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文化・芸術

May 01, 2018

5月1日(火)大嘗祭とは何なのか

神道コンシェルジュ講座で、大嘗祭について3回やってみた。途中、天皇が神に対して神饌を捧げる場面を実演してみたりもした。天皇の代替わりに一度だけ行われる儀礼だけに、規模が大きく、その全容をつかむことは難しいので、都合3回をかけたことになる。

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大嘗祭については、折口信夫の「大嘗祭の本義」という論文が有名で、そこでは天皇霊のことが出てくる。もっとも肝要な儀式は、この天皇霊を受け継いでいることにあるというのだ。

現在では、折口説を否定する見解が多い。大嘗祭に先立つ譲国儀や即位儀において皇位の継承がなされるなら、改めて大嘗祭でそれを行う意味はない。そういうことになるのだろうが、真床御衾のある神座が何なのか、その説明が難しい。

大嘗祭は長く受け継がれるなかで、当初の形が変わり、中国式の儀礼の要素が入ってきたりしているので、それで全体の意味が分かりにくくなっているところがある。

さらに、京都から東京に斎場が移されることで起こった変化もある。いったいこれは何の儀礼なのか。現代のいて意味を持つのか。そこからして議論をする必要があることを感じた。


March 30, 2018

3月30日(金)朝日カルチャーセンター新宿教室での「八幡神の秘密」は満員札止め

今日は新宿の朝日カルチャーセンターへ行ってきた。新宿教室はリニューアルされていて、そちらははじめて。講座のテーマは、「八幡神の秘密」。富岡の事件が起こった後に依頼を受けた。

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最初から関心が高く、満員になった。30数名。なかなかこれはないことだ。主な八幡神を祀る神社の話からはじめ、それぞれの神社が日本の歴史においていかに重要な役割を果たしてきたのかを説明し、さらには八幡神とはそもそもどういう存在なのかを考えてみた。

古事記にも日本書紀にも登場せず、しかも最初は渡来人が祀っていたものなのに、八幡神の信仰は広がり、神社の数ではもっとも多い。そこには武家が信仰したこともかかわっているが、第二の皇祖神として、皇室の信仰を集めたことも大きい。

考えれば考えるほど、謎が深まる神だ。どこまで迫ることができたかは分からないが、とにかく一生懸命に話してみた。


March 26, 2018

3月26日(月)大嘗祭を実演してみた

昨日は、江古田にある「The MoN 〜桜月流〜」での神道コンシェルジュ講座。今大嘗祭について考えている。

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前回は準備の過程についてみていった。悠紀国主基国の卜定など。今回は、それに続いて、大嘗祭の当日、どういった儀式が行われるかを見ていった。

思いついたのは、実際に、それを実演してみること。悠紀殿のなかで、どういった儀礼が行われるのか。これは、神饌行立と言われるもので、天皇が神との共食を行うことになる。本に書かれていることをもとにやってみたが、書いている人間も実際に行ったわけではないので、細部についてはわからないところが少なくなかった。これも、ただ本を読んでいるだけではわからない。

問題はやはり、そこにある寝座。これは、儀式のなかで何も行われない場になっている。そこから、有名な折口信夫の「大嘗祭の本義」の天皇霊の話が出てくることになるのだが、果たしてそれは本当のことなのか。最近ではかなり疑問が寄せられているが、たしかに不思議なものだ。

これで終わりではなく、次回、4月29日にはその後の儀礼や、新嘗祭との関係などについて考える。


March 12, 2018

3月12日(月)『息衝く』のトークショーと『見晴らす丘の紳士』という演劇

昨日は、東中野ポレポレで上映されている『息衝く』のトークショーに出演し、監督の木村さんとトークをした。この映画、監督の体験にもとづいて、「種子の会」という日蓮系の宗教団体が出てくる。したがって、「何妙法蓮華経」の題目が何度となく登場する。そうしたあたりについて、30分語る。

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その後、妹も見に来ていたので、彼女が制作をしている『見晴らす丘の紳士』という演劇を見に行く。北区の北とぴあにあるペガサスホールで。

