の章を仕上げる。それから、2章に入る。半分以上は書いたが、最後までは行かなかった。

3時過ぎには、もう頭が働かなくなり、ボーッとしながら、コーヒーを入れたり、CDのリッピングの作業を続けたりしていたら、夕方、電通の渡辺氏から電話があり、新宿で食事というか、飲むことになる。

落ち合う前に、久しぶりにタワーレコードに行く。今日は日がさしたけれども、空気は相当に寒い。ここのところ、DSに変えるまで、CDを買っていなかったので、いろいろと買ってみる。チックコリアとバンジョー、この前聞いたチックとジョン・マクラフリンのバンド、キースのトリオの新譜、日野皓正の仏教っぽいもの、それにズート・シムズの日本公演のライブなどを購入する。最後にもう少しでポイントがアップするということで、乾電池も買う。かなりの額になった。

紀伊國屋の南店で落ち合い、サンルートホテルの2階にあるバーに行く。月曜日ということもあって、あまり客がいない。その分、かなり落ち着ける。窓の外の景色を見ていたら、これは地方都市の中心部のようではないかと思えた。渡辺君からは、いろいろ本の提案があり、そのなかで村上春樹についてトータルに論じてみたらどうかと言われる。あるいはこれは、まじめに考えないといけないのかと思ったが、なんとなく英語で書いた方がいいような気がした。

寒いのでタクシーで帰るが、新宿から家までわずか10分強で着いた。途中工事もあったが、今時のせいだろうか。

February 28, 2009

2月28日(土)2月もいつのまにか最後の日になったが寒暖の差が激しくからだにはきつい

季節の変わり目は、天気が悪いというのはいつものことだけれど、今年は何かひどい気がする。今日も、久しぶりに日差しがあったが、すっきりと晴れるまでにはならなかった。気温の方もだんだんと下がってきて、夕方になると寒い。こう気温の差が激しいと、からだがついていけない。咳がなかなか抜けないのも、そのせいかもしれない。ただ、もうこれで抜けるという感じがして、からだの方も変化しているような気分がしたのだが、どうなるだろうか。

WOWOWに加入しているけれど、これがほとんど番組を見ることはない。今日は、ゆっくりしていたので、夕方、馬を走らせるジンガロなるものの日本公演の生中継を見る。やはりテレビでは、迫力がまるで伝わってこないが、これはもともとジプシーに発するものなのだろうか。フランスの集団で、音楽はルーマニアとか書いてあったが、ヨーロッパの人間ではないと、そこらあたりの感覚がつかめない。

マジックDSのためのリッピングについて、リンの人に聞いてみて、一部解決したところもあった。なかなか、すっきりとCDを読んでくれなかったり、曲名が表示されなかったり、あるいは、アルバムの写真が入らなかったりと、面倒なことが結構起こる。それでも、かなりの枚数をリッピングしたので、聞ける曲がだんだんと増えてきた。一度入れてしまえば、改めてCDを選んでかけるという作業がないし、聴きたい曲だけも聴けるし、その点はかなり便利。使い込んでいけば、さらに使い勝手はよくなっていくだろう。

February 27, 2009

2月27日(金)締め切りが近い原稿を書き新しい本に手をつけ日蓮を学び懸案のスプリングコートを買う

2月もあと2日になった。朝日新聞から出ている『大学ランキング』で宗教系の大学について書くことになった。その原稿を書く。5枚ほどなので、1時間半くらいで完成する。

その後、3月中には仕上げなければならない『日本宗教事件史』の原稿に着手する。これは、日本の宗教史のなかから24の項目を選び出し、それについて書いていくもの。最近、20、10、12と、細かな項目で組み立てていく仕事が続いている。1冊分の長いストーリーを考える必要はないが、各項目がかなりタイトだし、相互にどのように関連させるかも問題になる。ただ、今回は、歴史を追っていくものなので、最後になってようやくこつがつかめてくるというパターンにはならないだろう。

午後は、日蓮遺文の勉強会。先週静岡の日蓮宗で講演をすることになり、福神の上杉さんなども関係していたので、1週のばしてもらった。「撰時抄」の2回目。日蓮が、不空三蔵の漢訳について批判している箇所がおもしろかった。そこまでさかのぼって批判するような人間は、日本には他にいないのではないだろうか。やはり日蓮はユニークだ。

勉強会が終わった後、会計事務所に支払い調書の残りを届け、武蔵野歯科でヒルズで使う電動歯ブラシを受け取り、紀伊國屋書店を見て、伊勢丹ではリンの売り場でリッピングについて聞く。さらに、5階に寄って、ヒッキー・フリーマンの売り場に寄るが、前回話題になっていたオレンジのスプリングコートが待っていた。インポートで、雑誌を入れるポケットなどもついている。スプリングコートのたぐいがなくて不便をしていたので、それを買う。それから、春夏用のレザーのブルゾン、昨年のもので半額だというので、それも買う。ブルゾンもちょうどなかったので都合がいい。これで、一年をカバーできる服がそろった。これからは、何を買うか。それが問題になる。

February 24, 2009

2月24日(火)ライブラリーで仕事をし打ち合わせをするそんな一日

朝、経堂の出張所へ行って、住民票をとってくる。小幡さんが作るというNPOに必要とのこと。前から言われていたが、ようやく行けた。そのまま、ライブラリーへ行く。

勉誠出版というところから出す、新宗教についての論文集のために、まえがきを書き、さらには補足として、今後の新宗教について書く。まえがきは7枚ほど書き上げ、補足は10枚ほど書いたが、こちらは終わらなかった。

高校時代の同窓生、画家の三輪さんが、この前の個展で買った絵をもってきてくれた。今までと感じが違うのは、色のせいもあるが、カンバスに和紙を貼って、裏がないのが影響しているようだ。先日の感動の対面の写真を渡す。今後の個展のことを聞いたが、今年はまだ予定がないようで、来年は決まっているとのこと。介護があるのでと、早々に帰っていった。

その後、企業での講演のコーディネートをしている担当の人が訪れ打ち合わせをする。さらに、牧野出版の佐久間さんがやってきて、企画を2つばかり検討するよう求められる。どちらも実用書だが、できればかなりユニークなものになるだろう。終わってから、六本木交差点近くのビアーバーで飲む。

February 23, 2009

2月23日(月)こまごまと仕事がいろいろ

天気も悪いが、風邪の方、すっきりとは抜けてくれない。先週、静岡でがんばったせいだろうか。別に悪化しているわけでもないけれど、いまいち。

それでも、まず『宗教理解』の11章を見直す。これで後1章になった。それから、水野・小幡鼎談の原稿に手を入れる。これは、編集者から送られてきていたのに届いていなかったもの。私は、そんなにたいしたことをしゃべっていないので、直しも簡単にすんだ。

新宗教関係についてこれまで書いたものをまとめて出すことになっていて、その校正を最後までやり終える。それから、初出一覧まで作る。これで、今日は力が尽きた。この本については、まえがきと、補足の文章を書かなければいけない。

あとは、講演やらなにやら、日程が決まったりする。先のことなので、今の体調とは関係がない。

そろそろ、取りかからなければいけない仕事もあるし、宗教美術史、魂を入れないとだめな気がする。どういった観点で全体を通すのか。そこを改めて考えて、最後の筆を入れることになりそうだ。

February 22, 2009

2月22日(日)年賀状はちっとも当たらないし見ようと思った映画もまるでつまらない

先週片付けができなかったので、2週間ぶりに片付けをする。朝は、まだ風邪が抜けないのか、10時過ぎまで寝ていた。おかげで宅急便を受け取り損ない、再配達を頼む。ついでに荷物を一つ発送する。

年賀状、もらったときにだいたい整理していたのを、最後までやりとげる。年玉の抽選、見ていなかったので、それも確かめていくが、驚くほど当たらない。ほかのものがあたらないのはしょうがないが、年賀シートさえ、3枚しか当たっていない。300枚もらっているから、もっと当たってもいいはずなのだが。そこで運を使ってもしかたがないかもしれない。

夜、録画していた「ディパーティド」の映画を見る。30分ほど見たら、あまりにもたもたしていて、全然おもしろくないので、見るのをやめる。これが作品賞というのだから、よほど今の映画はひどい状況なのだろう。ほとんど見に行く気がしないが、これでは無理だ。映画の作り方がまるでわかっていない人間が、雰囲気だけの映画作りをしているのではないか。あきれた。

February 19, 2009

2月19日(水)二月大歌舞伎を見に行き夜は大塚で飲む

昨日のブログで、今年2冊目の本と書いたけれど、実際には3冊目。昨年末に出たものの、発行日が今年になっていた『天理教』を思わず入れないで勘定してしまった。それを訂正する。

今日は、歌舞伎座へ。2月公演昼の部を見る。歌舞伎座のさよなら公演ということもあり、それで出演者が豪華なせいもあるのだろう、場内はかなりの人。とても不景気とは思えないのはいつものことだろうか。

演目は、「菅原伝授手習鑑」から「加茂堤」と「賀の祝」。「二人道成寺」に「文七元結」の三つ。最初の組み合わせは、非常に珍しい。これで、桜丸切腹の物語を表現したかったのだろう。よかったのは、梅王丸の松緑。最近双頭に芝居がうまくなっているが、今回も相当な進歩。一人で物語を盛り上げるだけの力を発揮している。

菊之助、玉三郎の「二人道成寺」は今回で4度目の上演のようだが、その全部を見てきた気がする。今回は、完成度があがっているが、玉三郎は腰でも悪いのだろうか。ところどころ体の動きにおかしなところがあった気がした。たいしたことでなければいい。

最後の「文七」は、豪華な配役。お久の右近、今回はあまりよくない。これは年齢のせいだろうか。菊五郎は、いいときの菊五郎という感じだ。けれども、何か物足りない感じもする。渡辺保先生が書いているように、あまりに配役が豪華すぎて、脇がいないせいなのだろうか。

Sdim1010


終わってから、大塚へ。セレスポの稲葉さんがセッティングして、電通の渡辺さんの慰労会。葬式やらで大変だったのではないかという趣旨。二軒目に入った中華の店。装飾は毛沢東だった。

February 16, 2009

2月16日(月)風邪なので書評を一本書いただけ

風邪が抜けない。咳が出る。からだをゆるめるために咳というものは出るらしく、それにはいつも時間がかかる。そんなわけで、あまり仕事をしなかった。朝、『諸君』から頼まれていた釈徹宗の『不干斎ハビアン』の書評だけは、今日が締め切りなので、書かなければならなかった。3枚ほど。その後は、『宗教理解』の本の次の章の構成だけを考える。これで、今日は終わり。

後は、文藝春秋に載っている芥川賞の受賞作を読む。最初はもたもたしていて、何の話しか見えてこなかったけれど、途中から筋がはっきりしてきた。ただし、最後の部分、主人公の病気の箇所がいったい何のための話しなのかわからない。時節にあわせて、派遣労働の苦しさ的な物語として売られているようだが、中身はまるで違う。みな、大学を出ているし、貯金だってしている。パートに出れば、離婚して独立できるだけの力ももっている。ただの「アラサー」の物語ということだろうか。こういうのが今の文学だとするなら、文学なんてまったく意味がない。少し上手に書けているから賞を上げる的な感覚なのだろう。選考する作家も、なげやりだ。

DSの方、リッピングがやっかいだ。ソフトによって、読んでくれるCDと読んでくれないものがある。3種類もソフトがあるのは、不安定さゆえのことだろうか。CDの情報が取得できないと、読み込んでも意味がない。この作業には、これからも面倒がつきまといそうだ。

February 15, 2009

2月15日(日)娘の結婚相手のご両親とはじめてお会いする

まだ、風邪が完全には抜けきれない。昨日はめちゃくちゃ暖かかったが、今日は大分落ち着いている。

娘が今度結婚することになり、相手のご両親とはじめてお会いする。二人が新宿の車屋別館を予約してくれた。これは、はじめての体験で、少し緊張するが、お父様が同業者の大学の先生なので、気楽に話しをすることができた。彼の書き上げた修士論文にはあとがきがついていて、お父様から薫陶よろしきを得ていることがよくわかった。やはり親の影響というものは、この世界ではなかなかのものだということを再認識する。

お父様がシャーロキアンで、家族ので会員になっているとのこと。シャーロック・ホームズの最初の全訳者、延原謙の評伝を、ごく最近刊行されていて、それをいただく。帰りがけ読み出したら、いきなり延原の父親が同志社大学の時代にリバイバル運動にかかわり、聖霊が降臨して大騒動になった顛末がかかれていて、驚く。そんな事件があったのも知らなかったが、これは、近代における宗教史のなかの一つの重大事件だろう。

私の場合も、子どもの頃、シャーロック・ホームズの全作品を年代順に読んでいったことで、一人の人物を研究するときの方法について身につけた部分があり、そこは共通するのかもしれない。昨今、子どもがいつになっても結婚しないということが親の悩みのようだが、それがないというのは本当にありがたいことなのかもしれない。

February 12, 2009

2月12日(木)普通に仕事をした一日

午前中は、家で仕事をする。『宗教理解』の9章を仕上げる。後半に来て、調子が出てきたような感じだ。これは、『10の悩み』のときと似ている。はじめから調子が出ればいいのだが、そうもいかないのだろうか。

昼前にヒルズへ向かう。今日は、一人でヒルズクラブに行く。たしかに、少し値段ははるが、一人で食事をするにも落ち着いていて、いい。係の女性に「今日はお一人ですか」と声をかけられる。

午後は、宗教美術史、現代の部分を直す。観点をかなり変えた。あと3節。明日には第3稿が終わることになりそうだ。最後に、また最初から見直す必要がある。その第4稿で一応終わるような気がするがどうだろうか。

家に戻ってから、リッピングソフトの調整をする。二つあるソフトのうち、片方は、設定するまでがかなり面倒で、それがようやく終わる。それでも、CDのタイトルや曲名などを読み取れなかったりして、これでは困る。後一歩というところだろうか。

February 11, 2009

2月10日(火)マジックDSをかけながら仕事をし夜は編集者と会食をする

午前中は家で仕事。『宗教理解』の本の8章を仕上げる。その合間に、昨日我が家に到着したマジックDSで音楽をかけてみる。考えていたとおり、夾雑物のないストレートな音がする。これで、デジタルの音の世界がほぼ完成したことになる。昨日、うまく動かなかったリッピングソフトも、今日は最初から問題なく動く。昨日は何だったのか、それが不思議だ。

午後は、ヒルズへ行き、『宗教美術史』の最後の章の直しをする。近現代のうち、近代は終わった。現代が意外と難しいが、出だしを変える必要があるかもしれない。夕方、出がけに、青木さんと酒井さんが作ってくれた長井健司の署名活動用のビラを、現在中心になってくれている藤原さんに送る。両面コピーだが、ライブラリーの優秀なコピー機だとかなり楽に出来た。

夜は、神楽坂へ。「カルネヤ」という肉料理の店で、角川の岸山さんの仲介で、集英社の佐藤さんと高田さんと会食をする。集英社は、先日出た『悪党の金言』の出版元でもある。タイトルが決まるまでの経緯について聞く。まあ、良いタイトルなのだろう。あとは四方山話で、割合と速く散会。

February 09, 2009

2月8日(日)夢を流す船を描く儀式が行われる

最近は土曜日を休み、日曜日から仕事をはじめるパターンにしており、朝からライブラリーへ行こうかと思ったが、玄関の扉のペンキを塗り替えるということで、乾くまで家にいなければならなくなった。さすがに、疲れ気味なので、今日は少しだけ仕事をする。

夕方、新宿のビッグカメラへ行く。明日来るマジックDSのために、レベルの高いランケーブル、外付けのHDD、無線ランのカード、デジタルケーブル、それにコントローラーに使うiPod タッチを買う。かなりの値段になった。

夜は、江古田の桜月流の拠点、松風窗へ行く。京都の鷹峯についで、神谷宗家の儀式その2.「長き夜の遠の眠りの皆目覚め波乗り船の音のよきかな」のうたを、このまえくんだ若水を使って墨をすり、それで鏡文字で書いていく。円を描くように描き、さらにその上に紙を重ね、丸を書いて、なかに船を書く。これを今日の夜、枕の下に敷いて寝て、それを明日、美保の松原で流すことになる。これで古い夢を払い、新しい夢見をする準備となるとのこと。

February 06, 2009

2月6日(金)36年ぶりの同級生の再会を見てこちらも感激する

昨日、新潟に講演に行ったけれど、日帰りしたのはけっこうきつかった。ちょっと後悔。泊まってくることもできただけに、その方がよかったかもしれない。

それでも、『ぼく宗教理解』の原稿を20枚ほど書く。もう少し書くことがあるが、最後は力が尽きる。目一杯になったら、どりょくしても仕方がないので、あっさりと諦めることにした。

午後は、新宿へ。妹を中心に、加藤さんと経営者会議。今後の動きがだんだんと決まってくる。食事をするという二人に分かれ、私だけ銀座方面へ。

高校の同級生、三輪暁さんの個展。年に何度も個展をやっているので珍しいことでないが、大分作品が変わっている。なにより、色彩が大きく変わり、なかには「日日是好日」などと題されたものまであった。何か心境の変化でもあるのだろうか。

今回は、電通の渡辺さんに声をかけたが、その渡辺さんが、同じ電通で働く旧姓小畑さんに声をかえた。その小畑さんと、三輪さんとは高校時代は同じ演劇部。ところが、卒業以来会っていないことが判明し、実に36年ぶりの再会になった。抱き合う二人を見ながら、声をかえてよかったと思った。同級生というものは、ちょっとしたきっかけで会ったり、会わなかったりする。やはり不思議な関係だが、たとえ長い年月会っていなくても、一気にうち解けるのが、独特の関係だ。

February 01, 2009

2月1日(日)経堂駅から富士山が見えて気持ちが良い

Sdim0983

朝、経堂駅の階段を上ってみたら、小田原方面に雪をかぶった富士山の姿が見えた。あまりこういうのは記憶がない。2日間にわたって、雨が降り、空がきれいになった上に、風も吹いていて、しかも日曜。好条件がそろった結果だろう。何か、2月のはじまりにしては、気持ちの良い幕開けとなった。

ライブラリーへ行くが、会員証が見あたらなくなり、再発行の手続きをする。それから、仕事は、宗教美術史の直し。なんとか近世の部分を終わらせようと思い、がんばる。幽霊画について、どこに入れるか決まらなかったが、ほかはなんとか直し終える。後一歩。これが終わると、最後の近現代の部分になるが、そこまで行っても、完成とは行きそうにない。いったいいつ終わるのか。果てがない。

夕方疲れたので、帰ろうとしたら、小幡さん夫婦とお茶をすることになり、ヒルズ内のトラヤカフェに行く。外に出ると風がひどく冷たい。カフェでは少し並んだが、玄米茶にあんパンを食べる。帰りに、青山ブックセンターに寄って、聖書を買う。一応、ないわけではないが、新共同訳を持っていなかったので、それを買い求める。あまりこの訳は好きではないのだけれど、ほかも格別いいものはない。本当は聖書はどう訳すべきか、信仰の壁を越えて考えるべき課題があるようにも思う。

January 31, 2009

1月31日(土)一月最後の日に洗面所を片付け若水が届く

今日は、家で掃除など。気になっているところはいくらでもあるけれど、とりあえず、今日は洗面所を片付ける。やり始めると、予想より時間がかかった。終わった頃には、すっかり空腹で、家に何もないので、南口のフレッシュネス・バーガーに行く。ところが、頼んだオレンジティー、前には本物のオレンジのスライスが入っていて、それがよかったのだけれど、今はそれが入っていない。

家に戻ってから、急に人に会いに、六本木のミッドタウンまで行くことになる。これも久しぶりに、虎屋へ行く。最初饅頭を注文したら、今日はもう品切れとのこと。椿餅なるものを注文したが、これが案外切りにくくて、ちょっと後悔した。サントリー美術館のポスターを見たら、もうすぐ「三井寺展」がはじまるようだ。これが始まる頃には、宗教美術史も終わっているものと思ったけれど、全然そうなっていない。いかがなものか。

帰宅すると、先日、京都で神谷宗家が組んだ若水が届いた。これで、私も字を書かなければならないらしい。いったい何を書くのか。墨をすって、紙を前にしたら、それがわかるのだろうか。近々書いてみたい。

January 30, 2009

1月30日(金)ちょっと寝が足りなくて効率が悪い日は原稿は書けない

夜中、ヘンな時間に目が覚めて、そのおかげで寝不足気味。原稿を書いていると、うまくできない。こういうときはあっさりあきらめて、原稿を書くよりも集中力がいらない再校を読む作業をする。『10の悩み』の再校、聖書からの引用などを確認するが、いったいどれを訳文として採用するか、それに迷う。新共同訳はあまり好きではないが、今はそれに従うべきだろうか。そこが難しい。

午後は、東京財団での生命倫理土台作りの研究会。橳島さんが、学問の自由と生命科学について提言を発表してくれるが、どうも納得できない。反論をしていたら、相当に時間を食ってしまった。このままでは議論が決着しないという段階になり、次の約束があるので、そこを後にする。

新宿で、ソマードの加藤さんと落ち合い、今までの経緯と今後について話し合う。それにしても、印刷をめぐる技術の進展にはすさまじいものがある。100万をかけないでも、高度なカラー印刷ができる。これは、相当に恐ろしいことだと思った。

January 29, 2009

1月29日(木)それなりに目一杯仕事をした一日

昨日は割に早く寝たので、目覚めも少し早い。8時台から仕事にかかれた。『ぼく宗教理解』の第5章を書く。3分の2くらい書いたところで、いつもの床屋へ行く。主人、なんだか最近体の具合がよくないとのこと。頸椎が痛いと言っていた。

戻ってから昼食をとり、また原稿の続きを書く。その途中で、バイク便で『10の悩み』の再校が届く。また、洋泉社から安丸良夫さんの『出口なお』を新書として復刊する際の解説を頼まれているが、その本も届く。原稿を書き終えてから、ヒルズへ。会員証が見あたらず、また「貸し出し用」を借りる。落としてないような気がするが、いったいどこへ行ってしまったのだろうか。

ヒルズでは、宗教美術史を少し直し、『10の悩み』の再校をこれも少し見る。夜は、赤坂で、KKベストセラーズから頼まれている宗教についての漫画の打ち合わせ。私が監修か、解説を書くことになっている。これは、時間がかかる仕事らしい。

January 27, 2009

1月27日(火)私も再生したのか直観があたる

紙屋川での月と水の儀は、もしかしたら、私にとっても再生の体験になっていくのかもしれない。

そのせいか、今日は直観があたった。朝、今年から税金のことをお願いする会計士の事務所に行くために新宿にむかう。京王新宿の駅を降りて、地下広場を歩いていたら、映画評論家の品田雄吉さんとすれ違う。それを見て、今日は、もっと有名人に会いそうな気がふとした。

会計士事務所で打ち合わせをしたあと、ライブラリーへ行く。先週、会員証が見当たらなくなったので、「貸し出し用」というのを借りる。これをつけていると、自分が貸し出されているような感覚がする。仕事は、宗教美術史の直しと、新宗教論文集の校正を少しする。途中、下の本屋に行ったら、刊行を待っていた五味康祐氏の復刊『オーディオ巡礼』が売られていた。それと、中公新書を二冊買う。「戦国仏教」についての本と、富士山についての本。

夕食を食べるために、また下に降りたら、エレベータホールの近くで、昨日京都の佐々木さんのところで話題になった塩崎元官房長官とすれちがう。昨日の今日なので、声をかけたくなったが、携帯で話し込んでいたので遠慮する。それから、夕食を食べに入った中華の店では、隣に俳優の林与一さんが入ってきた。これで有名人3人と出会う。直観は当たった。それほど意味はないが、なんとなく私の今を示しているような気がした。

January 24, 2009

1月24日(土)ゲラを返したかと思えばまたゲラが来た

昨日は暖かだったが、今日はまた寒い。雪もちらついている。昼に季織亭によって、その時間だけです牛すじ丼がプラスされたラーメンを食べる。久しぶりに、その隣のセレクトでコーヒー豆を買う。いつものジャマイカ・プライムにする。

昨日、『10の悩み』の初校を返したかと思ったら、勉誠出版から、又新しいゲラが来た。こちらは、主に新宗教についてこれまで書いてきたものをまとめた本になる。雑誌に頼まれることは決して多くはないけれど、それなりにさまざまな宗教について書いてきたものがあった。これに、書き下ろしの部分を書き加えないといけない。これが、次の次の本になるのだろうか。

WOWOWで、オバマ大統領就任記念コンサートを急遽放送していたので、それを少し見たけれど、有名人のスピーチがけっこうくどくて、聞いているのが嫌になった。歴史のない国であるだけに、代々の大統領などが残したことばを披露するのだけれど、格別目新しいことばではない。トム・ハンクスは立派で、彼がそのまま大統領になった方がいいのかもしれないと思ったけれど、大統領就任式というのは、とにかくお祭りで、これで盛り上げるしかないという行事なのだろう。それはそれで、面倒くさい気がした。

January 23, 2009

1月23日(金)原稿を書いたり初校を返したり企画を打ち合わせたり経営会議をしたりの一日

午前中は家で仕事。タイトルが長いので、『ぼくが宗教を理解するためのいくつかの方法』は、『宗教理解』とするが、その4章を書き上げる。戒律と儀礼のところなので、事例が比較的見つけやすかった。映像を通して理解した方が、こうした宗教の部分はわかりやすいだろう。

昼食後、ヒルズへ。眠り込んでいたわけではないけれど、乃木坂で降り損ない、赤坂で折り返す。乃木坂に着くところで、寝てしまったらしい。ライブラリーで講談社の編集者と打ち合わせ。小幡さんの本と私の本とのダブル企画会議のようになった。私に対しては、イスラム教についての概説書。イスラム教がこれから日本の宗教のお手本になるかもしれないといった趣旨。『無宗教』で書いたことの発展系のようなイメージだろうか。

その後、大和書房の編集者に、『10の悩み』の初校を返す。ここまでしっかり見直してきたので、あまり赤が入っていない。二校はほとんど問題なくいくはずだ。

さらに、三五館の編集者が来て、企画の打ち合わせ。一本はほぼ固まったが、二本目は大胆なものという要望。果たしてそれが書けるのか。ちょっと冒険をしないといけない。

終わってから、新宿へ。ソマードの加藤さんと食事をしながら打ち合わせをしたが、あまり時間がなく突っ込んだ話しができなかった。

January 19, 2009

1月19日(月)わりと平凡な一日だけれどなんとなく予定が埋まっていく

朝からヒルズへ。宗教美術史、南北朝時代以降の章に手を入れ、完成させる。直すのはあと2章になった。ただ、3稿では終わらないかもしれない。

その後、『ぼくが宗教を』の3章、奇跡のところを書く。これがかなりやっかいだった。次は、戒律と儀礼の章。これは、かなりやりやすそうだ。

明日、先端研の研究室の研究会で池内恵さんの『イスラーム世界の論じ方』を書評しなければならないので、それを読んでいる。近年の論考を集めたもので、かなり厚い。ようやく、大部分を読み終えた。どういった角度から書評をするのか、メディアの問題がクローズアップされてくるかもしれない。

週明けということで、いろいろと打ち合わせなどの予約が入る。新しいものはないが、スケジュールが埋まっていった。古本屋に注文した京都の平野神社の社史が届く。今週末には、ここを調査することになる。

1月18日(日)高橋いさを氏の「マスカレード」を見に行き康喜弼君と再会を果たす

朝からヒルズへ行き、宗教美術史の直しをする。

Sdim0957_2


夜は、新宿御苑のサンモール・スタジオで、妹が昔いた劇団ショーマの劇作家、高橋いさを氏が旧作を改作した「マスカレード」という作品を見る。彼の作品は久しぶりに見た。今回は、昔私が書いた「水の味」に出ていた康喜弼君が出演していた。彼とは10年ぶりの再会だっただろうか。とりあえず、がんばって欲しい。

January 17, 2009

1月17日(土)朝起きたら自分が悪党になっていた

朝、起きて、新聞をめくっていたら、広告の欄に自分の名前があった。まだ完全に目が覚めていないのか、何が何だかわからない。しかも、『悪党の金言』という文字が飛び込んでくる。よくよく見たら、前に『月刊プレイボーイ』
でのインタビューを集めたもので、著者はインタビュアーの足立倫行さん。本への転載を許可した覚えはあるけれど、そのときこんなタイトルだっただろうか。悪党については、一応説明が書いてあったけれど、なんだかいきなり悪党と名指しされた気分だった。まだ本が届いていないので、後で、書店で見たら、帯に写真が入っていて、とりあげられた8人のうち5人の写真が使われたいた。幸いというか、そこには私の写真はない。悪党のなかでも、小悪党ということか。何しろ他は、佐藤優氏とか田中森一氏だから、私など足下にも及ばない。

昨日届いたカーテンを吊したり、ペンケースを入れ替えたりと少し模様替えをする。けっこう良いカーテンだったみたいで、部屋がよく見えるようになった。ペンケースも、材質が重いので、これなら簡単には倒れそうにない。

今年から税理士の人に確定申告をお願いすることにしたので、領収書の整理をする。旅費や接待費、資料費など、項目別にとりあえず分け、それを袋にまとめていく。相当量があって、時間もけっこうかかる。

今場所初めて大相撲をテレビで見る。満員で場所が盛り上がっている。たしかに、朝青龍にはかつての力がない。彼は悪投ではなくなってしまったのだろうか。年齢はそれほどでもないと思うが、頂点を極め続けるのは難しいのだろう。大関になった日馬富士もはじめて見た。彼のいい人になっているように見えた。

January 16, 2009

1月16日(金)日蓮の勉強会に出て紀伊國屋と伊東屋に寄る

『ぼくが宗教を』の本、次の3章は奇跡がテーマ。これは、宗教学にとってなかなか扱いにくいテーマだ。本当に奇跡など存在するのか、そう問われるとどう答えるべきなのか、それが難しい。ただ、どうするか考えていて、奇跡というものをどの範囲の現象としてとらえるかが重要なのかと思うようになる。たとえば、薬師寺の仏さんなど、今日にまで美しい形で残されているのは奇跡だし、日常の暮らしのなかでも、あり得ないようなことが実際に起こったりすることも奇跡と言っていいだろう。その線で書くしかないかもしれない。

午後は、日蓮遺文の勉強会。ちょっと遅れてしまう。今回は、「選時抄」に入った。仏教の流れを追う部分だったので、格別質問することもなかったけれど、なんとなく話しをしていたら、いろいろと問題も出てきた。今日の議論は、少し内容とは離れて、本文戒壇のことになる。

帰りがけ、紀伊國屋などに寄る。最近、自分の本が売られているかと思うと、それが気になって、本屋に行くことがあまりハッピーにならないのだけれど、『無宗教こそ日本人の宗教である』それなりに山が減っているので安心する。ほかに、伊東屋でペン立てを買う。一番安定がよさそうなものにする。

帰ってから、新聞を見たら、ヒラリー・ハーンのコンサート評が載っていた。なるほどと思いながら、それを読む。たしかに、イザイの無伴奏ヴァイオリンソナタが一番よかったのは間違いない。

January 09, 2009

1月9日(金)寒い一日とりあえず家で仕事をする

一日家で仕事をする。『10の悩み』の原稿、最初から読み直し、適宜手を入れていく。全体の4分の3くらいやって力尽きる。日曜日には終わるだろう。ただし、編集者から、それぞれの章の最後に、格言のようなものを入れてはと提案がくる。これも考えないといけない。本文レイアウトが来たが、いままでの本とは大分違い、ソフト。

昨日、東芝で講義したとき、話しの内容は、ほぼ『無宗教こそ日本人の宗教である』にそっていた。これは、あり得ない話しだけれど、見出しを変え、タイトルを変えると、この本そのまま『ビジネスマンのための宗教入門』になることがわかった。日本人の宗教を論じつつ、比較でキリスト教やイスラム教についても言及しているので、宗教入門としての性格がある。すぐには難しくても、一つの本を別の形で活用するというのもおもしろいかもしれない。

夜、家に食べ物がまるでないので、外に出る。雪が降るとか言われていただけに、寒い。ヤクルトのおねんさんも言っていたが、たしかにこの時期が一番寒い。雨が降り続いているけれど、すぐにでも雪に変わりそうな気配だ。しばらくは、こうした寒い日が続くのだろう。

January 05, 2009

1月5日(月)伊勢丹に二度も寄った一日

朝、新宿へ行き、伊勢丹に寄る。バーゲンなので、手袋を買う。黒や茶はあまりおもしろくないので、ほかの色にしようとした。緑だとジャケットと同じで、何か蛙になったような気がしたので、それはやめ、薄いグレーにする。アラミスの売り場で、髪の毛用のスタイリング・フォームが途中で具体が悪かったので、それを預ける。後で電話をもらい、交換してもらうことになる。

そこからヒルズへ行く。昨日から書き始めた安全・安心の原稿の続きを書く。なんとか30枚弱まで書き通す。講義の部分も直さなければならないので、そちらにも手をつけるが、原稿を書いてしまうと、そこで気力がとぎれてしまい、直しの方はあまり進まなかった。

アラミスで受け取るために、帰りがけにまた伊勢丹に寄る。正月用のバッグももらい、ついでに5階のヒッキー・フリーマンの売り場にも寄る。一応年始の挨拶をする。先日も見ているので、買おうというものはなかった。一通り買ってしまったので、これからが難しい。小田急にも寄って、バーゲンで靴下を買い、それで帰る。

January 04, 2009

1月3日(土)仕事始めと新年会

なんとなく仕事始め。午前中家で仕事をする。宗教美術史の第5章に少し書き足す。途中郵便局に行ったが、私の前に俳優の米倉斉加年さんが並んでいた。前にも見かけたことがあるので、お近くなのだろう。途中、夜間窓口の方へ向かわれたが、そこで断られ、ふたたび私の後ろに並んだ。せっかちな性格とお見受けしたが、どうなのだろうか。

昼食後、ヒルズへ行く。すでに仕事始めに入っている人たちがけっこういた。年初に書き上げなければならない原稿が二件あり、そのアウトラインを作る。それから、宗教美術史は、鎌倉時代の直しに入る。

夕方、先日博多であら鍋をご一緒した下田夫妻の新年会に行く。はじめての方もいたが、なごやかに、けっこうな量飲む。渡辺さんが博多で買い求めたからすみも出たが、私にはどうも味がよくわからなかった。

January 01, 2009

1月1日(木)新年を迎える

新年の挨拶」のビデオ
powered by @niftyビデオ共有

朝、近くの神社に寄って、初詣をする。やけに寒い。

その後、光が丘の実家へ。例年のように、イタリアンのおせちをつまみ、雑煮を食べる。ゆっくりして、夕食にすき焼きを食べ、それで家に戻る。

December 31, 2008

12月31日(水)2008年を総括し2009年を展望する

大晦日。今年も終わる。それでも、朝からライブラリーへ出かけ、仕事をする。宗教美術史の浄土教信仰の章を直し、最後まで一応終える。磨崖仏のことを入れたいと思ったが、どこに入れていいかわからなかった。ここは要検討。

帰りがけ、いまあじゅに寄って、コーヒーの飲み納めをする。いつものマネコ。博多のコーヒー店のことを言ったら、ちゃんと知っていた。

家に戻ってから、冷蔵庫と食器棚を掃除する。したいと思いながらできなかった。一応大掃除のつもり。本格的にやれば、相当かかるだろう。書棚とかも未整理。

今年は、かなり仕事をした。書いた本が6冊、対談本が2冊、文庫化が1冊でこれは増補版、それに監修が1冊。合計で10冊になった。「月刊島田」までもう一歩。来年も、9月までにいろいろあわせて9冊刊行する予定になっている。『天理教』は発行日が2009年1月で、すでに書店に並んでいる。書き上げたものが3冊あり、宗教美術史もこれは間違いなく出る。和田秀樹さんとの対談があり、あとはまだまったく書いていないのが2冊、監修の予定が1冊。4月から9月までのあいだに3冊書けば、完全に月刊化する。

ただ、本ばかり出しているわけにもいかないので、新しい方面にも進出したい。経営者宣言をしたが、これはかなりまじめにやらないといけない。

2万円弱のハンディービデオも買ったので、これを使い、YouTubeなどにアップして、ミニテレビもしたい。

それから、これはまだ詳しく書けないが、二つのミステリーを追っている。片方は、ある学者をめぐるミステリー。これは、いろいろ難しいことがあり、あるいは最後まで何も書けないかもしれないが、疑惑をもっているものがある。もう一つは、歴史ミステリーのようなこと。こちらは、近々小出しにできるはず。