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主人公は渋沢栄一で、日本に資本主義の社会を作り上げようとする彼の苦難の人生を描き出す。そう書くと、堅苦しい作品にも思えるが、むしろ男と男がさまざまな形でかかわり合う姿を描いた対決の物語でもある。作演出は村田裕子さんという女性。登場人物は男ばかり。なかなかユニークな作品だと思った。

December 18, 2017

12月18日(月)劇団SCOTは新しい段階に入ったのかもしれない

昨日の午後は、劇団SCOTの吉祥寺シアターでの公演を見に行った。演目は、『北国の春』と『サド侯爵夫人(第2幕)』の二つ。舞台転換などがあり、二つの演目の間に1時間半の休憩がある。

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『北国の春』は、今年の新作だけに初めて見た。5人の人間がくっついてしまうところの身体表現が面白い。『サド侯爵夫人』の方は、見たのは2回目だと思うが、こちらは完全なせりふ劇。鈴木さんの作品におなじみの車いすも出てこないし、病院という設定もない。SCOTの役者さんは、とにかく台詞が全部はっきりと聴こえるというところが何よりすごい。今回は、それに磨きがかかった印象があった。

おそらく、三島の戯曲のなかで、これがもっとも完成度が高いのだろうが、セリフの力だけで世界を作り上げていくところが素晴らしい。小説よりも、こうしたことばは戯曲の方が生きるように思う。そこで語られるのは現在ではなく、すでに起こってしまった出来事。それをことばによって現前にあらわすということが役者に求められている。

なんだか、SCOTの世界も、ステップアップした気がした。エネルギーを身体表現としてそのまま表出するのではなく、内部にため込み、それをことばに力を与える資源とする。終わった後の懇親会で、鈴木さんが、「うちの役者はなかなかいいだろ」といった言葉が印象に残った。


December 12, 2017

12月12日(火)今問われているのは神社本庁が確立した神宮神道の是非だ

神社本庁は、伊勢神宮を本宗と位置付けている。この本宗ということばは、辞書にも出ていないが、どうやら、中国語から来ているらしい。中国語では、総本家の意味だ。その総本家である伊勢神宮を頂点に、その下に各神社を位置づける。戦前の社格制度が崩れたので、主な神社は別表神社としてその枠組みの中で一定の格を与えられた。それが、国家神道が崩れた後の戦後の神社の体制である。

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この写真は、一昨年宇佐神宮を訪れたときのものだが、宇佐神宮と伊勢神宮との関係は実はかなり複雑だ。宇佐神宮の八幡神は『古事記』などに出てこない神で、突然歴史に登場した。もともとは渡来人が祀っていた神で、途中、応神天皇と習合することで第二の皇祖神となった。鎌倉時代などは、この宇佐神宮から八幡神を勧請した石清水八幡宮の方が、朝廷の関心も強かった。日蓮がそのように遺文にも書いている。逆に、伊勢神宮はないがしろにされていたらしい。

その点で、現在の、伊勢神宮を本宗として仰ぐ、仮には私はそれを「神宮神道」と呼んでいるが、その枠組みのなかに、宇佐神宮はうまく位置づけられない。それは、すべての八幡神社がそうだし、稲荷社も、天神もそうなる。どちらも神話には出てこない。

離脱神社の一つ、気多大社だと、大己貴命が祭神だが、これは、よく知られているように出雲の神。神話には出てくるが、大和朝廷によって平定される側。それ以前は、その地域の中心的な神だった。

神社本庁は、戦前の体制をなんとか維持するためにやってきたが、そもそも伊勢神宮を中心とする体制に問題がある。伊勢神宮の遷宮のために全国の神社に金を集めさせたり、神宮大麻を売らせ、その収益の半分を神社本庁のものにするなど、果たしてそれは個々の神社のことを考えてのことだろうか。弱小の神社をどう支えるかに神社本庁が力を尽くしているようにも見えない。

神宮神道の是非、今本当に問われているのはそのことだ。


October 06, 2017

10月6日(金)同じ11月8日に生まれて

カズオイシグロ氏がノーベル文学賞を受賞した。実は、この方とは誕生日が一緒。11月8日生まれ。ただ、年は1年違う。つまり、私が1歳の誕生日を迎えた日に、彼が生まれたことになる。ほかに11月8日生まれとしては、アラン・ドロンや若尾文子、それに平田オリザといった人がいるが、ちょっとした縁でもなんとなく誇らしい気はする。