そんなわけで、来年は今年以上にがんばらないといけなそうだ。とりあえず、今年は、『日本の10大新宗教』が売れて、社会復帰を完了した気がした。一時は、派遣社員以下の年収が続いたこともあったが、今までで一番稼ぐこともできた。その分、長井健司さんのトークインで全国を回ることができ、これも大きな意味をもった。

いろいろと支えてくれた人たちに感謝しつつ、無事年の瀬を迎えたことを喜びたい。

December 28, 2008

12月27日(土)白洋舎のシステムはどこか間違っているのではないか

今日は寒い。博多でも寒かったが、大分冷え込んでいる。土曜日は基本的に休日にしているので、さしたることはない。しなければならない仕事がいくつかあるが、それは明日に回すことにする。

世間では不景気だということになっているが、街に出てみると、人出もあり、いったい何がどうなっているかわからない。もっとも、これまででもその点は同じだったかもしれないが、今のところ目に見えるはっきりとしたものがないのが不思議な気がする。アメリカでは、状況は違うのだろうか。大量に消費する時代が終わりつつあることは間違いないだろう。

夕方白洋舎にクリーニングに出しに行く。この会社のシステム、最初に現金払いか、クレジットかを明確にしないと、最後に打ち直しをしなければならないようだ。クレジットの使い方も面倒だし、どうしてこんなシステムになっているのだろうか。最近、システムのことを考えるので、どうこが間違っているような気がしてならない。

夜、星がいつもよりきれいに輝いていた。

December 23, 2008

12月23日(火)「日本建築写真展」を堪能し密教の宗教美術と格闘する

朝からヒルズへ行く。乃木坂の駅を降りて、途中まで来たところで、ミッドタウンのビルが見えたところで、今日から「日本建築写真展」というのがはじまっているのを思い出し、急遽、ミッドタウンの方へむかう。日本の代表的な建築物、そうなると当然、宗教建築が多いが、それが2メートルほどの超大判の写真で紹介されていた。さざえ堂や浄土寺、投入堂など、不思議とこれまで行っていないものばかりが被写体になっていた。これだけ大きいと、写真を見ても実物に接している感覚がする。とても勉強になった。

Sdim0864


あわせて、アンティークオルゴールの演奏会をやっていたので、それも聞いてみる。珍しかったのは自動アコーディオン。じゃばらを動かすと音が鳴る。

そこから、ライブラリーへ行き、一日仕事。宗教美術史の密教のところを直す。最後の節までは行かなかった。途中、忙しい小幡さんは、ラジオの公開収録だかに出かけていき、夕方に戻ってきた。

帰りがけ、ヒルズはものすごく混在していた。クリスマスだからだろうが、100年に1度の危機とはとても思えない。家に帰ってから、内藤選手の世界戦を見る。相当にハードな戦いだった。

December 22, 2008

12月22日(月)寒暖の差の激しい一日に経営者になろうと思ったり中森明菜の昔の曲に感激したりした

朝少しだけ仕事をしてから、いまあじゅで打ち合わせ。『大学ランキング』に書く原稿について。宗教系の大学について書くことになった。前から関心のあるテーマなので、おもしろいかもしれない。

家に戻って、また少し仕事をし、神保町へ。勉誠出版というところで、私が主に新宗教について書いた文章をまとめてくれることになった。その顔合わせと打ち合わせで、会社を訪れる。日本女子大のときの同僚だった人がしている醍醐寺関係の資料集を見せてもらったら、ちょうど宗教美術史で直している後七日修法の実施された記録のようなものが出ていた。

そこから、とても近い、ソマードへ行き、社長と妹と打ち合わせ。いろいろ新しい事業が展開できそうで、それがけっこう大事になるかもしれないと思ったとき、どうもこれは私が経営者になって取り組んだ方がいいかもしれないと思うようになった。理解の難しいことなので、他人任せにはできそうにない。ここは、まったく新しいジャンルに挑戦するのも悪くない。

ホテルニューオータ二での中森明菜ディナーショーに行く。ディナーショーなるものははじめての体験。600人以上の人がつめかけていた。先日、田村耕太郎議員のセミナーが開かれたのと同じ鶴の間だった。実際に彼女の歌を聴いたことはなかったが、会場の雰囲気がおもしろい。かけ声はかかるし、途中のMCでは、完全に客席とのやりとりで進行し、リクエストに応えて、昔の曲やクリスマスソングを歌っていた。

やはり一番よかったのは、昔のヒット曲のメドレーの部分。「飾りじゃないのよ涙は」が、本人の歌で聴けたのはよかった。全体にメドレーは懐かしい。歌謡曲のよかった時代を思い出す。ただ、途中のムード歌謡はどうだろうか。案外、男性の歌を唄った方がいいのかもしれないと思った。朝はいやに暖かく20度くらいあったと思うが、夜は4度にまで下がっていた。寒暖の差があまりに激しい一日だった。

December 17, 2008

12月17日(水)雨の中病院床屋汐留ライブラリー伊勢丹プレセール

朝、自転車で病院に出かけようとしたら、雨が降ってきたので、自転車は諦め、世田谷線とバスで行く。これはかなり面倒。病院の方は、システムが変わって、今日も前と違っていた。果たして混乱はおさまったのだろうか。今日は、採血検査だけだったのでそこはわからない。

雨の中経堂駅の方まで戻り、床屋へ行く。床屋の自動ドアが壊れていて、手であけないといけなくなっている。正月前、これですっきりした。

家に戻ってから、少し仕事をして、汐留に。木下さんなどと会う。彼からは今台北で開かれている新彊文物展がすばらしいので行くように進められている。図録を見せてもらったが、何か正倉院の展示のよう。保存状態も悪くない。たしかにこれは行く価値があるかもしれない。

そこから、ライブラリーへ戻り、仕事と打ち合わせ。終わってから新宿へ出て、伊勢丹に行く。ヒッキーフリーマンでスーツのジャケットにボタンをつけてもらった。今日から、プレバーゲンということなので、何かいいものはないかと探してみる。いろいろ文句をつけながら、見せてもらったが、結局買ったのは、ウールにカシミアとシルクの入ったスラックスと、スーツ用のワイシャツ。やはり材質がいいのに決まるが、最近買ったものに比べていいと思えるものでないと買えない。来年は良いものが出るのだろうか。

December 16, 2008

12月16日(月)帰りがけ次々と人に会い立ち話をしながら企画が進む

午前中は家で仕事をする。『10の悩み』の第1稿、最後まで直す。全体で今のところ300枚弱。これに、小見出しとかをつけると、かなり量が増えそう。最近は小見出しをつけて書くことがほとんどない。これがいいのかどうかわからないが、小見出しをつけると、なぜか均等にしたいという願望が出てきて、あまりよくない。

その後、ライブラリーへ行き、中断していて『日本宗教美術史』の直し、3章の奈良時代をはじめる。3節くらい進んだ。途中、能率協会の人と講演の打ち合わせ。企業での講演だが、どうも企業人を意識した世界の宗教の入門書がいる感じがする。橋爪さんの本は、ちょっと理論に傾いていて、宗教の実際の姿を知ることはできない。

さらに、三五館の編集者と企画について打ち合わせをする。いろいろと話しが出る。

Sdim0838


帰りがけ、地下道で所太郎さんにばったり出会う。テレビ朝日に行くのだろう。実に久しぶり。昔、テレビに出演していたときにはよく会った。最後に会ってから、おそらく13年くらい経っているはず。

乃木坂の駅にさしかかったとき、駅をあがったところで地図を見ている人がいて、後ろから見ると編集の小山さんに似ていた。ただ、違うかと思い声をかけなかったら、階段を下りてきて、私に気づく。それから、今進行している企画やら、これからの企画について立ち話をする。何か話しが一気に進んだ感じ。立ち話をしている最中には、小幡ファミリーの鈴木君が通りかかり、話しの輪が広がる。今日はいったいどいう巡り合わせの日なのだろうか。不思議だった。

December 15, 2008

12月15日(月)クリスマス気分の六本木ヒルズで原稿の追い込み作業をする

Sdim0832

12月も真ん中になった。六本木ヒルズもクリスマス気分で、人形などを売る露天が出ている。朝から、仕事。『10の悩み』の原稿、最終的な直しをする。一応、最後まで出来たけれど、もう一度見直しをする必要がある。予定では明日完成するはず。

角川から出す『無宗教こそ日本人の宗教である』の再校ゲラを渡す。さして問題はない。このままいくと、1月の真ん中には出版になる。大本についても、かなり興味深いところがあるので、なんとか形にしたいと思っている。こちらは、長期にわたるプロジェクトになるかもしれない。

水野和夫さんの『「アメリカ金融帝国」の終焉』を読んでいるが、これは水野さんの本のなかでは圧倒的にわかりやすい。新書という形式にもよるが、数字的な部分があまり出てこないので、何が問題化がクリアーになる。やはり、今の問題は、水野さんの分析が一番たしかだろう。

December 01, 2008

12月1日(月)ヤマギシ会が編纂した春日山の50年史に目を通す

家で原稿を書く。悩みの8番目、人間関係の悩みについて書く。だんだん、これまで書いてきたことの集大成のような感じになってきた。一応あと二つで終わる。ただ、最初に戻ってかなり直さないといけないだろう。

『無宗教こそ日本人の宗教である』の校正、続きをする。さして問題はないので、終わりまで行く。明日これを渡せばいい。

ヤマギシ会から『春日山の50年のあゆみ』が送られてくる。ヤマギシ会の最初の拠点、現在の春日山実験地ができて、50年になるのを記念して、その歩みを年表としてまとめたもの。写真もかなり入っている。全体に目を通してみたが、私の本の出版が一カ所出てくる。ただ、緑のふるさと運動についてはほとんど記載がない。あれは、ヤマギシ会が中心になったもので、資金も出していたのに、これも一カ所だけ。もうちょっとヤマギシ会の側からどうなのか記録してほしかった。

全体に、何を伝えようとするのか、方針がはっきりしていない。書かれた事実についても意味がわからないものが多い。やはり年表という形式が無理なのではないか。どうせなら、しっかりと50年史をつづって欲しかった。

録画していた井上ひさし作蜷川幸雄演出の「道元の冒険」を見始めて、あまりのでたらめさと稚拙さに唖然となる。密教も混入した禅が純粋禅とは。こういうでたらめさに意味があるなら良いが、それがない。あまりにひどいので途中で見るのをやめる。蜷川演出も相当ひどい。昔はよかったのに。どうしたことだろうか。

November 30, 2008

11月30日(日)神宮外苑で銀杏並木を見て記憶の場所について考えたところで今日が終わる

昨日の新聞などで、神宮外苑の銀杏並木のことが話題になっていたので、ライブラリーに行く前に寄ってみることにする。渋谷駅を経由していったが、岡本太郎の「明日の神話」が飾られているのをはじめてみる。前に汐留で見たことがあるが、壁画として飾られることで本来の場所を得たように思えた。

Sdim0762


神宮外苑には観光バスも来ていて、朝早いのにもう人出があった。時間が過ぎれば、大変な人になるのだろう。ただ、銀杏の木自体は、東大の本郷キャンパスの方が大きくて、はるかに立派ではないだろうか。

Sdim0765


神宮からヒルズまで歩く。靑山墓地などを通り、ちょうどいい散歩の感じ。ライブラリーでは、悩みの原稿、7を書く。29枚ほど。それから、無宗教の初稿ゲラの校正をする。面倒そうなところまで行って、そこで力が尽きる。

Sdim0771


ライブラリーカフェをぶらぶらしていたら、小幡さんの弟子筋の鈴木君に会う。研究の話しになり、彼がやっている記憶の実験についての話しになり、それがおもしろかった。いったい記憶はどこに存在するのか。彼の見解では、海馬周辺にあるのではなく、ネットワークのなかに存在するということらしい。なるほどと思ったが、そもそも記憶とは何なのだろうか。考えるとわけがわからなくなる。あるいは、社会的な記憶というものは、いったいどこにあると言えるのか。それは、脳のなかのプロセスと平行していると思うが、どうだろうか。

November 27, 2008

11月27日(木)授業では「妹背山」の文楽をとりあげ三省堂で自分の本の並び具合を確かめる

朝から雨が降っている。大分寒い。今日は家で仕事をする。『日本宗教美術史』の直し、近代のところに入る。最初から直していったが、けっこう順調に進み、30枚ほど直す。直し方がわかってきた感じで、これなら現代まで一気にいけそうだ。

午後は、仕事を終えてから大正大学へ。今日の授業では、主に文楽を取り上げる。たまたま、「妹背山婦女庭訓」の映像があったので、具体的にはそれを使って話してみたが、この演目、いろいろと奥が深くておもしろい。なにしろ、文楽なのに舞台設定は、大化の改新のころになっていて、蘇我入鹿とかが出てくる。三輪山の伝説がからみ、その点では古代的だが、実際の演目はまるで江戸時代。この落差もすごい。

夜は、編集者と打ち合わせ。その前に、三省堂本店で『平成宗教20年史』がどのように並んでいるかをたしかめたが、かなりいい置き方がされている。すでに買ってくれた人もいるようだ。果たしてどうなるのか。著者としては気になるところだ。

November 26, 2008

11月26日(水)新刊を渡したりゲラをもらったり昔書いた本を思い出したり

今日は朝から家で仕事をする。悩みの原稿、5番目の章を30枚ほど書く。とりあえず、書き進めていくと、何をどう書いたらいいかがだんだんとわかってくる。これは、ひたすら前に進んだ方がいいのかもしれない。

家の近くには、毎週水曜、ヤマギシ会の販売車がやってくる。いつもいるときには買い物をし、またヤマギシ会のことについて話したりするが、今日は、『平成宗教20年史』を贈呈する。なかでは、ヤマギシ会についても扱っているが、その扱い方は彼らにとってはあまりよくないかもしれない。

夕方、角川書店の編集者から、1月に出る『無宗教こそ日本人の宗教である』の初校ゲラを渡される。ざっと全体を見たが、さして大きな問題はなさそうだ。問題なく進んでいきそうな気がする。

その後、先端研に。研究室の研究会。3ヶ月ぶりということなので、ずいぶん間が空いた。環境行政の話しと、中曽根康弘の日之出山荘の話し。日之出山荘は、東京の日之出村にあるが、そこの村長だった人の息子というのが高校の生物の先生だった。そんなこを思い出したり、中曽根元首相が山荘で一人になって考えていたという話しから、昔書いた『個室』の本のことを思い出した。なんでああいう本を書いたのだろうか。ときに、自分の関心がよくわからなくなる。

November 25, 2008

11月25日(火)今日のヒルズからのながめは最高だった

朝、小幡さんから電話。ヒルズから見る景色はすばらしいとのこと。さっそく出かけてみる。連休があり、雨があったせいだろう、相当に景色がいい。とくにカフェから見る東京の街は美しい。富士山も遠くに見える。この景色は何物にも代え難い。

Sdim0738

景色を堪能してからは、一日中、原稿を書く。悩みの本の4章にあたる部分、29枚ほどを一気に書き上げる。途中、苦しくなったが、章の最後まで書ききらないと何か気持ちが悪い。最近は、そんな傾向になってきた。

小幡さんが、『平成宗教20年史』の感想を彼のブログに書いてくれる。言うことがない。ここまで読んでくれると、もうそれだけでこの本を書いた価値があった。よくはわからないが、この本の場合、著者である私と読者の受ける印象はかなり違うのかもしれない。果たしてそれがどう出るのか。本は明日発売になる。

Sdim0741

帰りはバスで渋谷へ出て、久しぶりにトルコ料理のヒラルに寄ってみる。ハサンがいなくて、二人の子どもで店をやっている。トルコに遊びに帰ったとのことだが、他にも何かあるのだろう。

November 21, 2008

11月20日(木)映画「細雪」を見て海老蔵を見て授業してライブラリー・トークの一日

朝、仕事をしようと思ったら、スカパーで、是非みたいと思っていた映画「細雪」をやっていた。録画しようとして、機器の設定はしたものの、最初の部分を見始めたら、けっきょく最後まで見てしまった。実は録画がうまくいっていなかったので、見て正解だった。考えていたのとは違ったけれど、原作とはかなり異なる。あの長い作品を映画にするということ自体大変なのだろうが、映画には映画の論理がある。

昼食のあと、徹子の部屋に海老蔵が出ていたので、それも見てしまう。自分に対して敬語を使っていたのは、ちょっとめずらしいが、彼は緊張すると、みな敬語になってしまうのだろう。これまでは父團十郎に対してのものだけだったが、今日は妹にも敬語を使っていた。それだけ緊張していたことだろう。これを見て、1時間ほど仕事をしてから、大正大学へ。

大正大学の授業もだんだん後が少なくなってきたが、今日は節談説教を中心に、録音を聞きながら講義をする。あとは、文楽、歌舞伎、能楽ということになって、それで授業終わりそうだ。

Sdim0705

そこから、ライブラリーへ。今日ははじめてのライブラリー・トーク。自分の地盤なので完全にホームの気分。阿武 秀子さんが聞き手になってくれて、『誰も知らない「坊っちゃん」』を中心に話す。聞いていてくれた人の感想のなかに、まるで幕の内弁当のようというのがあったが、それがおもしろかった。脈絡があるような、どんどんと話しが飛ぶような。阿武さんは、それをうまく裁いてくれた。文学について、なかなか話しをする機会がないが、実は宗教について語るより楽しい。仕事からちょっと距離をおけるからだろうか。

November 17, 2008

11月17日(月)あれは高校の後輩の元フジテレビアナウンサーではないかと思いつつ夜には田村議員のパーティーで政治家の挨拶を聞き生猪木を見る

午前中は家で執筆。宗教美術史の江戸時代の部分、最後まで書き直す。あとは、もう一度見直す必要がある。最後に、五百羅漢図に異様な情熱を燃やした人々を取り上げたが、これはどう解釈するのか。そこがまだよくわからない。

午後は、ライブラリーへ。渋谷に出て、ビッグカメラに寄り、それからバスでヒルズへ向かったが、後から乗ってきたのは、高校の後輩で、元フジテレビアナウンサーだった城ヶ崎さんではないだろうか。30数年も会っていないので、声をかけられなかったが、西麻布で降りた姿を見ても、そのような気がする。

ライブラリーに着いて、仕事。悩みの方、2の金の部分について書く。最初調子が出なかったが、最後にはちょっと進んできた。時間になったので、タクシーでホテル・ニューオータニへ。小幡さんに誘われて、田村耕太郎参院議員のセミナーと懇親会へ。セミナーでは竹村健一氏の司会のもと、竹中平蔵氏と田村議員がしゃべった。政府系ファンドの話が出たが、あまり説得力がない。話題のファッションをじかに見る。どうだろうか。

懇親会では、自民党の有力議員が次々と挨拶する。田村議員の鳥取の周辺には案外大物議員がいるようだ。挨拶したのは、青木会長からはじまって、金子、田村、渡辺、中川、細田、小池の各大臣や議員。政治家の挨拶というものを一度に聞いて、少し勉強になった。

なぜか、アントニオ猪木が登場し、例のあれ。それから、武蔵などK1のメンバーも。

November 15, 2008

11月15日(金)日蓮遺文はようやく半分を超え夜はなぜか北千住で高校のミニ同窓会

午前中は家で仕事をする。『宗教と現代がわかる本』の2009年版の原稿を書く。9枚ほど。私が翻訳に参加した『タオ自然学』が刊行されてから30年になる。そのあたりのことについてまとめて考えてみる。私のルーツの一つかもしれない。

午後は、日蓮遺文の勉強会。今日は、「種種御振舞御書」を読む。かなり長いものだが、小松先生、2時間半に渡ってぶっ通しで読み続ける。このスタミナにはいつも敬服している。この文書、真筆が残っていない曾存の一つ。私などどう読んでも、日蓮の真筆と思えない。山川智応が真筆と判断して、それが通用しているようだが、果たしてそれでいいのだろうか。内容、文体、日蓮らしさが少しもない。後世に、日蓮の生涯を劇的なものに潤色しようとした試みではないだろうか。

その問題はあるものの、遺文が半分を超えた。ここまでくるのに5年半かかっている。同じペースで進めば、11年かかることになるが、身延期のものは、新しい内容が盛り込まれているわけではない書状などが多い。実際、最近はペースが相当にあがっている。後、3年もあれば、最後まで行くのではないだろうか。

夜は、北千住で高校の同級生の集まり。久しく会っていない顔もあれば、これまでほとんど話したこともない顔もあった。なぜ、多くの人たちが住んでいる場所とは反対の北千住かは問題だが、それについて書いても、関係のない人にはわからないだろう。

November 13, 2008

11月13日(木)広告とコピーと取材と授業

朝、朝日新聞を見たら、『民族化する創価学会』の広告が出ていた。これで、日経、毎日についで3誌目。広告が出るということは、期待されているということだろう。それから、ライブラリーへ。小田急OXストアーの前を通るが、まだ解体工事ははじまっていない。いったいどうなるのだろうか。

Sdim0671

ライブラリーに着いてから、悩みの全体の構成を考える。そこから、第1章をふたたび直していく。大体この線でという書き方が決まってきたような気がする。お昼前に日下君が来て、新聞協会などに送る書類をコピーしていく。

午後は、『ガバナンス』という雑誌の取材を受ける。『新宗教ビジネス』について紹介してくれるらしい。1時間強インタビューに答えるが、聞き手はかなり公明党の事情に詳しかった。

終わってから、西巣鴨へ。駅で渡辺直樹氏と出会う。彼に依頼された原稿を書かなければならない。授業では、新宗教関連のものを見せ、そこから醍醐寺での薪歌舞伎のDVDを見せる。團十郎の口上と僧侶たちの声明を見る。次は、節談説教から歌舞伎に進みたい。

November 11, 2008

11月11日(月)農大通りに新しい店が開店していた

家で仕事をする。『日本宗教美術史』の江戸時代の章を書く。村と街の祭りの部分からはじめて、庶民信仰を概観し、出開帳などのことを取り上げ、そこからさらに、黄檗宗などの禅宗寺院、さらに白隠などの禅画について原稿を直し、補足していく。あとは、円空、木喰、さらに隠れキリシタンの美術、そして五百羅漢図をあつかう予定。

まだ、それほど髪が伸びていないが、時間を考えると今日行っておいたほうがいいと思い、いつもの床屋へ。今日は暇だったとのことだが、火曜日は休みのこともあり、客の出足が悪いらしい。

床屋で聞いて、農大通りにいくつか店がオープンしたというので行ってみる。カルディア・ファームが新たに開店し、ラーメンの日高屋もあった。ほかにも、いくつか店が変わっていた。OXストアーが、仮店舗に移ってから、いろいろ変動がある。

金融恐慌についての報道も、一度ほどではなくなった。株がものすごい勢いで下がっているときには、投資に関係ない人間にも、何かドラスティックなことが起こっているという興奮があったが、それが去ってみると、またいつもの日常が戻ってきたという気配だ。果たしてこれからどうなるのか。未来は不透明でも、それぞれ日々の生活がある。まあ、そういうものだろう。

November 10, 2008

11月10日(月)週明けいろいろな仕事が進行していく

朝は、『月刊現代』に大学について連載している井上さんから取材を受ける。慶應三田会について、話をする。

そこから、ライブラリーへ行く。昼食の後、昨日書いた悩みの原稿に手をいれ、それをアップする。その後は、『新宗教ビジネス』をもとにしたフラッシュの取材を受ける。

ソマードの加藤さんから連絡があり、ライブラリーまで来てもらって、今後のことを話し合う。とりあえず、チケットの発券しすてむができたので、それをどう発展させていくか、次の段階に入った。演劇にかかわってくるのは、俳優や劇作家という個人であったり、劇団という組織であったり、さらには劇場といった箱物であったりする。それを全体として統一したシステムで連携させていくことができれば、そこには小さな社会、小さな世界が出現する。それが、もっとも機能的に、また自律的に動くのであれば、演劇にとどまらず、他の分野にも応用が可能なはずだ。その可能性は非常に大きい。

夜は、赤坂の楼外楼飯店で、小幡さんを入れての本作りの相談をする。今世界で起こっていることは何なのか。それは、どういったことに結びつくのか。一般に議論されていることとは違う方向性を打ち出せたら面白いだろう。普段、ライブラリーで話しているのと違って、少し改まった席なので、気分も違ってくる。いったいどういうものになるか、それが興味深い。

November 08, 2008

11月8日(土)55歳の誕生日を迎えオーストラリア料理で祝ってもらう

今日は、55歳の誕生日。ちょうど5年前には病院のベッドの上にいた。あれからの5年間に、ずいぶんいろいろなことが起こった。一応病気というのは、5年がめどらしいが、再発することなくここまで来たので、まずはよしとしたい。

朝、小幡さん出演の「家計診断おすすめ悠々ライフ」を見る。暮らしに即した経済番組ということで、理論的な話はでなかったけれど、いかに金融資産が膨らんでいたか、模型を使って説明してくれたのでわかりやすかった。もっと早い時点で、そういう模型を示せていたとしたら、世界はいったいどういうことになっていただろうか。結局は変わらない気もするが、それにしてもあまりに膨らみすぎていた。

娘が誕生日を祝ってくれるというので、新丸ビルのオーストラリア料理の店に行く。ネットで見ていて、なんだかここがいいのではと思ったのだけれど、それが大当たりした。最初に出てきた、果物を搾ったカクテルからして実にうまい。それから、出てくるものすべてがうまかった。これは、拾いものの店の気がした。また、行ってみたい。

お返しに、パレスホテルのバーに行く。来年の2月には改築になるというので、一度は行っておきたいと思っていた。まさに、昭和の香りのするバーだった。昭和40年代の雰囲気だろうか。いるとすっかりくつろいで、東京にいる気がしなくなった。まあ、これでは時代遅れということにもなるが、やはりホテルのバーは、独特の魅力がある。こういのはいつまでも残っていてほしい。

October 29, 2008

10月29日(水)脇本先生の葬儀、告別式に参列する

脇本先生の葬儀、告別式。11時半からなので、朝平塚に向けてでかける。藤沢まで小田急線で行き、そこからJRに乗り換えた。通夜とほぼ同じだけの参列者。半分くらいが昨日と同じだろうか。最後に、葬儀委員長の島ぞ薗さんと喪主のご長男が挨拶をされたが、先生が、自らの死が近いことを明確に意識し、その上で、亡くなるときに向けたの準備を着々と進めていたということ。それが、残された手帳に記されているらしい。

脇本先生の師である、岸本英夫先生は、アメリカで癌にかかり、闘病生活を送った。その記録は、『死を見つめる心』として講談社から刊行され、文庫にもなった。まだ闘病記が珍しい時代で、死をいつも見つめつつ、そのなかで宗教に頼らずにどうやって意味ある生を送っていくのか、苦闘の記録だった。私も昔、そのことについて文章に書いたことがある。おそらく脇本先生は、それを踏まえ、自らの死について見通しをもち、努力されたのであろう。いつかこの過程が本という形で世に問われたらいいのではないかと考えた。ご冥福をお祈りしたい。

葬儀が終わった後、なぜかさくら水産で井門先生ご夫妻を含めて昼食をとり、解散。久しぶりに愛知学院の林君に会ったので、横浜駅近くのエクセルホテルでお茶をする。いろいろと話をして、わかったこともあった。内容はちょっと書けない。人間関係というのは難しいことだと思う。

横浜から東横線で六本木へ。ライブラリーで少し仕事をする。幻冬舎の志儀さんが来て、『平成宗教20年史』の再校ゲラを渡される。あまり赤が入っていないので、見るのは楽そうだ。ただ、いくつか追加しなければならないことがある。そのあと、しばし雑談をする。小説の売れ方というものが、いかに特殊なものかを学ぶ。

October 26, 2008

10月26日(日)小幡さんのブログに刺激されて神というバブルの崩壊に思いをはせる

朝、渋谷の文化村へ。木下さんお勧めの「ミレイ展」に行く。ミレイといえば、「オフィーリア」だが、ほかにどんな絵を描いているかまったく知らなかった。最終日ということで、かなり混んでいて、なかなか入場できなかったが、場内は案外すいていた。作品としては、オフィーリア以降の1850年台から60年代までのものがいい。その後は、金が儲かり、肖像画の仕事が殺到したというが、そうなると絵に力はなくなっている。そこが難しいところだが、どこを見ているかわからない女性たちの視線が、独特な気がした。それはどこからくるのか。そこが興味深い。

そこからライブラリーへ行く。インターネットに接続して小幡さんのブログを見ると、私が昨日書いたことに反論が書かれていた。それを見て、かなり刺激されたが、どうも事態は、より大きなスケールの出来事なのかもしれないと思った。

ちょうど今読んでいる水野和夫さん『虚構の景気回復』のなかに、中世から近世への転換の原動力になったものが、グーテンベルグの活版印刷技術とルターの宗教改革だと指摘されていた。これはきわめて重要な指摘で、キリスト教世界は宗教改革を経て大きく変わった。ルターが批判したように、当時の教会は、免罪符を出すなど、神に代わって地上での救済を代行し、社会的な権力を確立していた。ところが、ルターの宗教改革からはじまるプロテスタントの教学においては、神そのものが再び表に表れ、救済はすべて神にゆだねられることになった。ルターに続くカルバンの「予定説」などは、まさに神の絶対的な優位を示す神学思想だといえる。

一神教の世界では、神の絶対性が主張されるが、実は、本当の意味で神の超越性が強調されるようになったのは、プロテスタントが勃興して以降のことだ。そして、アダム・スミスに由来する「神の見えざる手」という考え方を生むことになる。スミス自体は、それを格別重視してはいなかったが、近代経済学が発展するなかで、それは市場万能主義、市場至上主義という形をとっていくことになった。ケインズは、そこに危機感を抱いたわけだが、近代経済学の全体の流れは、スミス的で、それが最終的にアメリカ的な市場優位の考え方に結びついた。

そのように考えると、キリスト教世界において神が至上の価値を獲得するのは、むしろ近代に入ってからということになる。ならば、今回の金融恐慌のような事態は、市場の至上性に対して根本的な疑問を投げかけることになったわけで、それは突き詰めていけば、神という存在の完全な無力化を意味していることになる。簡単に言えば、市場が機能しなくなることで、神は死んだのである。

すでに「神の死の」はニーチェによって宣言されているわけだが、それでも神は市場という形で生き残っていた。今回、それが根底から崩れたとすれば、私は宗教学者として最終的な神の死を宣言しなければならないのかもしれない。市場を自動的にコントロールする神という存在の力自体が、あるいはバブルだったのではないか。神というバブルの崩壊。近代の終焉という意味は、そこにあるのかもしれない。

October 25, 2008

10月24日(金)はじめて康さんと会いいろいろ興味深い話題が出る

午前中は『天理教』の参考文献表の作成を進める。いくつか調べなければならないこともあり、けっこう時間がかかった。そのあと、宗教美術史の江戸時代の章、全体に何を取り上げるべきか、改めて考えてみる。すでに書いたものに、追加する必要がありそうだ。

午後は、先週から延期になった日蓮遺文の勉強会。「法蓮抄」を読む。内容的にはそれほど新しいことはないが、なかに「美女」という言い方が出てきて珍しい。それに、佐渡でいかに苦労したのか、叙情的な文章が出てくる。どういった相手に書くかで、日蓮の書き方は変わってくるようだが、あまりこうした体験にもとづく描写は少ない。その点ではかなり貴重な部分だろう。もう少しで、全体の半分というところに来た。そこまで、すでに5年半以上の月日が過ぎている。

終わってから、近くの店で、福神の人たちと飲む。さらに、2次会として御苑の方のバーに行くが、そこに康芳夫氏がいた。まったくの初対面だが、『福神』の表紙にもなっているので、すぐにわかった。というか、一度その顔を認識すると忘れられない個性的な顔だ。いろいろと話ができて、とても面白かった。なんか、宗教小説を書かなければならない気にもなってきた。

October 18, 2008

10月18日(土)世界は本当に危機が訪れているのだろうか

世界は激動している。ただ、不思議なのは、テレビのニュースや新聞を見ていると、そういう感じがするのだけれど、いざ現実の街に出てみると、まるでそんな気がしてこない。もし、テレビも見ないで、新聞も見ないで、さらにはネットも見ないで生きている人がいたとしたら、最近の動きなど何もわからず、大変なことになっているとは考えないだろう。

ということは、本当に大変なことが起こっているということなのだろうか。報道は、とにかく問題をとらえ、その重要性を強調することが役割というか、性なので、そうするしかないのだろうが、今回はとくに、何も起こっていない先から、大騒ぎが先行している気がする。もちろん、株価が大幅に下がれば、損をする人がいるわけだけれど、今の相場の状況を考えれば、投資をするということはギャンブルをするということに等しい。もし、そう思っていないで投資する人がいるとすれば、それはその人がどうかしている話だろう。株がギャンブルなら、それで損をする人に同情は集まらない。

たしかに、アメリカやヨーロッパでは、消費の減退が起こり、さらには物価の上昇なども起こっているので、大変だという感覚は生まれるが、日本ではその感覚はまだない。ガソリンの価格にしても、すでに近くでは140円台になっている。あまりに短期間に騒ぎすぎて、それでいろいろなものを浪費してしまっているのではないだろうか。もちろん、いざというときに備えることは必要だろうが、まだ何も起こっていないときに、ただただ騒ぐのはいかがなものだろうか。

October 17, 2008

10月17日(金)久しぶりにいまあじゅでコーヒーを飲み中森明菜のベスト盤を聞く

今日は本来なら、日蓮遺文の勉強会のはず。ところが、小松先生の都合で来週に延びる。そこで、朝からライブラリーへ行き、天理教の本の校正をする。校正自体はなんとか最後まで終わるが、いくつか文献の参照箇所など抜けている箇所がある。これは、資料が東大の方にあるので、一度行って確かめないといけない。

昨日の晩、妙な時間に目が覚めたりして、少し眠いので、校正が終わってから、ライブラリーを出る。新宿へ出て、ちょっと買い物をする。ジュンク堂で、創価学会についての本を見かける。玉野和志『創価学会の研究』。私のことにもかなり言及してあるので、それを買うが、「批判でも賞賛でもないはじめての学会論!」とある。だったら、私の本はどうなるのと突っ込みをいれたくなった。

経堂に着いて、久しぶりにいまあじゅにコーヒーを飲みによる。いつも打ち合わせに使うので、ゆっくりとコーヒーを味わうことができないが、今日は余裕があるので、それができた。とくにこの店は、スペシャリティー・コーヒーという期間限定のものがおいしいが、今日はエクアドルの豆を試してみたが、後味がいい。豆を選んでも、なかなか自分の家ではうまいコーヒーが飲めない。

帰ってから、ディナーショーの予習として、今日買った中森明菜のCDをかけてみる。ヒット曲が入ったベスト版の一つだが、そういう曲よりも、韓国人が作ったらしいこれまで聞いたことのない曲などがなかなかよかった。それでも、「飾りじゃないのよ涙は」がやはり一番楽しめる。これは、名曲中の名曲だ。

October 15, 2008

10月15日(水)入院5周年記念の日に関東中央病院に行くとシステムが変わっていて病院は大混乱

朝は、天理教の本の校正をする。ちょうど宅急便が来たので、二件ばかり発送する。一件は『平成宗教20年史』のゲラで、もう一つは、これまで書いたものを集めて本にするための素材。新宗教関係のものをまとめることになりそうだ。

11時前に関東中央病院に、定期健診にいく。ところが、病院のシステムが変わって、大混乱状態。やり方が違ってとまどうことも多かったが、なにより病院の方が慣れていない。先週予約を入れていたのが、熊野に行っていけなかったので、予約ではなく受診することになったので、それも余計に時間がかかった。終わるまでに2時間ほど。それでも、待っている時間に校正はできたし、昼食も食べたので、時間のロスにはならなかった。先生の方も、時系列でデータが出なかったりで、相当に困惑している様子。数値はまあまあ。先生を励まして病院を後にする。コンピュータのシステム、進化させようと思って、それで墓穴を掘ることが多いのかもしれない。

家に戻ってから、校正の続きをする。催促の電話もかかってきたので、なんとか今週中に終わらせないといけないが、資料が大学の方にあるので、一度行かないといけなさそうだ。

今日はたまたま検診が重なったけれど、今日は入院からちょうど5年にあたる。あれ以来、実にいろいろなことがあったけれど、無事に5年を迎えられてありがたいと思う。ちょうど入院した日は、すごく天気がよくて、気持ちよかったけれど、それがなかったら、病院にたどり着けなかったかもしれない。あの入院は、一種のつき物落しのようなもので、人生のなかでは必要なものだったのかもしれない。