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アメリカ人のジャズ・シンガーにステイシー・ケントという女性がいるが、彼女が歌っている曲のなかには、カズオイシグロが作詞したものが少なくない。彼女の歌はおととしだったか、ブルー・ノートで聴いた。歌詞はなかなか素敵で、当然文学的である。

カズオイシグロということだと、『日の名残り』が一番有名だが、文学としてよりも、映画としての方がよく知られているかもしれない。主役をアンソニー・ホプキンスがつとめ、まさに名演技だったが、これを通して作者のことが知られ、それが文学賞に結び付いたのだとすれば、アンソニー・ホプキンスの果たした役割は大きい。

September 27, 2017

9月27日(水)東京国立博物館の「運慶展」へ行く

昨日は東京国立博物館ではじまった「運慶展」に出かけた。運慶とその父親、あるいは子どもたちが造った仏像が展示されている。初日ということもあって、人は沢山入っていたものの、展示されている仏像の数もさほど多くないということで、ゆっくり見ることができた。ただ、これはあくまで初日のことで、これからどうなるかはわからない。かなり宣伝もされているので、混雑は覚悟しなければならないだろう。

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私の場合には、国宝に指定された仏像は、ほとんど見ており、運慶の仏像も相当に実際に見ている。そうした人間からすれば、珍しいものはほとんどないが、そんな人も少ないだろう。その点では、運慶の全貌をとらえるには格好の展覧会と言える。

ただ、仏像というものは、それが安置される堂宇があってのもので、興福寺で見る無著、世親の像と、展覧会で見る像とでは、やはり受ける印象が違う。これは、展覧会の根本的な問題で、数を集めれば、それで運慶の力が分かるというものではない。

八大童子像など、最低でも4回は見ているが、この像、安置されている先が高野山の霊宝館で、そこが仏像と相対するには必ずしも好ましい環境ではないので、いつもただの彫刻に見えてしまう。いったい仏像とは何か。改めてそれを考えた。

August 25, 2017

8月25日(金)聖徳記念絵画館で「神宮親謁」を見る

昨日は六本木ヒルズへ寄って、一見打ち合わせをしたのち、大江戸線で国立競技場前まで行く。そこから、神宮外苑の聖徳記念絵画館へ。はじめて来た。


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ここには、明治天皇の事績を大きな絵画によってたどることができるようになっている。それは壁画と呼ばれている。お目当ては、「神宮親謁」。明治2年に明治天皇が歴代の天皇としてははじめて伊勢神宮を参拝したときのもの。

行ってわかったことは、これを描いた松岡映丘が、柳田国男の弟だということ。たしかに柳田は松岡姓だ。ただ、絵画館のサイトにある年表だと、「絵画館階段下倉庫より壁画大判下図「神宮親謁」他、発見」とあったが、その事情がよく分からなかった。よく見てみると下図とあるので、飾られているものの原画のことだろうか。


June 26, 2017

6月26日(月)神道コンシェルジュ講座も4回目で仏教との関係を扱う

昨日は、江古田のThe MoN 桜月流(みつるぎカフェ)において「神道コンシェルジュ講座」の第4回目。テーマは、神道と仏教の関係について。神仏習合まで話をする予定で、準備はしていたが、仏教そのものについていろいろと話さなければならないこともあり、神仏習合まではいかなかった。

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実演は、松木君による「宝剣の儀」。これは、桜月のメンバーが九州の修験の山、求菩提山において不眠不休の断食行を経て習い覚えたというもの。流儀としては、天台宗の当山派の系統に属するもの。修行はかなり大変だったという。

中世から近世にかけては、神仏習合の時代が続き、そのなかで密教が大きな影響を与えた。修験道も密教を基盤にしている。神道を理解するには、そこらあたりのことを学ばなければならないのだが、神道系の大学などでは、ここらあたりはあまり扱わないようだ。次回はこの続き。「山伏問答」をやってもらう予定。


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