October 10, 2008

10月10日(金)一日車を自由に使えて少しえらそうな気分になる

朝、ファックスのフィルムがなくなって、メモリーもいっぱいになり、困っていたので、まずは電気屋でそれを買う。

昼から、全日空ホテルで、実例法務研究会というけっこうお偉いさんの勉強会で話をすることになっていて、なんとハイヤーがお迎えにきてくれた。研究会では、新宗教について話をする。その後も、車を使えたので、ヒルズに行き、少し仕事をして、小幡さんとも話をする。

そこから、また、溜池に戻り、東京財団での生命倫理の土台作りの研究会に出る。今回は、学問の自由の問題について、終わってから、今後の研究会をがんばろうということで、宴会。向かいのビルの店で。宴会が終わってから、車で自宅に戻るが、研究会のメンバーに見送ってもらって、ちょっと照れくさかった。

今日一日車が自由に使えて、なんだかえらくなったような気になった。

October 09, 2008

10月9日(木)悪魔のささやきと大正大学での講義

朝からライブラリーへ行き、原稿の直し。日本宗教美術史、南北朝から桃山時代のところ、終わりまであと一歩というところまで行く。しばらくはこれに専念しないといけない。

お昼時、急がしそうな小幡さんと昼食をともにしながら、最近の金融恐慌について話をする。その際に、「これはいいことなのではないか」と言ってみてはどうかと、彼に提案してみる。趣旨はわかるけれど、どうかといわれたが、おそらく遠からず彼はそう言うことになるのではないか。ちょっとした悪魔のささやき。

Sdim0513

夕方、西巣鴨へ。大正大学での講義が今日からはじまる。毎週木曜日、10回ほど、「宗教がわかるとアートがわかる」というテーマで話をすることになった。ちょっと疲れ気味なので、講義も大変だと思ったけれど、話を始めてみると、テンションが高くなって、そのまま1時間半話を続ける。自分でもどうかしている。

終わってから、大正大学の関係者に歓迎会をしてもらう。大正大学は、地の利もいいし、案外都会的な大学だということがわかった。

October 01, 2008

10月1日(水)10月最初の日はライブラリーはちょっとにぎやか

もう10月だ。だいぶ秋の気配が濃くなっている。

朝、まず都庁に行き、パスポートを受け取る。なんとか近々海外に出かけたいと思っている。パスポートがないとはじまらないので、とりあえずとっておく。

そこからライブラリーへ行く。小幡さんと最近の経済について話し合う。彼も、この騒動で忙しくなったようだ。朝日新聞の今日の記事を見ても、一面のは彼の本を読んだ上で書いているのではという印象がある。

ライブラリーでは、朝から夕方までとりあえず仕事をする。今日は、いつになくにぎやかで、人の出入りがあった。月初めのせいだろうか。

夕方、小幡さんの奥様が着物でお見えになる。英語で茶道を習っているとのこと。アメリカでは、ポルトガル人に習っていたというから、そこが面白い。原さんがきて、しばし話をしたあと、毛利庭園のところのイタリアンで飯を食う。

September 27, 2008

9月27日(土)今治で長井健司さんの一周忌法要に参列する

今治の斎場で、長井健司さんの一周忌が行われた。私もご家族とともに参列した。APF通信の山路さんなども参列され、しめやかに法要が行われた。導師は、菩提寺の方からこられた。四国らしく真言宗の僧侶の方で、高野山でも長井さんのことがしばしば話題になるとのこと。何らかの形で顕彰ができればいいのだがと語っておられた。

Sdim0282

法要の最後には、不自由な体で長井さんのお父様が挨拶された。振り返ってみると、この一年はあっという間に過ぎたように思う。昨年のこの日、六本木ヒルズのライブラリーで、抗議する会の事務局をやっている木下さんが、長井さんがミャンマーで亡くなられたという連絡を受けたのを、横で聞いていたのが、私にとってのはじまりだった。それから一年して、一周忌の列に加わることになるとは予想もしないことだった。

法要が終わってから、宿泊している国際ホテルで精進落しが行われた。立派な座敷で、部屋のなかや廊下に飾られているのは、梅原龍三郎や小磯良平の絵だった。今治は造船とタオルの町で、今はどちらの好調らしいが、経済力の大きさは想像以上なのかもしれない。

Sdim0290

その後、私は、今治城の横を通って、フジブランというショッピングセンターに行き、「崖の上のポニョ」を見る。月曜日に、その舞台になった鞆の浦を訪れることになっているので、その参考に見たのだけれど、ジブリにしては、絵がお粗末。昔の緻密さがなくなっている。ストーリーも、やはりめちゃくちゃ。別に批判しようとは思わないが、どうしてしまったのだろうか。

September 23, 2008

9月23日(火)世界はまるで『20世紀少年』のようで救いはスターバックスにしかないのだろうか

今日は祝日なのでバスでライブラリーへ出かけたが、渋谷に着くところで本当にびっくりした。『20世紀少年』に出てくるマークがいきなり視界に飛び込んできた。なんだか漫画のなかか、映画のなかにいるようで、現実と非現実とが一瞬交錯した。東急東横店に映画の宣伝が出ていただけだが、同じような衝撃を受けた人もいることだろう。

ライブラリーで夕方まで仕事。無宗教の原稿、第3章に入り、12枚ほど書く。ただ、昨日少しだけ寝るのが遅かったせいか、少し眠くてはかどらなかったりする。その後、休んで宗教美術史の方、南北朝時代以降の章に入る。ここは、少し否定的に書いてしまったところがあるので、そうした色をいっさい出さないように書き改めなければならない。

帰りがけ、新宿へ出て、紀伊国屋の本店、洋書売り場に行く。実に久しぶり。少し棚を眺めたが、昔とおいてある本の傾向が違うという印象があった。アメリカの本の世界もけっきょくは日本と同じようになっているのかもしれない。ふと、Michael Gates Gillという人のHow Starbucks Saved My Life というペーパーバックが目に入る。なんだか面白そうなので買ってみることにした。レジのところでは、なぜか苫米地英人さんの映像が映っている。その光景もどこか『20世紀少年』のよう。世界はゆがんでいるのかもしれない。

September 18, 2008

9月18日(木)リーマンブラザーズの墓標があるヒルズという感じだろうか

昨日、名刺入れをライブラリーに忘れてきてしまったようだったので、とりあえず朝から行ってみる。やはりそうだった。無事回収。

小幡さんと話をしているとき、最近の株価の下落や原油の下落で、いったいどれだけの資産が失われたのだろうという話になる。もちろん、そんなに簡単に出てくる数字ではないが、彼の言うところでは、金融資産については3割とか、4割が消滅してしまったのではないかとのこと。投資資金のシフトということが言われたりもするが、シフトすべき資産自体がなくなっているのではないだろうか。なんとも恐ろしいことだ。

無宗教についての原稿を9枚ほど書き、区切りがいいのでそこまでにする。平成宗教史の方は、全体に手をいれ、最後のまとめの部分をこれも9枚くらい書く。あとひとつ補足しなければならないことがあり、またルビも必要なので、もう一日かかりそうだ。

仕事が終わってから新宿へ行き、伊勢丹で名刺を注文する。プリンターでここのところ作っているが、面倒だし、紙が薄っぺらいので、やはりちゃんと作ったほうがいいと思った。

September 15, 2008

9月15日(月)すごく久しぶりに清水谷公園により高校生時代を思い出す

9月は連休が多い。今日はほとんどSD-05をかけっぱなしにする。最初からそれほど問題はない気がするが、吹き抜けの家がいいというのはわかる。音が上に広がっていって、天井があると邪魔な感じだ。マンションなのでいきなり吹き抜けにするわけにもいかない。

昨日打ち合わせした幻冬舎新書、一応『平成宗教20年史』ということで、少し書き足さなければいけない。その作業にかかるが、第1稿をライブラリーのパソコンにだけ入れているのに気づき、途中で作業をやめなければならなくなる。その後、創価学会の本、多分『民族化する創価学会』にタイトルがなると思うが、そちらの再校ゲラに目を通し、完成させる。まだ締め切りまでに時間があるが、編集者に送る。

Sdim0227

用事があって、赤坂見附まで出かける。清水谷公園の近くで待ち合わせなので、その前に公園によってみる。ここは、昔高校生の時代にべ平連の集会がよく開かれていて、それに参加したことがある。この公園から、国会のうにむかってデモをしたことはたしかに覚えている。ところが、公園については、どうも思い出せない。こんなに小さな公園だっただろうか。今は池があるが、当時はなかったようで、かなり様子が変わっているし、周囲も変化している。もう40年近く昔のことなので、簡単に思い出せないのだろうが、集会でもやっている写真を見てみたいものだと思った。

September 12, 2008

9月12日(土)対談の続きに付き合い永青文庫に行き久しぶりに日本女子大を見る

朝から昨日の続きで、山折、吉田対談に付き合う。宗教の問題が出てきたので、私も少し発言する。いったいその発言がどうなるのかはわからない。

Sdim0207_3

3時間ほどやってから、ヒルズ内の「竹やぶ」で昼食をとる。はじめてここに着たが、内装が変わっている。量が少ないと小幡さんに言われていて、たしかにそばの量は少ないが、予想していたよりはあった。鯨の皮など、つまみもうまかった。八海山のビールはめずらしかった。

そこから、江戸川橋まで行き、公園を通って、芭蕉庵のところを曲がって、永青文庫へ。ここの主たる所蔵品である白隠の展覧会。永青文庫にははじめて来た。白隠が、かなりエッチだということがわかる。

Sdim0221_5

展示品は少なく、そこからお茶をしに、椿山荘へ。久しぶりに来た。庭に三重塔が立っていて、緑も豊かなので落ち着く。タクシーで目白へ行くとき、田中邸と日本女子大を見る。これも数年ぶりだが、どちらもずいぶんと変わったと改めて思う。目白へ行く道も、だいぶ変わった。

新宿へ出て、光デジタルケーブルを買う。

September 10, 2008

9月10日(水)久しぶりに北沢川緑道を散歩する

平成新宗教事件史は、もう一度全体を見直さないといけない。最後、まとめの部分も必要かもしれない。

今日はとりあえず、宗教美術史、鎌倉時代を直す。25枚ほど進む。ようやく書き方がわかってきた気がする。

Sdim0178_2

最近、あちこち動き回らない分、歩いていない。そこで久しぶりに散歩に出る。いつものように北沢川緑道を梅ヶ丘まで歩き、羽根木公園に行ってみる。梅が咲いているときはよく行くが、こうした季節に行くと、ただ梅林があるだけで、あまりおもしろくない。梅一本の公園なのかもしれない。

コーヒーが飲みたくなったので、梅ヶ丘の駅の周辺を探してみる。ビルの2階にあったので、入ってみた。ブルマンとモカのブレンドとチョコレートケーキを食べる。

Sdim0184


September 07, 2008

9月7日(日)日曜だけれど仕事をしつつ自民党の行方に思いをはせる

別に出かける用事もなかったので、家に一日いた。まったく出ていない。

『新宗教ビジネス』と創価学会についての本、ともに校閲から疑問点が出ているので、それを直す。創価学会の方は、初校ということもあって、かなり疑問点が出ていた。それでけっこう時間がかかる。

宗教美術史の方、神仏習合の部分を書く、調べながらなので4枚ほど使いかする。もう少しこの部分、補足が必要だ。

自民党の総裁戦況、たくさん人が出てにぎわっているが、こういう事態ははじめての気がする。前二回の選挙では、勝ち馬に乗るということでなだれ現象がおきた。今回はそれも起こりそうになり。ということは、まとめ役がいないのか、いても能力を失ったのか、少なくとも次の総裁について、明確なビジョンが存在しないことを意味する。それで、群雄割拠の状態になっているとすれば、これは自民党にとって末期症状ではないか。実際に選挙が終わったところで、挙党体制になるのだろうか。解散のことを含め、相当にぐずぐずになるような気がする。そうなると、分裂のようなことも起こりそうだけれど、また、そうした勇気をもつ人間も少なそう。あまり総裁選に関心を持たないほうがいいように思う。

9月6日(土)自民党総裁選挙はあまりに人が雑多で何がなんだかわからない

土曜日なので、いろいろとしなければならないことをする。週に一度、原稿を書くのに使っている出しっぱなしの本や、紙のたぐいを整理しておかないと、次の週にやる気がわかない。もっと本格的に整理すべきなのだけれど、なかなかそこまでいかない。涼しくなってからとは思いつつも、手がつかない。本も500冊ほど売ったので、書棚を整理したほうがいいけれど、そちらもてつかず。

自民党の総裁選挙、ずいぶんとたくさんの人が出ている。大学の出身で見ると、麻生が学習院、小池がカイロ大学、与謝野、棚橋が東大、石原と石破が慶應、山本が中央となっている。最近は慶應が多く、それについて早稲だというパターンだったけれど、今回は早稲田がいない。東大は宮沢以来首相が出ていない。全体に雑多で、なにがなんだかわからないが、すぐに総選挙をするなら、もしかしたら非常に短い首相になってしまうのだろう。けれども、いったん首相になって、選挙が危ないとなると、本当に解散に打って出るのだろうか。そういう約束になっているのかもしれないが、政界は一寸先は闇。

今まで見ていなかった去年の團菊祭の「弁天小僧」の通しを見る。役者は立派だが、そうなるとフレッシュさがない。ハイビジョンで見ると、とくに年齢がわかりすぎる。

September 01, 2008

9月1日(月)買ったものが届きソマードで打ち合わせをして四国包装のラジオに出るとなぜか首相が辞任していた

早いもので、もう9月になった。今日はここのところに比べると少し暑い感じだ。

午前中は、原稿を書くが、注文していたキーボードが届く。これまで使っていたぺらっとした感じなのとはかなり違う。まだ、なれないので、余計なところを押してしまい、それで思ってもいない動作をしてしまったりする。これはキーの配列を変更したりすると解決するのだろうか。

新しい食器洗い乾燥機も届く。ナショナルの新しい製品で今日発売らしい。まだできたばかりの新品ということで、これは気分がいい。一度食器洗い乾燥機を使うと、それがないといられなくなる。

昼前に外出し、神保町のソマードへ向かう。加藤社長と妹を交え、演劇制作のシステム作りについて話をする。このシステムが完成したら、相当にすごいことになると思うが、加藤社長の考えることにはびっくりすることが少なくない。

打ち合わせが終わってから、新宿へ出て、お茶をする。

帰ってから、四国放送のラジオに電話出演する。『誰も知らない「坊っちゃん」』について話をする。今回も30分くらい話をしただろうか。その途中で、福田首相が記者会見するというニュースも知った。四国放送を通して東京でこのニュースを知った人間は、ほかにいないかもしれない。

福田首相辞任。これには驚いた。問題は、選挙。いったいどうなるのか。創価学会と公明党についての本の初校ゲラを今日送り返したところなので、ひどく気になる。

August 30, 2008

8月30日(土)面倒な一日になる

朝、FM徳島に電話出演する。パーソナリティーの梅津さんにはいつもお世話になっている。時間的には15分ほどだっただろうか、『ハリー・ポッター 現代の聖書』について話をする。月曜日の夜には、やはり梅津さんで、四国放送のラジオに電話出演することになっている。徳島に少し基盤ができたようだ。

食器荒い乾燥機、どうもポンプを変えないといけなくなってきた。毎日使っているので、やはりくたびれやすいのだろう。最近、どうもきれいに洗えないと思っていたが、ポンプを変える費用を考えると、新品のほうがよさそうだ。ちょうど新しいタイプの商品が出るということなので、思い切って買い換えることにする。ちょっと物入りだ。

アンチウィルス2008というやっかいなウィルスに感染し、面倒なことになる。除去するためのプログラムを使っても、うまくできない。ようやくファイルを探し当てると、削除できなかったりする。ファイルの名前を変えて、ようやく削除したが、ポップアップメニューだけの残っていて、それが消えない。今までの中で、一番やっかいなものだ。

そんなこんなで、面倒な一日になる。

8月29日(金)ばたばたと走り周り最後は大雨に会う

昨日の雨は大変だったらしい。ぐっすり寝ていて、状況がわからなかった。朝起きて、鉄道が寸断されているのに驚く。さらに、食器洗い機、せっかく交換したスプーンなどを入れるプラスチックの籠が、やはり溶解していた。これは、本格的に修理するか、買い換えないといけない。皿を洗ってみると、その多さにあきれる。

午前中は、原稿書き。事件史は、平成13年、つまり2001年について書く。この年はいろいろあった。早く終わったので、宗教美術史の方も、原稿を直す。浄土教に入った。

午後は、角川新書の編集者と今度の企画について相談する。何度も打ち合わせしているので、内容もかなり絞れてきた。これは、書けばいいという段階にきている。

そこから、溜池の東京財団に出かける。生命倫理の土台作りの研究会。フランスの生命倫理法についての発表を聞く。一時ほど、宗教観や生命観が問題になっていないことを感じる。その点では、宗教学的な思考の出番は少ないのかもしれない。

さらに、取って返し、先端研へ。大和書房の編集者と打ち合わせ。こちらは、角川新書の次になる。こちらもかなり内容が固まってきた。その後、研究室の研究会。高橋君が、大蔵省と総理府について、次官ポストの変遷について発表する。その後懇親会になるが、最後、雨がすごくなる。小降りになったのを見計らってタクシーで帰るが、最後はまた、すごい降りだった。

August 20, 2008

8月20日(水)汐留六本木新宿とまわり原稿を書きつつ打ち合わせを重ねる

朝、一度5時台に目が覚めてしまった。しばらくしてもう一度眠り、起きたのは7時半ころ。午前中、毎日の課題にしている原稿を書き、それから汐留に出かける。長井さんの署名運動についての打ち合わせ。パークホテルと言われて、てっきりロイヤルパークホテルだと思っていた。同じ汐留にあるホテルがどうしてこんなに名前が似ているのか。最初、ロイヤルの方に行ってしまった。

打ち合わせの後、編集者と少し話して、企画をまとめ、そこからライブラリーへ行く。課題の原稿、9日目の分をなんとか書き終える。ここまでは、一応順調に来ているが、平成の宗教史において、自分のことが非常によく出てきて、それに少しとまどう。これだと、まるで歴史の生き証人のようだ。

夜は、大和書房の編集者と会食をしながら打ち合わせをする。サザンテラスのほり川へ、最近よく来るが、今日は鉄板焼き。新宿なのに落ち着けるというのがいい。打ち合わせの方も良いアイディアが出て、満足。ラウンジに寄ってから、タクシーで帰宅するが、甲州街道工事だらけで時間がかかった。

August 18, 2008

8月18日(月)ライブラリーで一日仕事をしその便利さを改めて感じる

朝からライブラリーへ行く。仕事、事件史の平成6年のところを書き上げ、宗教美術史の直しを続ける。一応、予定していた分は終わる。昨日今日とかなり涼しい。

夕方、宝島の井野さんがきて、新しい企画の打ち合わせをする。ついでにいろいろとしゃべる。井野さんからは、今日メールがあり、それで急遽ライブラリーへ来てもらった。六本木にいると、そうしたことができるので便利だ。

夜は木下さんなどと打ち合わせ。帰宅は深夜になる。

August 16, 2008

8月16日(土)実は大変なことが起こっているのにオリンピックのお祭り騒ぎがそれをかき消しているのかもしれない

午前中、少し遅れて、ヒルズへ向かう。休みなので、バスで渋谷まで出て、そこからまた直通バスでヒルズに着く。時間は電車よりかかるが、汗をあまりかかないで着くことができる。真夏の土日は、このパターンが一番楽かもしれない。

今日のヒルズからの景色は、一昨日とは違い、少し煙っていて、地平線が見えない。お盆休みだからと言って、必ず地平線が見えるわけではないようだ。昼食のあと、歩いていると、インド音楽が聞こえてきたので、アリーナに降りてみる。音楽はたしかにインドのものだが、奏者は日本人らしい。最近、インドジャズに興味があるので、そういうものが聴ければと思ったが、どうもそういう感じではないようだった。早々に引き上げる。

仕事の途中、木下さんから電話がかかってきて、1時間半近く話しをする。世の中本当に深刻なことが起こっているのかもしれない。今はオリンピックだし、お盆休みなので表面化はしてないかもしれないが、この二つが終わると、いかに深刻なのかが明らかになるのかもしれない。これは、たかをくくっていると、非常に大変なことになりそうだ。

夕方、娘が彼氏を連れて、やってくる。私よりも、小幡さんが楽しみに待っていて、少し一緒に話しをする。彼氏は小幡さんのことを気に入ったようだ。帰りがけ、小幡さんの住む方角を見ると、花火が小さく見えた。

帰ってからオリンピックを見る。驚いたのは、男子100メートル。ライブで見たが、ボルト選手はあまりに早い。次元が違う走りだ。こんな人間がいるのだろうか。人類が進化したかのようなレースだった。

8月15日(金)もしかしたらお盆休みは消滅しつつあるのかと思いながら蛍を見る

朝から暑い。終戦記念日で、お盆の真っ最中。世間では休みなのだろうが、私の周囲の人々、とくに出版社の人たちは、まるで休んでいない感じだ。原稿を入稿したとか、校正をお願いしますとか、はたまた新しい本をお願いしますとか、普段とまるで変わらない。取材などはないけれど、お盆に休むという時代ではなくなっているのだろうか。

仕事は、ここのところのパターン。ただ、最初に、産経新聞から頼まれていた、ひろさちやさんの新刊の書評を書く。2枚ほどと短いので、そのなかになにを盛り込むか、少し苦労する。『平成新宗教事件史』は平成3年を書く。この年は、幸福の科学とオウム真理教が対決し、そのなかに私が巻き込まれるなど、けっこう大変な年だ。自分のこともあるので、原稿に気を使い、15枚ほど書いたら、相当にばてた。それでも、宗教美術史の原稿を直す。

夕方、高尾山口に向かう。うかい鳥山で蛍まつりをまだやっているというので行ってみる。京都の貴船では、帰りの時間の関係で、蛍を見られなかっただけに、リターンマッチ。この店の存在は知っていたが、訪れたのははじめた。お客の若いカップルが多いのは、近くにある施設の関係だろか。食後に庭園内の蛍を見る。ただ、少し人工的な環境で、蛍も小さいので、蛍を見たという感じはあまりしなかった。やはり、もう少し早い時期に蛍狩りをしないとだめなのだろう。来年の楽しみにしよう。

August 11, 2008

8月11日(月)創価学会本を仕上げ上野で展覧会を見て頭が混乱し寿司を食べたらどこかの教授が

朝からライブラリーへ行く。創価学会の本の原稿の直しをする。一応、予定通り最後まで終わり、あとがきも書く。7枚ほど。

小幡さんから、発売前の新刊『すべての経済はバブルに通じる』をいただく。ライブラリーの隣の席で、苦しみながら原稿を直していたのを見ていただけに、自分の方ができたときより、感慨が深い。出だしは易しいが、内容はけっこう難しいのかもしれない。さっそく読んでみることにする。

仕事を終えてから、上野へ。東京国立博物館で開かれている「対決 巨匠たちの日本美術」を見る。お盆と言うことで月曜日にもかかわらず開館しているので、すいているかと思ったが、一応今の時期としてはすいているのだろう。それでもけっこうな人出だ。対決という意味があったのかどうかまったくわからないまま、終わりの方になると、なんだかいらいらしてきた。こうした展示に慣れていないせいかもしれないが、いったい何を見たらいいのか。平常展の見方が案外難しいのと共通している。ポイントが明確ではなく、その分、集中力がなくなっていく。とくに若仲とか簫白とかがいけない。応挙もだめだし、大観のものもだめ。ちょっと疲れた。

六波羅蜜寺の仏像があるというので、平常展も見てみる。空也像は、来て欲しかったようだが、寺に断られたのかもしれない。真如苑の大日如来像、前とは違う形でまだ展示されていた。普通に展示してあると、とてもこれが15億円とは思えない。

終わってから、新宿へ出て、買い物をする。父親の三回忌で、上の妹も来ているので、一緒に寿司を食べる。サザンタワーのほり川。先日編集者の紹介で昼に来たが、夜の方がうまい気がした。カウンターには、東大の有名教授K氏が女性と来ていた。ちょっと奥さんではないような気がした。まあ、関係ないが。

August 07, 2008

8月6日(木)なんだか恐ろしい一日だった

朝からライブラリーへ行く。『新宗教ビジネス』の原稿の直しをする。あとは、調査すべき項目がいくつか残ったが、だいたいこれで完成した。

小幡さんの紹介で、大蔵省同期だという京都選出の衆議院議員、北神さんとお会いする。政治家にはめずらしく、教養人で、選挙区が亀岡を含むと言うことで、昼食を交え、大本の話などする。いったい解散はあるのかについても伺ってみる。

午後には、やはり小幡さんの紹介で、ダイヤモンド社の編集者と会う。女性の編集者で、ご主人が私の著作を読んでくれているとのこと。大変ありがたい。京都で学ぶというコンセプトで話しをする。

『日本宗教美術史』の方も、原稿を直し、第2章に入る。ここは、第1稿の第1章と第2章を合体させた形になる。ここでも、余計な部分をカットして、まとめていく。

夕方、講談社の唐沢さんが来てくれて、『新宗教ビジネス』の原稿を渡す。タイトルを含め、変更もありそうだ。この原稿を読むと、新宗教の怪しげなイメージが払拭されるとか。なかなかおもしろい感想だと思った。

そこに、義弟が来て、これからのビジネスについて話しをする。夜は、教え子の原さんと妹が加わり、ビジネスの展開について話をするが、原さんが、静雲堂の中込さんを呼んでくれ、貴重なアドバイスをもらう。最後は、原さんと妹と一緒に食事をして帰る。なんだか、大変な一日だったが、この一日のあいだに接した情報の量は膨大な気がした。

August 04, 2008

8月4日(月)弟夫妻のパーティーに渋谷に行く

今日まですごく暑いらしい。用心して、昼間は外に出ず、夕方まで仕事をする。

『寺門興隆』の連載、55回目を書く。だいたい書き終わるが、もう一度見直す必要がある。そのあと、『新宗教ビジネス』の2章と3章に手を入れる。

夜は、渋谷へ。弟夫妻の主催で、トルコ料理レストラン、アンカラで簡単なパーティー。世代的には若い人が多くて、あまり話しをする機会がなかった。電通の渡辺さんにも来てもらい、もっぱら二人で話しをする。いろいろと企画を考えてくれ、今日も思わぬアイディアが出た。果たしてそれは実現するのかどうか。おそらくは何らかの形で実現することになるだろう。

『寺門興隆』の連載をまとめて本にする話し、政局が少し動き出したので、急に具体化する。その方針について、電話で編集者と話しをする。秋には出ることになるのではないか。秋は、宗教ものの出版が続きそうだ。

8月3日(日)暑いのでヒルズで仕事をしテレビ局の未来を憂う

何かものすごく暑くなりそうなので、朝ヒルズに行く。ちょうど渋谷行きのバスが来たので、今日ならすいているのではないかと思い、それに乗る。やはり渋谷まで30分弱で行った。そこからまたバスでヒルズ近くへ。

宗教美術史の直しをする。第1章と第2章を併せて、一つの章にまとめる。古代の宗教美術ということで、縄文から古墳時代まで、内容がかなりすっきりした。最初に書いたものなので、どう書くか、方針が定まっていなくて、いろいろと余計なことを書いていた。

新宗教ビジネスの方も、第1章を見直す。それと平行して、長井さんの署名、これまで集まっている部分をコピーする。提出するとき、外務省と在日ミャンマー大使館の2部必要だ。今のコピー機、これほど進化して便利に出来ているとは知らなかった。予想以上に簡単に終わる。

夜は、木下さんなどを交え、今後のテレビ界について話し合う。一部報道され、それぞれの局では役員報酬の返上などが行われているが、恐ろしく業績が下がっている。赤字に転じるのも、それほど遠いことではないのかもしれない。これまでの民放テレビのビジネスモデルが完全に崩れているようだが、抜本的な対策は立っていない。各局の、決算報告書などを見るとそれがよくわかる。果たして、地デジまで、テレビ局はもつのだろうか。それがターニングポイントになるのは間違いないと予想できたものの、崩壊のスピードは予想以上だ。これで、世の中大きく変わる部分が出てくるだろう。

July 28, 2008

7月28日(月)松本から叔父の告別式に向かいいくつか驚いたことがあった

朝、6時に起きて、51分のスーパーあづさに乗り、八王子、橋本経由で南大沢へ。南多摩斎場で開かれる叔父の告別式にむかう。昨日はもう少し人数が多かったらしいが、今日は見内のなかでもごく少数。しめやかに故人を送る。驚いたのは、故人の骨が立派に残っていること。一番大きな骨壺にいっぱいになった。

斎場の隣で行われていた葬儀の導師、日蓮宗の僧侶と思っていたら、挨拶された。最近日蓮宗関係で講演することが多いが、それを聞いてくれているとのこと。

斎場から、比較的近くにある叔母の家に行く。納骨までのあいだ、そこに遺骨を安置しておくことになった。すごいのはその家。駅から5分だというのに、まるで山のなかで、500坪もある。事情がある貸家らしいが、そばのせせらぎでは、蛍が舞うとか。こんなところも東京にあるのだとびっくり。

叔母の家で休んだ後、新宿へ。取材のためだが、待ち合わせの喫茶店にむかっていたところ、社会学者の森反さんにばったりでくわす。いったい何年ぶりだろうか。もしかしたら20年以上ぶりかもしれない。路上で立ち話。彼は東京経済大学で教えているので、長井さんの話もする。私がそれに関連して講演活動をしているのは知っていた。

取材は、『週刊プレイボーイ』で、ハリー・ポッターについて話しをする。終わってからタワーレコードで何枚かCDを買い、帰宅する。

July 23, 2008

7月23日(水)八王子の事件のことを深く考え教え子を殺されたような憤りを感じた

昨日起こった八王子での事件、事実関係が明らかになってくると、さまざまなことを考えた。被害にあった女性、中大生だという。文学部の学生さんなので、僕が担当している授業はあるいはとっていないかもしれないが、今年の名簿にはないものの、もしかしたら去年か、一昨年の授業をとっていた可能性は排除できない。少なくとも、彼女の同級生は僕の授業もとっていることだろう。その意味では、やはり教え子が殺されたという意識が自分のなかに沸いてきた。その場近くに自分が居合わせたことの意味も含め、何か今日は、現実がそれまでとは違って見えた気がした。

仕事的には、和田秀樹さんとの対論を午前中から午後にかけてやり、かなりおもしろい話しになった。懸案の『誰も知らない「坊っちゃん」』の見本も出来、ついでに先の本の企画も決まった。天理教の本も、別の筋から出そうな状況が生まれている。その意味では、いろいろ順調に進んだ一日だった。

夜は、調布で長井さんのビデオインをやったが、市会議員になった元キャスター、真山さんの人脈と知名度もあり、かなりの人がきてくれた。調布に行く前、なぜか間違えてつつじヶ丘の駅で降りてしまったことを含め、自分のなかで八王子の事件が尾を引いている気がした。長井さんの話との関連でも、オウム事件以降、自分たちは暴力の世界に生きている気がして、そのことから話しをした。この運動をしていると、いろいろなことが切実なこととして迫ってくる。その切実さが、今の社会では一番欠けていることなのかもしれない。

7月22日(火)叔父が亡くなり通り魔事件の現場を通る

朝方、ダスキンに頼んでいるトイレを浄化するもの、取り付け方が悪かったのか、すぐになくなってしまっていた。問い合わせて、来てもらったが、その人、ジャズに興味があるようで、キース・ジャレットのブルー・ノートでのライブ、6枚組みももっているとのこと。そんなんで話していたら、母親から電話があり、叔父が亡くなったと聞く。もう80歳をはるかに超えているので、天寿を全うしたと言えるが、晩年は少しぼけがはいっていたようだ。通夜が日曜で、葬儀が月曜ということになったが、日曜は松本での講演がある。これだと、その日に帰ってこなければならなくなりそうだ。

午前中は、家で仕事をする。『新宗教ビジネス』の第6章を書き上げ、それを編集者に送信する。昼食のあと、ライブラリーへ出かけるが、外はめちゃくちゃ暑い。気をつけながら歩く。ライブラリーでは、『日本宗教美術史』の第1稿を書き直す作業に入る。「はじめに」のところを大方直すが、この部分、かなり短くなりそうだ。

夕方、教え子の原さんが来て、少し話し、時間がないというので八王子まで送りがてら行く。JRで行き、帰りは京王線にしたが、駅に近づくと、警官がいて、人だかりがしている。そのときはなんだかわからなかったが、家に帰って調べると、通り魔だったという。いきなり書店に入ってきて、女性を刺し殺したと言うから恐ろしい。もう少し早く駅に着き、書店に行っていたらと思うと、恐ろしい。秋葉原の事件の余波が続いているということだろうか。

July 17, 2008

7月17日(木)完全オフ

さすがに長旅が続いたので、何もやる気がしない。完全なオフ。

昼、魚真などで買い物をしようと出かけ、昼食をとろうとして、その近くのイタリアンの店に入る。そこは、前フレンチの店だった。カウンターで食べていたら、店の人間に話しかけられる。シェフは、前三軒茶屋で働いていたとのこと。帰りがけ、店の外まで出てきて見送ってくれた。まるで伊勢丹のようだ。

今場所初めてテレビで大相撲を見る。朝青龍が負けたが、勝った栃乃洋。これまで注目したことがなかったけれど、劣勢ながら、それを徐々に挽回し、最後は横綱をしとめるのはすごい。驚いた。金星が2位にこれでなったというが、それだけの技量は十分にある。

松本での講演会について「信濃毎日」の取材を受ける。こちらから働きかけたのではなく、記者がチラシを見かけたのことらしい。これははじめてだ。

July 05, 2008

7月5日(土)連載原稿を書きサントリー美術館に行き虎屋でコーヒーで和菓子をする

小田急線の高架線の下に新しく商店街が出来た。ジョイフルにあった店のいくつかが移転してきている。まだ、開店しない店もあるので、全体がどうなるかわからない。ちょっと便利なのはクリーニングの白洋舎が平日は7時半から営業していること。ライブラリーへ出かけるときに、出せそうだ。

下北沢のタウンホールに行って、長井健司ビデオ・インの申し込みをする。昼、小幡さんと昼食をとり、ライブラリーで仕事。『寺門興隆』での連載54回目を書く。創価学会についての見方がここに来て変わったという話し。2時間で書き上げ、少し休んで直したら、全体で3時間かかった。その後、来年書く本の目次を作る。

サントリー美術館へ行き、『KAZARI』の展覧会を見る。サントリー美術館はスペースが小さくて、展示しているものが全体に少なく、料金が高い気がするが、ちょっと気になったので寄ることにした。国宝の火焔土器が一番見たかったが、見るとやはり印象が変わる。そこが恐ろしいところだ。

見終わってから、虎屋へ。久しぶりにコーヒーで和菓子を食べる。これがなかなかいい。

7月4日(金)原稿を書き森美術館に行き生命倫理を議論し練馬で妙なレストランへ行く

朝からライブラリーへ行く。『新宗教ビジネス』の第2章を書く。一応最後まで書き、章全体を直す。いよいよ次の第3章で、新宗教の教団が確立したビジネスモデルについて書くことになる。隣の席では、どなたかが原稿で苦吟している。壁にぶち当たらないと仕方がないので、がんばってもらうしかない。

昼食後、森美術館へ。今、ターナー賞の歩み展をやっている。ライブラリーで無料の券をもらっていて、会期が13日まで。今日行かないと行けないと思い、立ち寄る。現代美術なので、ビデオ作品が多い。娘と母親が喧嘩しているところを撮影し、それを逆回しで上映しているのが少しおもしろかった。ただ、やはり現代美術はどう見て良いか、そこが難しい。

3時から東京財団での生命倫理の研究会へ行く。韓国の生命倫理法についての発表。おもいのほか議論が沸騰し、予定時間をはるかにオーバーする。次は私が、日本人の身体観について発表しなければならないのだが、今のところ見通しが立っていない。

溜池山王から練馬へ出て、妹の事務所へ。今度事務所を移転するというので、それについて義理の弟などを交えて話しをする。終わってから練馬で飯を食べたが、居酒屋の上にあるイタリアンのレストランを見つけ、そこに行く。海老のガーリックソテーがうまかった。ちょっとおもしろい店で、なかなかよかった。

July 03, 2008

7月3日(木)教え子のおばさんの展覧会に八王子まで行く

中央大学で講義をする前に、八王子に行く。八王子市夢美術館で開かれている「原光子展」に行く。作者は、私の教え子の原さんのおばさん。女子美術大学の教授だったと言うから、私が杉並区の和田に住んでいた時代、同じ地域にいたことになる。はじめて見る絵だが、いろいろおもしろかった。左手の中央に中心がおかれていて、どうもそれは心臓の位置に対応している気がした。それにしても、その右手に描かれる噴水らしきものは何なのだろうか。いろいろと興味を引かれた。

そこから、高幡不動を経由して、中央大学へ。二回目の講義をする。最初に刑務所に見学に行った経験がある学生はいるかと聞いてみたが、3人ほどいた。府中刑務所にいった学生もいて、少し話しをする。そのあと、新宗教とはどういうものかについてビデオを交えて講義する。使っているビデオは、20数年前のものだが、あまり色あせていない。案外ビデオテープというのは寿命が長いのかもしれないと思った。

授業が終わってから、延々と電車に乗って、ライブラリーへ。芸術新聞社の渡辺さんと『日本宗教美術史』の原稿をどう直していけばいいのかを検討する。そのあと、地下の「寅」で、会社の副社長を交えて懇談する。

June 27, 2008

6月27日(金)はじめてタキシードを着てパーティーへ行く

朝は、いつものように『日本宗教美術史』の原稿を書く。2項目でおよそ10枚ほど。あと1項目で現代が終わりそう。そうなれば、最後のまとめの章だけ。『新宗教ビジネス』も数枚書く。

午後は、日蓮遺文の勉強会。今日の部分は、一気に進んだけれど、日蓮なりの宗教史のような感じで、あまり問題がない。ただ、質問コーナーで松山先生から岩波の法華経の新訳などを中心に話しがあり、大変勉強になった。インドから中国、中国から日本へと伝わってきた仏典がそのたびごとにどう変容したのか。その過程を追った研究など、どこにも存在しないようだ。

勉強会が終わってから、伊勢丹へ。ドレスコードのあるパーティーに行くため、タキシードに着替えさせてもらう。はじめて着るので、買ったところで着せてもらってよかった。まさに、馬子にも衣装状態。ちょっと自分が違う人間になったような感じ。

タクシーでパークハイアットへ。雑誌の『ヴァンサンカン』のガラチャリティー。なかなか豪華なパーティーだが、もう少し工夫があった方がよかった。雑誌のボスと編集長、それにゲストで来ていた辰巳琢郎さんと話しをする。辰巳さんは、明日対談する和田秀樹さんが監督した映画に出ていた。たまにはこういう機会があるのもおもしろい。

June 20, 2008

6月20日(金)『資本主義2.0』の重版が決まり千住博さんの装丁もでき副都心線にもはじめて乗ったそんな一日

午前中は、かんき出版の監修の仕事を、最後までやる。かなり急いでいる様子なので、こちらもがんばってみた。その後、日本宗教美術史の原稿、平山郁夫と東山魁夷について書く。一応、この二つの項目が終わる。

講談社の方から、『資本主義2.0』が重版になったという知らせをもらう。かなり難しい本ではないかと思うが、まずは順調だ。

宗教美術史の方、装丁を千住博さんにお願いしていたが、それが届く。思った通りのできで、ぐっと来た。さすが千住さんだと感心する。

装丁の原画に使われた物が、今度開通した副都心線の新宿3丁目駅で陶板になっているというので、そこに行ってみる。陶板だとさわれるのでうれしい。せっかくなので、渋谷まで乗ったが、なかなか快適。電車も駅も広い。圧迫感がないのがいい。列車と列車のあいだの扉が透明なガラスだというのには驚いた。

そこからライブラリーへ。新宗教ビジネスの方の原稿を書く。夕方、渡辺さんが来て、福岡での講演のことについて打ち合わせをし、新宿へ出て食事をする。

June 11, 2008

6月11日(木)いろいろと依然としてごたごたしている

今日は天気がそれほど悪くはない。朝、自転車を使おうとして、自転車置き場にないのに気づく。また、盗まれたかと思ったが、忘れていた。沖縄に行く日、荷物があったので自転車で駅までいった。にもかかわらず、帰りにそれを忘れていたのだ。しかたなく歩いてコンビニに。明日の講演の資料、コピーする。この内容、見られたら、ちょっと困る。『宗教研究』の論文、一応直す。注もつける。もう少しだが、結論がちゃんとしていない。

梅村さんから電話が入り、急きょ、打ち合わせ。ハリー・ポッターのまとめ方について話し合う。一応できたような気がした。あとひと踏ん張りだ。帰りに自転車を駐輪場から引き揚げる。1500円もかかった。

帰ってから、『坊ちゃん』本の校正をする。これは、電車に乗っているときにもやらないと間に合いそうにない。

夕方、まず新宿へ行き、ビッグカメラで修理してもらったパソコンを受け取る。長期保証にしていたのでタダだが、もし払うとしたら3万以上になる。それから、神保町に出て、木下さんと待ち合わせてソマードへ。加藤社長などと、今後のことを話し合う。帰りがけ、かんき出版の編集者から監修しているものの残りの原稿を受け取る。

May 31, 2008

5月30日(金)苦境はたしかに脱したか

ハリー・ポッターの原稿に苦しんでいるのは、ひょっとして、髪が伸びて、重くなっているせいではないかと思い、朝、床屋へ行く。もちろん、これは半分冗談だが、頭がぼさぼさだと、どうしても気になる。

やはり頭がすっきりしたせいか、原稿の方はなんとか進んでいく。3章と4章の構成を変えてみた。これで、話の進み方が自然になった。とにかく締め切りは明日なのでがんばるしかない。宗教研究のほうも明日が締め切りだが、仕事のほうの原稿を後回しにはできない。文筆家のつらいところだ。

夕方、電通の渡辺さんが鎌田さんからの明太子をもってやってきたので、一緒に飯をくうことになる。久しぶりに魚真の乃木坂店に行く。金曜なので混んでいて、予約がないと席には座れない。そこでというか、立ち食いですしを食べる。どれも身がしまっていてうまい。とくに、いさきは絶品で、これまで食べたのとは違う。食べていると、予約なしに来て帰る人や、カウンターで順番を待つ人が出てくる。カウンターも混んでくると、不思議に疲れる。その時点で席が空いたので、奥へ。しばらく食べる。

その後、渡辺さんが数年ぶりだというスナックへ。そこで署名活動もする。ママさんを含めて、4人から署名をもらう。

家に帰ったら、パソコンのスイッチが入らない。これは困ったことだ。

May 09, 2008

5月9日(金)朝から夜までいろいろとあった一日

朝、山折先生との対談本の、補足の部分と、あとがきを改めて書く。それを送ったあと、病院へ行き、定期検診。今日はかなり待ったが、血糖値や悪玉コレステロール、尿蛋白などはかなり良好。体重がここのところ3キロほど減ったことがいい結果に結びついているのだろうか。病院から戻って、ハリーポッターの方、第1章を書き直してみる。

午後は、東京財団での生命倫理の研究会。学問の自由と先端医療研究との関係について、法学的な側面についての研究について聞く。そのあと、若い発表者とお茶をして、いろいろと話す。そこから目黒へ。駅の有隣堂では、『3種類の日本教』、5カ所くらいで平積みになっていた。どの書店もこうだとありがたいが、この書店は、私の本を売ることに熱心になってくれているのかもしれない。木下さんと会い、今後の長井健司運動について議論する。

帰ったら、真如苑が運慶作とされる仏像を買ったことについて、私が書いた文章が載った『文藝春秋』が送られてきていた。けっこう話題になったことだけに、世間の関心も強いかもしれない。考えてみると、『文藝春秋』に書いたのは初めてのことだ。

May 01, 2008

5月1日(木)ゲラを返すとまたゲラが来る

5月に入った。今日は外出なかったのでわからないが、世間はGWムードなのだろうか。

ハリー・ポッターの書き直し、1章を終える。すでに書いたものを使えるので、いったいどのくらいで完成するだろうか。2章では、主人公に焦点を当てる予定だ。

宗教美術史、近代のところの直し、図書館で資料を借りてきたので、それを見ながら進めている。「歴史画」について研究した本もあったし、自画像についてふれた本もあった。近代になると、個々の作家の作品も多く、通史的な資料だけでは書けない。

水野和夫さんとの対談『資本主義2.0』の再校ゲラを戻したら、今度は、山折先生との対談本の初校ゲラがきた。前も初校となっていて、実質的には再校だが、初校でかなり直したので、そういうことになっているのだろう。かなり量が増えている。

April 26, 2008

4月26日(土)髪を切ってもらっていたら外では雨が降り出した

もっと天気がよくなりそうなのに、どんよりとしている。午後、床屋へ行く。大分伸びて、気になってきた。どうも世間は連休モードに入っているらしく、いつもの土曜に比べて客が少ないと床屋が言っていた。床屋へ行くと、必ずいつものようにでいいかと聞かれる。一度、ほかにやりようはと聞いてみたら、ないという答えが返ってきた。最初から意味のない質問だということになる。

髪をかってもらっている間に、外は雨になっていた。傘をもってきていなかったので、床屋にビニール傘を借りて、自転車であわてて帰る。雨になるとは思わなかった。

『週刊読書人』で、小川三夫『棟梁』という本を書評しなければならないので、それに関連して、西岡常一・小川三夫・塩野米松『きのいのち木のこころ』を読んでいる。こちらは、もともと三冊の本を合本したもの。かなり読みでがある。宮大工の特殊な世界が興味深い。師と弟子という宗教の世界に通じる話でもある。

最近、テレビで映画を見ないが、今日は珍しく『パヒューム』を見た。集団ヌードで話題になった作品だが、見始めたら、そのまま最後まで見てしまった。あり得ない設定がいい。ダスティー・ホフマンや、ハリーポッターのスネイプ先生役でもあるアラン・リックマンなども出ていて、おもしろかった。こういう作品ならみたいと思う。

April 25, 2008

4月25日(金)新年度ひとつの区切りの日に思う

4月25日という日は、特別な日らしい。なにしろ、4月入社の新入社員にとって、はじめての給料が出る日になる。私の娘も、今日、最初の給料をもらったらしく、その報告を受ける。

午前中は、日本宗教美術史の原稿を書き、けっきょく10枚ほど書き上げるが、途中、ハリーポッターについて書く本の編集者から電話がある。最初、何を求められているのかがわからなったけれど、編集者が理解系というところに本とがあるということがわかる。興味深いと思ったのは、私に文学作品を読み解けと要請してくる編集者が、理科系だということ。どうも、わけのわからない人間社会の有様を一貫したものとして説明して欲しいという要望があるような気がした。

午後には、ライブラリーへ。2件ほど取材を受ける。これからは、連休に入るので、あまり仕事をするよう求められることはなさそうだ。少し集中して仕事ができるかもしれない。

夜は、御厨研の新年度会。新しい、しかも若いメンバーが入ってきて、それだけで雰囲気が違う。やはり若い人のエネルギーは、その時代にしか発揮できないものなのかもしれない。

April 09, 2008

4月9日(水)今日は大仏の日だということらしいけれど

今日は大仏の日。西暦752年、奈良の東大寺では大仏の開眼供養が行われた。そこから、大仏の日となったようだ。

朝からライブラリーへ。校正が2件あるので、それをやるため。山折先生との対談、2章まで終わる。ここまででもかなり手を入れたが、残りの2章もけっこう大変そうだ。それに比べれば、水野さんとの対談の方は、すでに手を入れているので、問題が少ない。これは、5章分終わって、あと3章。文藝春秋に書く原稿もあるので、なにかと忙しい。来週、3日ばかり東京を留守にするので、その影響も大きい。

途中、武田崇元さんに来ていただき、講演会の打ち合わせ。長井さんの抗議署名の用紙もくばってもらうことにする。

帰りがけ、新宿に出る。ライブラリーで専用に使うためのコンピュータが必要で、それを見に行く。格別特別なものは必要ないし、15インチくらいでよさそうだ。それだと13万くらいである。別にとくに欲しいメーカーのものもないので、NECとか、富士通とかでいいようにも思う。

April 03, 2008

4月3日(木)研究室で部屋を移動する

4月になっても生活はさして変わらず、たんたんと原稿書き。ハリーポッターを10枚強書く。あと1回で、4章が終わりそうだ。

午後から先端研に行く。研究室の体制が変わるので、引っ越しのため。はじめは、本を引き上げなければならないかと思ったが、研究室の若い衆ががんばってくれたので、なんとか全部収まる。ところが、ペンタブレットのペンが見あたらない。いったいどこに行ってしまったのか、最後までわからなかった。これは困る。

今度研究室にやってきた建築学科の修士の院生と話しをする。娘と同じパターンで、立命館から東大に来たという。立命館がいかに商売に熱心か、その話しをする。そういえば、どこかの雑誌では、「株式会社立命館」と揶揄されていたように思う。

引っ越し作業が終わってから、創価学会の連載と宗教美術史の次の章の構想を考えてみる。創価学会の方は、連載が50回を超えて、51回目。宗教美術史は、第10章になった。

March 31, 2008

3月31日(月)年度末、特任研究員は今日で終わり

明日から4月だというのに、今日は雨が降り寒い。年度末でもある。今日で、東大先端研の特任研究員が無事終了する。報告書を書いていなかったので、簡単なものだがそれを書いて、送る。これで一応責任は果たしたことになるのだろう。特任の2年半は、さまざまな点で役立った。プロジェクトとしてもおもしろいことがやれたし、政治や経済の分野にかかわることができたことも大きい。ヒルズのライブラリーを知ったこともかなり重要なことだった。

ハリーポッターの原稿にかかろうと思ったが、本を見返していて、けっきょくそれだけで終わってしまった。なにしろ第4巻は相当に長い。映画では省略されているところも相当にある。もう映画と原作とは別物といっていいかもしれない。第4章で何を書けばいいか、まとめてみる。宗教美術史の方は、3枚くらいしか書けなかった。

夕方は、角川書店の岸山さんと本の打ち合わせ。これで2度目。朝、だいたいの内容をまとめてみる。全体が7章になる予定で、各章、40枚弱書くと新書としてはちょうどいいだろう。書けば一気に行けそうな気もする。問題はいつ書くかだ。

クレモナM、家にいる間は、ずっと鳴りっぱなし。かなり鳴らさないと、スピーカーの真価はわからない。前のものと比較すると、楽器の鳴っている場所がまるで違う。前は、演奏者が一列に並んでいるというイメージだが、クレモナだと奥行きがある。演奏者のいる場所も広くなったようで、演奏している音も、前よりはるかに鮮明にきこえるようになっている。やはりオーディオはスピーカーなのだろう。このスピーカーをいかに鳴らすか。アンプとCDプレイヤーの選択はこれからじっくり考えることにしたい。

March 30, 2008

3月29日(土)住友ビルから新宿御苑の桜を見る

安全・安心のプロジェクトが終わるので、御厨研究室の体制も変わる。それにともなって、研究室を去る人もいれば、立場が変わる人もいる。ちなみに私の場合には、特任を外れ、客員という立場になる。それを踏まえ、新宿住友ビルの美濃吉でお別れ会が開かれる。

昔は、住友ビルくらいしか高層ビルがなかった時代があったが、今は窓の外にたくさんのビルが見えるようになった。ちょうと宴会の開かれた部屋は、新宿御苑の方にむいていて、窓から御苑の桜が見えた。今、最高の場所ということだろう。

帰ってから、そのまま寝てしまう。

March 21, 2008

3月21日(金)浅田選手の強靱さには驚かされる

朝、関東中央病院に定期診察に行く。栄養指導を守っているせいか、血糖値がかなり下がっている。腎臓関係も詳しく調べて貰ったが、蛋白は出ているものの、機能的にはそれほど問題がなかった。インシュリンも出ているという。生体検査の話しも出ていたが、とりあえず様子を見ることになる。検査となると2週間入院しなければならないので、これで助かる。

午後は、東京財団での生命倫理の研究会。今年は0年度で、4月からが初年度にあたるようだ。前回に引き続いて、代理懐胎の問題について。学術会議で議論がなされたものというが、議論がむちゃくちゃで、何の有効性もない。代理懐胎を原則禁止だというが、これでは法律案にはとてもならない。ヒルズに行くとき、よく学術会議の前を通るが、こんな議論をしているとは、大丈夫なのだろうか。

溜池山王の駅に降りていこうとして、華道家の大久保さんに出会う。つい先日もヒルズで偶然会った。よく会うものだ。

読売テレビのディレクターから電話。また、来週たかじんのそこまで言って委員会に出ることになった。夜用事があるので、収録の日は日帰りだ。

帰りがけに、写真屋で写真を撮って貰う。ライブラリーの申込用に写真がいることになり、あまり適切なものがないので、撮って貰うことにした。パスポートをとることもあろうから、それに使えるものにした。

家で、フィギアの女子フリーを見る。浅田真央選手、転倒してもその後何事もなかったかのように滑るのがすごい。ちょっと常人には考えられないが、怪我もしていたという。恐ろしいが、めでたいことだ。

March 12, 2008

3月12日(水)季節感も時代とともに移り変わっていく

引き続いて、ハリー・ポッターの原稿と、『日本宗教美術史』の原稿を書く。両方併せて、20枚強。かなり進んだ。

『3種類の日本教 日本人が気づいていない自分の属性』の再校が届く。初校でもあまり直さなかったので、今回はそれほど直すことはないだろう。これは、4月17日の発売になる。

この前インタビューを受けた『一個人』のゲラが届く。これはすでに直してある。一応読んだが別に問題はなさそうだ。

『イニシエーションとしての宗教学』の文庫化、8月には出したいと言ってくる。追加の原稿もそれには間に合うだろう。

気候も大分暖かくなってきた。桜の開花予想も出ている。『日本宗教美術史』で室町時代のことを書いているが、その時代の絵画に四季花鳥図というものがある。それを見ると、桜や紅葉といった、今なら春と秋を特徴づけるものが出てこない。桜と紅葉が愛されるようになるのは、江戸時代からのことで、室町では、春は梅とか、秋は秋草とか、今に比べるとかなり地味だ。それでも、季節に対する強い関心は、この時代に生まれている。その時代の人間が、桜や紅葉を見たら、なんと思うだろうか。季節感も時代とともに移り変わっていく。

March 09, 2008

3月8日(土)確定申告がネット上で簡単に終わったので桜月流の公演を昼と夜見る

ときは確定申告のシーズン。個人事業主としては毎年、申告をしなければならない。面倒でここまでほっておいたが、期日も迫ってきたので、朝からとりかかる。最近は電子申請ができるようになっているが、そのためには準備がいる。ところが、ただネット上で書類を作成し、それを印刷して送付するやり方があるのを知り、ためしにやってみたら驚くほど簡単にできた。2時間ほどで作れたのにはびっくり。これなら、心理的な負担が少ない。

それで時間もできたので、シアターvアカサカでの桜月流の公演を見に行く。楽屋に呼ばれたりして、けっきょく昼夜二回の公演を見ることになった。この劇場、できたから時間がたっているせいか、椅子が結構痛い。昼にはそれほど気にならなかったものの、夜はちょっとしんどかった。改修の噂もある。

桜月流の公演は、前回からパターンがまるで変わり、物語を演じるのではなく、立ち回りのオムニバス形式になった。今回も同じで、1時間半、いくつものシーンが続いていく。前回とは、立ち回りの手がまるで違う。ゆっくりなようで、あるいは剣をあわせない分、かえって肉体的にはきつそうだ。その上、めいっぱいやっていて、人数も少ないので、早変わり的に続けて出ている。おもしろさは格段にあがったが、やる方は相当にしんどいようだ。今年はパリで公演する可能性もあるとのこと。是非飛躍して欲しい。

February 28, 2008

2月27日(水)安全安心のコースが最終回を迎える

『日本宗教美術史』の鎌倉時代の章を直す。先日拝見させて貰った赤不動のことについて、一節分書き足す。この赤不動については、小林秀雄が「偶像崇拝」という文章で「つまなない」とけなしている。果たしてその評価は妥当なのか、それを含めて書き、最後まで直す。これで、大きな山を越えた。予想したとおり、今のところ鎌倉時代が一番長くなった。問題は、室町から江戸の部分だろう。めぼしい宗教美術がないだけに、どういう角度からとりあげるかが難しい。

午後からライブラリーへ。アエラの取材を受ける。早稲田と慶應、どちらが得かの記事を作るという。今回は、早稲田の可能性について強調しておく。続いて筑摩書房の湯原氏と久しぶりに会う。昔出した『イニシエーションとしての宗教学』を文庫にしてくれるらしい。オウム事件の前に書いたものなので、その後を書き足すことになる。

夜は、安全安心、実務専門家コースの最終回。木下さんを呼んで、ミニシンポジウム。有田さんにコメンテイターをお願いする。途中からミニ懇親会で、修了式のあと、近くの店で引き続き懇親会をする。ほとんどの受講生が参加した。そらから店を移るが、六本木の街にはほとんど人出がない。ロアビルの前あたり、誰もあるいていない。もう夜の六本木というものは、存在しないらしい。

February 24, 2008

2月24日(日)ロス疑惑からこの長い物語が始まったいるような気がする

今日も風が強く、寒い。電車もかなり影響を受けたようだ。

いわゆる「ロス疑惑」の三浦氏がアメリカで逮捕された。新しい証拠があるという報道もされているが、今のところまったく状況はわからない。

この問題が大きな話題になったのは、1980年代のはじめのころで、相当に過熱した報道のことはよく覚えている。本当に何が起こったのかという問題とともに、この報道の過熱のことも、事件自体とは別に大きな意味をもっていたように思う。

私自身がメディアによるバッシングを受けたせいもあるが、当時の過熱報道はどう考えてもやり過ぎだったと思う。疑惑に結びつくことなら何を報道してもかまわない。そんな雰囲気がたしかにあった。そして、このロス疑惑をめぐる報道が、メディアのあり方を変え、それがオウム事件の際の報道にも影響したのではないか。その意味では、今を考える上で一つの重要な出発点だったように思う。

そのことも重要だが、事件そのものに決着が着くかどうかも大きいことだろう。本人も含め、誰も予測できない形で決着しようとしているのだろうか。そういうことも起こりうるのだということに驚きを感じるとともに、オウムの事件にかんしても、将来同じようなことが起こるのだろうかということを考えてしまう。

今私たちが生きている物語は、どうもロス疑惑が叫ばれていた頃にはじまったように思う。その長い物語が、中沢新一氏のことや、バブルや、オウム事件や、そして、今関わっている長井健司さんのことにもつながっているのではないか。だとすれば、今回のアメリカでの逮捕劇には大いに注目しなければならないだろう。

February 15, 2008

2月15日(金)佐渡から解放された日蓮の文章はあまりおもしろくない感じだ

朝早めにおきたので、9時から仕事。水野さんとの対談に手を入れる。それほど入れる必要はないかと思っていたが、そうはいかなかった。1章の終わりまで直す。

その後、『日本宗教美術史』の鎌倉時代の直し。半分くらいまでやるが、残りの部分で書き足したいことがある。

午後は、日蓮の勉強会。「法花取要抄」を中心に読む。佐渡から解放されて書かれたせいか、日蓮に昔の勢いが戻っている感じだ。ただ、内容的にはそれほど新しいところはない。どうもこれからは、それほど大きな展開は望めなそうだ。その分、早く読み終わることになるだろう。

本屋などをまわる。一遍と法然の絵巻、文庫でもいいかとも思ったが、やはり絵がカラーでないとだめだろう。これは、図書館からかり出すことにする。

February 13, 2008

2月13日(水)信じられないほど寒い日に取材やらセミナーやら

午後写真を撮られる取材があるので、午前中に床屋に行く。それにしても寒い。写真のフィルムを出すために、開店前のジョイフルに数分並んでいたが、ちょっと耐え難い。高野山より東京の方がはるかに寒い。

午後、ヒルズで早稲田大学の英字新聞会の取材を受ける。新宗教についてだが、驚いたのは彼らの取材先。上祐に会ったり、滝本弁護士や安田弁護士、それに乙骨氏や創価学会の本部にも取材に行ったり、これから行くらしい。これだけちゃんと取材して、話しを聞きに来てくれるマスメディアはないのではないか。学生たちは、こんなにも取材に応じてくれるとは驚いたといっていたが、立場はともあれ、それが社会の最前線に立つ人々の基本的な姿勢ではないだろうか。

その後、『一個人』のインタビュー取材。ヒルズの下の店で写真を撮られ、そのあと、1時間ほどインタビューに答える。空気の話しをしたが、是非それを本にといわれる。これは自分の経験から言えることだが、空気が変わる時があり、空気にはあらがうことが難しい。空気の研究は、山本七平の根本的なテーマだが、改めてこの問題を考える必要がありそうだ。

夜は、安全安心の実務専門家コース。奥津茂樹さんをゲストに、情報公開の問題を考える。いろいろな論点が出てきて、かなりおもしろい。これはさまざまな形で展開すると、社会的な影響力をもつだろう。最後は、最近考えている「喜捨」の問題にも発展していった。要は、自分のために生きると大変だが、他人のために生きると意外と楽に生きられるということではないか。その面の教育が必要なのだろう。

あまりに寒いので、タクシーで帰る。東京生まれの私としても、こんなに寒い東京はあまり経験がないと改めて思う。

February 07, 2008

2月7日(木)和田中の卒業生として憂慮することがある

前に『属性』といっていて、最近では『三つの系統』と呼んでいる本の第1稿がようやくできる。270枚ほどだが、3ヶ月かかった。この本だけに集中していたわけではないが、なんとなくぼちぼちという感じで進んできた。果たしてこれで行けるか、編集者の判断待ちだ。

『日本宗教美術史』の鎌倉時代の禅美術のところを書く。どうも室町時代に入らないと、禅美術も全面的に展開していかない気がするので、具体的に取り上げた作品は少ない。禅の展覧会がおもしろくない理由を考えると、その本質が見えてくる気がする。

夕方、角川書店の編集者と新しい本についての打ち合わせをする。話しがいろいろと展開し、話しは3時間近くに及んだ。なんとか行けそうな線が出てきたが、今度はちょっと工夫をして書きたいと思う。本も直線的に書きすぎると、案外つまらない。山や谷を作り、その上で流れが生まれないと、あっさりしすぎて、書いてあることも伝わらない。そこが難しいところだ。

民間人校長で有名になった和田中のことが話題になっているが、和田中の卒業生としては、ちょっと複雑だ。成績上位の生徒について、その「吹きこぼれ」ということが、塾の教育を導入する理由になっているようだが、そんなに成績上位の生徒が勉強する必要があるのだろうか。私は、和田中時代には学年で1番か2番で、成績上位になるが、もっとも生徒は140人くらいしかいなかった。成績上位なら、余裕が出来た分、勉強に振り向けるのではなく、もっと別のことに関心を持った方がよくはないだろうか。勉強することで失われてしまうこともある。その点について考えないと、和田中の現在の試みにどういった問題があるのかがわからないだろう。

February 06, 2008

2月6日(水)社会学の市野川君が代表者であることになんだか納得できないものを感じる

いつものように原稿書き。『3つの系統』の原稿、一応最後まで書ききる。これを直してから、全体を見直す予定。それでどうするか、考えることになる。

夕方、朝日新聞の取材を受ける。テーマは厄年について。記者は佐野厄除け大師に行ってきたそうだが、大師側の話しでは、最近、茶髪やピアスの若者たちが増え、祈願して貰って帰って行くという。水子供養の関連だろうが、若い人たちもまた、厄除けという機会を必要としているようだ。

東大の駒場地区では、駒場地区事業場過半数代表者信任投票というのがあるという。一種の組合のようなものらしいが、その代表者に社会学者の市野川容孝君がなっていて、また再選のため立候補しているらしい。彼の抱負というのも添付されていた。たしかに、必要なことなのかもしれないが、本当に彼にとってそれはやらなければならないことなのだろうか、大いに疑問を感じた。きっとその有能さが評価されてのことだろうが、ちょっと納得できない。

夜は、岡田ジャパンのワールドカップ予選初戦を見る。実力差がそのまま出たような試合だが、タイの選手のシュートはすばらしかった。タイはホームだとめっぽう強いらしい。茨の道が続くのだろう。

2月5日(水)夕方から深夜にかけていろいろとあった一日

「EX大衆」から頼まれた監修の原稿を直す。けっこう手を入れたので、かなり時間がかかる。こういう作業は意外と手間がかかるし、集中力がいる。そのあと、『三つの属性』の原稿を直し、『日本宗教美術史』の原稿を少し書く。

夕方外出。飯田橋の甘味処「紀の善」で、中公クラシックスの編集者と打ち合わせ。今、『世界の名著』や『日本の名著』の解説の関連するものを集めて本を出している。今度、聖書と大乗仏典とコーランについての解説を集めたものを出すので、そのさらに解説をかけとのこと。ほかの巻を見ても、立派な大家ばかりが並んでいる。40年前の出版だというから、私などまだ小学生のときだけれど、昔は大家がいたものだと改めて思う。今、そうした大家がいるかというと、皆小粒の感はまぬかれない。

夜は、その近くの鳥茶屋という店で、弁護士の国広さんを中心に電通の渡辺氏、牧野出版の佐久間氏と、松山坊っちゃん旅行組みが集まって、仕事の話しを兼ねた宴。某経済団体のていたらくを語る国広さんの話がおもしろかった。

さらに深夜、世田谷野沢のサイゼリアで、長井健司さんの本の打ち合わせ。帰宅は12時を過ぎる。長井さんが殺されたときの状況、相当詳細にわかってきた。それが本に盛り込まれると、全然違ったものになってくる。

February 03, 2008

2月3日(日)東京は大雪だけど原稿を書き取材に応じる

東京は雪。久しぶりの大雪で、かなり積もった。団地では、ほとんど誰も雪かきをしてくれないので、とりあえず、雪かきをする。今回の雪は、湿雪で、水分をすごく多く含んでいる。これがそのまま溶けてくれると楽だが、凍るとやっかいだ。近くの出入り口などの雪をどける。一カ所、気になったので、もう一度雪かきをする。

『寺門興隆』の連載原稿、今日が締め切りなので、それを書く。20枚ほど、最後はやめたくなったが、なんとかがんばって書ききる。中途半端だと明日に繰り越さなければならないし、それだとすっきりしない。

『週刊新潮』からまた、取材の電話。ここのところ、日曜日になるとよくかかってくる。記事になるのかどうかはわからないが、創価学会と日蓮正宗の最近の関係について話をする。日蓮正宗では、大規模な集会を開いたらしい。

January 31, 2008

1月31日(木)今週はやけに仕事が入ってくる

1月も終わりになった。昨日は少し暖かかったけれど、今日はまた寒い。このまま2月に突入していくようだ。梅も咲き始めてはいるけれど、その花が痛々しい。

いつものように原稿書きをしたが、後半になるとさすがに眠くなった。一昨日まで四国だし、昨日は研究会がダブルであった。しかも、今週に入ってから、毎日のように仕事が舞い込んでくる。明らかに『10大新宗教』のおかげだけれど、体は一つしかないし、この調子で仕事が来たら大変なことになる。こういうのをうれしい悲鳴というのだろうけれど、本当に悲鳴が出る日が来るのかもしれない。

それでも、1日にやれることは限られているので、ぼちぼちやっていくしかない。夜は、芸術新聞社の渡邊さんと、久しぶりに「OTAKI」に行く。やはりかなりおいしい。とくに白子と不思議なコロッケがよかった。米をつなぎにつかい、カニと京野菜が入っている。

小学館の日本の歴史の第2巻を買う。いろいろと勉強しなければならないこともある。これもぼちぼちやるしかない。

January 06, 2008

1月6日(日)データベースを作る楽しみからずいぶんと遠ざかっているかもしれない

正月休みが明けているような、明けていないような感じ。実際には、明日の月曜日から本格的な仕事がはじまるのだろう。ただし、私は新橋演舞場に海老蔵を見に行く。したがって、本格的な仕事始めは、火曜日からということになりそうだ。ある編集者から、新著の提案をもらった。おそらく、これからもそうした話しが出てくるだろう。本も1週間で書ければ、どんどんと書けるが、そうはいかない。かなり、資料が集まっていて、部分的に書いたことがあるというものでも、まるまるそれにかかりきりで2ヶ月はかかる。同時並行だとさらに時間は必要だ。

以前は、仕事がない時期というのがあって、本を出すと次が決まっていないということがよくあった。そうした暇なあいだは、小説を書いてみたり、データベースのようなものを作ってみたりして、暇つぶしをしていた。データベースとしては、ジャズ最良の年だと思う1956年に吹き込まれた録音を、カレンダー形式でまとめてみたものを作ったことがあるし、成田屋3代が出演した演目を時代順にすべて追ってみたというものもあった。歌舞伎の演目のリストも作ってみたことがある。こうした作業、やり始めるとけっこうはまる。さすがに最近では、そんな暇はなくなった。暇があるということは、それだけ収入がないということで、生活は苦しくなるわけだけれど、趣味のデータベース作りもそれはそれで充実している。世の中には、そうした趣味を持っている人もすくなくないようで、ネットを見ると、膨大な戒名のリストや、国宝のリスト、さまざまなミュージシャンのディスコグラフィーなどが公表されている。いつそんなことがまたできるのか。余生の楽しみにしておこう。

January 02, 2008

1月1日(火)あけましておめでとうございます

元旦。天気がいい。朝、近くの神社に初詣に行く。この時間帯案外人の出がすくないのか、境内は閑散としている。深夜に来るか、午後になってから来るかするのだろう。そのまま、実家へ。雑煮とイタリアンのおせちを食べる。

帰宅して、年賀状を見る。朝日新聞のbe土曜版を読んだというコメントを書いてくれた人が多数いた。ちょっと恥ずかしい。

『日本の10大新宗教』セブンアンドワイのデイリーで1位になる。正月早々大変めでたい。

December 31, 2007

12月31日(月)大晦日に資料の整理をする

とうとう大晦日だ。雑然と積んでいた資料の山を整理する。かなりあったので、相当に時間がかかった。いらないものを捨て、関係するものをファイルに入れた。ちょっとすっきしたが、ほかにも山があり、そちらには手がつけられなかった。家に倉庫のようなものがあれば、そこにしまっておけるのかもしれないが、それもない。結局、これからも使いそうにないものが多いとは思うが、捨てるのももったいないし、新聞記事や雑誌記事などは持っていた方がいい。

明日から、2008年。いったいどういう年になるのか、ちょっと予想がつかない気がするが、けっこういろいろなことが起こるのではないだろうか。海老蔵のカレンダーをめくりながら、がんばることにしよう。

December 30, 2007

12月30日(日)年賀状を書き『日本の10大新宗教』の帯が変わっているのに気づく

やらなければならないと思いつつ、けっきょく先延ばしにしていた年賀状の作成をする。250枚以上出すので、なかなか決心がつかない。葉書は300枚買って、文面はすべて印刷した。今日のところは255枚くらい作って、それを出す。すごいと思うのは、プリンターが進化したせいか、失敗がないこと。以前だと何枚か失敗したが、今年はまるでそれがなかった。

『日本の10大新宗教』5刷が完成して、届く。ここまで気づかなかったが、3刷から帯の裏の部分が変わっていた。それが今度の5刷から表も変わっている。ここのところの広告の内容に近い感じで、「新宗教で、初めて解った日本人の宗教観!」が「新宗教には、なぜ巨大なカネが集まるのか?」となり、その下の文面も変化している。

昨日朝日新聞に全五段の広告が出て、そのせいだろう、今日は相当に本が出ている。アマゾンで全体の4位、文教堂でも4位で、新書だけだと2位。セブンアンドワイではデイリーで5位。昨日の分になる紀伊國屋書店ウエブのデイリーでは2位。なんだかこの数字を見ていると、ゲームをしているような感覚に陥る。

December 27, 2007

12月27日(木)忘年会に酔う

ちょっと時間があいてしまったが、『属性』というか『日本人の3つの系統』というか、新書になるはずの原稿を書く。第3章をおおかた書き終わる。これで、全体の半分くらいだろうか。はっきりと締め切りも決まっていないので、ぼちぼち進んでいる。どこかで一気に書き上げれば、それで完成するのかもしれない。

午後、先端研に。名刺が出来ていた。夕方5時から、研究室の忘年会。この前の忘年会があったけれど、仕事納めと言うことで二度目の忘年会となった。前回は内輪だが、今回は編集者など、外部の人も参加。けっきょく、10時半過ぎまで下北沢で飲むことになった。おかげで少し酔った。

October 27, 2007

10月26日(金)日本はすでにアジアでおじさんたちはハリーポッターについて語り合う

安全・安心の実務家コースについてメールでやりとりする。全体が決まるまで後一歩だ。『日本宗教美術史』の原稿を少し書く。ほかに、水野さんとの対談本について、メールと電話でやりとり。『論座』からは今年の三冊の原稿を頼まれる。

午後は、『日本の10大新宗教』のゲラを見たものを編集者に渡す。これは、11月30日に出ることになっている。次の企画についても打ち合わせをする。

打ち合わせが終わってから、伊勢丹へ。実家に送るおせち料理などを予約するが、伊勢丹に来るといつも、アジアから来ている人の多さを感じる。姿形が日本人に似ていることも多く、わかりにくいこ